織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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取りあえずの終息。


第五話

「私はどこに連れていかれるのだ。」

 

 賢政は蒲生賢秀に連れられ廊下を歩いていた。

 その表情は最早全てを諦めた亡者の様だった。

 背後に広がる負のオーラとでも言える物を感じながらも蒲生賢秀は口を開く事が出来ずただ哀れなと賢政に同情するしか無かった。

 

「賢秀殿御苦労であった。その者を妾の下へ。」

 

「はっ。」

 

 まるで家臣の様な反応を見せる賢秀。

 しかし、すぐにこれに気づき「あれ?」と首をひねる。

 目の前に佇む千鶴子の何かに飲まれた様だ。

 そんな賢秀を余所に千鶴子は賢政に近寄ると

 

「そう硬くなるな。すぐに楽になるからのう。」

 

 と目を細め狐の様な笑みを漏らすと物騒な言葉を口にした。

 その後三日の間賢政は千鶴子と一緒に生活したのだが、別にこれと言った事は何も無かった。

 拍子抜けするほど平穏で安心出来る日常だった。

 そして運命の時が訪れる。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 夜の帳が落ちた観音寺城。

 何時もなら見回りの兵の姿がちらほらと見える程度の静かな城内。

 しかし今宵は、今宵だけは違っていた。

 まるでこれから野戦を行おうとしているかの様に松明が何本も灯され城内の一角を赤々と照らしていた。

 

「それでは始めましょう。」

 

 そう言うと中禅寺秋彦は一歩前に出るとおもむろに眼帯を外した。

 周りから驚きと恐怖が入り混じった声が上がる。

 それほどに炎で彩られた場と紅い瞳は幽玄に満ちていた。

 薬泉の流れる井戸の前に敷かれたゴザに姿勢を正し正座すると升に入った濁り酒に諸白を注いで行く。

 濁り酒にどれだけの諸白を注いだだろうか、枡の中はすっかり色を無くしていた。

 そしてその酒を井戸に注ぐ。

 注ぎ終えた後、パンッと一つ柏でを打ち黙祷を捧げた。

 その直後、背後から声が掛る。

 

「主様。」

 

 千鶴子と賢政だった。

 千鶴子は冷徹な表情で中禅寺秋彦を見つめるのみだったが賢政は小さく「あっ」と言う声を漏らした。

 その声が聞こえたのかどうかは解らないが中禅寺秋彦は賢政に近寄り

 

「大丈夫。痛みは一瞬だ。すぐに楽にしてやる。」

 

 そう言って懐から小さな茶壺の様な物を取り出すと、その中身を口に含み、賢政のつややかな唇に接吻した。

 何が起こったのか理解出来ない賢政の眼は一瞬見開かれたが、その後コクンと喉を鳴らすとすぐにその瞳はトロンとした物に代わり手足からも力が抜け中禅寺秋彦にもたれるように倒れかかる。

 口うつしで睡眠薬を飲ませたのだ。

 中禅寺秋彦の胸に顔を埋め、意識が飛びそうな中賢政は小さな蚊の鳴くような声で語りかける。

 それは二人にしか聞こえない会話。

 

「あなたが、わたしを解放してくれるのね。」

 

「いいや。俺は君を天女から人間に引きずり降ろす者だよ。」

 

「じゃあ、救ってはくれないの?」

 

「ああ。怨んでくれて良い。これから俺は君を残酷な世界に引き渡すのだから。」

 

「いいよ。許してあげる。あなたに出会って僅かな間でも私は心に跡を残せたから……」

 

 賢政が発した言葉は賢政では無く猿夜叉丸の言葉だったのかも知れない。

 その言葉を最後に賢政の意識はまどろみに溶けていった。

 眠りに落ちた賢政をいわゆるお姫様だっこで抱えると中禅寺秋彦は井戸へと向かう。

 井戸の前に立ち、真言を唱える。

 その言葉は密教の真言とも異国の言葉とも取れる不思議な響き。

 言葉を紡ぎながら中禅寺秋彦は賢政の身体を……………井戸へと投げ捨てた。

 暗闇が支配する井戸の底からザブンと言う水音が響き渡ると同時に中禅寺秋彦の真言は終了し柏手を一つ打ち鳴らした。

 

「これにて終了で御座います。」

 

「これでもう蛟は封印されたのだな!」

 

 興奮気味に六角承禎が詰め寄る。

 中禅寺秋彦は短く「はい」と返事を返す。

 だが、これでは終われない。

 まだ仕事が残っている。

 それはこの日より三日の後観音寺城の人々は知る事になる。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 そして三日後。

 観音寺城には中禅寺秋彦一人が残っていた。

 妻である千鶴子は神社での穢れ落としがあると言う適当な理由をつけて二日ほど前に城を出ていた。

 

「何故に怪異が収まらぬ! 京極堂を呼べ! 早く呼ばぬか!」

 

 朝早くから観音寺城に城主六角承禎の怒声が響き渡る。

 

「こんな朝早くから何の御用ですかな。城主殿。」

 

 あえて言葉を切る事で挑発するかの様に中禅寺秋彦が口を開く。

 いや、丁寧な口調ながら相手を挑発する様な口調はあの男、幻灯館主人の物だ。

 その物言いに六角承禎の怒りは限界に近づいて行く。

 しかし幻灯館主人はそんな物いつでもいなせると涼しい顔。

 

「京極堂よ、なぜに怪異は収まらぬ。」

 

 怒りを込めながらも自分は冷静だと言いたげに六角承禎は問いかける。

 

「収まるはずはありませんよ城主殿。」

 

「何じゃと! 貴様我らをたばかったのか!」

 

「たばかった? それはあなたの方だ。」

 

 謁見の間での言い争い。

 六角家家臣達が恐恐としながら話にのめり込んで行く。

 一体何が起こっているのか。

 

「先日我らは問をたはず。この地に浅井賢政殿の身内は、ご母堂はおりませぬか? と」

 

 この瞬間幻灯館主人ははっきりと宣言した。

 全てを知っている、と。

 

「う、うむ。」

 

「そしてこうも言ったはず。卵が現れ続けるは母の怨念からだと。」

 

「そ、それがどうしたと言うのだ。」

 

 顔を真っ赤にし詰め寄る六角承禎。

 それを悪党の笑みで返す幻灯館主人。

 

「母の怨念が呪詛を吐き続ける土地に、子を亡くした母をとどめ置けばこうなる事は目に見えている。六角承禎様、今度の怪異はあなた自身が招きこんだ事なのですよ。蛟が龍へと変わればこれはもう人の手ではどうにもならぬ。このまま蛟に力をつけさせ一族郎党滅ぶんですね。では。」

 

 そう言って幻灯館主人は退席しようと立ち上がる。

 

「ま、待て。待ってくれ京極堂。儂らは、いや、儂はどうしたら良い。教えてくれ京極堂!」

 

 幻灯館主人の脅しに大名六角承禎の心が折れた瞬間だった。

 六角承禎は誘導されたのだ。

 まず、激高し家臣達の前で自分と言い争う様にしむけた。

 そして脅しをかける、知っているぞと。

 後は黙っていたもしくは嘘に対して責任を追及するのみ。

 家臣の手前何としてでも解決せざるを得ない状況を作り出す。

 ゆっくり行えば立場や地位の違いを思いださせてしまう。

 だからこそ急ぐ必要があったのだ。

 

「簡単な事ですよ。ご母堂を帰郷させれば良いのですよ。」

 

「そ、それだけで良いのか?」

 

「ええ、それだけで御座いますよ。」

 

 この提言によって浅井賢政の母、小野殿は即日帰郷の命が下された。

 そうは言っても相手は城主の奥方、引越しの荷物も多く実際に観音寺城からの出立には四日の時を待つ事になった。

 




少々短めのお話でしたが、観音寺城でのペテン劇はいったんの終息。
次話からは種明かし編となります。
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