セントラルシティ郊外の、俺たちの拠点——クレイグ・ハンターオフィスに帰り着く頃には、もうすっかり暗くなっていた。
「遅いぞリオ。どこをほっつき歩いていた?」
格納庫にラゼルを入れてコクピットから降りると、不機嫌そうな様子のクルトがこっちに歩いてくる。
「ごめんごめん、ちょっと色々あってさ……」
俺はクルトにさっきのことを話した。真っ二つにされ殺されていたレブラプターの遺骸を見つけた話。そして治安組織イージスの、サキアさんとレミナさんのこと。
「そういえば、サキアさんがクルトによろしくって言ってたけど」
去り際のサキアさんの言葉を思い出し、俺はクルトに尋ねる。
「知り合い?」
「……昔のな。ちょっと色々あった」
クルトは昔のことを語りたがらない。俺と組んで、親父が残したこのハンターオフィスを引き継いだのが二年前のことだけど、それより前にクルトが何をしていたのか俺は知らなかった。妹のミラに聞いても、「兄さんに聞いて」の一点張りだ。
「それより気になるのは、ブレードライガーの方だな」
「ああ……あんな風にゾイドを殺すなんて、許せねえよ」
無惨な姿を晒していたレブラプターを思い出し、思わず拳に力が籠る。
「クルトは、誰かブレードライガー乗りのハンター知らないか?」
「生憎俺も心当たりはないな。注意喚起も兼ねて、知り合いの連中には情報を流しておこう。……まあ、サキア隊長が噛んでいるなら俺たちの出る幕はなさそうだが」
確かにクルトの言うとおり、レブラプターの一件はイージスのサキアさんが捜査に当たっている。きっとそのうち、誰の仕業だったのか判明するだろう。
「ところでリオ。おまえ、明日何か用事はあるか?」
「何さ急に。明日はハンティングの依頼もないし、ラゼルと遠乗りしようと思ってたんだけど」
「悪いがそれはキャンセルだ。今日保護したコマンドウルフ……あれの依頼人が、直接会って礼を言いたいらしい」
ハンティングの依頼は今まで何度もあったけど、依頼人からそんな申し出があるのは初めてだった。そういえば、今回の件は誰からの依頼だったのだろうか。その辺はいつも大体クルト任せだから、詳しくは知らないんだよな。
「その依頼人って誰なんだ?」
俺が聞くと、クルトはニヤリと唇の端を釣り上げて言った。
「驚くなよ。ホーク・インダストリアルの社長だそうだ」
翌日。俺はクルト、そしてミラと共にセントラルシティ中心地にそびえ立つ「ホーク・インダストリアル」の本社ビルを訪れていた。
ホーク・インダストリアルは歴史のある重工業メーカーで、現在はゾイドの整備や部品の製造、コマンドデバイスの開発などを主に手がけている。俺のラゼルに使われている部品も多くがホーク社製だし、イージスにも装備を多数提供しているという。
「うわー……」
通された最上階の応接室は、高級そうな革張りのソファと洗練された内装で満たされている。だがそれ以上に俺の目を惹いたのは、壁際に飾られているゾイドの模型たちだった。
「気になるようでしたら、どうぞお近くでご覧ください」
「いいの!?」
「ええ、どうぞごゆっくり」
俺たちをここまで案内してくれた社員さんが、そう言って社長さんを呼びに応接室を出ていった。俺はその言葉に甘えて、模型が飾られているショーケースに歩み寄る。
「リオ、あまりはしゃぐな。迷惑になる」
「わかってるって。でもクルト、これ凄いぞ」
有名だったり、よく見るゾイドだけではない。大昔の戦争の、そのさらに前の時代からあったという「ガリウス」や「ハイドッカー」。希少さではブレードライガーをも上回るという「セイバリオン」。
「お、こっちは『ゴジュラス』……密林戦仕様!? ディープなとこ突いてくるなぁ」
「……ゾイドオタク」
ソファに腰掛けたミラが、ぼそっと言うのが聞こえた。
「聞こえてんぞ」
こういう場に来るということで、今日はミラも普段のツナギ姿ではなくシックなワンピースに身を包んでいた。小柄な体格に対して大人びた服装なのは本人の趣味か、はたまたクルトの趣味なのか。
「ほっとけ、ミラ。ああなったリオは止まらん」
「人よりゾイドと過ごした時間の方が長い……だっけ?」
「仕方ないだろ、ずっと親父とあちこち旅してきたんだから」
俺は、母さんのことを殆ど覚えていない。親父が言うには、俺がまだ小さい時に亡くなったという。それ以来、俺は親父のハンター稼業について行く形で大陸中を移動しながら育った。人と関わるより、ゾイドと関わっていた時間の方が長いというのは、あながち嘘じゃない。
セントラルシティにクレイグ・ハンターオフィスという拠点を持ちながら、親父がそこにあまり戻らなかった理由はよくわからない。そんな生活が二年前まで続いたある日、親父は失踪した。戻ってきたラゼルと、そのレコーダーに記録された映像だけを残して。
「お、これは……」
ふと視線を巡らすと、あるゾイドの模型が目についた。白いライオン型のゾイド。ラゼルのレコーダーに映っていたあの「白いゾイド」に、どこか似ている。名前は——
「それは『ライガーゼロ』ですね」
「うわ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、思わず叫んでしまった。
「ああ、これは失礼。熱心に見ておられたものですから」
振り返ると、三十歳くらいの男性が立っていた。シワひとつない高級そうなビジネススーツに身を包み、茶髪を隙のないオールバックに固めている。
「えっと……あんた、誰?」
「初めまして。私(わたくし)、ホーク・インダストリアル代表取締役社長のアーネスト・ホークと申します」
「この度はコマンドウルフを無事に保護してくださったこと、改めてお礼申し上げます」
応接室のソファに腰掛けた俺たちに、社長——アーネストさんは深々と頭を下げた。
「実は、あのコマンドウルフは元々私の父……先代社長が所有していた機体でしてね。父の知人が輸送会社を立ち上げるというので貸与していたのですが……あのような形で管理者を失い、野生化ゾイドになってしまった」
テーブルを挟んで腰を下ろしたアーネストさんが言う。昨日保護したコマンドウルフは、倒産した輸送会社が使用していたゾイドだった。
「なるほど、そういう経緯でしたか」
アーネストさんの説明を聞いて、クルトも腑に落ちた様子を見せた。
「いずれは我が社に返還される貴重な財産ですからね。やはり、あなた方に頼んで正解でした」
大企業の社長らしい、隙のない微笑みを浮かべるアーネストさん。けれど、ゾイドを「財産」と扱う物言いに、俺は胸に棘が刺さったような感覚になる。
「どういうことだよ」
「リオ、失礼だぞ」
思わず突っかかるような言い方になってしまい、クルトに嗜められた。
「構いませんよ。クレイグ・ハンターオフィス……失礼ですが調べさせていただきました」
アーネストさんは口元で指を組み、視線を向ける。お礼に呼ばれたはずなのに、こっちが試されているような気分だった。
「野生化ゾイドの捕獲件数は少ないが、保護されたゾイドの被損傷率が群を抜いて低い。何よりリオ・クレイグ氏。君がオフィスを引き継いだ二年前から今に至るまで、野生化ゾイドの殺処分件数がゼロ……これは特筆すべき実績です」
「当然だろ。野生化ゾイドを捕獲して、保護するのがハンターの仕事だ。殺すためにやってるんじゃない」
「素晴らしい心掛けです。ですが昨今の機獣災害増加もあり、殺処分という方法を取るハンターも多い」
昨日、イージスのレミナさんが言っていたことが脳裏に浮かぶ。
「だからこそ、あなた方に依頼したのですよ」
「過分な評価、痛み入りますが……」
クルトの声が割って入った。静かだが、どこか警戒したような響き。
「ただの保護依頼にしては、ずいぶんと詳しく調べられている。礼というのは建前で、我々をここに呼んだ本題があるのでは?」
「やだなぁ、お礼を申し上げたいのは本心ですよ?」
おどけたように両手を広げ、アーネストさんが答える。けれどその直後、柔和な表情に鋭さが混じった。
「ですが……確かに、別の用件があるのも事実です」
そう言って、アーネストさんは指を鳴らした。控えていた社員さんが、金属製のケースをテーブルに置く。
アーネストさんのしなやかな指がケースを開けると、そこには小さな直方体型のデバイスが収められていた。
「これは……コマンドデバイス?」
「はい。我が社で開発を進めている、新型の管理用コマンドデバイス……その試作品です」
野生化ゾイドの捕獲後に装着が義務付けられている、管理用コマンドデバイス。ケースに収められたそのデバイスには、俺たちが使う無骨な現行型のものとは違う、シャープなデザインが施されていた。
「あなた方には、この新型デバイスの実証試験をお願いしたいのです」
アーネストさんはタブレット端末を取り出し、デバイスに並べるようにしてテーブルに置く。画面には、コマンドデバイスの仕様書と思われる複雑な数値データが表示されていた。
「従来型のデバイスと違い、ゾイドコアへの負荷を軽減しつつ強力な管理ネットワークを形成します。これが普及すれば、保護区からゾイドが脱走するような事案も激減するでしょう」
「ゾイドの脱走……」
昨日の、無惨に切り裂かれたレブラプターの姿を思い出す。あいつも、一度捕獲されていたのに保護区から脱走したゾイドだった。
あんな風に殺されるゾイドを、減らすことができる?
「まだ試作品ですが、関係各所の認証は取得済みですよ」
「腑に落ちませんね。我々に対する評価は置いておくにしても、ホーク・インダストリアルという大企業がわざわざこんな零細ハンターオフィスに新製品の実証試験を依頼するとは……」
「おいクルト、どこが零細だって?」
「事実でしょ」
これまで黙っていたミラが、呆れたように口を開く。
「誰かさんがラゼルに無茶させるせいで、うちの経理はいつもギリギリ。仕事の度にどっか壊してくるじゃない」
「うぐ」
確かにミラの言う通りで、昨日もあの後見てみたらラゼルの尻尾のサーボがいくつか駄目になっていた。けどあれはラゼルが勝手に動いたようなもんだし……。
「ラゼル……リオ氏のガンスナイパーですか。元はかの高名なハンター、オットー・クレイグ氏の愛機」
「あ、ああ。そうだけど」
アーネストさんがラゼルのことを知っているのは、予想外だった。
「もし依頼を受けていただけるならば、ラゼルへのパーツ提供と我が社でのメンテナンスを約束しましょう。いかがかな?」
「マジで!?」
あまりにも魅力的な提案に、思わず叫んでしまう。
「ええ。オットー氏のガンスナイパー……脚部メインダンパーの懸架フレーム、あれは初期型の希少な鍛造パーツですね。あえて旧型のフレームを使うことで、跳躍時の着地ショックを和らげている。オットー氏の見事なこだわりだ、私ならさらに腰部のシリンダーを——」
一瞬、熱を帯びかけたアーネストさんは、クルトの冷ややかな視線に気づくと、コホンと小さな咳払いを挟んだ。
「……失礼、少し専門的な話が過ぎましたね。我が社の技師にも腕の立つ者がおりますので、満足のいく調整をお約束しますよ」
「ホーク社長、失礼だが先の質問にお答え願えませんか?」
そういえば、クルトの話の途中だった。
「御社はイージスにも装備を卸している実績がある。そこではなく、まして保護管理局を通さず直接我々に実証試験を依頼する、その理由は何です?」
クルトの鋭い視線を受けて、アーネストさんがわずかに目を眇めた。けれど、すぐに柔和な微笑みを浮かべた若手社長の顔に戻る。
「イージスはあくまで治安組織であり、野生化ゾイドの事案において保護より駆除を優先する傾向がありますし……。保護管理局においても、現在の世論に押される形でしょうか、駆除もやむなしという立場を取りつつある」
しかし、とアーネストさんは続ける。
「現在の惑星Ziにとって、ゾイドはもはや欠かすことのできないインフラです。無闇に駆除することは、それだけで多大な社会的損失と言える。私は今の世論を変えたいのですよ」
「……ゾイドは貴重な『財産』だから?」
熱弁を振るうアーネストさんに対し、冷ややかに——だけどはっきりと、ミラが聞いた。
「ええ」
それに対し、間髪入れずに表情を崩すことなくアーネストさんは頷く。
「だからこそ、決してゾイドを殺すことなく保護するあなた方にこそ、このデバイスを託したい」
「……なるほど。理解しました」
アーネストさんの言葉を聞いて、クルトは静かに頷いて——俺に視線を向けた。
「俺としては断る理由はない。どうする、リオ?」
「……一つだけ言わせてくれ、社長さん」
顔を上げて、アーネストさんの目を真正面から見た。
「俺はゾイドが大切な財産だからだとか、損失になるからだとか、そんな理由でゾイドを殺さないんじゃない」
大企業の社長さんに対して、青臭いことを言っている自覚はあった。でも、そこだけははっきりさせておかないといけない気がする。
「でも、これが殺処分されるゾイドを減らすことに繋がるなら、受ける」
「……感謝します、クレイグ・ハンターオフィスの皆様方」
細かい話をクルトとアーネストさんがまとめた後、俺たちはホーク・インダストリアルの本社ビルを出た。
「なんか凄い話になってきたな」
有名企業の社長さんから直々に、新製品のテスト依頼。契約書はクルトの手元にあるけれど、いまだに実感が湧かないでいる。
「にしても、ゾイドは『財産』か……」
アーネストさんの言葉を思い出す。
あの人にとって、ゾイドはきっと商売道具なんだろう。何千、何万人もの社員を抱える大企業の代表取締役社長なのだから、当たり前といえば当たり前だ。ビジネスマンとして、正しい姿勢なんだと思う。
けど、俺にはやっぱり納得できない。
「気持ちはわかるがな、リオ。仕事として引き受けた以上、私情は飲み込め」
「わかってるよ」
クルトには内心を見透かされているのか、釘を刺された。
「でも、リオの言ったことは間違ってないと思う」
ミラが振り返って言う。
「そうだよな?」
「青臭い理想論だけど」
「一言多いんだよ!」
言い合いながら、グスタフを停めている地下の駐機場に戻ろうとしていると。
『——臨時ニュースです。先ほど、西部第三保護区より野生化ゾイドが脱走したとの情報が入ってきました』
街頭モニターから聞こえてきた音声に、思わず立ち止まる。
「兄さん、第三保護区って」
「ああ、近くにブロード工業地帯があるな。人工密集地ではないが、機獣災害が起こりかねん」
「行こう!」
幸いにも、グスタフのトレーラーにはラゼルも載せてきている。昨日の今日で装備も万全じゃないけど、ハンティングに出られない程じゃない。
「ゾイド回廊を使えば西エリアに出られる。きっと何とかなる!」
「……あくまで現地に向かうだけだ。保護管理局から要請が出るまでは、勝手に動けないぞ」
「わかってる!」
地下に続く階段を駆け降りる。後ろから、クルトとミラも続いてくれた。
もし機獣災害が発生すれば、脱走したゾイドは殺処分されてしまうかもしれない。あのレブラプターのように。
「そんなこと……させるか!」
俺はラゼルのコマンドデバイスを握り締め、走った。
用語解説:コマンドデバイス
ゾイドの起動装置を兼ねる電子機器。掌に収まるサイズの直方体形状であり、コクピットの専用スロットに挿入して使用する。これがないと原則的にゾイドは動かないし、動かせない。保護した野生化ゾイドの管理にも用いられる。
官民問わず、ゾイドに乗る人間の身分証も兼ねており、二十一世紀の日本風に言えば「マイナンバーカード+運転免許+車の鍵」。外観形状のイメージはガ〇アメモリ。