敵の航空隊をケイトと殲滅する。
夜のシーヴは、爆発で昼間のように明るい。
1番機のケイトは煤だらけの機体で俺の前を優雅に飛んでみせる。
「ケイト。兵装の数は?」
「心もとない。3番機4番機が生きてれば…!」
「仕方ない。部下を守れなかったのは上司の俺の責任だ。死んだ彼らに免じて、俺たちは生きる。一旦空母に戻るぞ」
俺らが配属された空母アンシャトーの生き残りは俺たち2人だけになった。
部下の3番機と4番機は既に対空兵器で落とされた。
我が空母打撃群は周りの護衛艦が数隻ダメージを受けながらも、相手の主力航空部隊はシーヴの首都で地上兵力を支援しているために辛うじて健在だ。
「あなただけの責任じゃない、ヴェラ。…それにしても、2人でかなり落としたのにレーダーはまだ真っ赤ね」
「……そうだな。ケイトも既にダブルエースどころじゃないな。帰ったら昇進は間違いない」
「あら。それだとあなたは大佐になるけど?」
「……これ以上昇進すると飛行機から降ろされるな。昇進の話はなしだ」
「大丈夫よ。あなたが飛べなくなったらFCUは終わりなんだから。大将になってもあなたは飛ばされ続ける」
「それもそれで嫌だけどな。……そろそろ空母が見えてくる。アンシャトー聞こえるか?リーヴス1、リーヴス2の着艦許可を求める」
「良く戻った。すぐに着艦しろ。いまやシーヴの空で飛べるのはお前たち2人だけだ。お前たちが最後の希望だ」
希望、か。
俺たちはそんな大それた存在じゃないんだがな。
だが応えない訳にはいかない。
「ケイト。先に着艦しろ俺は燃料にまだ余裕がある」
「了解。ありがとう」
F/A-18Eが空母アンシャトーに着艦する。ケイトは芸術的な着艦を決めて、その後は俺も続いて着艦する。
「ケイト。体は平気か?歳も歳だからな、俺たち。ガタは来てるだろ」
「ヴェラ。殴るわよ」
そう言いながらケイトは俺の胸を優しく叩く。
実際ケイトの右手首にはサポーターが付けられている。
FCUが戦争に突入してから、操縦桿を握る手にも負荷がかかっているのは見て分かる。
いくらフライ・バイ・ワイヤがあるとはいえ、ずっと力を込めて握るのだ。
人によっては戦闘終了後に操縦桿から手が離れなくて帰還後、他の人に剥がして貰わないといけない……なんてこともあるくらいには握力を使う。
「ブレッド中佐、エバンズ少佐。度重なる戦闘ご苦労だった。おかげで敵の航空部隊はほぼ壊滅と言っていい」
「艦長。我々が出払っている間、母艦を守っていただきありがとうございます。殆どはヴェラが落とした機体です」
「ケイトのサポートあってこそです。2人の戦果だ」
「相変わらず仲が良い。その調子で2人とも、生き残れ」
空母アンシャトー艦長と俺たち2人は互いの仕事を称え合う。
艦長は表情こそ笑顔だが、見るからに顔に疲労が浮かんでいる。
俺達もそうかもしれないが。
「いまやこの空母打撃群に残る飛行隊は貴官ら2人だ。この補給の後、この船を守り続けられるかどうかは怪しい。トニトルスの槍や対艦攻撃で護衛艦の多くも航行不能、もしくは撃沈された」
「この後もFCUは厳しい戦いになりそうだ」
「…そこでだ。貴官らには補給を受けたあとは撤退支援に徹してもらいたい。我が軍は既に抗戦できるだけの戦力が枯渇している。首都シーヴには辛うじて脱出を計画できるだけの兵士や兵器が残っているが、支援なしではあっという間に殲滅される」
「…了解しました。シーヴや空母打撃群の防衛より、友軍の撤退支援を優先ですね。…艦長、今までありがとうございました。初めてこの艦に配属された時から、私とケイトを気にかけてくれていた」
「ありがとうございました、艦長。シーヴから撤退する友軍をひとりでも多く、助けると誓います。この舟に誓って」
「うむ。2人とも、FCUを……ユージア大陸を頼んだ。必ずこの戦争に勝て。その羽で平和を掴んでこい」
「「了解!」」
俺たちは甲板に向かう。
そこには増槽を取り付け、発艦重量限界まで爆装したF/A-18Eが2機鎮座していた。
機体に足を進める中、ケイトがこちらに向かってくる。
「ヴェラ。…あなたが落ちないのも、私を守ってくれるのもわかってる。あなたがこの戦争でどれだけ落としたのか考えれば、あなた以上のパイロットがこの世界にいるとは思えないから。でも、不安なのよ。だからお願い…」
ケイトが言いたいことはわかる。
何百機という数が戦いの中で落ちた。
それを目の前で見れば、自分達が生き残っても不安になるのは仕方ない。
俺も飛ぶのが怖くない訳じゃない。
だからこそ、今のケイトを安心させられるのは言葉じゃない。
「んっ…」
ケイトの顎を持ち上げて、軽く口付けをする。
愛を確かめるキスではなくて、互いの存在を確認する。そんなキスを。
「ありがとう、ヴェラ。行きましょう。ひとつでも多くの命を助けるために」
「ああ。朝は近い。俺たちが日の出をもたらす」
コックピットに乗り込み、甲板員の指示に従う。
カタパルトに到着すると、AWACSとデータリンクされているレーダー上には、敵艦隊や航空機が海のように映る。
「行くぞケイト。守るための戦いを」
「ええ。行きましょう、ヴェラ」
「リーヴス1、リーヴス2。機体番号順で発艦せよ。シーヴの空を、お前たちが照らしてこい」
「了解。リーヴス1発艦する」
ケイトがF/A-18Eがカタパルトから勢いよく射出されていく。
電磁式カタパルトのリニアモーターが唸り、ケイトは再び空へと上がった。
続いて俺もエンジンの出力を上げていく。
「リーヴス2、発艦する。妻共々世話になった。…幸運を」
「そっちもな」
空母の管制範囲から離れ、シーヴ周辺の空域で飛ぶ時代遅れのAWACSに近づく。
夜明けはもうすぐだが、相変わらずシーヴだけは昼のように明るい。
燃えているのがこの距離でも分かった。
「リーヴス隊、良く帰ってきた。こちらAWACSディーラー。状況を説明する。残り少ない空軍が十数機飛んでいるが、敵の航空部隊及び地上部隊は圧倒的だ。特に地上部隊は陸上戦艦を筆頭に圧倒的な戦力を有している。君たちには対地攻撃を頼みたい。何としても、ひとりでも多くの市民、兵士を生きて脱出させるんだ!」
「了解。ケイト、対地攻撃は任せる。俺は露払いをする。思う存分やれ」
「ええ、お願い。行くわよヴェラ。リーヴス隊、エンゲージ!!」
俺たちは弾薬尽きるまでシーヴの空を飛び回った。
空軍と共に協力して、いくつもの民間航空機、ヘリ、艦船を逃し、軍艦や輸送機を護衛した。
陸上戦艦のレールガンを避け、低高度を飛びながら。
俺たちにはそれしかできなかった。
味方や市民が戦車の砲で吹き飛ばされ、爆撃機から投下された爆弾で跡形もなくなる。
それを空で見ていた。見ていることしかできなかった。
シーヴはまもなく空になる。しかしシーヴの夜は…終わらない。
「AWACSよりリーヴス隊。……空母アンシャトーが、沈没した。敵のトニトルスの槍が直撃した。空母エンデュランスより救難ヘリが出たが、見つかったのは破片だけだった」
「そう、か。……クソッ」
「ヴェラ。やるべき事をやりましょう。彼らに託された仕事を務めるの」
「……その通りだな。ケイト、弾薬は?」
「空対空ミサイルが2発。ヴェラは?」
「俺は1発しか残ってない。最悪機関砲でなんとでもなるが」
「リーヴス隊。空母エンデュランスより増援が来るぞ。ジョーカー隊とジャック隊がこちらに向かっている!2人には空域に残る空軍が撤退するまでの時間を稼いでもらいたい。そこから南に向かった場所に空軍の機体3機がいる。どの機も損傷している為、戦闘空域外まで護衛して欲しい!離脱したあと君たちふたりは空母エンデュランスへと着艦するんだ」
「リーヴス1、コピー。行くわよ、ヴェラ」
「リーヴス2、ウィルコ」
「よし、頼んだぞ」
俺とケイトはスラストレバーを前に倒し加速する。
暫く南へ飛行すると、友軍機3機を敵機2機が追いかけていた。
あれがAWACSの言っていた空軍機だろう。
「ケイトは左を。俺は右をやる」
「了解。外さないでよ」
「誰に言っているんだ?リーヴス2、FOX3」
「それもそうね。リーヴス1、FOX3!」
「ミサイルだと!?後方だ!フレア!フレア!」
「回避しろ!」
AIM120 アムラームが敵のMig29に向かって勢いよく飛んでいく。
回避しようとする敵機の奮闘も虚しく2機は火の玉となり夜の街に落ちていく。
まるで風情の欠片もない線香花火のようだ。
「こちらFCU海軍空母アンシャトー所属、リーヴス隊のブレッド中佐。貴官らの撤退を支援する」
「こちらはFCU空軍ホワイトバレー基地所属、パープルマジック隊のガーネット少佐。中佐、支援に感謝します!」
「気にするな。空域外に出るまでは護衛する。基地まで飛べるか?」
「ええ。ここで落ちる訳には行かない。死んだ仲間に顔向けできませんから」
「……そうだな。良し、全員で戦闘空域を脱出する。行くぞ!」
俺たち2人とパープルマジック隊は、立ち塞がる敵を撃墜しながら戦闘空域から脱出した。
その間も地上からは航空支援を求める無線が止まることはない。
朝日が顔を出し始める。
「朝日だ。まもなく戦闘空域外だ。我々はこのまま東に向かい、シーヴ沖合を航行する空母エンデュランスに向かい着艦する。パープルマジックの各員はどうする?」
「我々は北へ向かいホワイトバレーへ向います。リーヴス隊の支援に感謝します!」
「一緒に飛べて良かったわ。また空で会いましょう、パープルマジック」
パープルマジック隊の各員がコックピット越しに敬礼をする。
彼らが北へ向かったのを見送ると、俺とケイトは空母エンデュランスへと向かい飛行を続ける。
整備無し、休憩無しで暑苦しいパイロットスーツを着て、とてつもないGに体を晒される。
ケイトの疲労は既に限界だろう。機体の制御がところどころ甘い。
それでもその辺のパイロットよりは上手いのだが。
「こちらはFCU海軍空母エンデュランス所属、ジョーカー隊隊長のコープ少佐。前方にいる友軍機、聞こえるか」
「我々はFCU海軍空母アンシャトー所属のリーヴス隊。2番機のブレッド中佐だ。シーヴにいる味方の撤退を支援していたが、燃料と弾薬、ついでに体力も限界でね」
「中佐殿でしたか。しかし中佐殿で2番機とは、1番機を操るのは大佐殿?」
「いや、うちの隊は特殊なんでな。階級は俺より下だが、隊長には公私共に頭が上がらないんだ」
「へぇ。…結婚でもしてるのか?」
「……そうだ」
「なんでわかったのかしら?こちらリーヴス隊、隊長のエバンズ少佐よ。軍では分かりにくいからエバンズを名乗ってるけど、戸籍上はブレッドなの。よろしく、コープ少佐」
「……驚いたな。冗談のつもりだったんだが」
「この話の続きはコープ少佐達が生きて帰ってからだ。我々は一足先にエンデュランスへと向かうが、まだシーヴには救いを求める声が多い。ひとりでも多くの命を救ってくれ。頼む」
「了解。リーヴス隊の分まで飛びます。バクスター、行くぞ」
「ああ。……しかし夫婦でパイロットとは…」
ジョーカー隊の1、2番機を先頭にジョーカー隊とジャック隊の8機が俺たちと入れ替わるようにシーヴの方向へと向かう。
ふと横を見ると、ケイトが真横にピッタリと付き添うように飛ぶ。
まるで白鳥のつがいのように。
「夫婦だって言ったら驚いてたわね」
「…近いな、ケイト。凡ミスで空中衝突はやめてくれよ」
「あら?私がそんなに下手くそだと?誰が私のことを鍛えたのかしら?鬼教官」
「…俺からしたら君の方が鬼だよ、ケイト」
「ヴェラ?降りたら腫れるまで殴るわよ」
「……どこにそんな体力が残ってるんだ。勘弁してくれ」
「全て聞こえてるぞ、リーヴス隊。こちら空母エンデュランス副長のパイク大佐。速やかに着艦しろ。…痴話喧嘩は程々にな」
「失礼大佐。すぐに着艦します。ケイト、君から降りろ。疲れてるだろ」
「じゃあお言葉に甘えて」
ケイトが危なげなく着艦する。
空母エンデュランスは、空から見ても明らかに時代遅れの代物だった。
エセックス級の空母は、前世で俺が海軍に入った頃は既に退役していた。
なんせ太平洋戦争の頃から現役だった空母だ。もちろん改修はされていたが。
艦の至る所にサビが見え、現在主流の電磁式カタパルトではなく蒸気式のカタパルト。
ケイトの機体が収容されると俺も直ちに着艦体勢に入る。
増槽はとっくに放棄していた為、燃料は心もとない。
アレスティング・ワイヤーにフックが引っかかると、思いっきりGがかかり機体が止まる。
俺たちが帰るべき空母は海の藻屑になった。
乗っていた乗員も、機体も、全て沈んだ。
思わず空を見上げると、雲の上で見た朝日は見えない。
灰色の雲が覆っているだけだ。
機体から降りると、ケイトが見知らぬ女性を引き連れてこちらに向かってきた。
すかさず互いに敬礼をすると、目の前の女性は手を差し出してきた。
「ご苦労だったリーヴス隊。諸君らのお陰で多くの命が救われた。感謝する。私はXOのジェシカ・パイク大佐」
「ありがとうございます。ヴェラ・ブレッド中佐です」
「空母アンシャトーの事は残念だった。君たちは今日から我が艦の所属になる。ちょうど我が艦も人手不足で、特に戦争が始まってからパイロットが足りない。度重なる戦闘で消耗が激しい。だが、今は中で休め。風呂に入って、飯を食え。そしてまた飛んでもらう。頼むぞ、2人とも」
「「了解」」
翌日。市民や残っていた将兵は散り散りになりながらも、命からがらシーヴから脱出した。
多くの人間が亡くなった。兵器を失った。
残された空母はエンデュランスのみ。
合流できたのは護衛艦1隻と民間のコンテナ船。
もはやシーヴを奪還するだけの戦力は、残っていなかった。
シーヴからの撤退戦で功績を残した人間の中でも3人はそれぞれが昇格した。
ジャン・コープとケイト・エバンズはそれぞれ少佐から中佐に。
ヴェラ・ブレッドは中佐から大佐に。
部隊は再編成されて、ケイト・エバンズ中佐はクイーン隊の隊長に。
ヴェラ・ブレッド大佐は2番機に任命された。
3番機はヴィクター・クルス少尉。4番機はロック・グエン少尉となった。
ここから空母エンデュランスの長い旅が始まることとなる。