軍略においてロシア帝国を揺るがす天才性を見せつけたフリストフォルであったが、彼が転生して以来、最も命の危機を感じ、激怒したのは戦場ではなく「食卓」であった。
ロシア宮廷の食事は、前世日本人であった彼の繊細な胃袋にとって、まさに拷問そのものであった。
幼児の消化器官ですら胃もたれを起こすほどの、過剰な油脂とバターの海。
長い冬を越すための保存技術とはいえ、しょっぱいを通り越して舌が痺れるほどの暴力的塩気。
カリカリに焼き上げたベーコンならまだ許容できても、給仕される極上の牛肉ステーキは中まで完全に火を通され、水分を失ってパサパサの革靴のようになっている。
そこへ追い討ちをかけるように、あらゆる料理に塗りたくられるスメタナ(サワークリーム)。
それはもはや調味料ではなく、ただ冷たい油の塊を貪っているような錯覚すら覚えた。
主食であるパンに至っては、黒くて硬く、噛み締めるほどに鼻を突く独特の酸味が広がる。
(――ふざけるな! こんなもん毎日食わされてたら、革命で撃たれる前に血管が詰まって死ぬわ!!)
生後二年を迎えたある日、ついにフリストフォルの堪忍袋の緒が爆発した。
怒り狂った幼きツァレーヴィチは、周囲の静止を振り切り、アレクサンドロフスキー宮殿の大厨房へと乗り込んだのである。
フランスやイギリスから高給で招かれ、己の技法に絶対の誇りを持っていた宮廷料理人たちは、二歳の皇子の闖入に目を白黒させた。
だが、相手は皇帝の最愛の息子だ。
力ずくで追い出すことなど許されない。
フリストフォルの最初の改革は、「調理器具」の見直しから始まった。
ロシアの伝統的な鉄鍋やフライパンは、寒冷地特有の分厚さと重厚さを誇り、二歳の幼児の腕力では持ち上げることすら叶わない。
そこで彼は帝室御用の金物職人を呼びつけ、鉄板を極限まで薄く削らせ、イタリアの軽快なソテーパンのような特注フライパンを作らせた。
さらに、身長の足りなさと火傷の危険を補うため、専属従者チヨノーチェとの間で徹底的な特訓を重ねた。
背後に燕尾服姿のチヨノーチェが立ち、フリストフォルの小さな腕を包み込むようにして調理器具を操る――さながら「二人羽織」の如き阿吽の呼吸。
二人の動きは次第に神業の域に達し、厨房の職人たちを圧倒していった。
革命の第一歩は、朝食の卵料理であった。
濃厚なミルクとバターをこれでもかと練り込み、口の中でねっとりと広がる宮廷風スクランブルエッグに、フリストフォルは無言で中指を突き立てた。
彼が作ったのは、ほんのりとした甘みを含ませた優しい出汁巻き卵であり、絶妙な半熟加減で黄身がとろりと溢れ出す、塩コショウをひと振りしただけの目玉焼きであった。
肉料理の常識も破壊した。
パサパサのステーキを禁じ、肉の旨味を閉じ込めるミディアムやレアの火入れを徹底させた。
さらに、固い赤身肉を宮廷料理人たちに命じて包丁の背で執拗に叩かせ、玉ねぎとパン粉を混ぜ合わせてふっくらと焼き上げる「ハンバーグ」を開発した。
ジャガイモの国ロシアの利点を活かし、角切りの芋と玉ねぎ、ベーコンを香ばしく炒めたジャーマンポテトや、茹でた芋にキャベツと人参を和えた爽やかなポテトサラダを披露。
職人に特注させたスライサーで極薄に切ったジャガイモを高温の油で揚げた「ポテトチップス」や「フライドポテト」は、味見をした姉アナスタシアたちを狂乱の渦に巻き込んだ。
香辛料を独自に調合した黄金色のカレーライスが厨房から香りを漂わせた時、料理長はあまりの未知の芳香に膝を折った。
生地を極限まで薄く延ばして高温の窯で焼き上げる手打ちピッツァや、香味野菜とトマト、ベーコン、マカロニの滋味を抽出したミネストローネは、パスタの多様性と相まって宮廷の舌を瞬く間に席巻していった。
だが、フリストフォルの真の独壇場は、遥か極東のルートが開通した時に訪れた。
チヨノーチェの祖父の伝手と、樺太経由の特別便を駆使し、北海道から白米、味噌、醤油、鰹節、煮干し、そして昆布を密かに買い付けさせたのだ。
素材の味を極限まで引き出す、ダシという名の魔法。
煮干しと昆布から丁寧に引いた黄金色の白だし。
それに合わせる、粉から丹念に踏み固めて打ったコシのある極太の手打ちうどん。
出汁の香りだけで勝負する「ぶっかけ素うどん」を啜った瞬間、傲慢だったフランス人料理長は、己のこれまでの料理哲学が木っ端微塵に粉砕されたことを悟った。
中華の技法も容赦なく叩き込んだ。
細かく刻んだニラとキャベツ、すりおろした生姜とニンニク、豚の挽肉を極薄の皮で包んだ野菜餃子は、香ばしい焼き餃子、サクサクの揚げ餃子、そしてプルプルの水餃子へと姿を変えた。
熱した鉄鍋で米粒一つ一つに卵を纏わせ、塩とコショウの黄金比で仕上げたパラパラのチャーハン。
ホカホカの湯気を上げる豚まん、そして極東の小豆を丁寧に炊き上げて作った上品な甘さのあんまん。
主食のパンすらも、酸っぱい黒パンを追放し、小麦の自然な甘みと酵母の力でふっくらと焼き上げた絹のような食パンへと刷新された。
そして極め付けは、スイーツの革命であった。
砂糖とバターの暴力のような従来の重苦しい菓子を排し、軽やかで上品な甘さを追求した。
苺をふんだんに使った純白のホールケーキ。
サクサクとしたバタークッキーや、ビターなチョコチップクッキー。
上質なココアパウダーの苦味を活かしたショコラケーキ。
アールグレイの茶葉を細かく挽いて焼き上げた、空気のように軽い紅茶のシフォンケーキ。
熟したバナナの甘みを凝縮したしっとりパウンドケーキ。
驚くほど甘さを控えた軽やかな生クリームを、極上のスポンジで巻き上げたロールケーキ。
黄金色に揚げられた、ふんわりと丸いドーナツ――。
「……殿下。貴方様は、料理の神そのものにございます」
数ヶ月後。
かつては二歳の幼児を侮っていた一流シェフたちは、真っ白なコック帽を脱ぎ捨て、涙を流してフリストフォルの前に平伏していた。
日本食の「引き算の美学」、中華の「火と刻みの力」、そして現代風洋菓子の「洗練された軽やかさ」。
そのすべてを叩き込まれた彼らは、もはやフリストフォルの信徒と化していた。
「ふふん、分かればよろしい」
特注の小さなエプロンを外しながら、フリストフォルは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
食生活の改善は、彼の舌を救っただけではない。
皇帝ニコライ二世の胃腸の不調は劇的に改善し、母アレクサンドラはあんまんと紅茶のシフォンケーキを食べて心神を安定させ、四人の姉たちはフリストフォルの焼くクッキーとポテトチップスの完全な虜となっていた。
自らの快適な生活のために振るった料理の腕は、知らず知らずのうちに、ロマノフ王家の心と胃袋を完全に掌握する「最強の内政兵器」となっていたのである。
◇◇◇
ツァールスコエ・セローのアレクサンドロフスキー宮殿において、皇帝の子供たちが過ごす一角は、帝国を揺るがす戦火の予兆など嘘のように穏やかな温もりに満ちていた。
フリストフォルにとって、双子の片割れであるアナスタシアが特別な存在であることは論を俟たないが、彼の頭上にはさらに三人の姉が存在していた。
長女オリガ、次女タチアナ、三女マリア、そして双子のアナスタシアとフリストフォル。
前世の歴史において「OTMA」の頭文字で親しまれた四姉妹に、男児であるフリストフォルが加わったこの家族の中で、末息子の彼は四人それぞれの姉の懐に器用に潜り込み、余すところなく甘え倒していた。
特に三女のマリアは、双子のアナスタシアと非常に仲が良く、宮廷内でも「下の組」として常に行動を共にしていた。
夜になれば、広大な寝室の豪奢な寝台で、フリストフォルを中心に挟んでマリアとアナスタシアが「川の字」になって眠ることも日常茶飯事であった。
マリアは基本的には穏やかで心優しく、それでいて時折お茶目ないたずらを仕掛けてくる、三女らしい甘え上手な少女であった。
だが、そんなマリアには一つ、微笑ましくも奇妙な逆転現象が起きていた。
フリストフォルの精神は前世の記憶を持つ大人であり、どう繕っても言葉の端々や仕草に隠しようのない老成が滲み出る。
そして、そんな弟に四六時中べったりと寄り添うアナスタシアもまた、弟の知性と語彙に引っ張られる形で、同年代の幼児に比べて格段に精神の成熟が早まっていたのだ。
結果として、フリストフォルとアナスタシアという「中身がやけにませた双子」の隣に並ぶと、年上であるはずの三女マリアの方が、まるで二人の妹であるかのように無邪気で幼く映ってしまうことが多々あった。
もちろん、マリア自身に何ら落ち度はない。
彼女は四歳の少女として至極まっとうに年相応なだけであり、異常なのは明らかにフリストフォルと、その影響を受けたアナスタシアの方なのであるが。
「ねえ、フリスチューシュカ。今日のお昼の、あまーいお菓子、マリアの分も残ってる?」
寝台の上で、マリアが大きな薄青色の瞳を潤ませながらフリストフォルの頬を指先でぷにぷにと突いてくる。
「ちゃんとマリア姉さまの分も、チヨノーチェに言って取ってあるよ。バナナのパウンドケーキでしょ?」
「わあ、本当!? やっぱりフリスチューシュカは世界一いい子ね!」
そう言って無邪気に弟に抱きついてくるマリアの頭を、フリストフォルは自然と撫でてやり、アナスタシアが「もう、マリア姉さま、私のフリスチューシュカを取らないで」と間に割り込んでくる。
二人の姉に両側からぎゅうぎゅうと挟まれながら、フリストフォルは「至福だなあ」と怠惰に目を細めるのだった。
そんな光景を、少し離れた安楽椅子から静かに見守っているのが、次女のタチアナであった。
長女オリガの奔放さと、下の妹たちの幼さに挟まれた次女タチアナは、宮廷内でも最も規律を重んじる「しっかり者」として知られていた。
母アレクサンドラを補佐し、時に妹たちの教育係のように振る舞う知性派の彼女から見ても、弟フリストフォルという存在は極めて興味深く、そして一目置かざるを得ない対象であった。
タチアナはよく知っていた。 この弟が、驚くほど怠惰で、享楽を愛し、姉たちの懐で惰眠を貪ることを何よりの幸福としていることを。
だが同時に、彼女は弟が決して「ただの怠け者」ではないことを見抜いていた。
風呂の改革による家族の健康維持。 厨房に入り浸って宮廷料理人を従え、見たこともない美味を作り出す食の革命。
そして、連日作戦室に籠もって父帝や歴戦の将軍たちを唸らせている、極東の戦争に向けた恐るべき軍事ドクトリン。
フリストフォルはやるべきこと、家族の安寧に必要な仕事を片付けてから、堂々と怠惰を貪っているのだ。
その冷徹なまでの段取りの良さと、三歳児とは思えない言葉回しから漏れ出る圧倒的な知性は、知性派を自負するタチアナをして舌を巻かせるものがあった。
「フリスチューシュカ。あまりマリアやアナスタシアを甘やかしすぎては駄目よ」
本を閉じたタチアナが、凛とした足取りで寝台へと歩み寄ってくる。
叱られるかと思いきや、タチアナはすっと手を伸ばし、弟の柔らかな髪を丁寧に梳くように撫でた。
「……でも、貴方が毎日どれほど頭を使って、お父様たちのために働いているかは分かっているわ。だから、私のお部屋に来た時は、好きなだけ本を読ませてあげるし、お昼寝も邪魔しないであげる」
「ありがとう、タチアナ姉さま。姉さまのお部屋、静かで一番落ち着くから好きだよ」
フリストフォルが素直に微笑みかけると、普段は冷静沈着なしっかり者の次女も、思わず頬を微かに赤らめて視線を逸らした。
この姉もまた、弟の無自覚な甘え上手には敵わないらしい。
そして――長女のオリガ。
八歳になる一番上の姉は、窓辺で優雅に紅茶を啜りながら、弟を取り囲む妹たちの騒ぎを朗らかな笑みを浮かべて眺めていた。
読書を愛し、感受性が豊かで、時に大人のように物憂げな表情を見せるオリガであったが、彼女にとって弟に対する評価軸は、極めて単純明快であった。
将軍たちを震え上がらせる戦略家であろうと、シェフたちを平伏させる魔法のような料理人であろうと。
あるいは、宮廷の貴族たちが囁き始めている「神に愛された小さき専制君主」であろうと、そんなことはオリガにとって些末な肩書に過ぎない。
「フリスチューシュカ、おいで」
オリガが手招きすると、フリストフォルは妹たちの包囲をすり抜けてトコトコと駆け寄り、長女の膝の上へとよじ登った。
オリガはその小さな身体をすっぽりと抱き留め、愛おしそうに額に口づけを落とす。
「どんなに賢くても、どんなに不思議なことができても……貴方は私の、一番小さくて可愛い弟フリスチューシュカよ」
オリガの腕から伝わる、長女ならではの包容力と絶対的な肯定。
その温もりに額を預けながら、フリストフォルは小さく息を吐いた。
(……この人たちを、絶対に死なせちゃいけない)
前世の記憶が、冷酷な史実の映像を脳裏に呼び起こす。
第一次世界大戦の混迷、ロシア革命の狂乱、そしてエカテリンブルクのイパチェフ館――冷え切った地下室で、銃弾と銃剣に晒されて命を散らす四姉妹の悲劇。
こんなにも温かく、こんなにも無邪気に自分を愛してくれる姉たちを、あんな地獄へ送り届けてたまるものか。
そのためなら、どれほど怠惰を愛していようと、自分は何度でも作戦室の椅子に立とう。
日露戦争の破滅をねじ伏せ、帝国の崩壊を押し留め、歴史のレールを力ずくで書き換えてやる。
四人の姉たちの甘やかな香りと温もりに包まれながら、少年大公フリストフォルは、その瞳の奥に静かで揺るぎない決意の炎を宿していた。
◇◇◇
フリストフォルの前世の記憶が確かならば、日露戦争とは実質的に一年、長くとも一年半ほどで決着がついた戦争であったはずだ。
1904年2月8日夜、旅順港外に停泊していたロシア太平洋艦隊に対し、大日本帝国海軍の駆逐艦隊が電撃的な夜襲を敢行――世に言う旅順口攻撃によって、日露の戦端は史実通りに開かれた。
だが、そこから先の歴史は、フリストフォルが作戦室の椅子の上から引いたグランドデザインによって、史実とはまったく異なる軌道を描き始めていた。
奇襲によってロシア海軍を出撃させ、一挙に艦隊決戦へと引きずり込もうとした日本海軍の目論見は、初手から空振りに終わった。
旅順のロシア艦隊は、要塞砲の射程圏内から決して出ようとせず、港湾の防備を固めて徹底した「引き籠もり」に徹したのだ。
日本艦隊が近づけば要塞の巨砲が火を噴き、日本側が包囲を試みようとすれば、囮として港外に顔を出して威嚇砲撃を加え、敵が陣形を整えた瞬間にさっと港内へ退避する。
陸上戦においても同様であった。
日本陸軍が朝鮮半島に上陸し、歓喜勇んで北上を開始しても、ロシア満州軍は広大な朝鮮半島で決戦を挑む愚を犯さなかった。
半島の付け根、鴨緑江の峻険な山岳地帯に強固な野戦築城を施し、ただじっとスコップを握って待ち構える「戦略的遅延戦闘」へと完全に切り替えていたのである。
敵の誘いには絶対に乗らず、ただ時間を浪費させ、敵の弾薬と燃料を無為に消費させる。
この徹底した消耗戦と遅滞ドクトリンの採用は、戦場から遠く離れたロシア帝国の国内に、驚くべき奇跡をもたらしていた。
――帝国の心臓部は、まるで凪の海のように静まり返っていたのである。
通常、大国が対外戦争に突入すれば、国家総動員令が下され、農村から若者が根こそぎ徴兵され、工場の生産ラインは軍需一色へと塗り替えられる。
史実のロシアが辿った、民衆の生活破綻と、それに伴う社会不安の爆発――それらが、今のロシアには影も形も存在しなかった。
帝都サンクトペテルブルクの街路並みは、戦前と何一つ変わらない平常運転を維持していた。
ネフスキー大通りを行き交う市民たちの表情に戦争の悲壮感はなく、市場には豊かな穀物が並び、劇場では連夜オペラやバレエが華やかに上演されている。
大動員令など出されておらず、極東の軍管区とシベリア鉄道の平時輸送能力の範囲内だけで前線が維持されていたため、兵士の補充も通常通りの志願兵と、正規の交代枠だけで事足りていたのだ。
極東の島国が国家の命運を賭け、全国民の血税と生活を担保に差し出して総力戦を挑んでいるその裏で、ロシア帝国はまるで「辺境の小競り合い」をあしらうかのような平然たる態度で構えていた。
「フリスチューシュカ、お口を開けて?」
冬宮殿のサンルームで、アナスタシアが焼きたてのバタークッキーを弟の口へと差し出す。
サクッとした軽やかな歯応えと、上質な乳脂肪の甘みが口いっぱいに広がった。
「美味しい、ナースチャ姉さま」
「ふふ、よかった。今日はお父様も機嫌が良いのよ。『前線から届く電報が、退屈なほど平穏だ』って笑っていらしたわ」
アナスタシアは嬉しそうに目を細めている。
その隣では、長女オリガが優雅にページをめくり、次女タチアナが刺繍の手を動かし、三女マリアが陽光を浴びて気持ちよさそうに舟を漕いでいた。
姉たちの無邪気な笑顔を見つめながら、フリストフォルは紅茶に口をつけた。
史実においてロシアが敗北したのは、軍事的な敗北そのもの以上に「国内の自壊」が原因だった。過酷な総動員と生活苦が民衆の怒りに火をつけ、それが「血の日曜日事件」を引き起こし、第一次ロシア革命という名の内乱となって帝政の足元を崩壊させたのだ。
だが、国内に戦争の負荷が一切かかっていない今、革命家たちが民衆を扇動するための「燃料」はどこにも存在しない。
大衆は飢えておらず、息子たちを無理やり戦場へ奪われてもおらず、ただ新聞の片隅に載る「極東の戦況」を、外国の出来事のように眺めているだけなのだから。
相手の土俵に乗らず、ただ自陣のゴール前を固めて時間を稼ぐ。
大戦略ゲームにおいて最も地味で、最もプレイヤーから嫌われる「塩試合」の戦術――だが、資源と体力の乏しい弱小国家を精神的・経済的に窒息させるには、これ以上の劇薬はなかった。
ロシアが平時体制のまま欠伸を噛み殺している間、極東の敵国は、国家財政の砂時計がサラサラと音を立てて底を突きかけている現実に、今まさに青ざめているはずであった。