ブロード工業地帯での一件から数日後。俺はセントラルシティの治安組織イージスの庁舎に、事情聴取のため呼び出されていた。
「何でコマンドデバイスを返してくれないんだよ!?」
形通りの事情聴取……だったはずなのだが、操縦ログの精査ということでコマンドデバイスの任意提出に応じたところから話がややこしくなった。デバイスは返してもらえず、それどころかまるで取調室のような狭い部屋に連れてこられて今に至る。
「えー、リオ・クレイグ君。君のデバイスを精査したところ、戦闘用火器の発砲記録が確認された」
テーブルを挟んで対面に座るイージスの係官が淡々と……少しだけ面倒くささを滲ませながら、バインダーに挟んだ書類を捲って言う。
戦闘用火器は、対ゾイド用に装備されている武装のことだ。確かにあの日、俺はブレードライガー……レン・カムナギを止めようとして、あいつに向けてラゼルの三連装ビームマシンガンを発砲している。当たらなかったけど。
「当該時刻に火器の使用申請、および許可の記録はない。これは機獣運用法違反に当たる」
「はあ!?」
初耳だった。
いや、厳密に言えば知ってはいた。ただ、ハンターのライセンス取得時に受けた講習では「ライセンス所持者は職務中に限り戦闘用火器の使用が認められる」と習っている。
俺はそのことを係官に話すが、
「機獣運用法にそのような条文はない」
と、にべもなく言われた。
「戦闘用火器の無許可使用による機銃運用法違反により、君にはライセンスの無期限停止処分が下される。コマンドデバイス、並びに所持しているゾイドも押収となる」
「な……ラゼルも取り上げられるってのか!? ふざけんな!」
思わず身を乗り出して机を叩くが、係官は動じた様子もなく淡々と続ける。
「ゾイドを回収する日時は追って連絡する。異議がある場合は所定の手続きで申立てを——」
「その必要はありません」
係官の言葉を遮るように部屋の扉が開き、凛とした女性の声が響いた。
振り返ると、そこには白いスーツに身を包んだ女性の姿があった。年齢は四十代ほどだろうか。きっちりまとめられたアッシュブロンドの長髪と伸びた背筋が、どこか威圧感すら感じさせる。
「ちょっと、ここは関係者以外の立ち入りを禁止——」
係官の言葉を無視して、その女性は俺のところに歩み寄ってきた。
優しく肩に手を置かれる。
「もう大丈夫よ、リオ・クレイグ君」
先ほどの威圧感をまるで感じさせない、穏やかな表情。
「え、何で俺の名前……」
それを尋ねる前に、女性は視線を目の前の係官に向けた。表情に、再び厳しさが滲む。
「保護管理局長官、シェラスタ・オコーナーです。直ちにイージス長官、ゲンブ・ヤマキ氏に取り次いでください」
その後、あれよあれよという間に俺はその女性——保護管理局長官のシェラスタさんと共に、取調室からイージス庁舎の上階にある立派な会議室に通される。そこにはイージスの偉い人が二人、重厚な会議卓に座っていた。
「えー……ですので、シェラスタ知事……あ、いえ長官」
俺とシェラスタさんの向かいに座っているイージスの偉い人の一方……眼鏡をかけた神経質そうな中年の男性が、書類を確認しながら発言する。
保護管理局はセントラルシティ市庁の外局であり、その長官はシティの知事が兼任している……というのは、後でクルトに教えてもらった。つまりシェラスタさんは保護管理局の長官であり、セントラルシティの知事でもある。
「彼の行為は、無許可による戦闘用火器の発砲という機獣運用法違反でして。当局としては法に則り、適正な処分を下す必要がありましてですね」
「過去の判例によれば、ハンターライセンス所持者は職務中に限り緊急措置として自己判断による戦闘用火器の使用を認めるものである、とありますが?」
偉い人に対して、シェラスタさんは冷静かつ整然と言葉を返す。
「加えて付随する訴訟において、当時押収したコマンドデバイスとゾイドの返還命令が裁判所から出ていたはずです。こういった事例があるにも関わらず、機獣運用法のみを根拠にライセンスの停止、コマンドデバイスとゾイドの押収という処分を下すのは、いささか強引が過ぎるのではありませんか」
「いや、それは……」
「そもそも」
穏やかだけど、有無を言わせない口調。知事として、保護管理局の長官として積み重ねてきた重みが感じられる。
「彼は当時、保護管理局の要請に基づく野生化ゾイド捕獲行為の遂行中でした。この場合、機獣運用法に優先する形で野生化機獣保護基本法が適用されるはずです」
「うぐ……」
「保護基本法においては、ハンターの職務中における自己判断での戦闘用火器の使用は条文として認められております。それを無視し、機獣運用法のみを適用するというのであれば……」
「……我がイージスも機獣運用法に基づき、武装ゾイドの運用は認められない。そう仰られるわけですな、シェラスタ長官」
これまでずっとシェラスタさんとイージスの偉い人の会話を黙って聞いていたもう一人、厳格そうな初老の男性が口を開いた。
「その通りです、ゲンブ長官」
初老の男性——イージスのトップ、ゲンブ・ヤマキ長官は、重々しく頷く。
「確かに法は厳格に適用されるべきだが、同時にどの法を適用するかも厳格に定められるべき。貴女の言うとおり、彼には野生化機獣保護基本法を適用し判断するのが法執行機関としてのあるべき姿だ」
「しかし長官、それでは我々としても示しが……!」
「落ち着きたまえ、副長官」
眼鏡の偉い人——副長官らしい——は、ゲンブ長官がシェラスタさんの言い分に同意したことが納得できない様子だったが、当のゲンブ長官に制止されて言葉を飲み込んだ。
「保護基本法の条文に基づき、彼が当該時刻に行なった戦闘用火器の使用は職務遂行における必要な行為と判断する。処分は取り下げ、速やかにコマンドデバイスを返却しましょう」
「感謝いたしますわ、ゲンブ長官」
厳しい表情を浮かべていたシェラスタさんが、ふっと微笑みを浮かべて頭を下げる。
「あ……ありがとうございます!」
俺も思わず頭を下げた。デバイスも返してもらえるし、ラゼルも取り上げられずに済んだのだ。
「礼は不要です。……副長官、彼のコマンドデバイスを持って来させたまえ」
「は……」
「リオ・クレイグ君」
未だ納得いかない様子の副長官が、会議室の壁に備え付けられた内線電話を取ろうと立ち上がる。それを見送り、ゲンブ長官は再び口を開いた。
「今回は君の行為による被害が発生していないため、処分は下さない。しかし、もし君が発砲した火器による物的ないし人的な被害が発生していた場合、保護基本法の適用下においても罪に問われる場合がある。覚えておきたまえ」
確かに、ゲンブ長官の言うとおりだった。俺が撃ったビームはブレードライガーには当たらなかったし、ブロード工業地帯の建物や設備を壊すこともなかった。だけどもし、あれが当たってブレードライガーを傷つけていたり……認めたくはないがレン・カムナギが怪我をしていたりしたら。あるいは工業地帯の設備を壊していたりしたら、その時は……。
「……気をつけます」
「よろしい」
会議室の扉が開く。係官が、俺のコマンドデバイスをトレーに乗せて持ってきたのだった。
返却されたコマンドデバイスを握り締め、俺はシェラスタさんに続いて会議室を出た。地上階に向かうエレベーターに乗り込むと、シェラスタさんは柔らかい表情を浮かべて口を開く。
「何とかなってよかったわね、リオ君」
「あの……えっと、シェラスタ……長官?」
ラゼルを取り上げられずに済んだことで舞い上がっていたけれど、そもそも何で保護管理局の長官なんていうお偉いさんが俺のことを助けてくれたのだろうか。今更になって状況のおかしさに気づいた俺は、恐る恐るシェラスタさんに聞いてみた。
「どうして俺を助けて……っていうか、俺のこと知ってるんですか?」
「よく知っているわ。小さいころに会ったこともあるけれど、流石に覚えていないわよね」
「……すいません、思い出せなくて」
記憶を辿ってみるけど、どうにも思い出せない。
「無理もないわ、まだマリエルが生きていたころだもの」
「え……母さんを知ってるんですか!?」
マリエル……俺が小さいころに亡くなったという母さんの名前だった。シェラスタさんは昔を懐かしむように、どこか遠い目をして言う。
「そうよ、マリエルとは同じ学校で、それ以来の付き合いでね。もちろんオットー……あなたのお父様のことも知ってるわ」
「母さんと、親父の……」
知らなかった。ほとんど記憶のない母さんはともかく、親父からも失踪するまでシェラスタさんのことを聞いたことがない。
シェラスタさんは現在のセントラルシティ知事としてゾイドの保護政策を掲げ、保護管理局の設立やハンターの組織化を推し進めた人だった。ハンターをやっていれば、その名前を知らない奴はいないだろう。
そんな人と知り合いだったなんて。
「マリエルが亡くなって、オットーも失踪したと聞いて心配していたのだけど……立派にやっているみたいで安心したわ」
「いや……俺なんか、親父と比べたらまだまだで」
謙遜ではなく、これは本心だった。
「そんなことはないわ。あなたがオットーのハンターオフィスを引き継いでから、ゾイドを一体も殺処分していないのでしょう? 素晴らしいことよ」
「……っ」
数日前、同じようなことを言われたと思い出す。あのときはホーク・インダストリアルのアーネストさんに。ビジネスの場としてだったからか、素直に喜べなかった。
でも今回は、ゾイドの保護という俺と同じ目標に向かっている人から言われたからか——胸が満たされるような気持ちになった。
「あなたのようなハンターは、私にとっても希望なの。何か困ったことがあったら、いつでも力になるわ」
「はい、ありがとうございます!」
エレベーターが地上階に到着する。メインホールに出ると、がっちりとした黒スーツの男性がこっちに歩いてくるのが見えた。
「待たせてごめんなさいね、マルコム」
「いえ、先方への連絡とスケジュールの変更は完了しております。参りましょう」
「じゃあリオ君、私はこれで。気をつけてね」
よく考えてみれば、シェラスタさんはシティの知事で保護管理局の長官。色々と忙しいはずなのに、わざわざ俺を助けるために時間を作ってくれたのだろうか。
「はい。あの、本当にありがとうございました!」
周囲のイージスの人たちからは怪訝な視線を向けられたけど俺は気にせず、シェラスタさんがエントランスを出るまで頭を下げ続けたのだった。