「ごめんね! 遅れちゃった」
「大丈夫よー。宮崎がまだだから」
「宮崎の奴、来たら何か奢らせるか」
ダチの日暮によって無理やり連れてこられた、「思い出作り」なるクラスイベント。集合時間より少しばかり遅れて来た千葉を見て、俺は来てよかったと思った。
誰が発案したのか――大方、イベント好きの学級委員長だろうが――「このクラスは一生に一度しかない! だから、このクラスだけの思い出を作ろう!」なんて話が、夏休み前からクラス内を駆け巡り、あれよあれよとその話は具体的になっていった。
俺は予備校の夏期講習の予定があるし、そもそも集団というものが好きなほうではないので、話を聞くふりはしつつも不参加の意思表示をしていた。
それなのに、同じ夏期講習を受けている奴の計らいがあったのか、うまい具合に予備校の授業がない日に「思い出作り」が予定され、そして日暮によって半ば強制的に、俺は連れてこられた。
一人、二人とクラスメイトが集まる様を冷たい目で見ていたのだが、遅れてやって来た千葉を見て、鬱屈した気持ちは吹き飛んだ。
一生に一度しかないクラスの思い出など、別に欲してはいない。でも、どんな形であっても千葉と学校外での時間を過ごせるのなら、それは願ってもないことだった。
「あ、やっと来た!」
「宮崎、遅い!」
「わりぃわりぃ。この素晴らしい髪型をキメるのに時間がかかっちまった!」
「あんたの髪型なんてどうでもいいし」
「あんたがどれだけ時間をかけてワックスを使おうとも、佐竹のほうが普通に十倍はカッコいいし」
「それはそうだな! くそ~、イケメンは羨ましい!」
「俺に話を振るな」
ようやくやって来た宮崎をからかいつつ、先導者たちは集合場所から移動を開始する。目的地の場所へは、ここからしばらく歩くようだ。
クラスの思い出作りという目的だが、さすがに全員は集まっていない。それでも二十人弱は集まっているから、かなりの大所帯だ。当然、歩くうちにいくつかのグループに分裂していく。
「彩音、そのワンピ、かわいいね」
「えへへ、ありがとう。ちょっと高かったんだけど、お母さんにお願いして買ってもらっちゃった」
「今日のために~?」
「ち、違うけどっ」
「違わないでしょー! 気合い入ってるね~?」
「ねえねえ、彩音たちも必ず行こうね、あのクイズ番組の体験コーナー!」
早くも女子数名のグループが盛り上がっている。
「思い出作り」の場所に選ばれたのは、夏休みの間だけやっている、テレビ局主催の期間限定レジャーランドだ。ただでさえ外出する人が多い夏休みに、これでもかというぐらい人が集まりそうな場所に、これまたこんな大所帯で行くなど、俺には愚の骨頂としか思えない。
だが、俺以外の奴らは心底そのレジャーランドが楽しみだったらしく、着いた瞬間、それはもう、小学生のような元気さで駆け出していった。クラスの「思い出作り」なのだから団体行動でもするのかと思いきや、それぞれが自由に、目当てのアトラクションの列に並び始める。くだらないテレビ番組の体験コーナーなどに興味のない俺は、はしゃぎ回るクラスメイトをただ呆れた目で見送るだけだった。
一人、二人、三人と、それぞれがテンションを上げて方々に散り散りになっていく。気付けばクラスメイトたちの姿は見えなくなっていた。一応視界の中に何人かはいるのだが、彼らを気にかける義理は、俺にはない。日暮の奴も、別の男子と一緒にシューティング系の体験アクティビティに並んでいるし、俺は早くも帰ろうかとすら思う。
「はあ……」
真夏の強い日差しのだるさも加わって、俺はやけに切実なため息をついた。強制的に連れてきておいて、自分のことしか見えていないのかよ。
人は集団になるほど、周りが見えなくなる傾向にある。集団の中にいることに安堵して、周囲への気配りを忘れるのだ。
(帰るか)
冗談ではなく、本気で。
俺は呆れた目で周囲を見渡す。
人がいて、人がいる。家族連れ、恋人連れ、友達連れ。
誰もが同じに見える。
なぜ俺は、ここにいるんだろう。
「佐竹くん、人混みは嫌い?」
その時、様々な騒音の間をぬうようにして、きれいな声がした。
声の主は、俺を見上げて心配そうな顔をする千葉だった。山川らとどこかへ行ったかと思ったが、この入り口付近に戻ってきたようだ。
「まあ……好きではない」
「疲れちゃうよね」
「いや……」
今はただ呆れているだけだ。よくもまあ、こんな暑い日にこんな場所で楽しめるものだと。
「山川たちと一緒じゃなくていいのか」
「うん……私はもう少し、ゆっくり行きたいなと思って」
千葉は苦笑すると、俺の横に並んだ。
手のひらをうちわ代わりにして、首元を扇ぐ。
「みんな、どんどん先に行っちゃうんだもの」
「千葉も行けばいいだろ」
「私は、ゆっくりじっくり眺めるタイプだから……速く移動しなきゃいけない、って思うとちょっと……プレッシャーで」
「そうなのか」
俺は相槌を打ちながら、今の今まで「帰るか」と思っていた気持ちがしぼんでいくのを感じた。
暑くても人が多くても、いまいる場所がくだらなくても、千葉が隣にいてくれると心が休まる気がする。千葉には、人を和ませる何かがある。先ほどまでささくれ立っていた心が、やわらかさを取り戻していくようだ。
「じゃあ、どこかに涼みに行くか」
「え、あっ、佐竹くんっ!?」
やわらかくなりすぎて、どこか壊れたのだろうか。俺は千葉の手首を掴むと、すたすたと歩き始めていた。
それは条件反射的に、思わずしてしまった行為だ。歩き始めてから、俺は自分のしたことに自分で驚いていた。まさか、千葉の手首を掴むなんて。
千葉のことは、嫌いではない。むしろ異性として好ましく思っている。だが、こいつには好きな奴がいるはずだ。俺など、ただのクラスメイトでしかない。俺が多くの同級生たちを背景のようにしか見ていないように、千葉にとっても俺は、ただの背景でしかないはずだ。こんなふうに手首を握られてどこかへ連行されるなど、迷惑にしかならないだろう。
そう頭ではわかっているのに、千葉の細い手を離せない俺は、一心不乱に休める場所を探していた。どこかの店に入れば、この手を解放してやれる。ドクドクと脈打つ自分の心臓も、きっと鎮まるはずだ。