Shogun the master sword   作:六位漱石斎正重

2 / 2
 多くの兵たちに囲まれる二条御所。時はそれより三時間ほど前にさかのぼる。御所の周りは早朝という事もあってか、ほとんど人通りがなかった。ただ御所内のある部分は異様な殺気に包まれており、不穏な様相を呈していた。そこは御所内にある高い木で、その木の上の葉陰の中から鋭い視線を放つ者がいた。この者の正体とは……。


第二話 龍丸と虎丸

 木の枝と葉の中に身を隠す小柄な二人の少年たちがいた。二人の年の頃は十四、五歳前後といったところだろうか。二人は何一つ見落とさないように、屋敷の外側に厳しい目を向けてあたりを探っていた。

 

 二人が身を隠す場所は四間半(約八メートル)ほどある松の樹の頂点付近だった。ここは二条御所の敷地内で、松の樹がたった1本だけ植えられていた。身を隠すには目立ちすぎる場所だったが、ここより高い場所は周囲には存在しなかった為、やむを得ないことだった。

 

 二人の少年のうち、一人が慎重に声量を落としてもうひとりの少年に問いかけた。「龍丸(たつまる)よ、本当に来るのか?」問いかけられたほうがそれに答える。

 

「ああ、確かな話じゃ。この耳で確認した。やつらは間違いなく来る。虎丸(とらまる)はどうするのじゃ?」

 

 それを聞いて最初に口を開いた虎丸という少年が、さも当然といったふうに答えた。

 

「無論、当主様をお守りするためにあらゆる手段を尽くすのみじゃ。それが六位家六つ矢筈(むついけむつやはず)の家紋を背負う我らの宿命であろうが」

 

 それを聞いてもうひとりの少年である龍丸は、目を閉じて軽く笑みを浮かべながら「……違いない」と独り言のようにつぶやいた。

 

 二人の少年は黒地の肩衣(かたぎぬ)を羽織っており、背と両胸のあたりには金刺繍の六つ矢筈の家紋が縫い込まれていた。二人は自分たちの家の家紋を見てお互いに目を合わせると、どちらからともなく笑顔になった。

 

 矢筈(やはず)とは、矢の末端の弓の弦(つる)を受ける部分で、それが三方向からお互いに貫き合った構図の文様が六つ矢筈である。どことなく唐風の意匠を感じさせる家紋で、二人はこの家紋の重みを充分すぎるほど承知していたし、何よりも大事にした……そう、自分たちの命よりも。

 

 六位家に男児が生まれた。だが、双子だった。父親は心底困り果てていたが、母親は周りの緊張した雰囲気を敏感に感じ取り、自分の産んだ赤子たちに何かあればただでは済まさぬ、といった鬼気迫る表情で布団の中から顔を出して叫んでいた。

 

「お願いです! 後生ですからお聞き届けくださいませ。是が非でも『二人とも』育てさせてくださいまし。私にはどちらかを選ぶ事など到底できぬことでございます!」

 

 父親が困惑している原因はまさにこの双子のことだった。双子は古来から家を分かつとする不吉な存在として扱われてきた。生まれてすぐに母親の目から離れた場所で密かに処分された赤子も少なくない。

 

 だから、母親は産みの喜びの余韻を感じるいとまもなく、自分の産んだ赤子が双子であったことを知り取り乱したのであった。たかが迷信だと馬鹿馬鹿しく思うかもしれないが、この時代、あらゆる迷信は日常と一体であり不可分の存在であったのだ。

 

 尋常ならざる母親の気迫に押された格好で、結局双子はかろうじて生き延びることができた。母親は二人が力強く育つよう、龍丸、虎丸と名付け、双子を溺愛した。母親は子らに枷をはめるようなことはしなかったが、父親は違った。

 

 双子が物心つく前から「六位家の誉れを高めよ。そのためだけにお前たちは生かされているのだ」と、しつこく言い聞かせて育てた。

 

 その後、母親は子らが六歳になる前に、はやり病で亡くなりそのことがきっかけで父親はますます偏執的に子らに歪んだ教育を施していった。

 

 『六位家の誉れ』とは何か。それは摂津家への忠節である。摂津家への忠節のためならあらゆる手段が正当化される。そんな歪んだものだった。

 

 この時代、ある程度の身分に生まれた者は誰でも自分の家に誇りを持っていたし、誉れを大事にした。当然、不名誉な行為や手段は他家からの非難の的となり、いったん張られたレッテルは容易にははがれなかった。

 

 『誉れ』とは他者から見た自分を型にはめて、理想の自分をつくるものであったが、それと同時に選択肢の幅を大きく狭めるものでもあった。

 

 だが、六位家の誉れとはそれとは大きく違っていた。つまり、『誉れ』の範囲を摂津家への忠節のみに絞り込むことにより、取りうる手段の選択肢を大幅に広げることを選んだのだ。敵を滅するためであれば、武家なら決して取らない手段を六位家は代々継承してきた。無論、人の目には晒すことのできない技である。

 

 だから、父親はくどいように毎日欠かさず念押しした。「我が家の技を人目にさらしてはならぬ! 何があってもだ、よいな」と。

 

 そのせいで二人の子らは、学問を習っている寺で毎日のように一方的に暴力を振るわれ、泣いて帰ってくるような日々を送ったこともあった。

 

 ある日、寺から使いのものがやってきて父親に「龍丸が、彼をいじめてきた者達を叩きのめした」と告げた。

 

 まさか、殺したのでは? 父親は慌てて寺へと走り、その様子を素早く観察した。倒れている子供は六人。全員、急所に一撃入っていた。急所の場所は六人全員が違う部位で、どれも大人の筋力があれば容易に即死させる部位だった。

 

 しかし、なぜ六人とも違う部位に『当て』が入っているのか……。父親は訝しんだが、大木に身を預けこちらを見ている龍丸の表情を見て得心がいった。彼奴め、この機会に試したのだ。己の技を!

 

 龍丸は父親を一瞥したが、ひるんだ様子や怯えた様子はなく、ただ満足げなかすかなほほ笑みを浮かべていた。

 

 怒りが頂点に達した父親は、龍丸を死ぬほど殴りつけ、凄まじい折檻を行った。虎丸は龍丸をかばうようにすぐに彼の上に覆いかぶさった。寺の者共が止めねば龍丸は死んでいただろう。そのような常軌を逸した折檻だった。その後、父親は六人の子供の親のもとへ行き、丁寧にわびて回った。

 

 龍丸はその日から極端にふさぎ込むことが多くなり、虎丸が話しかけてもめったに笑顔を見せないようになった。二人は姿形だけでなく声音も瓜二つだったが、性格は大きく変化していった。

 

 どちらかといえば社交的な虎丸に対して、龍丸は何事も目立つことを避けた。虎丸は龍丸を自分の分身のように思っていたが、龍丸は自分はあくまでも虎丸の影に徹しよう、そう思っていた。

 

 虎丸はあの一件からも全く変わらず、なんでも自分のものの半分を自分に分け与えてくれる。たまに喧嘩をしても彼の方からすぐ謝ってくる。だが、自分は、虎丸のために何をしてやれるだろうか?

 

 ……そうだ! 虎がやりたがらないことを自分がしよう。それが自分が彼に報いてやれる唯一のことだ。龍丸の忠節の対象は摂津家ではなく、わずかに虎丸へと傾いていった。

 

 松の樹の上で遠くに目を向けていた龍丸が「来たぞ、虎……」と小声で言った。

 

 虎丸が声をかけられた方角を見て「少なく見積もっても長槍だけで六千はいそうじゃな」とつぶやいた。

 

 龍丸は最初に押し寄せてくる部隊の三階菱家紋を見て「安宅(あたぎ)家の家紋じゃ……やはり、くるのは三好の軍団か」とつぶやいた。

 

 虎丸はばらばらに動く人の巨大な集団が大海のうねりのようにこちらへと寄せてくる光景を見つめつつ、「総勢一万一千余といったところか……早く糸千代丸様にお伝えせねば」と言った。

 

 龍丸は虎丸の端正な横顔に視線をやりながら、ああ……とつぶやいた。二人は音もなく松の大木を滑るように降りて内屋敷へと駆けていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。