ヤンデレ逆行プレナパテス(女)に愛されて夜も眠れない! 作:nalnalnalnal
──生徒たちを、よろしくお願いします。
……ああ。
……やっと、言えた。
ずっと、伝えたかった言葉だった。
その言葉を紡ぐと同時に、箱舟の崩壊がさらに加速していく。
もう、時間がない。
私の目の前にいる“私”は、既に脱出したであろう生徒達からの要請を聞いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
そして、一度だけこちらを振り返る。
その目に宿っていた感情が何だったのか、私には分からない。
哀れみだったのか。
決意だったのか。
それとも──同じ『先生』としての、最後の理解だったのか。
やがて彼は何も言わず、背中を向ける。そのまま、生徒達のもとへ向かって歩き始めた。
……ああ。
なんて頼もしい背中なのだろうか。あれが、これから生徒達を守っていく背中なのだ。
私も、生徒達からこんな風に見えていたのだろうか。
そんな自惚れを心の中で吐露して、思わず小さく笑う。
……そうだったら、嬉しいな。
最後の最後くらい。先生としての私は、ちゃんと生徒達の目に映っていたのだと、そう思わせてほしかった。
けれど、そんなことを考えている間にも、私の身体は少しずつ崩れていく。
色彩に飲み込まれ、嚮導者として終焉へ導くために再構築されたこの身体であっても、あの一撃を耐えることはできなかったらしい。
少しずつ、私という存在そのものがほどけていく。
……私の物語も、ここでお終いか。
そう思った。
けれど、後悔や不安は不思議なほど残っていない。
色彩に飲み込まれ、危うく世界を終焉へ導く存在になりかけていた
きっと、あの子なら幸せになってくれる。こちらの世界の私ならば、失敗なんてしない筈だから。
もう、自分を責める必要なんてない。
破滅へと自分を導き続ける必要だってない。
そんなことは、こちらの世界の私や、アビドスの生徒達が許さない筈だ。
どうかあの子が、もう一人で迷わないように導いてあげてほしい。生徒が困っているのを助けるのが、先生の仕事だからね。生徒一人が、世界のすべてを背負う必要なんてありはしないのだから。
私からの本音は、彼女に届いただろうか。
……届いてくれていると嬉しいな。
シロコだけじゃない、私の知らないところにいる生徒達も、私が救えなかった子達も、こちらの世界の生徒達も。
皆が、心地よいハッピーエンドを迎えられることを。
心から、願いたい。
…………
崩壊が終わるまでの僅かな時間の中で、私は不意に元の世界の生徒達を思い返していた。
皆、嬉しいことに私のことをとても慕ってくれていて、先生冥利に尽きるという言葉を、よく口にしていた。
頼ってくれることが嬉しかった。
くだらない話をしてくれることが嬉しかった。
悩みを打ち明けてくれることが嬉しかった。
何かに失敗して、一緒に落ち込んで。
それでも最後には笑って。
そんな何気ない時間が、私は好きだった。
……会いたい。
ふと、そんな言葉が頭を過った。
会いたい──もう一度、みんなに。そう思ってしまった自分に、少しだけ苦笑する。
……今更、何を言っているんだろう。
私のせいで傷ついてしまった子達がいる。
だから私に残された選択肢は、残されてしまったシロコを守り続け、世界の終焉を阻止させることだった。
何度も失敗した。
何度も、間違えた。
何度も、生徒達を失った。
それでも、これだけはやり遂げることができた。
それなら、それでいい。
……そう思っていた。
脳裏に過ぎる数多の思い出達を眺めていると、その中に一つ。満点の星空に、雄大に輝く星のような──そんな笑顔の生徒がいることに気が付いた。
……そうだね。
後悔は残っていないと言ったけれど、一つだけ……たった一つだけ私は、嘘をついた。
……あの子に。
愛を伝えられなかった。
『先生一人が背負う必要だって、ないですよ』
『……よかった。先生だけは……』
先生である以上、生徒との関係性は一線を引いたものでなければならないのに、女性としての私が魅了されてしまった、彼へ。
時には生徒にすら嫉妬してしまうこともあった。
それでも、そんな醜い私を彼は受け止めてくれた。
守り切ってくれた。
勿論、恋愛的な意味ではないけれど……大人として節度を持って接することを忘れてしまったり、弱音を吐き出してしまったり……最早、生徒という範疇を超えたあの子。
あの子が最期に何を思っていてのか、私に対してどんな感情を抱いていたのか、それを知る方法はもう、ありはしない。
それでも。
私にとって彼は、もう『生徒』という言葉だけでは片付けられない存在になっていた。
先生と生徒。
そんな言葉だけでは収まらないくらい。
私の心の中で、大きな存在になっていた。
結局、彼から私への愛情というものが芽生えていたのかどうか……それだけは、最後まで分からなかった。
……知りたかったな。
本当はずっと、知りたかったんだ。私のことを、どう思っていたのか。先生としての私ではなく、一人の人間……一人の女性として、私を見てくれたことはあったのか。
……いや。
それを彼から教えてもらおうだなんて、あまりにも都合が良すぎる。だって、私は一度も伝えていないのだから。
自分が何も言わなかったくせに彼の気持ちだけを知りたいなんて、そんなの卑怯すぎる。
だから──
この気持ちは、ここに置いていこう。
そう思っていた……筈なのに。
どうしてだろう。もうすぐ私が消えると分かった途端──どうしようもなく、彼に会いたくなった。
もう一度だけ。
もう一度だけでいい。
彼の顔が見たい。
彼は、どんな言葉をかけてくれるだろう。
いつものように、私を労ってくれるだろうか。
それとも……何も言わずに、ただ微笑んでくれるだろうか。
……ううん。
それだけでもいい。
彼の顔をもう一度見られるのなら。
彼の声を、もう一度聞けるのなら。
それだけで。
それだけで私は、きっと幸せだった。
そう考えただけで、既に冷え切ったはずの私の心に、ほんの少しだけ熱がこもっていくのが分かる。
……だけど。
それも、もうここまでみたいだ。
私の崩壊が終わろうとしていて──少しずつ、私という存在が世界から消えていく。
でも、怖くはないよ。私は先生として、最後にやるべきことを終えることが出来たのだから。
生徒達を、こちらの世界の私へと託すことができた。シロコにも、伝えたいことを伝えられた。
だから。
これでいい。
……これで。
……そう、思っていたのに。
最後の最後になって。
胸の奥から、どうしても消えてくれない願いが一つだけ残っていた。
私は目を閉じる。
そして、誰にも届かない声で……最後の言葉を、心の中で呟いた。
……もし。
もし、もう一度だけ。
あなたに会えるのなら。
今度こそ──ただ、一人の女性として、あなたの隣にいたかった。
あなたが私をどう思っていたのか──そんな答えさえ、もうどうでもいい。
ただ──私はあなたを愛していた。
それだけは、最後まで嘘にしたくなかった。
だから……
ああ……願うことなら。
叶うことなら──
──あなたと心の限り、愛し合いたかった。
その願いを最後に私は、静かに意識を手放した。
世界から私という存在が消えていく。
最後に浮かんだのは満点の星空の下で笑う、彼の顔だった。
……さようなら。
私の、大切な生徒。そして──
──私が最後までどうしようもなく愛してしまった子。
***
「──せ……い!」
──懐かしい声が聞こえた。それはよく私が無駄遣いしたことに大人として節度を持ってくださいと、何度もお説教されてしまった生徒の声。
相変わらずいつも頑張っている声色をしている……誰かを頼って休む、ということをもっとして欲しかったなぁ。
大人の私よりも断然大人なミレニアムの生徒。あの子には先生として赴任してから毎日のようにお世話になってしまっていたから、ちゃんとしたお礼というお礼も出来ずにいた。
思い返せば、色々な心残りがあるものだ……
それにしても、変な夢だ……最後の最後に私に許されたことは、思い出を夢の中で巡っていくことだったのだろうか。
「──せん、……い!」
何故だが妙に現実地味ている……こんなにもはっきりと生徒の声が聞こえる夢ならば、私はいつまでも浸っていられる。
だけど、それはきっと許されていない。
私に残された選択肢は、ただこの夢の終わりまで駆け抜けていくことなのだろうから──そう、思っていた。
「──先生!」
「──……ぇ」
──突如として私の目の前に広がっていたのは、私が先生として赴任した初日の景色だった。声の主である『
思わず抱きしめたくなってしまう欲に駆られるが何とか堪えた。
だけど、何故だろう──肌に風が嫌という程心地よく感じる。
私に感覚は残されていなかった筈……なのに、何故……?
「先生? もしかしてどこかぶつけたりしたんですか!?」
「い、いや……って、え?」
「先生……?」
ユウカの声に思わず私は返答してしまった──が、私は既に声を出すことすらもままならない程になっていた筈。
それなのに、視界も明瞭で五感も恐らくは全て機能していると肌で理解でき、私が守るべき生徒達の声にも応えることが出来る。
夢と言うには、余りにも現実味を帯び過ぎていて……だから私は目の前のユウカに頼み込んだ。
「ゆ、ユウカ……! わ、私のほっぺつねってみて! 思いっきり!」
「は、はい!? 本当にどこかぶつけたりしたんですか!?」
「お、お願い!」
「え、えぇ……!? が、我慢してくださいよ!?」
そしてユウカが割と強めな力で私の頬を抓る──
「い、痛い!」
「だ、だから言ったんですよ!」
ちゃんと痛みを感じてしまったことで、私には目の前に広がる光景が急にとても愛おしく思えてきてしまった。なんてことのないキヴォトスでは当たり前の日常が、とても……だから、もう私は抑えられなかった。
不意に涙が溢れ出してくるのも肌で感じ、その感覚すらも愛おしく思えてきてしまって。
「──……っ……ユウカっ……!」
愛する生徒達を目の前にして私は言葉を紡ぐよりも早く、抵抗されるよりも早く、ユウカを抱きしめてしまっていた。
「せ、先生?」
困惑するユウカを横目に、私は確かに温もりを直に感じ、その感覚に身体をしばらくの間預けていた。
何故、私はここにいるのだろうか。
これは、夢ではなく現実──でも、私が経験した記憶と全く同じなのだ。目の前で起きている現実が、現実に思えなくて。
だけど、ユウカの温もり、肌で風を感じる感覚、発したいと思った言葉を全て紡ぐことができること──これらの事象が現実だということを示し出していた。
……なら。
……もし、これが、現実なら。
……まさか──彼も、生きている?
ユウカ達が目の前にいる現実からそう考えてしまった私の身体は、いつの間にか駆け出していた。
ユウカ達が制止する声も張り切って、ただ彼の元に向かおうとしていた。
彼がどこにいるのかも分からないのに、当てもなくただ走り続けていて──彼に会いたいという思いだけが先行していた。
***
キヴォトス某所の廃墟──私はいつの間にかここに到着していた。ここに着いた瞬間に身体の筋肉も弛緩して落ち着きを取り戻したが、心の中は全く気が気ではなかった。
彼がここにいるのかもしれない──その可能性が私を興奮させ、不安に陥れていた。
「はぁっ──はぁっ──」
興奮冷めない精神状態で、私は何とか彼を探し出すという目的を遂行させる為、廃墟の入り口をゆっくりと開けた。
中を覗いて爆速で目を動かして彼を探し出す私の視界の中で、一つの人影が蠢いていた。
私が扉を開けた音に気が付いたのか、その人影はゆっくりとその正体を露わにする──ゆっくりと、私の方へと近づいて来て。
「……誰?」
──と、一言。
聞き違える筈がない、あの愛おしくてたまらない声──まだ私よりも何歳も年下であどけなさを残している声。
その声が聞こえた瞬間に私は目の前の彼に駆け寄り、さっきのユウカと同じように強く抱きしめていた。
「──っ……!!」
「えっと……?」
「やっと、見つけた──」
まだ現実ではない可能性もあるのかもしれない。
だけどそんなの、関係ない。
これが私に許された時間ならば。
例え他の誰かに何と言われようが──今度こそ。
今度こそ彼を──絶対に──
「──愛してる……っ……」
──心の限り、愛すと誓う。
──どんな手段を使ってでも。
──何があっても。
絶対に──ニガサナイ。