織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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近江、観音寺城での大ペテン劇の始まりです。


第五話 ぬらりひょんと囚われの姫君
第一話


 場所は近江、観音寺城。

 琵琶湖の近くに位置し、現在の場所で言えば滋賀県に当たる。

 そんな観音寺城の本丸廊下を早朝にも関わらず一人の男がけたたましく足音を響かせながら城主、六角承禎(ろっかく じょうてい)の下へと急いでいた。

 男の名は蒲生賢秀(がもう かたひで)。

 父の代から六角氏に支えている重鎮である。

 城主、六角承禎の部屋の近くまで来ると急ぎ急ブレーキをかけ袴を直し息を整えた後、ゆっくりとした動きで障子の前に座ると部屋の中に向け声をかけた。

 

「殿。一大事にて御座います。」

 

「どうした?」と言う言葉と共に障子に巨大な影が映る。

 巨大と言っても縦に長い影では無い。

 横に長い影。

 その影を見、蒲生賢秀は気付かれぬように一つため息を漏らす。

 影の大きさ、およそ人間三人分。

 おそらく女性を侍らせての就寝だったのだろう。

 この、六角承禎と言う男、とにかく女癖が悪く好色な男。

 それを知る蒲生賢秀は仕える者として意見も出来ずただため息をつくにとどまる。

 そして、それを悟られぬ様にもう一度言葉を繰り返す。

 

「殿。一大事にて御座います。」

 

 二度目の言葉でようやく城主、六角承禎は障子を開ける。

 

「どうした。」

 

 眠りを邪魔された為か、はたまた女性との時間を邪魔された為か憤慨した様に承禎は口を開く。

 しかしこんな事は日常茶飯事、ここで怯んではいられない。

 

「殿、薬泉にて異常事態で御座います。」

 

「薬泉、とな?」

 

 承禎は言葉を聞いて眉を潜める。

 この観音寺城には薬泉と呼ばれる泉がある。

 万病に効くと言われる水が城から僅かの距離に湧き出しており、そこから引き入れている泉。

 そこで異変が起きたと賢秀は告げる。

 承禎は一度顎を撫でると異変の詳細を賢秀に問う。

 

「は。朝、定刻通に見回りの者が巡回した時、発見した物で御座います。通常なら無色透明な泉が一夜の内に白濁したとの事で御座います。」

 

「白濁……とな。」

 

「は。昨夜の巡回組に問いただしました所、異変は無かったとの事。」

 

「では今朝急に、と言うことか。」

 

「はい。某も不思議に思い源泉を調査致しました所、異常は有りません。ですが……」

 

「何じゃ?申してみよ。」

 

 言い淀む賢秀に表情を引き締めた承禎が問う。

 言われて決心がついたのか賢秀は懐から紙包みを取り出すとうやうやしく承禎に差し出した。

 それを受け取った承禎はゆっくりと紙包みを開き表情を曇らせる。

 その中身は玉だった。

 白い色をした玉。

 表面は少々ただれているが承禎には、いや、この時代の日ノ本の人間なら見覚えがある形状だった。

 

「これは……卵、か?」

 

「は。某にもそう思えます。それも蛇の物かと。」

 

「うむ。それでこれが?」

 

「源泉からの水道にびっしりと。」

 

「な! 何と!」

 

「あれだけの量、一匹二匹の蛇ではありませぬ。」

 

「ならば、見回り衆を動員し蛇刈りを……」

 

 承禎がそこまで言った時、賢秀が言葉を遮る。

 

「殿。蛇の捜索はかなりの範囲で終了しております。」

 

「では。」

 

「は。ですが、捕まった蛇は蝮が三匹のみ。これは蛇の仕業では無く何かの怪異では。」

 

 賢秀の言葉を聞き承禎は一度目を瞑り

 

「ではその怪異、解決して見せよ。」

 

「は! 蒲生賢秀確かに。」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 時間は遡り場所を移しここは伊賀の外れにあるとある村。

 その村にある森宗意軒の診療所兼住宅で車座になり話しこむ面々の姿があった。

 

「しかしなー。そりゃ不憫だとは思うが話を聞く限り相手は相当の者だぞ。」

 

 伊賀崎道順から相談を受け幻灯館主人が出した答えがこれだった。

 こう言う結論になるであろうと薄々は至っていた道順だが、少しの希望も掌に残らなかった事に気落ちして居る様だった。

 心なしか彼女のトレードマークであるパイナップルの様な髪型もしょんぼりと見える。

 

「しかしのう主様よ、妾も一人の女としては、やはり不憫でのう。妾からも頼む、何とかしてはくれぬか。」

 

 後を追う様に有脩も懇願する。

 

「旦那様、御救い頂いた私が………言うのもなん………ですが………どうか………道………順………のねがいを」

 

「地味娘。何を言っておる。言葉はしっかりと話すべきじゃぞ。」

 

 宵闇のとぎれとぎれの言葉に有脩が抗議の声を上げる。

 しかし宵闇自身、わざと言葉を切って話していた訳では無かった。

 真正面から幻灯館主人を見つめた時、一つ気がかりな事が有った為その事柄に目が行ってしまいとぎれとぎれの言葉になっていた。

 その事柄とは。

 畳に胡坐をかき座る幻灯館主人、その姿はいつもと変わらないのだが、幻灯館主人の腰、丁度帯のあたりに背後から細い女と思われる腕が伸びがっちりと抱きついていた。

 その腕は白く透ける様な白さの腕。

 これを写真に撮れば心霊写真の出来上がりだろう。

 見る人が見れば悪霊決定の構図が眼前にあった。

 しかし見る角度を変えれば何て事は無い、ただ単に後ろから少女が抱きついているだけだった。

 だが、だがしかし、宵闇は困惑する。

 当たり前の様にこの場に居て、当たり前の様に幻灯館主人に抱きついている少女。

 見た事も無い白い少女。

 この少女の行動を誰も咎め止めようともしない。

 宵闇は背筋に冷たい物を感じた。

 もしかしたら少女が見えているのは自分だけでは無いのかと。

 そうだったら、もしそうだったとしたら、いや違う、ひょっとすると幻灯館主人に移植された色の変わる義眼、あれの核に使われている石は実はいわくつき曰く付きな物なのではないか。

 その影響でこの世の者では無い何かを呼び出したのではないか。

 いや、そもそもこの土地が何か呪われた土地で、その地に巣くう何者かが取り付いた。

 宵闇の頭の中で怖い考えがぐるぐると回っていた。

 そんな思考の迷路に迷い込んでいた宵闇の肩に何かが触れた。

 一瞬の呼吸停止の後

 

「きゃああああああああああああああああああ!」

 

 大絶叫だった。

 周りに座っていた者達が後ずさりしてしまうほどに。

 

「じ、地味娘よ。どうしたのじゃお主。」

 

 慌てて有脩が言葉をかける。

 肩に手を掛けたのも有脩だった為、なぜか責任の様なものも感じていたのだろう。

 正気に戻ったのか「ふえ?」と言う間抜けな声を漏らし周りをキョロキョロと眺める宵闇だったが会ってしまった。

 何が? 視線が。

 誰と? 幻灯館主人の後ろの少女と。

 真っ赤な瞳が宵闇を睨みつける。

 いや、少女の方は普通に見ているだけなのだろうが、一度火が付いた恐怖心で背中を押された宵闇には睨まれた様に感じてしまっていた。

 おびえていても仕方がない、そう決意し有脩に向け口を開く。

 

「あの~有脩殿。」

 

「何じゃ?」

 

「旦那様の後ろに女の子がいますよね? いますよね?」

 

 必死だった。

 有脩の手を取り視線を合わせ訴える。

 見えてますよね、と。

 そして運命の瞬間が訪れる。

 

「はぁ? 地味娘よ、お主は何を言っておるのじゃ。」

 

 終わった。

 終わってしまった。

 自分は地味で見えない物が見える女としてこれから生きて行くんだと途方に暮れる宵闇。

 がっくりと肩を落とし「もういや」と崩れ堕ちる宵闇に有脩が慌てて声をかける。

 

「地味娘よ、一体どうしたのじゃ。お主は何を言っておるのじゃ。」

 

 その言葉にピクリと宵闇は反応し親指を噛みながら蚊の鳴く様な声で「だって、だって」と呟き続けている。

 困ったのは有脩、宵闇が何を言っているのかが理解出来ないからだった。

 宵闇の額に掌を当て熱が無いのを確認すると宵闇の言葉を一つ一つ確認してみる。

 そして思い当った。

 

「地味娘! お主まさか源内殿の事を言っておったのかや!」

 

「げんないどの?」

 

「そうじゃ! 源内どのじゃ!」

 

「げんないどの? ……だれ?」

 

「「えっ!」」

 

 宵闇の発言に一同驚きの声を上げた。

 それはそうだろう、源内がこの伊賀の里に来て早二週間が経とうとしていたからだ。

 雫里の里から鉢屋衆一班と共に特別製造されたアレキサンドライトの義眼を運んで来た。

 到着早々義眼の移植は行われ、現在、件の義眼は幻灯館主人の左目で昼間の太陽の光により藍く輝いている。

 それはさておき、到着してからの二週間、源内は割と普通に散歩をし、割と普通にご飯も食べ、割と普通に皆と話し、日がな一日幻灯館主人にくっついていた。

 そんな源内の事を一度も目撃せずにいられるのだろうか?

 答えは否である。

 ではなぜ?

 

「あー、そう言えばそうじゃった。そこな地味娘は白ちゃんの事は知らんぞ。」

 

 唐突に幻灯館主人の膝を枕に寝っ転がっていた雫が口を開いた。

 この発言に驚いたのは有脩だ。

 

「子狐、どう言うことじゃ。」

 

 有脩の問いに雫は信じられない物を見る様な視線で

 

「なにを言うておるのじゃお姉さまは! 地味娘はここ最近二十日ほど山に籠って杯を焼いておったじゃろうに! それを言いつけたのはお姉さまじゃろ。」

 

「あ。」

 

 そう、その通りだった。

 以前式神の召喚で使用した素焼の盃、この後何があるか解らぬとこの村でかつて焼き物をしていた老人から窯を借りそこで増産していた。

 最初の二日ほどは有脩自身が火の番をしていたのだが、飽きたのか、はたまた面倒になったのか、まあその両方なのだが、窯元にある小屋に宵闇を住まわせ窯番をさせていた。

 その間に源内は到着し、いつも幻灯館主人にべったりだった為、最近では珍しくも無かったから誰も何も言わなかった。

 だから齟齬が起きた。

 誰もが誰かが紹介している物と思い込んでいた。

 だからこそ起きた事件だった。

 

「ほら地味娘よ、挨拶せんか。先輩じゃぞ。」

 

 自身の失態を無かった事にするが如く有脩は宵闇に挨拶を急かす。

 

「そ、そうですね。私、宵闇と申します、以後ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。」

 

 姿勢を正し頭を下げる。

 

「あ、あ、こちらこそよろしくお願いします。私、平賀源内と申します。」

 

 御互いが礼儀正しく挨拶を交わす。

 これで話が元に戻せると幻灯館主人が口を開こうとした瞬間、頭を上げた源内が話を続けた。

 

「それはそうと宵闇さん? 皆さんは地味娘さんと呼んでいますが、私はどちらでお呼びすれば……」

 

「宵闇で! 宵闇でお願いします!」

 

 源内が全てを言い終える前に喰い気味に宵闇が答える。

 これが雫や有脩なら自身の言葉を邪魔された事に憤慨するのだろうが相手は源内、白い娘、にっこりと笑みを浮かべ

 

「改めてお願いしますね宵闇さん。」

 

 改めて挨拶を言葉にする。

 この行動を見た宵闇は手を口元に当て涙を浮かべながら

 

「う、うう。良い人です。良かった。ホントに良かった。」

 

 心から安堵した。

 その様子を眺める幻灯館メンバーは「後で酷い目に会わなきゃ良いが」と思うのだが言葉を飲み込んだ。

 顔合わせも一段落し幻灯館主人は道順や有脩に話を振る。

 

「まあ、お前らの言いたい事も解る。だがな、相手が悪いだろ。俺の乏しい知識だと、人質をとっている。場所が近江である。大名である。この三つを併せ持っているのは六角氏ぐらいだぞ。」

 

 幻灯館主人の言葉を聞き有脩は「どうじゃ?」と道順に答えを求める。

 道順は相手の名を明かすべきかどうかをしばしの間逡巡するが重い腰を上げる様に口を開く。

 

「はい。美津里様のおっしゃる通り相手は六角承禎。」

 

この答えに幻灯館主人は「やはりな」と一言返事を返すともう一つの疑問点を道順に問いかける。

 

「もう一つ知りたい事がある。助け出す相手の名は?」

 

 問われた道順、しかし道順の口から言葉は発せられない。

 それほどの相手なのか?

 しばしの沈黙。

 部屋の中を緊張が包む。

 その中で決意したかの様にゆっくりと道順が口を開いた。

 

「せ、性は申し上げられませんが、名は、賢政様。」

 

「そうか、やはりな。良く教えてくれた。」

 

 そう言って幻灯館主人はゆっくりと立ち上がり

 

「少し休憩だ。みんなもお茶でも飲んでくれ。俺は少し歩いてくる。それと……雫、お前はちょっと付き合え。」

 

 そう言って幻灯館主人は雫を担ぎ足は外へ。

 テクテクと十分程歩いただろうか、担がれている雫が不意に口を開く。

 

「どうしたのじゃお前様。などと言っても解りきっておるか。問題は六角承禎、ではなく賢政、じゃろ。」

 

「ああ、その通りだ。お前、賢政が何者か解るか?」

 

「当然じゃ。幼名 猿夜叉丸。後の浅井長政、じゃな。」

 

そう言い切った雫は「何を悩んでおる」と言葉を続ける。

 

「お前様よ、一体何を悩んでおるのじゃ? 助けたくば助ければ良かろう。」

 

 もっともな事だった。

 今までも幻灯館主人はそうやって来たのだから。

 しかし幻灯館主人の表情は暗い。

 

「だがな、今までの相手とは全く違うぞ。倒すべきは六角承禎。相手にするのは浅井長政。本来ならこの二人の相手は織田信長が務めるべき物だ。もっと後の時代でな。」

 

「そうじゃな。その通りじゃな。じゃがな、ここは何処じゃ? 今はいつの時代じゃ? お前様は誰に会って来た?」

 

 雫の問いかけに幻灯館主人は何も答えられない。

 

「どうせお前様の事じゃ、少々物事を難しゅう考えすぎているのじゃろう。恐らくその考えの中心人物は……織田信長。じゃろ?」

 

「ああ。その通りだ。今、俺が変にちょっかいを掛けて織田信長と言う存在を消してしまう事に成らないか、とな。」

 

「なるほどのう。しかしそんなに心配するほどでもあるまい。」

 

 幻灯館主人の思いに雫は軽く答える。

 まるで何も心配は無いとでも言う様に。

 その答えを雫は軽く流暢に語り出す。

 

「お前様、良く思い出してみるのじゃ。ここはお前様が知っている世界かや? 丹羽長秀、柴田勝家、前田犬千代、そしてお姉さま。皆女性じゃ。サル助はこの時代、この時間、尾張におったのかや? 色黒は存在したのかや? そして白ちゃん。平賀源内はこれから徳川の時代まで生きるのかのう。それとも二人は別人なのかや? 答えられんじゃろ。なぜならわらわとお前様は江戸時代を見ておらんからの。所詮、わらわとお前様の最初の旅で歴史の授業なぞとっくにお前様によって壊されておるのじゃ。お前様が気まぐれで、考え抜いて、愛しさを持って名付けた白き狐の少女の存在によって。ならば好きにやればよかろう。信長が現れるのか、それとも別の何かに変わるのかそんな物わらわとお前様にはどうでもよい事じゃろうが。問題は信長だろうが誰だろうがその者が山の向こう側を見せる事が出来る者かどうか、じゃろ?」

 

 雫の言葉に幻灯館主人は一つため息をつくと

 

「そうだな。その通りだ。ならば俺の流儀でやるとしよう。」

 

「お姫様を助ける王子様になるのかや?」

 

「いいや。お前は何を言っている。俺は囚われの御姫様をさらう大悪党になるんだぜ。」

 

「いまはこれが精いっぱい。とか言うのかのう。」

 

 そう言って幻灯館主人は久しぶりの悪党の笑顔を漏らし、雫はほがらかに、さも楽しそうに大声で笑うのだった。

 

 




観音寺城に炭酸泉などございません。
すべては私の捏造です。
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