魔王が封印されていた地を観光していた転生者、復活した魔王だと勘違いされて崇められる 作:城之内
もし剣と魔法の異世界に転生したら何を目的に生きるか。
その問いの答えは人それぞれ違うのは当たり前だ。
可愛い女の子に好かれてハーレム生活。それも良いだろう。
前世の知識を使って内政チート。うん、できるならそれも良い。
転生特典、または幼少期から努力をして身に付けた力で無双。将来は勇者や英雄を目指すか、魔法にハマって賢者になるのも素晴らしい。
はたまた危険な事からは距離を置き、異世界ならではの食を堪能するか。もしくはただただグータラ過ごす怠惰な日々も甘美だ。
皆、心躍る夢である。
しかし僕の目的はそのどれでもない。
物心がついた頃、前世の記憶を取り戻してからの僕は地球とこの異世界の差異に夢中になった。魔力という不思議な力で溢れ、魔法は不可能を可能にして、人の寿命は魔法使いであれば優に百を超える不思議な異世界。
知らない事を知る為に、好奇心の塊だった僕は屋敷の書庫に通い詰めた。
そして、そこにあった分厚い図鑑に僕は興味を持った。随分古い書物で、鎖が巻かれていたそれを前世の頃から厨二病を患っている僕は躊躇なく開いてみた。
題名はシンプル。旅景百名鑑。著者は掠れていたが、ロドス・グレイザックと辛うじて読める。
そこには著者が世界を回って見てきた秘境や特に美しい風景、又は胸を打つ凄惨な光景の数々が絵と文章で綴られていた。
洞窟の中にある神秘的な大量の水晶。
海の底に沈んだ古代都市。
天から降り注ぐ七色の光が水面に浮かぶ美しい泉。
天空に浮かぶ島々に建てられた黄金城。
城程の巨体を誇る巨人が氷漬けになって封印されている奈落の底。
ある魔法使いが召喚魔法に手を出したせいで住民全員が銅像と化してしまった街。
無数のアンデッドの兵士が今なお、亡き王の為に城を造り続けている死者の都。
まだまだある、常識外れの景色の数々。
図鑑を見た時、僕の心臓がバクンバクンと激しく音を立てた事を鮮明に覚えている。
創作物の中にしかなかった光景がこの世界には当たり前に転がっている。
そう思うと、僕は胸が高鳴って仕方なかった。
冒険をしたい。世界各地を自分の足で巡りたい。
一冊の本と出会ったおかげで、自然と僕はそんな夢を抱くようになった。
しかし、旅は危険だ。
この世界では夜の間だけ魔物が出る。日の光と共に消滅するが、夜は魔物の時間だ。
また人間もイカれている奴が多い。特に家族の中にたくさんいる魔法使いと呼ばれる連中を見ていると良く分かる。
旅をするには力が必要だ。幼少の頃に悟った僕はそれから毎日睡眠や食事、座学の時間を除くほぼ全ての時間――1日の内、10時間程度は魔法の訓練に励んだ。
家系が家系だったから、それなりの力は得たと思う。
次男だった事を上手く利用して、僕は家の事を全て兄に押し付け、成人を迎えた15歳の誕生日に自由気ままな旅に出た。
結論から言うと、旅は最高だった。
「……凄い……なんだこれ……」
実家を出て2年。
祖国から遠く離れた地に僕は立っていた。見える限りの地面が赤く染まった大地。
ここはこの星で唯一、太陽の光が届かない地域、深海の更に下にある。
天を見上げれば、青い空の代わりに広大な海がある。
グロテスクな見た目の巨大魚がたくさん泳いでいた。
海水は黒紫の膜に遮られて一滴も落ちてこない。
あの膜は高濃度の魔力だ。この辺りに限って海水を遮り、普通に呼吸できる。
ただ快適とは言えない。日差しが届かないからこそ、魔物が一日中湧き出るのだ。
「……ウィル様、見惚れている場合じゃありませんよ、馬鹿なんですか? いや、馬鹿でしたね」
辛辣な言葉が耳に届く。
前を見ると、舞うように化け物と戦う綺麗なメイドさんがいた。
艶がある黒髪をサイドテールに結んでおり、氷のような冷たさを感じる美貌。
切れ長の目に一切の感情を浮かべず、無表情のまま黒のロングスカートと純白のエプロンを靡かせてメイドさんが化け物を殺戮していた。
「私だけに戦わせて自分はぼーっとしているだけとか、ウィル様は心が傷まないのでしょうか? そんな人でなしクズ野郎だから女性にモテないのです。私くらいでしょう、貴方の身をお世話できるのは」
辛辣な口調で僕の欠点を指摘ながらメイドさんは双剣を握って、人間大の身体に醜悪な顔が張り付く蝙蝠を粉微塵に斬り裂いた。
結果、頬に返り血がついてしまう。盛大な舌打ちと共に、彼女の頭にある獣耳が苛立たしげに揺れた。
彼女の周りにはまだまだ化け物が集まっている。
ちなみにこのメイドさんは僕の旅に唯一付き添ってくれた、実家で雇っている使用人の一人だ。
「……リーシャ、まだ終わらないかい? 悪いけど我慢できないや。先に行ってるね」
「ウィル様、流石にクズ野郎は言い過ぎでした。ドブカスでした。え、本当に行くんですか? マジで? ならもう膝枕してあげませんからね、耳かきとかも今後は自分でしてください」
……それは嫌だな。でもごめん。我慢できない。好奇心は止められない。後で土下座でも何でもするから。
「秘境巡り馬鹿、冒険狂いアホ」
シンプルな罵倒を無視して、僕は化け物がリーシャに集中している隙に指に魔力を集めた。いつものように魔法式を宙に描いて、円で囲む。
すると宙に浮かぶ出来上がった魔法陣が光を放った。
後は呪文を発して、魔法は発動する。
「<
瞬間、僕の全身が透明になった。自己作用系統に分類される書印魔法の一つである。
これで魔物に気付かれずに先に進める。
それから彼女と合流しやすいように、または退路の確保の為に腰に下げてある杖剣を抜いて地面に素早く魔法陣を描いた。
これで良し。準備万端だ。
度景百名鑑によると、この地は昔、雲の上に浮かんでいたらしい。
太古の大昔、魔界から現れた魔王と、彼を倒すために立ち上がった神や英雄達が激戦を繰り広げた古戦場。神との戦いに負け、魔王の支配地はこうして海の底に沈んだのだとか。
図鑑の最後のページには、この地の事を聖魔戦争決着の地――【聖樹神殿】と、そう載っていた。
辺りは身の丈を越える風化した剣や槍、弓や槌が荒れ果てた紅い大地に無数に突き刺さっている。
やはりどこまでも真っ赤だ。
神話では魔王の身体から吹き出した血が天に上がり、雨となって降り注いだ事でこの世界に魔力が満ちたのだと言う。つまり悪の権化、魔王が死んだおかげでこの世界に魔法使いが誕生した。
大抵、神話なんてものは作り話でしかないが、この光景を見ると現実味を帯びてくる。
化け物の群れを抜けると、前方に神殿が見えた。
黄金の大樹がまるで古びた神殿の外壁に絡みついている。
「素晴らしい……あれが【聖樹神殿】……‼」
長い階段を登って目の前に来るとより分かる。
うっとりするほどの神秘的な光景だ。僕はこんなファンタジーらしい景色を見るために旅をしているのだ。
左右に設けられた円柱の間を潜り、中に足を踏み入れる。天井や壁には壁画が描かれている。
たくさんの英雄が様々な悪魔と戦っていた。魔王の配下と英雄達の絵だ。
荘厳な内装に驚きながら、地下に続く階段を下っていく。石造りの階段は螺旋状にどこまでも続いていた。驚くほど深い地底に繋がっている。
階段は経年劣化によるものか、結構ひび割れていた。まあ落ちても僕なら死にはしないだろう。
徐々に黒紫の霧が濃くなってきた。
海水を遮っているものよりも高濃度の魔力だ。
魔法使いではなかったら即死するほど危険な場所である。それでも好奇心は止まらない。この先に何があるのか、図鑑にはなかった。
図鑑では神殿の外観部分のみの絵で、それ以外は
だからこの先に何があるのか、僕も分からない。
進む内に僕は階下から複数の人間の声が聞こえた。
まさか誰かこの先にいるのか?
いや、と僕は頭を振る。
僕だってこれほどの神秘を見るために深海の底に来ているのだ。僕と同じ冒険好きな奴がいても何もおかしくない。
もしかしたら観光地として有名なのかもしれない。僕が生まれた国では認知されていなかったが、世界ではどうか分からない。
うんうんと一人納得した僕はまた一歩階段を降りた瞬間、ビキッと嫌な音がした。沈み込む感触と共に全身が浮遊感に包まれる。
階段が抜けてしまった。
落ちる。ジェットコースターを超える浮遊感が全身を包む。
ヤバい、高濃度の魔力に晒されているせいで魔法式を描いてもかき消されてしまう。魔法が発動できない。
仕方ないので、僕は纏っているマントに刻まれた魔法陣に魔力を流す。
一般的に認知されている魔法は大きく分けると二つに分類される。
均等に魔力を流しながら指で正確に魔法式を書いて発動する書印魔法とは別で、刻印魔法は予め物に魔法陣を刻印して、後は魔力を流すだけで発動できるようにしたものだ。
「<
風に靡くマントに刻まれた魔法陣が光り輝く。魔法の効果は肉体強化。超人の身体能力と強度を得た僕の肉体は、奈落の底へ一目散に落ちていき。
硬い何かに衝突して止まる。
盛大に土煙と衝撃が広がった。
「いてて……ここが、最下層……ん?」
盛大に背中を打ち、痛みに顔をしかめる僕は奇妙な手の感触に薄っすら開けていた目を見張った。
身体の下にあるそれは、石造りの大きな大きな棺だった。この神殿自体に絡みついていた黄金の大樹の根が棺に張り巡らされていたのだろうが、僕がぶつかった影響でボロボロに砕けてしまっていた。
辺りに漂っていた黒紫の霧の中。棺の周りにぼんやりと人の輪郭が浮かび上がる。
特徴的な男女六名が瞠目しながら僕をじっと見つめている。
もしかしなくとも僕と同じ観光客だろう。そう思い、観光の邪魔をした事を詫びようと口を開く寸前、その観光客たちが次々に跪いた。
「――ま、魔王様……ですか?」
「……ん?」