惑星Ziでは、帝国と共和国の戦争があった。
戦争にはゾイドが使われ、「戦闘機械獣」として両国の兵器として扱われていた。
それは遠い昔の話で、今はもう帝国も共和国もないし、ゾイドは兵器じゃない。
「でも、おまえたちは機械だと思われてる」
ラゼルを走らせながら、俺は独りごちた。
ゾイド——金属生命体と呼ばれる惑星Zi固有の生物。金属細胞によって構成された身体と、生命活動を司る固有器官「ゾイドコア」を持つ立派な「生き物」だ。
けれどそれは、金属生物学的な話であって。
歴史的、あるいは社会的には、ゾイドは機械として扱われることが多い。
「確かに、おまえたちの身体は機械そのものなんだけどさ」
金属生命体以外に、ゾイドは「メカ生体」と呼ばれることもある。その名の示す通り、俺の乗っているラゼルを含む殆どのゾイドは自然そのままの姿をしているわけではない。ゾイドコア以外の身体は、人工的に作られた機械部品に置き換えられている。
ゾイドコアが適合するように、個体の形質——ラゼル、ガンスナイパーならヴェロキラプトル種の姿を模した人工のボディに、コアが搭載されている。
はるか昔、人間がゾイドを使役するためにこのような方法を確立させたという。
「だけど、ゾイドは機械じゃない。おまえたちは生きてる」
そうでなければ、人の手を離れたゾイドによる「機獣災害」だって起こるはずがない。
「生きてるなら……無闇に殺していいわけないよな」
俺たちハンターは、野生化ゾイドを「処理」することが仕事。そのやり方は各々に一任されているけど、基本的には捕獲して保護区に送るというのが一般的だ。
それでも、やむを得ない場合は駆除——殺処分という方法を取らざるを得ないこともある。
ゾイドは今の社会インフラを担う一端であると同時に、危険な存在でもある。元を辿れば戦争に使われていた兵器なわけだし、単純にでかくて重い。小型にカテゴライズされるガンスナイパーのラゼルだって全高は七メートル、重さは二十五トンにもなる。
そんなのが制御を失って都市部で暴れ回れば、大きな被害が生じるのはわかりきった話だ。
だけど、殊更に危険視するのも違うと思う。
「ちゃんと捕獲して、保護区で——」
不意に、気ままに走っていたラゼルが脚を止めた。
「どうした、ラゼル?」
首を巡らせる。どうやら何かを見つけたらしい。
「あれは……?」
視線の先にあったのは、大地にその身を横たえた二体のゾイドの姿。
「ラゼル、行こう!」
傷ついた野生化ゾイドか、もしくは機獣災害に巻き込まれたのか。セントラルシティからはだいぶ離れているとはいえ、物流ルートの上ではある。近づくにつれ、その状況がはっきりと見えた。
「こ、れは……」
最初は、二体のゾイドが横たわっているように見えた。だが違う。そこにいたのは、胴体を真っ二つに切り裂かれた一体のゾイドだった。
ガンスナイパーと同じ、ヴェロキラプトル型のゾイド。赤と黒の機体色を持つ「レブラプター」だ。
「ひでえ……! 一体誰がこんなこと!」
レブラプターは上半身と下半身を完全に断ち切られ、地面に転がっていた。装甲の破損具合から見て、野生化ゾイドなのは間違いない。「処理」の要請が出ていたのかもしれない。
「とにかく確認して、保護管理局に通報しないと……」
俺はラゼルから降りようと、キャノピーのスイッチに手をかける。しかし次の瞬間、突然通信が入ってきた。
『あー、そこのガンスナイパー、聞こえる? こちらはイージスです』
「へっ?」
慌ててレーダーに目をやると、接近する機影があった。ずいぶん速い。時速で二百七十キロ、いや二百八十キロは出ている。
『そのまま動かず、あたしが着いたらコマンドデバイスを抜いて降機しなさい。下手なことしたら、撃つからね?』
声の主が言い終わる前に、猛烈な速度で白い影が俺の視界に飛び込んできた。オオカミ型ゾイドだが、コマンドウルフより一回り大きい体躯。セントラルシティの治安組織「イージス」に少数が配備されているという高速ゾイド——「ワイツウルフ」だった。
「えー、確認完了。リオ・クレイグ君、B級ハンターライセンス所持。所属はクレイグ・ハンターオフィスだね」
ワイツウルフから降りてきたイージスの隊員服に身を包んだ女性にコマンドデバイスを渡すと、彼女は手持ちの端末で直ちに情報を照会してくれた。
「十六歳? 若いねぇ、少年。あたしより十も下なんだ」
コマンドデバイスには「ゾイドの管理端末」に加え、俺たちハンターのように仕事でゾイドを扱う人間の「身分証明書」としての役割も持っている。デバイス内には個人情報や所持しているライセンス情報が記録されているのだ。
「あたしは即応機動隊隊長のサキア・ハーヴェ。見ての通り、イージスのゾイド乗りよ」
イージスの女性——サキアさんは、所属を示す銀色のコマンドデバイスを掲げて名乗った。即応機動隊——イージスの中でも、高い練度と豊富な実戦経験を誇るという精鋭部隊だ。その隊長ということは、かなりの凄腕に違いない……んだけど、纏う雰囲気はどこかゆるい人だった。
「一応確認だけど、これは君がやったわけじゃないよね?」
サキアさんの視線の先には、真っ二つに切り裂かれたレブラプターが横たわっている。
「当たり前だろ、ラゼルでどうやってこんな風にするんだよ」
「だよね。……ラゼルって?」
「俺のガンスナイパーだよ」
ゾイドに名前を付ける人間は多くない。初対面の相手には、いつも説明が必要だった。
「ふーん、ラゼル……白いガンスナイパーか。ひょっとして少年、オットー・クレイグの息子さん?」
ラゼルを見たサキアさんは、何かにピンときた様子で親父の名前を口にした。
「親父のこと、知ってるのか?」
「うん、色々世話になってね。あたしがじゃなくて、昔の部下がだけど」
それだけ言うと、サキアさんは再びこっちに向き直る。
「ゾイド同士の戦闘行為が発生してるって通報があってね。来てみたら、この状況」
「一人で?」
イージスの内情には詳しくないけど、ゾイド乗りが単独行動しているイメージはない。
「一人じゃないわよ、あの子も一緒」
そう言って、サキアさんは親指でワイツウルフを指した。
「今のイージスでは、あたしたちが一番速いのよ」
自然に、だけど誇るように堂々とサキアさんは言う。
「だからみんな置いてきちゃったわ」
どうもずいぶんと破天荒な人らしい。金色の長めの髪もまとめてないし、よく見たらイージスの隊服も結構着崩している。特に胸元とか。……正直目のやり場にちょっと困る。
「お、分析官どのが着いたかな?」
セントラルシティのある方角から、一台の車が走ってくるのが見えた。イージスで使われている汎用的な自動車だ。分析官と言っていたから、これからこのレブラプターに何があったのか調べるのだろう。
「少年はどうする? 君は通りかかっただけだから、もう帰ってくれて大丈夫だけど」
「こいつに何があったのか、俺にも教えてくれ!」
俺は横たわるレブラプターを見て、駄目もとでサキアさんにそう言った。
「ん、いいわよ」
あっさりと許可が降りて、思わず拍子抜けする。そうこうしているうちに、イージスの車両が到着した。
「お疲れー、レミナちゃん」
「サキア隊長、また勝手に先行して! こちらの身にもなってください!」
降りてきたのは、ライトブラウンのショートボブで小柄な女性だった。ゾイド乗りのサキアさんとは異なり、内勤用と思われるスカートの隊服をきっちりと着こなしている。童顔だが、生真面目そうな印象だ。
「ごめんて。ところで、うちの隊員どもは?」
「隊長の指示通り、周辺の警戒に回っています。副隊長は通報者と合流したと、先ほど連絡が」
「オッケー。んじゃ早速、分析よろしく」
「はい。……ところで、そちらの方は?」
レミナと呼ばれた女性が、タブレット端末を胸に抱えて俺の方に向き直る。
「ハンターのリオ・クレイグ君。ちょうど通りかかったみたいでね、同席したいんだって」
「民間の方を同席させるのは、服務規定に抵触する可能性が……きゃあっ!?」
言い終わる前に、サキアさんがいきなりレミナさんのスカートの裾を軽く捲り上げていた。
「ちょっ、もうっ! こんなところで……!」
「レミナちゃんがあまりにもお固いから、少年が緊張しちゃうでしょ」
「そういう問題ではありません! あ、あなたも見ないでください!」
「……す、すいません」
俺は必死にスカートを押さえるレミナさんから慌てて目を逸らす。
「それに、現場の意見も大切よ?」
「……わかりました」
渋々といった感じで、レミナさんが頷いた。サキアさんが彼女のスカートから手を離す。レミナさんはスカートを整え、軽く咳払いをして改めて俺に向き直った。
「分析官のレミナ・レインです。サキア隊長の許可のもとで同席を認めますが、こちらの指示には従ってください」
そう言うと、レミナさんは早足でレブラプターのコクピットに向かう。俺とサキアさんも、後に続いた。
「登録番号を確認しました。二ヶ月前に、第七保護区から脱走届けが出ている野生化個体で間違いありません」
レブラプターのコクピットを調べ終えたレミナさんが、タブレットの画面を俺たちに見せる。
捕獲した野生化ゾイドは管理用デバイスを挿入され、保護区に送られる。そこで新たな引き取り手を探したり余生を過ごしたりするのだが、コマンドデバイスによる管理を受け付けずに暴走してしまい、保護区から脱走する個体も存在していた。
このレブラプターも、そういった個体のようだ。
「ブラックボックスは?」
「データの損傷が激しいです。私の手持ち機材では……」
「んじゃ、回収してラボでの本格的な分析待ちかぁ」
レミナさんに答えながら、サキアさんが入れ替わるようにしてレブラプターのコクピットに向かう。
「……ま、流石に死んでるか」
「ゾイドコアの部分を完全に両断されていますからね……」
再起動を試みたが、無理だったようだ。この状況を見た時点でそう感じてはいたけど、やはりはっきりと言葉にされると辛いものがある。
このレブラプターは、もう生きていない。
「一体誰がこんなことを……」
野生化ゾイドとはいえ、こんな風に無惨に殺されていいわけがない。沸々と、心の底から怒りが湧いてきた。
「機種は特定できます」
再びレミナさんがタブレットを操作し、俺たちに見せてきた。
「切断痕の状態と、周囲に残っていた足跡を解析しました。通報にあったレブラプターと戦闘していたゾイドは、『ブレードライガー』と思われます」
「ブレードライガー……」
「へぇ。だったら割とすぐ見つかりそうねぇ」
ライオン型の大型ゾイドであるブレードライガーは、極めて数の少ないゾイドだ。気性が荒く扱いづらいこともあって、イージスにも配備されていないらしい。
「少年。知り合いの中に、ブレードライガー乗りはいる?」
「いや……俺は知らないけど。あんたまさか、これがハンターの仕業だって言うのか?」
「可能性としては高いわね」
サキアさんはワイツウルフの脚元に佇み、腕を組みながら真面目な顔で言った。着崩した隊服とは裏腹に、その瞳に浮かんでいるのは「プロ」の眼だ。
「イージスにブレードライガーの配備はない。一般市民が個人的に所有できるような機体でもないし、持ってるにしてもコレクターならこんな真似はしない。なら、有資格者として大型ゾイドの運用を許されているハンターか……そうでないなら、不法に所持しているならず者の二択よ」
「……ハンターなら、野生化ゾイドは捕獲するのが基本だろ!? こんな、コアごと真っ二つにするなんて駆除としても過剰すぎる!」
思わず声を荒げてしまう。
ハンターの仕事は簡単じゃない。暴れ回るゾイド相手に、加減が利かなくなることだってある。だけど、ここにあるのは「捕獲の失敗」じゃない。命を奪うことに対する躊躇が一切感じられない——ただの暴力だ。
「リオさん。気持ちはわかりますが……」
レミナさんがタブレットから視線を外し、淡々と……けれど少し痛ましそうな目で俺を見た。
「捕獲と保護には膨大なコストとリスク、それにハンター側の高い技量が求められます。気性の荒い個体や、人里に近い場所に出没した個体に関しては、現場の判断で『殺処分』を選択するハンターも少なくありません。法的には、野生化ゾイドの殺処分は違法ではありませんし……その方が被害を抑えられると判断したのなら、それは尊重されるべきです」
「……そうかもしれないけど」
綺麗事だって言われるかもしれない。
でも、こいつは……このレブラプターは、ただ「生きていたい」だけだったはずだ。しかも一度は捕獲され、保護区にいた奴だ。それを、危険だからって切り刻んでいい理由になるのか?
「ま、これ以上はここで考えてても始まらないわ」
サキアさんがパンと手を叩き、重苦しい空気を吹き飛ばすように言った。
「レミナちゃん、本部に連絡して回収部隊を手配。あたしは周辺警戒を続けつつ、副隊長たちと合流するから」
「了解しました。……あ、サキア隊長。また勝手にスピード出して単機行動しないでくださいね? 今度こそ長官に怒られますよ」
「はいはーい、そうなったらまたレミナちゃんに癒してもらいまーす」
「ひゃうっ!?」
サキアさんから振り向きざまにお尻を揉まれたレミナさんが、甲高い悲鳴を上げていた。
……このサキアさんって人、本当にイージスの精鋭部隊の隊長なんだろうか。中身がただのエロオヤジにしか思えない。
「〜〜っ、もう! 毎回毎回、本当にセクハラで訴えますよ!?」
顔を真っ赤にするレミナさんの頭をひと撫でして、サキアさんはワイツウルフのコクピットへと飛び乗った。キャノピーが閉じる直前、彼女は俺に向かって片目をウインクして見せる。
「少年、クルトによろしくね」
「え、クルト?」
突然、兄貴分の名前を出されて俺は戸惑った。
「君のハンターオフィスにいるんでしょ? じゃ、またどこかで会いましょう!」
甲高い金属音を響かせて、ワイツウルフが起動する。咆哮を上げた次の瞬間には、白い残像を残して荒野の彼方へと去っていった。時速三百キロに迫る、圧倒的な加速。砂塵が遅れて舞い上がり、風と共に俺の頬を撫でた。
「……本当に破天荒な人なんですから」
風に煽られてはためく髪とスカートを押さえながら、レミナさんがため息をつく。そして車に戻り、通信機で本部に回収要請を出し始めた。
俺は静まり返ったレブラプターの遺骸を見つめ直す。切断面は、まるで熱線で焼き切られたかのように滑らかだった。冷え切った金属の身体からは、もう「鼓動」が伝わってくることはない。
(ブレードライガー......)
胸の奥で、小さく黒い炎が燻るのを感じる。
イージスの回収部隊が来て慌ただしくなる前に、ここを離れることにした。俺は車の窓越しに、レミナさんに挨拶する。
「すいません、俺はこれで。お邪魔しました」
「あっ、はい。お気をつけて」
ラゼルのコクピットに戻る。コマンドデバイスを挿し込むと、ブゥンと低い音と共にラゼルの機体が持ち上がった。シート越しに伝わってくる、温かく力強い振動。
「帰ろう、ラゼル」
クルトたちも、コマンドウルフを保護区に引き渡し終えている頃だろう。ラゼルが短く吠え、走り出した。
用語解説:イージス
セントラルシティに本部を置く、対ゾイド治安警察組織。ゾイドによる犯罪の捜査、取り締まりを主任務とする。
第二話に登場したサキアが所属する即応機動隊の他、機甲鎮圧隊や航空隊などが存在。武装したゾイドを公的に運用できる組織としては、この時代で最大級。