二人とも無言のまま、しばらく歩いた。そしてようやく見つけたレストラン街に入って空いている席に腰を落ち着けると、俺はようやくまともな呼吸ができた気がした。掴んでいた千葉の手も、ちゃんと放した。
「悪い」
「う、ううんっ」
俺が変な行動に出て黙ったからなのか、千葉も黙ってしまった。店に入ったはいいが、レジに注文に行く雰囲気ではない。どうしたものか。少し俯いている千葉と店内の混み具合を交互に見比べて考える。すると、千葉が髪の毛を耳にかけ直しながら口を開いた。
「みんなのこと、置いてきちゃったね」
「そうだな。先に置いていかれたのは俺のほうだけどな」
「ふふっ」
クラスメイトのことなど、すっかり意識から抜け落ちていた。今はただ、すぐ近くでほほ笑む千葉から目が離せない。学校以外の場所で二人きりになるなど、今までになかったことだ。見慣れない私服姿が妙に新鮮で、じろじろ見るなんてダサいことはしたくないのに、ついつい千葉のことを見てしまう。
「どうしようか。あっ、とりあえず何か飲むもの、買ってくるね」
そう言うと千葉は俺の顔も見ずに席を立って、レジの最後尾に並びに行った。取り残された俺は、千葉が戻ってくるのをただじっと待つことしかできない。
夏休みの、人が多いレジャーランド。クラスメイトたちとはぐれて、千葉と二人きり。
これは願ってもない幸運だ。そう考えていいのだろうか。
どこにいても聞こえるきれいな声、人を和ませる穏やかさ。あまり目立つ存在ではないが、周囲を冷静に見られる思慮深さがあって、自分たちの楽しみばかりを追求して駆けていったほかの奴らとは違い、配慮ができる。千葉はそういう人間だ。だから好きなのか?
(いや、そうじゃない。ただ……)
千葉だから……千葉が……。
「アイスティーでよかったかな」
「え……ああ」
呆けていた俺は、千葉の声ではっとした。
千葉がテーブルの上に、ドリンクのカップを二つ置く。
「ご、ごめんね……何がいいか、訊かなかったね」
「いや、平気だ」
涼みに行くかと誘っておきながら、呆けていたのは俺の失態だ。千葉が謝る必要などないのに、その律儀な態度がいじらしく思えてしょうがない。
ドリンク代の小銭を千葉に渡してから喉に流し込んだアイスティーの冷たさは、舞い上がって落ち着きを失いかけていた心臓の高鳴りを少しばかり冷静にさせてくれた。
「なんか……ごめんね」
「何が?」
「えっと……ほら、佐竹くん、来たかったわけじゃないんでしょ?」
「まあな」
「無理やり連れてきちゃったみたいで」
「千葉が謝ることじゃない。それに……」
「それに?」
俺が言葉に詰まったからか、千葉が俺を見る。
見つめられることに恥ずかしさを覚えて、俺は視線をそらした。
「今は、来てよかったと思える」
周囲には大勢の人がいて、耳障りな喧騒に包まれていたはずだ。それなのに、俺たちの周りだけ、音が消えたかのように静かだ。自分で言った言葉が、やけに大きな声となって響いた気がする。
千葉がいて、千葉に会えたから。千葉と一緒にいられるから。だから、来てよかったと思える。
そんなふうに考えている自分が女々しくて、俺は後悔した。来てよかったなどと、千葉には伝える必要のないことだった。
「佐竹くんがそう思えるなら、よかったよ」
自分の胸の内につのる気まずさゆえに、千葉の顔を直視できない。けど、ちらっと見た千葉はとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。その笑顔を見て、俺は再度思った。今日、ここに来てよかったと。
「どこに行く?」
「え?」
「ゆっくりじっくり眺めるだけなら、付き合ってやってもいい」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ、せっかくだから」
千葉はまた嬉しそうに笑った。その頬がやけに赤く見えたのは、きっと気のせいだ。
その後、夕方にクラスメイトたちと合流するまで、千葉に付き合う形でレジャーランド内をぐるぐると回った。千葉は言葉どおり、本当にじっくりゆっくりと展示物を眺めるので歩き疲れはしたが、そんな千葉の様子を観察できた俺は、意外なほどこの「思い出作り」を楽しんでいた。
◆◇◆◇◆
(手、掴まれちゃった)
湯気が立ち込める浴室内。湯船に浸かった私は、自分の手首を見つめる。そこは今日の昼間、佐竹くんに掴まれたところだ。
(デート……みたいだった……気がする……)
佐竹くんは来たくないだろう。そう思っていた。だから来るはずはないだろうと。
ところが、待ち合わせ場所に遅れて行ってみれば、佐竹くんの姿があった。それだけでも神様に感謝したいぐらいの幸運だったというのに、まさか佐竹くんと二人でレジャーランド内を見物できたなんて――。
(嬉しすぎる……っ!)
思い出すだけでも高揚して、興奮して、ドキドキして、胸の奥が痛くなる。
(佐竹くん……好きだなあ)
猫のように掴みどころのないところ。一人行動が好きなのに、意外と他人にも歩幅を合わせてくれるところ。陽気にぎゃあぎゃあと騒ぎはしない、大人なところ。
(私は、どんなふうに思われているのかなあ)
ただのクラスメイトという距離は、少しは縮まっただろうか。ただのクラスメイトではない、何か特別な存在だと、思ってくれていないだろうか。
望んでしまう。期待してしまう。だけど、そんなの叶うはずがないと私は臆病になって、頭をもたげる欲望をぎゅうぎゅうと胸の奥に必死で押し込む。
(佐竹くん……)
それでもこの気持ちは止まらない。彼のことを思い出して、心臓のあたりがキュッと締まる。それはいとしさがつのっているせいか、それとも叶わない恋への痛みゆえか。
いつだったか二人で見たきれいな夕焼けのように頬が赤く染まるぐらいにのぼせるまで、私は昼間のことを反芻し、一夏の思い出にふけっていた。
◆◇◆◇◆