怪異譚をお待ちの皆様、誠に申し訳ありません。
さて、新章スタートです。
其の一
じめじめした梅雨も明け夏を待つばかりと言う時期、俺は織田家 家老 平手政秀に呼び出され清洲の街の茶屋に来ていた。
戸口を潜り近くに居た女性店員に俺の名を告げる。
八房美津里と。
店員はわずかな驚きの表情と共に「こちらへ」と丁寧な対応で俺を案内する。
店の奥に造られた階段を上がりすぐの座敷の襖が開かれる。
座敷の中には平手政秀、森可成の二人が居た。
襖の前で苦々しげな顔をする俺に二人は意地の悪い笑みを向けながら口を開く。
「そう緊張めさるな美津里殿。」
「何も取って食おうと言う訳じゃ無いんだからな兄弟。」
冷静な言葉遣いの平手殿と、どこか乱暴な口調の可成殿。
そんな事言われても簡単には信用出来ない。
何せこの二人、暫く前から俺の屋敷に度々訪れ酒や飯をタダでたらふく飲み食いしては大騒ぎして帰って行くはた迷惑な二人組だからだ。
その事に関しては彼らの同僚となった万千代、いや丹羽長秀から度々わび状を貰っているが、俺に言わせればあれはわび状では無くラブレターだ。
まあ、それはそれとして俺は眉間にしわを寄せながら
「で、何の用なんだ?こんな所に内密に呼び寄せて。」
仮にも尾張を治める織田家の家老に不敬な言葉遣いだと思われるだろうが、この二人に対しては許されるだろう。
もし無礼だと言うのなら今までの飲み食いの代金を清州城に請求するだけだ。
もっともその前に、俺と可成殿は可成殿が酔って暴れる度に決闘まがいの事をしているので無礼などとは言わないだろうが。
それもあっての先ほどの兄弟と言う呼び名だ。
平手殿とは泥酔までの間、政治であったり景気であったりと話をする間柄なのでこっちも俺の乱暴な口調には慣れている。
もっとも泥酔後は永遠と泣きながら愚痴を聞かされているが。
従って俺の態度も許されている訳だ。
そこで俺はもう一度質問を繰り返す。
「で、何の用なんだ?」
「実はな兄弟。お前さんの嫁が勝家に教えた謎の格闘術についてなのだが……」
「よさぬか可成。」
以前の事を持ち出し文句の一つでも言おうとした可成殿だったが、本日の要件は冗談を許さない物なのか平手殿が止めに入る。
可成殿はコホンと一つ咳払いをし真面目な表情で平手殿に視線を向ける。
それを見た平手殿は一度頷き口を開く
「本日ご足労頂いたのは、お主にどうしても会いたいと言うお方が居るからじゃ。」
会いたい人物?俺に?家老二人を使って?
もう嫌な予感しかしない。
帰ってもいいか?と言う言葉がのどの奥まで出てきているが決して言わない。
大人だからな。
「で、一介の商人に会うのに家老二人を使いに寄こす酔狂な御仁はどこに?」
その代り嫌味と皮肉を込めた言葉を贈る。
だが、
「平手殿、一介の商人だそうですよ。」
「誰よりも喰えんヤツがほざきよるわ。」
「本当ですな。美濃の蝮と良い勝負なのでは?」
「いやいや。戦で何とかなる分、蝮の方が組みやすくは無いか?」
「そう言えば長秀の懸想の相手は………」
「権六もじゃな。」
「姫様に知恵を授けたのもコヤツとの事。」
「「まったくはた迷惑な。」」
俺はこめかみに青筋を立てながらも静かに
「お前ら。悪口と言う物はな、聞こえん様に言う物だ。それを堂々と本人を目の前にして、この常識外れが!」
「「お前に言われたくは無いわ!」」
「やる気か!」「おおとも!」と言う臨戦態勢の俺と可成殿。
一触即発の空気に平手殿が間に入り
「止めんか。みっともない。」
「「お前が言うな!」」
大の大人が三人そろっての口喧嘩。
少々冷静になってチラリと後ろを振り返ると………………俺を案内してくれた女性が震えていた。
それはもうガタガタと。
俺は彼女に近づき
「怖い思いをさせたみたいですまなかったな。」
言って柔らかな笑みで女性の頭を撫でる。
女性従業員は一瞬ピクリと身を縮めたがすぐに緊張を解き「はい。」と小さな声で返事を返してきた。
それを確認し再び二人の方へ向き直り
「まったく、喧嘩か戦しかする事がないのか、武家ってやつは。溜息しかでんわ。」
「なんだとコノ幼女趣味!」
「やる気か!」「おおとも!」と言う再び臨戦態勢の俺と可成殿。
「止めんか!」
平手殿は俺と可成殿を一括した後ため息をもらし
「美津里殿。お主、騒ぎを大きくして帰る口実を作っておるのではないか?」
俺はそっぽを向いてチッと言う舌打ちで返事をする。
バレてたか。
さすが織田家の最長老。
俺は不貞腐れながら
「で、その御仁は?」
話を最初に戻す。
俺の問いに平手政秀殿は冗談は此処までと一つ咳払いをし、「こちらへ」と部屋の外に導く。
部屋を出、店の一番奥、一番上等であろう部屋の前まで来ると平手、森の両名は襖の前に正座し
「平手で御座います。八房美津里殿をお連れ致しました。」
そう声を掛ける。
部屋の中からは一言「入れ」と言う威厳のこもった低い声が返って来た。
森可成殿は襖に手をかけた姿勢で俺の方をチラリと見、無言で俺にも正座を要求する。
めんどくさいと思いながらも指示に従う。
此処まで来てもめ事を起こしても仕方がない。
改めて言うが、大人だからな。
森殿は襖を開け俺達は室内へと入る。
いかがでしたか?
襖の奥には災難が。
彼の厄日、お楽しみ下さい。