織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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寝物語の一説


幕間四 火車と剣とアラビアンナイト
夜語りの一


~堺 納屋~

 現在季節は冬、雪が降るにはまだ早いがじきにと言う頃合い。

 堺にある納屋に一人の女性客が訪ねて来ていた。

 

「遅うなってえろうすんまへんなぁ。この時期は何かと忙しいおますゆえ。」

 

 納屋店主、今井宗久は上座に腰掛けながら丁寧に目の前の客に詫びの言葉をかける。

 

「いえいえこちらこそ。急な来店に時間を取って頂いてありがとう御座いますですのよ。」

 

 納屋に訪れた女性客、名をモルジアナ。

 年は二十歳程度だろうか、長く腰まで伸ばした緩くウェーブのかかったブルネットの髪は艶っぽさを演出し、恋するカモシカの様な翠色の瞳は引き込まれそうな程魅力的で、引き絞った弓の様な眉は天性の賢さを物語っているかの様であり、蜂蜜色の肌はうっとりするほどの色気を醸し出している。。

 柔らかな表情を浮かべ、未来ならば誰もが羨む妖艶なプロポーションに日ノ本の着物を纏って礼儀正しく宗久に向け頭を下げている。

 

「いやいやご丁寧に。えーと、モルジアナはん言いましたかな?どう言った経緯でわが店に?」

 

 宗久の質問にモルジアナはニッコリと誰もが見惚れる笑みを漏らしながら

 

「はい。わたくし備前の国に到着しまして日ノ本の言葉を勉強しておりましたので御座いますですのよ。」

 

「ほう、備前で日ノ本の言葉を。」

 

「えぇ。そこで知り合った薩摩の商人の方にこちらの天王寺屋様を紹介して頂きまして、天王寺屋様から今井様ならばと。」

 

 その言葉を、いや、モルジアナの話に出て来た店名を聞いた宗久の顔が僅かに曇る。

 その店の名は天王寺屋。

 天王寺屋は堺の中でも納屋と並ぶ大店(おおだな)であり店主津田宗及はライバルと言って良い人物だ。

 それだけならまだしも、この二人、今井宗久と津田宗及は全てが正反対。

 豪快な人格で人当たりの良い今井宗久に対して、津田宗及は線が細く、裏で事を進めるのを好むような性格だ。

 こんな二人が仲良くやっていけるはずもなく、ある事をきっかけに完全に決裂したと言って良い。

 そのある事、それは堺会合衆の代表の座を今井宗久に奪われ次こそはと勝利を願っていた津田宗及に襲いかかった不幸、ライバル店の納屋が最近人気の幻灯館と独占契約を結んだ知らせだ。

 今回のモルジアナの来店は津田宗及の今井宗久への意趣返しの意味が大半を占めている事が今井宗久にはありありと解った。

 簡単に言えば、面倒事を丸投げされた。

 しかし、此処で断れば堺会合衆としての名に傷がつく、それを見越しての丸投げだろう。

 今井宗久としては何としてでもモルジアナの案件を解決しなければならない状況を作りだされた。

 つまりは罠に追い込まれた訳だ。

 此処までの事が容易に想像出来てしまうために表情も曇ってしまう。

 しかし宗久は表情を引き締めもう一つ気になった言葉をモルジアナに質問する。

 

「モルジアナはん、話を聞く前に一つ質問させて貰っても良いですかな?」

 

 モルジアナは笑みを崩さず

 

「はい。もちろんなので御座いますですのよ。」

 

「モルジアナはんの話の中に出て来た薩摩の商人はんって誰でおます?」

 

「はあ、そのお方は才谷屋さんと言う方で御座いますですのよ。」

 

「才谷屋……薩摩の才谷屋ねぇ。………………聞いた事ありまへんなぁ。」

 

「そうなので御座いますか。」

 

 あごに手を当て宗久はしばし考え込んでいたが今はその名を覚えておく事に留める事にした。

 

「すんまへんモルジアナはん。で、要件は何でっしゃろ。」

 

 やっと本代に入った訳だがモルジアナは気分を害した様子もなく朗らかに口を開いた。

 

「大変お恥ずかしいお話なので御座いますが、実は働き口を紹介して頂きたいので御座いますですのよ。」

 

 モルジアナは頬に手を当て目を伏し目がちにして言う。

 

「働き口でっか。」

 

 方や宗久はあごに手を当てたままモルジアナの言葉を繰り返した。

 しばしの沈黙の後、モルジアナが再度口を開いた。

 

「わたくしの生まれた場所は、そうですねぇ、日ノ本で南蛮と呼ばれる地の方々がアラビアと呼んでいる所なので御座いますですのよ。」

 

「ほう、あらびあ。」

 

 いかにも知っていそうなそぶりで宗久は答えるが、実は全く場所が解らなかった。

 それを知ってか知らずか、いや、知らないからこそモルジアナは話を続ける。

 

「わたくし、両親とは幼い頃に死別いたしまして、幼い身では奴隷として売られるか娼家に引き取られ年頃になったら体を売るかしか無いと諦めかけていたので御座いますですのよ。」

 

「ほう。」

 

「ですが、奇跡とでも申しましょうか、わたくしはとあるキャラバンに拾われたので御座いますですのよ。」

 

「きゃらばん?」

 

 宗久は突然の南蛮語に頭がついていかない。

 

「………商隊と言うんでしょうか?日ノ本の言葉では。」

 

「商隊でっか。」

 

「旅をしながら商売をしている集団?いえ、大きな家族で御座いますですのよ。」

 

 宗久はモルジアナの説明に

 

「ああ。行商でんな。」

 

 と納得の意を表し、話を続ける様促す。

 

「その商隊の家族として向かい入れられ幾つかの国を見て来たので御座いますですのよ。」

 

「ほう。」

 

「ですが、どの国も女が一人で働ける場所は無かったので御座いますですのよ。だからわたくしは海に出たので御座いますですのよ。」

 

 宗久はモルジアナの話に納得しながらも浮かんだ疑問をぶつけてみる事にした。

 

「しかしモルジアナはん、家族同様だったきゃらばん……でおますか?からどうして抜ける事に。」

 

「ああ、それで御座いますですか。簡単な事で御座いますですのよ。最後に立ち寄った国でわたくしを可愛がってくれていたキャラバンの長が亡くなったので御座いますですのよ。」

 

 宗久は「ほう」と相槌を打ちつつ続きを促す。

 

「新たにキャラバンの長になった方は先代とは取り扱う商品をガラリと変えましたので御座いますですのよ。」

 

「ほう、何にでっか?」

 

 モルジアナは微笑みをその表情から消し、氷の様な無表情となり

 

「………………奴隷に。」

 

 淡々と語った。

 その言葉を聞いた瞬間、宗久は自身の浅はかさを思い知った。

 これは決して聞いてはならない質問だったと。

 宗久は咳払いを一つし、話題を変える事にした。

 

「そ、それでモルジアナはん、どう言った働き口がご希望でっか。詳しゅう教えてもらえまへんかな?」

 

 宗久の問いかけにモルジアナは笑顔を取り戻し

 

「そうで御座いますねぇ。わたくしの特技が生かされる事、性別で差別されない事、ああ、一番はわたくしを家族として迎えて頂ける事、で御座いましょうか。」

 

「なるほど。」

 

 宗久は相槌こそ打つが心境は暗かった。

 今の日ノ本でモルジアナの希望が三分の一でも叶う様な働き口が宗久には思い付かなかったからだ。

 沈黙と共に思い悩む宗久に襖の外から声がかかる。

 宗久に客が来たと。

 宗久は閉まったままの襖に向け声を掛ける。

 

「どなたでっか?」

 

「狐囃子製薬の木下小一郎様で御座います。」

 

 その名前を聞いた瞬間、宗久は思い出した。

 本日は清洲にある幻灯館へ送る荷の最終打ち合わせを幻灯館の支部である狐囃子製薬と詰める予定であった。

 宗久はモルジアナに

 

「えろうすんまへん。少々席を外させてもらいます。すぐに戻って来ますさかい。ホンマすいません。」

 

「いいえ。お仕事の方がわたくしよりも重要で御座いますですのよ。ごゆっくりと。」

 

 とモルジアナはほほ笑みを崩さずに返事を返す。

 宗久はモルジアナに一礼すると部屋を出て行った。

 モルジアナは出されたお茶を一口口に含むと一つため息を漏らし

 

「なかなか上手くはいかない物で御座いますですのよねぇ。」

 

 と、一言つぶやいた。

 




いかがでしたか?

彼女の歩む道、ご期待下さい。
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