突然だが、私には前世の記憶がある。
知らない地名。知らない歴史。
そんなものが蔓延るこの世界で、私は中央ユージア連合海軍所のパイロット候補生をしている。
ちなみに前世では、USAFで戦闘機パイロットをしていた。
今となっては遠い過去の記憶だ。
なぜこの世界に生まれ落ちたのかはわからない。だが、死んだ理由は覚えている。
前の世界ではヨーロッパを中心に第三次世界大戦が開戦した。
私は当時、F22Aラプターのパイロットをしていた。
開戦当時は開発・配備から時が経っていたが、その性能は変わりなく最強。
空飛ぶ猛禽類。それが俺の相棒だった。
戦争の火は米国本土までにも迫り、制空戦闘機であるラプターも初めて"まともな"実戦に繰り出されることになった。
だが、いくら世界最強のステルス制空飛行機とはいえ落ちる時は落ちる。
戦いが激しくなるほど整備は追いつかなくなり、整備不良機が増え、稼働率は落ちる。
俺の機体はバードストライクと油圧系統の故障で海に真っ逆さまだった。
ドッグファイト中、180度反転していたタイミングでそれが起きたんだ。
世界最強のパイロットとしての自負はあったが、運には見放された。
その様な体勢でベイルアウトなんてできる訳もなく、俺とラプターは海の藻屑になった。
そんな根っからの空軍男の俺が、今では何故か海軍の雛鳥になっている。
…何があったのか。それは目の前の女が原因だ。
「ヴェラ。こんな所で何してるの」
「休んでいただけだよ、ケイト」
食堂の椅子に座って黄昏ていた俺の横で、ここが定位置だと言わんばかりに座るこの女はケイト・エバンズ。本名はキャサリン・エバンズ。
俺が海軍に入ることになった原因だ。
「年寄りみたいなこと言うのね。そんな年齢じゃないでしょう。まだ19よ?」
「……たしかに、そうだよな」
ケイトは遠慮なく俺の肩に手を回して抱きついてくる。
こんなに距離感が近いのは、俺がこの女の幼馴染だから。というのが理由だ。
「それで?さっきの訓練の評価はどうだったのよ」
「Sだよ」
「もう驚かないわ。あなたがS評価じゃなかったことなんてないじゃない」
「まあね」
そりゃそうだろう。どれだけ長い間戦闘機パイロットをしていたと思っている。
と言っても、この世界じゃ俺の存在はひよっこもひよっこ。
しかし実力を隠していいことなど何も無いので、前世と同じように飛ぶ。
それを繰り返していたら、いつの間にか教官殿からは常に褒め称えられ、教官との訓練飛行中は雑談ばかりだ。
「で?もうすぐ実戦配備だけど、そろそろどの部隊に入るか決めた?」
「…俺に入る部隊を決められるほどの権力はないよ。希望は出してない。ケイトは?」
「あなたが希望を出せば教官は喜んで従うはずよ。あなたはそれだけ空に愛されている。…私は、まだ迷っている。それにあなたと比べたら評価も低いし、希望が通る保証もない」
「謙遜するな。次席だろう」
「首席様にそう言われるなんて、嫌味?」
「拗ねるなよ。お前の腕は本物だ。俺のはズルだからな」
「拗ねてないし、ズルだなんてあなたこそ謙遜しないで。……ねぇ。私が言いたいこと、わかるでしょ」
ケイトは俺の腕に抱きついて上目遣いで見つめてくる。
自分の武器を、俺の弱点を理解している。
「……ふぅ。なるほどね。君がそんなふうに俺を見るのは、空軍に入りたいと言っていた俺を海軍に引き込んだ時以来か?…いや。昨日の夜、ベッドの上でも似たような顔を」
「締め上げるわよ」
ケイトは可愛らしい上目遣いから一転、すぐさま俺の体を後ろから抱きしめて…というよりは締めつけて首をロックしてくる。
俺はすぐさまケイトの腕を軽く2回叩きギブアップの意図を伝えると、ケイトの腕が緩み正面へと回り込まれた。
「どうして欲しいんだ?」
「言わなくてもわかっているでしょう?私と一緒に飛んで。あなたが一番機でも、二番機でも、私は貴方と一緒に飛びたいのよ。…お願いよ」
こう言われると俺は弱い。ケイトはそれを理解している。
そりゃそうだ。ケイトはそこらのモデルより可愛らしい。
普段は凛と咲く花のように空を舞う。
そんな少女が、俺にだけ弱った顔を見せて甘えてくる。
どんな対空兵器にも落とされなかった俺が、簡単に堕ちるのも無理はない。
いや、鳥には落とされたがね。
「しかしな。そんな簡単な話じゃないだろう。一緒に飛ぶというのは」
「そうね。でも、あなたは私と離れられない。違う?」
「意地の悪い質問だな。…だが、現実的にそんな希望が通るか?」
いくら俺が首席とはいえ「ケイトと一緒に飛びたい」だなんて希望が通るとは思えない。
それこそ、首席と次席なら違う部隊に所属させて戦力を分散させた方が軍のためになる。
「…同じ空母の上なら、同じ飛行隊なら、仕事中もずっと一緒でしょ。お願い。私のそばにいて。……私もヴェラがいないとダメなのよ。幼い頃からずっと一緒だった。恋人になって、海軍でも一緒で、もう離れたらダメなのよ。…そうでしょう?相棒」
「ああ、参ったな。……なぁ俺が船酔いしたら面倒見てくれるか?」
「ふふっ。ええ。なんでもしてあげるから。って、これじゃああなたを海軍に入れた時と同じね」
「全くだ。分かった。教官にはケイトと一緒に飛べないなら海軍をやめると言っておく。それでいいか?」
「……あなた、それで本当にやめて空軍パイロットに転向するだなんて言ったら本当に許さないわよ?」
「……そんなこと考えてないよ」
嘘だ。少し考えていた。本気では無いが。
「なぁ。俺が海軍に入れられたのはケイトの家系が海軍関係だったからだろ?」
「ええ。本当はパイロットになるつもりは無かったけど、あなたがパイロット以外になるつもりはないって言うから仕方なく私もパイロットになったのよ。お父さんを説得するのがどれだけ大変だったか」
「…嫌味かな?」
「意趣返しよ。それで?何が言いたいの?」
「俺と一緒に飛びたいって、家族にお願いすればいいんじゃないのかな。ケイトには甘いだろう」
「お父さんもおじいちゃんもただの船乗りよ。航空隊の人事に口出しできる権限はないわ」
「ダメか。…まぁ、言うだけならタダだしな」
教官連中から変な目で見られるようになるのは間違いないが。
復興中で軍の再編成も急務な今のユージアなら、貴重な即戦力パイロットを失いたくはないはずだから、希望は通りそうだが。
…自分で言うのも恥ずかしいけど。
「私はあなたとこの広い空で舞いたいのよ。一緒に踊りましょう?ヴェラ」
「……了解しましたよ、女王陛下。仰せのままに」
翌日。俺は人事についての相談ということで、航空教導隊教官のシューデル・マックス大佐と話をしていた。
「ようやく行きたい部隊が決まったのか?正直お前は今すぐ配属したいくらいなんだが」
「ありがとうございます。部隊についてはまだ決まっていません。ですが、1つ希望があります」
「ほう?言ってみろ」
マックスの目がギラつく。が、前世から数えて精神年齢がいいお爺さんな俺は、普段鬼教官として裏で愚痴られているマックスが自分達の生徒を可愛がっていることを知っている。
「エバンズ少尉の事で」
「お前のガールフレンドがどうした」
「……知っていたのですか」
「…お前ら、あんだけイチャイチャして見せびらかしてたら宣言してるのと変わらんぞ。他の生徒たちから愚痴を聞かされるこっちの身にもなれ」
確かに。ケイトは明らかに俺にだけ距離感がおかしいし、俺もそれを拒んでいない。
傍から見たら一目瞭然か。
「で?結婚の報告か?俺はお前たちが海軍をやめないならなんでもいい」
「……それでいいんですか。いえ、違いますが」
「なんだ違うのか?戦争ばかりのこのご時世だ。めでたいことは多い方がいい。で?本題は?」
「…エバンズ少尉と、組ませていただきたい。それが叶えば、配属されるのはどの空母でも構いません」
「なるほど。ふむ、良いだろう。お前のことだ。組ませてくれないなら空軍に行くとでもいいそうな勢いだしな」
「自分で言っておいてなんですが、良いんですか?」
「正直、お前には足りないものはない。が、エバンズ少尉には足りないものは多い。彼女は生き残るだけの操縦技術も、リーダーシップも、作戦遂行能力も高いが、まだ青い。言われたままに飛ぶだけでは物足りない。」
マックスの言うことは一理ある。特にドッグファイトでは考え方の違いがもろに出る。性能が高い機体に乗れば乗るほど、それは顕著になる。
要は機体に振り回されるのか、機体を振り回すのか。
「お前がエバンズ少尉を育て上げろ。そして、味方を生かせ。それが条件だ」
「…わかりました。ありがとうございます、大佐」
「と、言っておいてなんだが、お前を失うのは海軍にとって大きすぎる損失だ。優秀な機体は作れても、パイロットはそうはいかん。ましてや空軍に出し抜かれるだなんてもっと最悪だ。というのが俺の本音だ」
「…なるほど」
「部隊についてだが、ちょうど人手の足りない正規空母がある。そこでは四個スコードロンを運用しているが、編成の関係で一個小隊を補充しなければならん。だが如何せん腕のいいパイロットが足りんのでな。お前たちにはその小隊の3番、4番機を担ってもらう」
「…なるほど。アンシャトーですか」
「知っているか。私と一緒で年季の入った船だが、お前たちでも務まると判断した」
先日、部隊編成を変更して空きがあると話題になっていた。
軽空母や揚陸艇ではない正規空母は海軍パイロットの憧れでもあるからな。
皆自分達が所属されるかもしれない船の話には敏感なんだろう。
「ありがとうございます。エバンズ少尉には私から伝えておきます」
「ああ。だが、配属先のことは内密にするように。お前にしか話していないことだ。他の隊員はまだ決まっていないしな」
俺は敬礼をして部屋を出る。
これで、少なくともケイトは喜ぶだろう。俺も恋人と空を飛べるのは素直に嬉しい。
その後、俺たちは空母アンシャトーに配属され、ケイトと共にFCUの平和を守り続けた。
そして……地獄のような戦争が幕を開ける。
2029年7月のことだった。ソトアが攻めてきたのは。
空母アンシャトーのブリーフィングルームでは、悲痛な空気が漂っていた。
それは隣に座るケイトも例に漏れない。
「敵は以前首都シーヴへと向かっている。我々はFCU海軍最後の空母打撃群として、首都を決して明け渡してはならない。必ずじや陸上戦艦を沈ませるのだ。奴が上陸する前に」
ケイトは俺の手を握る。ここまで多くの実戦をこなしてきたが、最も激しくなるであろう戦いを前に、不安になっているらしい。
今となっては小隊の隊長として立派な背中を見せている彼女だが、俺の前では相変わらず素直だ。
「ケイト。今回の戦いは俺の傍から離れるな。帰る船すら無くなるかもしれん」
「……大丈夫よね。ヴェラ」
「わからんな。FCUはこの空母打撃群の他に空母エンデュランスをシーヴに向かわせているらしいが、あれは骨董品と言っても過言じゃない船だ」
前世のアメリカ海軍でいうエセックス級相当がエンデュランスだ。
記念館になっててもおかしくない。
そんな船がまともな駆逐艦すら連れているか怪しい戦力で来たところで…たかがしれている。
「ねぇヴェラ。仮にあなたが私を守らずに戦えば、この国を勝たせることができる?」
「無理だな。陸上戦艦にしても、トニトルスの槍にしても、個人でどうにかなるものじゃない。それに、仮に勝たせることができるとして、ケイトを失うリスクが高くなるなら俺は無理に戦わない。ケイトがいないなら勝っても意味がないからな」
そうだ。俺は再び命を貰った意味をずっと考えていた。
前世では戦争で人を殺した。そんな俺が、再び生まれた理由。
それはケイトと共に生きるためだと思っている。
だから2番機として守ってきた。
そしてこれからも、それは変わらない。
「…そうね。私が逆の立場でも同じことを言うと思う。私から目を離さないで。私もあなたから目を離さない」
「ああ。この戦い、生き延びるぞ」