『リオ、聞こえるか』
セントラルシティ地下の『ゾイド回廊』から西エリアの地上にラゼルが飛び出すのと同時に、後方から付いてくるグスタフから通信が入った。
『保護管理局から、正式にハンターへの捕獲要請が出た』
トレーラーの通信席で、サポート用VRゴーグルを装着したクルトがいつもと同じ冷静な口調で言う。保護管理局からの捕獲要請は、管轄内の全ハンターに通達されるようになっている。必ずしも対応する義務はないけど、今は受けない理由がない。
「了解! 急ぐぞ、ラゼル!」
操縦桿を押し込むと、ラゼルは力強く大地を踏み込んだ。加速でシートに背中が押しつけられる。フルスピードなら、グスタフに載せられて向かうよりラゼルが自分で走った方がよっぽど速い。
『脱走したのはレブラプターが二機。現在、ブロード工業地帯へ侵入中とのことだ』
「またレブラプター……! 保護区の管理用ネットワークはどうなってんだよ!?」
『解らんが、嫌な予感がするな。急いだ方がいい』
今回は、保護区と工業地帯の距離が近い。おまけに工業地帯はエネルギープラントとも隣接している。急がないと被害が拡大する可能性がある。
「言われなくても急いでる!」
『こちらも全速で向かう。ミラ、速度を上げられるか?』
『うん、グスタフも調子は良さそう。……リオ、ラゼルに無茶させたら駄目だからね』
「もちろん!」
『リオが無茶するのはいいけど』
「俺はいいのかよ!」
言い合う間にも、ラゼルとグスタフとの距離は開いていった。前方に、パイプラインと巨大なタンクが乱立する区画——ブロード工業地帯が見える。
「……もう被害が出てるのか!?」
一角から煙が上がっているのが見えた。少し置いて、爆発音。新たな炎と煙が上がる。
「跳ぶぞ、ラゼル!」
区画を仕切るフェンスを跳び越え、工業地帯に足を踏み入れる。
視界に飛び込んできたのは、赤と黒の装甲を持つヴェロキラプトル型ゾイド——二体のレブラプターだった。一体は太い送油パイプを引きちぎり、吹き出す燃料が引火して激しい炎を上げている。もう一体は敷地内の作業用建屋の壁面に背中の鋭い鎌……カウンターサイズを突き立て、力任せに倒壊させようとしていた。
「おとなしくしろ……っ!」
ラゼルを組みつかせ、レブラプターを建屋から引き剥がす。同じヴェロキラプトル型ゾイド、機体サイズもほぼ同じ。暴れるレブラプターを押さえ込もうとするが、振り払われる。
「くそっ!」
『パルスアンカーを使え!』
通信機越しにクルトの指示が飛ぶ。物理的に押さえ込むのが無理な以上、それしかない。俺はコンソールのサブパネルを操作し、キャノピーに照準器を投影させた。
「いけっ!」
トリガーを引く。肩のマルチランチャーから、アンカー付きの金属ワイヤーが勢いよく放たれた。体勢を立て直そうとしていたレブラプターの背中に、アンカーの先端が突き刺さる。
——ギャアアァァッ!!
金属質な甲高い鳴き声が、ショックパルスの放電音に混じる。数秒の後、レブラプターは地響きと共にその身を大地に投げ出し動かなくなった。
「よし、まず一体! 次は——」
『リオ、後ろだ!』
アンカーを切り離すのと同時に、クルトの鋭い声が通信機から弾けた。
炎の影から、狂気じみた闘争本能を剥き出しにしたもう一体のレブラプターが驚異的な踏み込みで迫っていた。送油パイプを破壊していた方の個体だ。
「くっ!」
レブラプターのハイパークローが迫る。咄嗟に操縦桿を傾けると、ラゼルが右足のストライクアンカークローを地面に突き刺し、体を捻って回避行動を取る。金属同士が擦れ合うガリガリという甲高い音が響き、ラゼルの左肩装甲から火花が散るのが見えた。
「速い……!?」
普通の野生化ゾイドの動きじゃない。明らかに凶暴化している。
『気をつけてリオ。その子、何かおかしい』
後方から追いつきつつあるグスタフの操縦席から、ミラの声が通信機越しに響く。
『暴れたくて暴れてるんじゃない、頭の中を、直接掻き回されてるような……』
「何だって!?」
背筋に冷たいものが走った。
『制御プログラムの不具合じゃない。外部からの干渉、オーバーライドか……!?』
クルトの冷静な分析の口調に、珍しく焦りの色が混じる。
「おまえ……苦しいのか?」
目の前で低く唸り声を上げるレブラプターは、威嚇するかのように首を振っている。けれど、その足元は微かに震えていた。まるで、自分の身体が制御不能な破壊衝動に衝き動かされていることに苦しんでいるようだ。
「待ってろ、今何とかしてやる!」
パルスアンカーは残り一発。後はない。俺は右のトリガーに指をかけ、慎重に狙いを定める。レブラプターが苦痛に満ちた咆哮と共に、ラゼルの喉元へ向けて跳躍した——その瞬間だった。
『下がれ、ガンスナイパー』
突如として割り込んできた通信と共に、後方から一閃の青い光の軌跡が走った。
空中でそれと交錯したレブラプターは木の葉のように弾き飛ばされ、叩き落とされる。
「なっ……!?」
驚愕して振り返ると、崩れかかったパイプラインの上に佇む青い影が見えた。
ラゼルやレブラプターよりも二回り近く大きな体躯のライオン型ゾイド。鮮烈な青の装甲に身を包み、背中には金色に輝く二振りの刃——レーザーブレードを携えている。
「ブレード……ライガー!?」
咆哮が、空気を震わせた。
ブレードライガーがレーザーブレードを展開する。そして、今にも獲物に飛び掛からんと姿勢を低くするのが見えた。
「おい……待て! やめろ!」
その視線は——ゾイドは「目」を持たないけれど、俺にははっきり見えた——、違うことなく身を起こそうとしているレブラプターに向けられている。
金色の刃が、眩い閃きを放った。
「やめろ——っ!!」
俺は咄嗟に、普段は絶対使わない「左」のトリガーを引いた。ラゼルの前腕に装備された「戦闘用火器」……三連装ビームマシンガンから、細切れの光条が放たれる。
しかし、それは空を切った。
射撃より速く青い残像と化したブレードライガーは、レーザーブレードを閃かせレブラプターに飛び掛かる。
一瞬の交錯。
「あ……」
身を起こし、立ち上がった直後だった。レブラプターは断末魔の叫びを上げる間もなく、上半身と下半身を断ち切られていた。
レブラプターの上半身が滑り落ち、地響きと共に地面に転がる。切り裂かれた断面から、まるで血飛沫のようにオイルが吹き出していた。
『駆除完了』
通信機から、ぞっとするほど平淡な声が聞こえた。残酷とか冷たいとか、そういう感じじゃない。ただ「仕事を終えた」というだけの、何の感慨も感じられない声。
陽炎越しに佇むブレードライガーから発せられている通信だった。
「てめえ……! 何てことしやがる!」
『ハンターとして保護管理局の要請で野生化ゾイドを処理した。それだけだ』
「管理局の要請は捕獲だろうが! こんな、殺さなくたって何とかなっただろ!?」
『何とかなる、か。甘いな』
通信機の向こうから、冷ややかな声が返ってくる。
『後ろを見てみろ』
「後ろ……?」
ラゼルと共に振り返る。そこには逃げ遅れたらしき工場作業員が数人、瓦礫の隙間に身を屈めていた。
『貴様が手をこまねいている間、彼らは命の危険に晒されていた。対処を誤れば、彼らは死んでいた』
死んでいた。
背筋を冷たいものが這い上がる。
『貴様はゾイドを生かすために人を殺すのか?』
「っ、違う! けど……!」
言い返せない。俺がレブラプターの捕獲に集中し、逃げ遅れた人たちに気づいていなかったのは事実だからだ。
「だからって、ゾイドを殺す必要だってないはずだろ!?」
『……それが甘いと言っているんだ』
声に失望が混じる。
『野生化したゾイドは害獣だ。生かしておけば、いずれ人を殺す。ましてこいつらは、一度保護されたにも関わらず脱走した個体だ』
「……」
『だから僕はこいつらを殺す。こいつらが人を殺す前にな』
ブレードライガーが首をもたげた。立ち去るつもりのようだ。
『待て』
別の通信が割り込んできた。クルトだ。
『こちらはクレイグ・ハンターオフィスのクルト・ファフニールだ。対処への協力に感謝する。だが念のため、そちらのハンターライセンスを確認したい』
少しして、ラゼルのコンソールモニターに映像通信が繋がった。ブレードライガーのコクピットに座る男の映像。
細身の男だった。長い黒髪と、レザージャケット。思ったより若い。
『そちらの名前は?』
『レン・カムナギ』
あのブレードライガーに乗る男の名前。
『確認した。以後の処理はこちらで引き継ぐが、構わないか?』
『ああ、好きにしろ。……行くぞ、ライガー』
今度こそ、ブレードライガーがその身を翻す。一陣の青い疾風となり、ブロード工業地帯を去って行った。
「……レン・カムナギ……」
その名前は、俺の脳裏から離れなかった。
ブロード工業地帯には、黒煙の臭いと焦げたオイルの重苦しい熱気が充満していた。
真っ二つに切断されたレブラプターの亡骸から漏れ出すオイルが、地面に黒い斑点を作る。その断面、断ち切られたゾイドコアの光が弱々しく明滅し……やがて消えた。
「あいつ……」
ラゼルの操縦桿を握る手が、微かに震えていた。
一瞬だった。俺が撃つより速くあいつは踏み込み、迷いのない一刀でレブラプターを切り殺した。あのレンという男は、野生化ゾイドを追い詰めることにも、その命を奪うことにも一切の躊躇がない。
『リオ、間もなくそちらに到着する』
通信機から聞こえたクルトの冷静な声に、我に返る。
「クルト……」
『仕事は終わっていないぞ。生きている方のレブラプターを収容する、準備しろ』
「ああ……そうだな」
そうだった。二体のレブラプターのうち、一体は殺されていない。
「なあ、ラゼル」
最初にパルスアンカーで停止させたレブラプターの方にラゼルを向かわせながら、俺は聞いていた。
「親父なら、どうしただろうな」
俺の問いかけに、ラゼルは答えない。ゾイドは、言葉を話さない。
でもきっと、レブラプターも殺さず、逃げ遅れた人たちも危険に晒さず……最良の方法で、ことを収めたと思う。
(——「野生化したゾイドは害獣だ。生かしておけば、いずれ人を殺す」——)
レン・カムナギの言葉が頭の中で反響する。
(——「だから僕はこいつらを殺す。こいつらが人を殺す前にな」——)
「……でも、こいつらだって必死に生きてるんだ」
俺の言葉に、ラゼルは答えない。
用語解説:ゾイド回廊
セントラルシティの地下から各方面に伸びる大規模な地下道。
シティの地上には緊急時を除きゾイドの乗り入れができないため、こういったゾイドが通る道や駐機場などはすべて地下に設けられている。
何箇所か閉鎖区画があるが、どこに繋がっているのかは定かではない。