Shogun the master sword 作:六位漱石斎正重
「一人でも多くの雑兵を刈り取れ」、これは剣技の種類に関わらず、より多くの敵を屠るよう命じた義輝の決意の現れでもあったのだ。龍丸と虎丸、彼らの闘いの行方は……。
大勢の人々の怒号、木や紙の焼ける匂い。二条館の塀は破られあるいは乗り越えられ、火矢が放たれた。建物の屋根にはすでに火が放たれており、もはや屋根を支える土台の木材に火が回るのも時間の問題だった。
籠城戦は悲惨の一言に尽きる。集団の暴力は個人の暴力と異なり歯止めが利かない。人も動物の一種だ。獣が人に進化する以前から脳の中に埋め込まれている本能が、巨大な憎悪と破壊衝動を引き起こす。それらが現世に地獄をよみがえらせるのだ。
にわかに居室の外が騒がしくなってきたのを、義輝始め全員が察知した。義輝は庭に面している居室のふすまを開け放つよう小姓達に命じた。
ぱしんっ、と大きな音を立ててふすまが開け放たれると、初めて室内の様子を目にした三好勢はあっけにとられた。
庭は既に三好勢で埋め尽くされ、無数の長槍が居室に向けられていたが、居室内で数多くの太刀や槍が床板に刺さっている中、黒光りする南蛮胴を身につけた義輝が、ざんばら髪で不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。
これ以上、下がる場所の無い義輝達の立ち位置は変わらなかったが、三好勢は多くの兵が集まっているにもかかわらず義輝の姿を見て動揺し、数歩後ろに下がった。
三好の兵たちの中には将軍に直接拝謁できる身分の者はおらず、誰も義輝の顔を知らなかったが、太刀の林の中で奇怪な異国の胴丸を身につけた一人の武者の姿を見て、これが将軍義輝に違いないと誰もが確信を持っていた。
その証拠にこの武者は、国産の当世具足ではなく、南蛮からもたらされたであろうと思われる当時滅多に目にしなかった金属製胴鎧などを身につけている。このような人間が、身分の低い者であろうはずがない。その上、『丸に二つ引き』の家紋が胴丸の上に金の蒔絵で描かれている。
仮にこの武者が義輝でないとしても、少なくとも将軍家に連なる高い身分の者なのは間違いないと、誰もが思った。
それと同時に三好の兵たちはこうも思った。高価そうな鎧だ、いかにも高値で買い取ってもらえそうなほどに。だが、誰もその武者の方へ歩を進めることができなかった。先ほど館の門の前で目にした、すさまじい剣技で仲間の兵たちを屠ったあの若武者もこの武者同様、『丸に二つ引き』の家紋が胴丸の上に描かれていたからだ。それにこの武者の背後に乱立する太刀や槍の数々。あまりに不気味すぎる。
大勢の味方の兵がいるにもかかわらず、このようなはったりが効果を生むのは意外と感じられるかもしれないが、迷信と不可分のこの時代では、理由の説明できない物事は、全て妖怪や悪霊のたたりか、あるいは神仏の怒りとして片づけられることが多かった。故に、出陣の際には必ずといっていいほど祭事が開かれ、祈祷が行われた。
寺などでも、神仏の怒りや、妖怪などのたたりを恐れさせるために坊主が談話を行い、寺に属している我々のような特別な人間のみがこれらを鎮めることができるのだと、人々が幼少のころからさんざん刷り込みを行ってきた。無論、神社仏閣の権威や彼ら自身の権益を守るためだ。
理屈に合わない光景をみると、人は思考停止に陥り誰かを頼るようになる。三好の兵たちは、お前行け、いやお前こそ行け、などと互いにけし掛け合っていたが、それを見た糸千代丸がすぐさま、龍丸と虎丸に命じた。
「龍丸、虎丸。敵勢を『かきまわせ』」
二人は即座にその声に反応し、衣装替えした鮮やかな赤色の小袖をまとった虎丸と、これまた鮮やかな青色の小袖をまとった龍丸の二人は、開かれたふすまの窓口を守護するように立ちふさがった。
彼らを見た三好勢はこれにも動揺した。戦場ではあまりに見かけない鮮やかな色の小袖。具足は身につけていないが、あの腰にぶら下げたものはなんだ。それに彼らの手にしている武器、これも異様だった。
虎丸は、種子島を短く詰めて作らせた小筒を二丁腰にぶら下げ、柄の前後に穂先をつけた両刃の槍を持っていた。一方、龍丸は、連続二射ができる小型の石弓を腰に下げ、虎丸同様二つの太刀を互いに反対向きになるようにつなげた異様な太刀を持っていた。
三好の兵たちが息をのんでさらに数歩後ろに下がると、龍丸と虎丸は手にした得物を床板に刺し、それぞれ小筒と、石弓を手にした。
まず、龍丸が多くの兵がひしめいているところに向かって石弓で一射した。矢を肩に受けた雑兵がたちまち倒れた。
三好の兵たちは名もなき百姓たちばかりだ。高価な具足をフルセットで購入できるはずもなく、その多くが前回の乱取りで敵から奪った防具を身につけていた。胴丸を付けているのは珍しい方で、草摺(くさずり。腰から大腿部を守る防具)のみ、片方の小手のみといったアンバランスな防具の兵がほとんどで、他の多くの者どもはふんどしにボロ着で戦に参加し、あとは現地調達によって身を守るのが基本だった。
従って体のどこかに矢を受けるのは当然の結果ではあったが、それでも倒れた雑兵の肩に生えている小さな矢を見て周りの兵たちは首を傾げた。
かような小さな矢で人が倒れるはずがない。どうせ矢を射られたという事を理由にこの戦の間、寝ころんだまま狸寝入りを貫き、頃合いを見計らって乱取りを行う手はずであろう。そのような意図を、周りにいる兵たちは見抜いていたため、倒れた雑兵を無理やり引き起こそうとした。
「まだ寝るには日が高いぞ。早く起きよ」
引き起こそうとした兵はニヤニヤしながらそう言ったが、倒れた雑兵は上半身を引き起こされたものの、その首はだらんと垂れ下がったままだった。
さすがに異変を察した別の兵がそこに駆け寄り、倒れた雑兵の首元に手を当てた。脈はなかった。その兵は驚愕した表情を浮かべながら独り言のようにつぶやいた。
「し、死んでいる……死んでおるぞっ!」
それを見た別の兵が叫んだ。
「ど、毒じゃっ!」
それを聞いた兵たちは一気に浮足立った。三好勢の動揺を見逃さず、龍丸が第二射を発射すると、また別の兵が顔に矢を受けて即死した。
その死因が毒かどうかは誰も確かめていない。だが、もはや毒が原因かどうかはどうでもよかった。確かなことは、目の前にいる鮮やかな青い小袖の小姓から放たれた小さな矢で仲間が即死したという事実だ。
三好勢は混乱に陥っているさなか、今度は虎丸が短筒の引き金を引いた。すさまじい轟音を鳴り響かせると、目の前の三好の兵が三人ほどばたりと倒れた。三人のうち、二人は即死だった。一人は生きてはいたが虫の息だ。
あたりに立ち込めるもうもうとした硝煙と鼻に突く火薬の焼ける匂いが宙に紛れて薄れていくうちに、三好の兵たちもようやく気付いた。火縄だ。あの赤い小袖の小姓が持っている短筒は火縄銃だったのだ。
二条館のある京は堺に近いこともあって、南蛮由来の品々を目にすることも多く、その中には火縄銃もあり、国内でもいち早く火縄銃を取り入れる大名家も少なくなかった。現に今回の戦で、三好勢も小規模ながら鉄砲隊を編成し引き連れてきている。だが、あのような短筒で、しかも散弾の火縄銃が存在するとは。
三好勢はこれにも大変驚き、大きく動揺した。しかも目の前で一発の弾で三人も死んだ。矢であれば修練を積んだ人間ならその軌道を読んで避けることもできるというが、鉄砲の場合はわけが違う。
鉄砲の恐ろしいところは、弾の威力もさることながら、弾が発射される際の轟音、煙、発火の光などだ。あの短筒が火を噴くたびに目の前の数名の兵が即死する、そう言った事実だ。まさしくわけのわからぬ殺傷力だ。それは兵たちにとっては、妖怪の祟りや神仏の怒りとなんら変わらない。
鉄砲の弾を受けた者達は死んだ。悪人だったからか? いやそうではなかろう。そのようなことが起こるとき、人々は必ずこの言葉をつぶやく。ああ、運がなかったなと。
そしてどの兵にとっても、自分たちにとって凶兆を感じる現象には敏感だ。出陣前に軍旗が折れる、槍の穂先が欠ける、そのような現象を見たくないし、そんな現場に立ち会いたくない。
だから、いつの時代の兵士たちも運頼みは欠かせない。大きなものは大掛かりな戦勝祈願から、小さなものは胸ポケットにZippoをいれることまで、普段命のやり取りをしているからこそこういうことにこだわる。それは人の努力で何とかならない領域の現象だからだ。
短筒の威力に驚いている三好勢に向けて、虎丸はさらにもう一射した。また二人ほどの兵たちがばたりと倒れた。
冷静に考えてみれば、石弓も火縄銃も連射はできず、次の発射までに時間がかかるとすぐに思いつくはずだが、音もなく小さな矢がささり毒で兵が死ぬ。耳をつんざくような轟音とともに、短筒が火を噴けば複数の兵が一度に即死する。そう言った現象を目の前にし、三好勢は大混乱に陥った。
混乱して浮き足だった三好の兵たちを眺めながら、龍丸と虎丸の二人は顔を見合わせて笑みを浮かべると、石弓や短筒を床板の上に投げ捨て、床に突きさしていた得物を手にすると、雄叫びを上げながら三好勢の中に突っ込んでいった。