猿物語 其の一
「うまいのー。」
今、わらわはじい様と新しい屋敷で火鉢を囲んで餅を食べておる。
飛騨から帰って来てから半年ほど経つかのう。
その間に染め物職人やら仕立て職人やら色々な職人どもが押し掛けてきおってのう。
なんでもじい様が飛騨への道中、立ち寄った里や村で勧誘しておったらしくて、前の長屋では手狭になってのう。
新しい長屋を探しておった時、清洲の街に近い村が過疎化しておるとの情報を得ての、その村をそのまま買い取って幻灯館一同で引っ越して来たと言うわけじゃ。
川も近くにあるし田畑もある、一番重要じゃったのは鍛冶屋などが火を使う時、街では結構気をつかわんといかんかったからじゃ。
まあ、それは建前なのじゃが…………。
本当の所は、白ちゃんや美奈都、職人連中が作る物で鉄砲とか花火とか、ちいと厄介で物騒な物もあるからじゃ。
と言う訳で今は餅を食べておる。
「ささっ!雫殿、焼けましたぞ。」
「おお!じい様、次はきな粉かの。」
じゃが、幸せな時間は長く続かんと言うが本当じゃのう。
廊下を走るけたたましい音が聞こえて来てなぁ。
足音の主は力一杯障子を開け放ちわらわ達に声をかけて来たのじゃ。
「旦那様はおりませぬか!」
「まずは、障子をしめよ。」
バッサリ言ってやったが『おお、すまぬ事を』などと言うておる。
絶対、反省しとらんなコイツは。
「我が旦那様なら、おそらく白ちゃんの所じゃ。」
わらわの言葉を聞くと『ありがたい!』と言って飛び出して行きおった。
今のやかましい男は“薄田 兼相(すすきだ かねすけ)”と言っての、橙色の髪をした浪人侍じゃ。
あの男との出会いは、ある怪異譚がきっかけでな。
ふむ、ちょうどよい。
その話はわらわ、雫が語り部となろう。
我が旦那様はあまり語りとう無いじゃろうからな。
あれは、まだ残暑厳しい頃じゃったかのう。
我が旦那様が唐突にこんな事を言い出したのじゃ。
「雫、信濃へ行くぞ。」
「信濃かや?」
「ああ、染め物職人の奥方から聞いた話だが美濃、飛騨、信濃の三国の国境の信濃側、そこに狒狒(ひひ)の伝承があったらしい。」
「伝承?あったらしい?」
「そうだ。その伝承によると、その狒狒は熊の様な黒い毛並みだそうだ。」
わらわは首を縦に振り続けよ、と合図を送ったのじゃ。
それを察知してか我が旦那様はいつもの様な悪党スマイルを浮かべ話しを続けたわ。
「そこの山は近くの村人が山菜取りに入る山でな、最近そこに入った者が狒狒を見たと言っていたらしい。」
「お前様よ、それはその伝承が真実だっただけであろう?」
「いや、この話が伝承ではなく怪異譚なのはここからだ。」
わらわは先を促すポーズをとった。
「山菜取りを生業としている家の主人がゼンマイを取りに山へ入った時の事だ。山の山頂付近に着いた時、後ろから何かが近づいて来るのを感じたらしい。」
「それはお前様よ、美しい着物を纏った超絶美形の九尾の姫じゃろ。」
「それじゃあお前は超絶美形じゃ無くなるな。」
失策じゃった。
今のわらわはワンピースじゃった。
わらわは今の会話を無かった事にして『話を続けよ』と先を促したのじゃ。
「ああ。それでな、後ろを振り返って見ると橙色をした身の丈六尺を超える者が立っていたらしい。」
「それだけかや?」
「いや。その橙色の者は勝負をしろと襲い掛かって来たそうだ。村人に何人も怪我人が出ているらしい。村人は、橙色の狒狒は黒い狒狒を殺し、新たに山の主になったと言っているらしい。」
「ふーん。それは村人の解釈じゃのう。それに喋ったと言うのがのう。」
「ああ。俺もそこが引っ掛かってな。」
「では、噂話の旅、行ってみようかの。」
そう言ったわらわに我が旦那様は『なんだ、その旅名は』と突っ込んで来たが、『絵葉書がないからじゃ』と返しておいた。
我が旦那様とわらわと芽衣は数日かけて目当ての村にたどり着いたのじゃ。
村長の家で話を聞いたが、我が旦那様が知っている以上の収穫はなかったわ。
その村に滞在して情報を集めたが、やはり、これと言って追加の情報は無かったのう。
結局、判ったのは“無秩序にケンカっ早い猿”それだけじゃった。
何日目かの夜、囲炉裏をつついていた芽衣が今更な質問を我が旦那様にしておった。
「ねえご主人さま、ひひの怪異譚ってどんなの?」
『いまさらかい!』と、わらわは突っ込みを入れたが『だってぇ』の一言で返してくる。
『芽衣は大物じゃのう。』と、褒めてやると『えへへ』などと笑っておった。
ホントに大物かもしれんのう。
嘘じゃがの。
此処はさすがは我が旦那様、わらわと芽衣のバカ会話など無かった様に話しを続ける。
「狒狒の怪異譚かぁ。」
「ひひの怪異譚ですよぉ。」
「無いな。」
「「はぁ!」」
「狒狒に関しては、それほど多くは語られていない。大きな猿、怪力、女好き。その程度だ。」
「マイナーな怪異なのかや?」
隣で芽衣が『まいなー?まいなーって何?』と聞いて来たが無視してやったわ。
「物語としてなら狒狒は超が付くほど有名だぞ。一番は斉天大聖だな。」
「孫悟空かや!」
「ああそうだ。人と同じ位大きな猿、怪力、女好き、何か違うか?」
「そう言えばそうじゃな。」
頷くわらわ、隣の芽衣も納得したようじゃった。
我が旦那様はそこで一旦言葉を切り、少し間を開け再び語り出したのじゃ。
「狒狒ってのはな、もともとは大陸に多く伝わる怪異譚なんだ。人から人へ海を超えて伝わった怪異譚。どの怪異も始まりは恐らく同じだ。遡ればたった一つの原点に行き着く。」
「「一つの原点?」」
わらわと芽衣は顔を見合せ続きをと急かしたのじゃ。
「まあ、その話はまた今度だ。今は狒狒だな。」
「しかし、この村の狒狒は素手の者には素手で、鉈なんかの刃物を持っている者には刀で。力試しみたいじゃの。」
「そうだねぇー。里でのわたしみたい。」
「恐らくそのままだ。間違った武者修行だろうな。」
「どうするのじゃ、お前様よ。」
「これ以上情報も集まらんし、行くしかないか。」
「会ってどうするのじゃ。」
「そうだよ、ご主人さま。」
「さあな。」
次の日、朝早くに村を出たわらわ達三人は、狒狒が目撃された山に入っておった。
“ザックザック”と山道を踏みしめながら、わらわは理不尽なこの現状を切々と訴えたのじゃ。
「お前様よー、なぜ山の頂上を目指すのに坂を登らにゃならんのかのう。」
「そうだなー。」
「お前様よー、なぜ山はあるのかのー。」
「そうだなー。」
「階段は無いみたいじゃのー。」
「そうだなー。」
「わらわは疲れたのじゃー。」
「がんばれー。」
こやつ、めんどくさくて話を流しておった。
それも最後だけ話のテンプレ変えおって。
普通はそこも『そうだなー』じゃろ。
そんなでも、わらわは優しいから怒ゃせんぞ。
なにせ大物じゃからのう。
器が大きいからのう。
わらわの取る道は一つじゃ!
笑顔で我が旦那様の背後にしがみつき
「マジーン・ゴー!」
「古っ!」
などと少々ふざけながら頂上まで登って見たが何も起こらんかった。
拍子抜けじゃ。
じゃがのう、騒動はわらわ達とは別の場所で起こっておった。
山を降り村に帰ってみると人だかりの出来ている家があったのじゃ。
わらわ達は、何事かと家の周りにおった野次馬を捕らえて話を聞いてみたら、わらわ達が入った山とは別の山で猟師が狒狒に襲われたとの事じゃった。
傷はあきらかに刀傷じゃった。
野次馬に混じり、ただ黙って怪我人を見る我が旦那様にわらわと芽衣は
「どうするのじゃお前様よ?」
「どうしますご主人さま?」
同じ事を問いかけたのじゃった。
「教育が必要だな。」
ただ、それだけを口にした我が旦那様はまるで氷のようじゃった。
その日の晩、我が旦那様は村長の所に出向いて何やら話をまとめたようじゃ。
どうでしたか?
次話は猿物語終了編。
本作品初の戦闘シーンです。
感想お待ちしています。