「うおぉっと!」
後ろから迫ってくる暴力的な質量を、俺はラゼルのコクピットで機体越しに感じていた。
数秒前までラゼルが立っていた場所で、重金属の塊みたいな「長い鼻」が薙ぎ払うように振り抜かれる。
「おい、なんであいつ俺たちの居場所がわかるんだよ!?」
『エレファンダーの換装パターンには索敵特化型がある。耳の形状から見て、奴はそのタイプだ』
通信機から、クルトの冷静な分析が聞こえてきた。
捕獲依頼のあった野生化ゾイド——エレファント型の重量級大型機「エレファンダー」は、各部の装備を付け替えて様々な用途に対応する「換装機獣」の異名を持つという。遠い昔のゾイドが戦争に使われていたころ、様々な状況に対応するために開発されたらしい。
今、俺たちが対峙しているのは索敵タイプ。つまり、
「隠れても無駄ってこと!?」
崩れかけたビルの影に身を潜めていたが、あっという間にまた見つかってしまう。猛烈な勢いで突進してくるエレファンダーをギリギリでかわすと、背後でビルが完全に崩れ落ちるのが見えた。
当のエレファンダーはピンピンしている。元気なのはいいことなんだけど、今はだいぶ困る。
『リオ、距離を取れ。まともに食らったらラゼルでは耐え切れん!』
クルトの言うとおり、エレファンダーの体当たりが直撃すればガンスナイパー……小型ゾイドのラゼルはひとたまりもない。
「そりゃ、そうしたいけど……っ!」
あのエレファンダーが縄張りとしているこの場所は、すでに人が住んでいない都市の跡……いわゆるゴーストタウンと呼ばれる地区だった。複雑な路地と立ち並ぶ建物のせいで、思うように移動できない。
『坊主、聞こえるか!』
別の通信が割り込んでくる。しわがれた、けれど通りの良い男の声。
「親方!?」
『指定のポイントまでそいつを引きつけて来い! 後はワシに任せろ!』
「親方がそう言うなら……何とかなるか!」
ラゼルのコンソールに、位置の座標が転送される。建物の間を縫うように、俺はラゼルを走らせた。
後ろから、俺たちが避けて走った建物を突き崩しながらエレファンダーが迫ってくる。
「無茶苦茶だろあいつ!」
『流石に重戦闘ゾイドなだけはあるな、イージスの機甲鎮圧隊が採用するのも納得だ』
他人事みたいなクルトの解説を聞きながら、どうにかこうにか指定されたポイントまでたどり着いた。ゴーストタウンの中心地に程近い十字路。ラゼルがそこを駆け抜け、それを追うエレファンダーがそこに足を踏み入れた瞬間。
『どっせーい!!』
側面から、こちらもビルの壁を吹き飛ばしながら赤い影が飛び出してくる。くすんだ赤いボディのスティラコサウルス型ゾイド——親方の駆る「レッドホーン」が、自慢の角「クラッシャーホーン」をエレファンダーの横っ腹にぶちかました。
重量級のエレファンダーといえど、真横から痛烈な一撃を喰らっては只ではすまない。百三十トンの巨体が舞い上がり、凄まじい雄叫びと共に周囲のビルを巻き込みながら横倒しになった。
「今だ、ラゼル!」
アンカークローを地面に突き立て、反転。パルスアンカーを撃ち込む。
「ちょっと我慢してくれよ……!」
相手は大型ゾイド。通常よりも高い出力でショックパルスを流し込む。起きあがろうともがいていたエレファンダーが、激しい放電と共に身を捩った。
『もういいぞ、坊主。奴は機能を停止しとる』
「ああ……助かったよ、親方」
『なあに。ワシもこいつも、まだまだ若いもんには負けていられんでな』
モニターに表示されたのは、厳つい顔の初老の男性……通称「親方」だった。年齢は六十に近いと聞くけど、相棒レッドホーンと共にまだまだ現役のベテランハンター。親父のことも、若い時から知っているという。
「それにしてもこいつ、ラゼルのことはすぐ見つけたのに、親方のレッドホーンには気づかなかったのか?」
『ものの見事に坊主しか見とらんかったからな。ゾイドも人間も、一点に集中すると他が見えなくなるもんだ』
よくよく考えてみれば、俺も親方が先回りしていることに気づいていなかったわけで。
『さて坊主、早いところコマンドデバイスを繋いでおこうかの』
「わかった。クルト、こっちで作業始めるよ」
『了解した』
クルトはミラと共に、グスタフでこっちに向かっているはずだ。俺はラゼルから降りて親方と合流し、エレファンダーのコクピットを開ける。
「ほう、そいつが噂の新型デバイスか」
俺が取り出した管理用デバイスを見て、親方が感嘆したような声を上げた。
「ああ、この間ホーク・インダストリアルから届いたんだ」
これまで使っていた無骨な従来型とは違う、銀色で洗練されたデザイン。ホーク・インダストリアルの社長、アーネストさんから直々に実証試験を依頼されている新型コマンドデバイスを使うのは、これで三度目になる。大型ゾイドに使うのは今回が初めてだった。
「こいつが普及して、保護区から脱走するゾイドが減れば良いんだけどな……」
ふと気になって、俺は親方に尋ねてみることにした。
「なあ親方、レン・カムナギって知ってるか?」
「レン……おお、あのブレードライガーの兄ちゃんか。噂は聞いとるよ」
その名前を聞いて、親方も少し顔を顰めた。
「そう、そいつ。野生化ゾイドは害獣とか言って……何であんな、簡単にゾイドを殺せるんだよ。おまけにブレードライガーなんて珍しいゾイド、どこで手に入れたんだか」
「さあなぁ。他所様の事情は知らんが……あいつはどうも、シェラスタ知事のお抱えらしいからな。ブレードライガーも知事から貰ったんじゃないか?」
「……え?」
出てきた名前に、耳を疑った。
あの、ゾイド保護と共生を掲げているシェラスタさんの「お抱え」? レン・カムナギが?
「冗談だろ? どうしてシェラスタさんがレンみたいな奴を」
「シェラスタ知事は、機獣災害の被災者への支援事業を行っとる。レン・カムナギも、その支援を受けてハンターのライセンスを取得したクチらしいな」
「機獣災害の被災者……」
「ま、綺麗事だけじゃ世の中回らんってことよ」
そう言って、親方はジャケットのポケットから煙草を取り出す。
「機獣災害は増える一方。いくら知事が保護共生を謳ったところで、被害を受けた人らが納得するわけでもないからな」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
それでも納得できない。被害を出したからといって、簡単に殺処分して良いものなのか。
ゾイドだって、俺たちと同じ生き物なのに。
「……親父だったら、絶対に殺さなかったはずだ」
「なあ、坊主」
不意に、親方が真剣な目をこちらに向けた。煙草の煙をひとつ吐いた後、告げる。
「オットーも、必要なら殺したぞ」
「え……?」
「おまえさんもそのうちわかる」
煙草の灰を携帯灰皿に落としながら、親方はレッドホーンのコクピットに戻っていく。遠くから、ミラが操縦するグスタフが近づいてくる音が聞こえた。
翌日、クレイグ・ハンターオフィスは朝から騒々しかった。昨日捕獲して保護区に移送したエレファンダーの引き継ぎ手続きに、アーネストさんから依頼されている新型デバイスのレポート、ラゼルやグスタフの整備などなど後処理が詰まっているところに、いきなりの来客を告げる呼び鈴が鳴る。
「すまんリオ、手が離せん。代わりに出てくれ」
「おう」
クルトは書類仕事に忙殺され、ミラは外でグスタフの相手をしている。ちょうど格納庫からオフィスに戻ってきていた俺が、来客の相手をすることになった。
二度目の呼び鈴が鳴らされるのと同時に、俺はオフィスの正面玄関を開ける。
「はい、どちら様——」
「久しぶり、少年!」
「さ、サキアさん!?」
そこにいたのは、治安組織イージスの隊服を着崩した、ゆるくウェーブした金髪が目立つ女性。この間知り合った、イージス即応機動隊の隊長……ワイツウルフ乗りのサキア・ハーヴェさんだった。
「お、おはようございます。リオさん」
後ろには、同じくイージスの分析官レミナ・レインさんの姿もある。前のときと同じく、内勤用の制服をきっちりと着こなしていた。
「レミナさんも……こんな朝から、もしかしてこの間のレブラプターの件?」
「それもあるけど、ちょっと大事な話。お邪魔するわねー」
有無を言わせず、サキアさんは悠々とオフィスの中に足を踏み入れた。レミナさんが何度も頭を下げつつ、後に続く。
「リオ、どうし——」
俺たちの会話が聞こえたのか、奥からクルトが出てきて……サキアさんを見て、固まった。
「……サキア隊長」
絞り出すような声。クルトは信じられないものを見るような目で、サキアさんを見つめていた。
「相変わらず辛気臭い顔してるわねぇ、クルト『元副隊長』?」
「……こんな零細ハンターオフィスに、ハーヴェ隊の隊長が何の用です」
「大事な話。悪いけど、ちょっと時間もらうわよ」
フランクに話を続けるサキアさんに対して、クルトは歯切れ悪く応答している。普段の冷静な雰囲気がまるで無い。
「えっと……俺、外した方がいいかな?」
二人の間には何かあったのか。どうも深刻そうな雰囲気を察して、そう提案してみたが。
「あー、少年も同席。君にも関わることだから」
どうも逃げられないらしい。
「……立ち話も何ですし、とりあえず応接室へ」
「お、いいねぇ。久しぶりにクルトにお茶でも淹れてもらおうかしら?」
「職務中でしたらお断りします。俺はもうイージスを退官した民間人です、贈賄になる」
「カタブツ。ま、そういう固〜いところは変わってなさそうで安心したわ」
クルトの素っ気ない態度を軽くあしらって、サキアさんは勝手知ったるとばかりに応接室のソファに深々と腰掛けた。隣では、申し訳なさそうに固まっているレミナさんがおずおずと座る。緊張しているのかな?
「それで、大事な話というのは」
「ホントにお茶も淹れてくれないのね。……まあいいわ、まずはこの間、少年が見つけたレブラプターの件からね」
テーブルを挟んで腰を下ろした俺とクルトに、サキアさんが表情を引き締めて話し始める。
「あのレブラプターを破壊したのは、レン・カムナギというハンターよ。正規のハンターライセンス所持者だから、少なくともならず者の類ではなかったわね」
「……やっぱり、あいつか」
俺がサキアさんたちと知り合うきっかけとなった、無惨に切り殺されていたレブラプター。ブレードライガーの仕業と聞いていたから予想はしていたけど、やっぱりあれもレン・カムナギの仕業だったらしい。
「その様子だと、知ってた感じ?」
「ブロード工業地帯で出くわしたんだ」
「じゃあ、この件は一旦置いといてよさそうね。そしたら本題なんだけど」
サキアさんは打って変わって楽しげな表情を浮かべ、しかし目だけは真剣なまま、隣に座っているレミナさんの肩にぽんと手を置いた。
「今日からうちのレミナちゃんを、君たちの『お目付け役』として出向させることになったから」
「「……は?」」
俺とクルトの声が重なった。
「少年、無許可で戦闘用火器発砲しちゃったんだって?」
「た、確かにしたけど……」
「サキア隊長。その件は野生化機獣保護基本法が適用され、違法性はないとされたはずですが」
ブロード工業地帯での一件は、シェラスタさんの助け舟もあって処分は撤回されていたはず。今更そのことを蒸し返されるのは、あまり気分が良くなかった。
「そうなんだけどね。まあ、イージスの面子というか……体面にこだわってんのよ、上が」
サキアさん自身もあまり良くは思っていないのか、少しうんざりした様子で人差し指で「上」を指しながら話す。
「違法性なしとはいえ、危険行為に代わりはない。よって査察担当者を派遣し監視せよ……ってのが、表向きの理由」
けれど、再び真剣な表情に戻って続けた。
「本当の目的は……レミナちゃんに説明してもらいましょうか」
「は、はいっ! ハーヴェ隊付分析官、レミナ・レインと申します!」
レミナさんが背筋をピンと伸ばし、タブレット端末をテーブルに置いた。
「これを見てください。近年、機獣災害が増加しているのはご存知かと思いますが……」
タブレットの画面には、機獣災害の増加を示すグラフが表示されている。
「こんなに増えてたのか……」
「はい、数もそうなのですが……問題は、これです」
レミナさんの華奢な指が画面を叩き、表示が切り替わった。
「捕獲もしくは駆除された野生化ゾイドの多くが、『一度保護区に収容された個体』なんです」
「割合としては突出しているわけではないが……、確かに多いな。それで?」
クルトが顎に手を当てて、レミナさんに続きを促す。
「加えて、発生地域の偏りとゾイドの行動パターンが、過去のデータと比較した場合に大きく逸脱していることが確認できました。確証は無いのですが……まるで『人為的に誘導されている』かのような印象があります」
「人為的にって……そんなことできるのか?」
俺は思わず口を挟んでしまった。そもそも、人の制御を外れたから「野生化ゾイド」と呼ばれているはずだ。けれど、レミナさんが言うのはまるで……。
「何者かが、機獣災害を意図的に起こしている……と?」
俺が思っていたのと同じことを、クルトが口にした。
「はい、その可能性があります」
「なるほどな……。リオ、この間のレブラプターを覚えているか?」
「……っ、ミラが言ってた。『頭の中を掻き回されてる』みたいだって……!」
確かに、あのときのレブラプターには普通の野生化ゾイドとは明らかに違う、何か不気味なおかしさがあった。
「技術的には特殊な電磁パルスの照射、あるいはゾイドコアへの直接的な干渉で野生化ゾイドをコントロールすることは不可能じゃない。だが、それには高度な設備と技術、資金も必要となるはずだ」
「そう。だからイージス内部でも、このことは重要視されてない。というか、有耶無耶にされようとしているのよ」
クルトの言葉に続けて、サキアさんの声にも真剣さが帯びる。
「上層部の一部に、このことを揉み消そうとする動きがある。正規の調査は難しい……そこで、君たちの出番ってわけ」
「……つまり、レミナ分析官を『危険行為の監視』名目でここに送り込むことでイージス上層部の面子を立てつつ、裏で機獣災害増加の真相を探らせようということですか、サキア隊長」
「さすがクルト。話が早くて助かるわ」
サキアさんは満足そうに頷くと、いきなり隣に座っていたレミナさんの肩を抱き寄せ、その頬をすりすりと撫で回し始めた。
「というわけで、うちの優秀でとっても可愛いレミナちゃんをよろしくね! あ、でもいくら可愛いからって、あたしの許可なくエッチなこととかしちゃ駄目だからね?」
「ひゃ、ひゃいっ!? サキア隊長、やめてくださいっ! まだ話の途中で……ちょっ、スカート捲らないでくださいぃ!」
顔を真っ赤にして暴れるレミナさんと、それを面白がってセクハラを続けるサキアさん。さっきまでの緊張感が一瞬で吹っ飛んだ。
「……サキア隊長、ことによってはゲンブ長官に洗いざらい報告しますが。即応機動隊隊長の部下に対するセクハラ行為の度が過ぎる、と」
「おっと、そいつはマズイ」
心底呆れた様子で眼鏡を押し上げながらクルトが突っ込むと、さすがにサキアさんも手を止めた。
「一応確認しておきますが、拒否権は」
「無いわよ。保護基本法にあったわよね、『イージス、ないし自治体治安組織が必要と判断したとき、ハンター運営組織は速やかに査察を受け入れる必要がある』って条文」
そういえば、ライセンスの学科試験でそんな問題が出ていたような気がする。
「……確かにあります」
クルトは深い溜め息を吐き出すと、俺に視線を向けた。
「断ることはできなさそうだ。どうする、代表?」
俺の答えは決まっている。
もしレミナさんの言うように、何者かが機獣災害を人為的に起こしているというのなら……俺は、それを許せない。
そうじゃなくても、レミナさんを受け入れることで機獣災害が増えている理由を突き止めることができれば。きっと今より、理由もなく殺されるゾイドを減らすことができる。
「わかった。これからよろしく、レミナさん!」
「はいっ。こちらこそ、よろしくお願いします、リオさん」
整った姿勢で深く頭を下げるレミナさん。サキアさんに弄ばれていた時の慌てようが嘘みたいに、凛とした表情に戻っていた。
「よーし決まりね。あたしはひと足先に戻ってるから、レミナちゃんをよろしくね〜」
そう言ってサキアさんは隊服の襟を正して立ち上がり、応接室を後にした。去り際に玄関のドアが開くと、表でグスタフの相手をしていたミラと鉢合わせたのか「きゃーっ、ミラちゃん久しぶりー! また一段と可愛くなっちゃってー!」「え、ちょ、サキアさん来てたの……近い、近いって……」という声が聞こえてきた。ミラとも知り合いだったのか。
「……あの人は本当に……」
クルトが心底うんざりした様子で頭を抱えるが、気持ちを切り替えたのか顔を上げてレミナさんに視線を向けた。
「改めてになるが、クルト・ファフニールだ。よろしく頼む、レミナ分析官」
「は、はいっ! よ、よろしくお願いします、クルト副隊長っ!」
跳ねるようにソファから立ち上がり、直立不動で返事をするレミナさん。
それにしても、クルト「副隊長」か。クルトがイージスにいたということも初耳だったし、驚きばっかりだ。
「副隊長はやめてくれ、俺はもう辞めた身だ」
「失礼しました。ですが、サキア隊長の右腕としてのご活躍、聞き及んでおります。お会いできて光栄です!」
「すまない」
テンションの高いレミナさんとは裏腹に、クルトは声を低くした。
「その話を、リオの前でしないでくれ」
「は……、はい」
「リオ、レミナに設備の説明を。俺はミラの様子を見てくる」
素っ気なく言い置いて、クルトは応接室を出て行った。
「どうしたんだ、クルトの奴」
「あ……あの、リオさん。私何か失礼を……?」
「さあ……でも、大丈夫だと思うよ。いつもあんな感じだし」
不安そうなレミナさんを安心させようと、俺は抱いた違和感を飲み込む。
「それじゃ改めて、レミナさん。クレイグ・ハンターオフィスへようこそ」
何かが大きく変わるような予感が、俺の胸に膨らんでいた。