「わーお……。でも、そりゃそうか」
俺は、その床にもたれかかった骸骨を見てそう呟いた。
沈没船なんだから、救助なんかが来てない限り、そこに人は死んでいるのだ。そして、この流れ着いたであろう深海において、まだ船の中に潜っているこの人骨は、なかなかガッツがあると言えた。
服はかなり劣化していたが、ならず者といったボロボロのシャツと腰巻が見えて、全員だったのだろうと予測できる。腰巻には、海賊の使う剣でイメージされるカットラスが折れていた。
なんの要因でこの船は沈んだのだろう。敵船との戦いか、自然災害か、財宝の呪いか。
俺は床に寝そべっている骸を、そっと船内の椅子に座らせてみた。
周りを見ると、他にも、骸骨は転がっている。
パーツの足りない骨や、もう持つだけでボロボロと崩れてしまう骨もあったが、なんとか、自然な形で椅子に座っているように調整した。
床に寝っ転がったままというのは、あまりいい気がしなかった。けれど、この中に棺があるわけでもないだろう。ならば、生前の姿をちょっと模してみようか。そんな気持ちでの行動だった。
並べてみるとなんだか壮観だ。
幽霊船というものが、本当に存在していて、この中でガイコツのおばけたちが談笑しているようにも見える。
しかし、脆い骨は、すぐに海流に倒れてしまった。
「ここは……船長室?」
食堂から出た俺は、崩れて入れない部屋を除いて最後の部屋らしい場所に立ち入った。
船の損壊や劣化具合はひどいものだったから、数える程度した入れる部屋がなかったのである。
中は普通の船員が眠る部屋とは違う、少し広い部屋だった。ボンクは無いが、代わりに執務机にも似た立派なテーブルが設えてあり、その上にはまだインク瓶と羽ペンが、藻に包まれつつも残っていた。
俺は、その机の上にある革表紙のノートを手に取った。水で滲んでいる箇所はあったものの、まだ読めるものがちらほらとある。
この船は、どんな歴史を辿ったのだろう。
『○月○日 雨 風量良し→悪
今日はぶんどった財宝を山分けする日だ。
黄金や宝石はいつだってオレたち海賊を虜にさせる。
ギャッグのやつが一番大きい王冠を取っていった。あいつは欲張りなやつだ。
船長らしく、海賊帽になにか立派な象徴が欲しいと思い、オレは立派なブローチをドクロに刺した。なかなか、威厳が出たんじゃないか?
天候が悪くなってきた。航海士によるとこの先で大きな嵐が来るかもしれないらしい。
オレ達は数々の荒波を御してきた。今回もやれるはずだ。』
その記述を最後に手記は途絶えていた。
そこまでは、大きな魚を獲ったとか、隠されていた黄金を見つけたとか、海の部族と戦ったとか雄大な冒険が描かれていた。悪逆非道というよりは、冒険と自由を愛する海賊だったらしい。
結局この後、嵐に負けてしまったんだろうか。
俺はどうにも残念な気持ちになった。
『人様の日記を盗み見するやつ誰だ?』
だが、そんな気持ちもすぐに消え去る。なんと、船のどこからか声が聞こえてきたのだ。
頭に響くような声は、リベルタのもののような、音とはまた違う発声だと気づく。ならば、海の生き物だろうかと周りを見回しても、そういえば絶好の住処なのにここには魚が一匹もいない。
俺は本物のゴーストシップに心のざわめきをかんじながら、「誰?」と呟いた。
『おいおい、名乗るのはそっちからだろ? 悪いがこの財宝はオレたちのなんだ。船荒らしはヨソでやってくれ』
その声とともに、声の主は姿を現した。青緑の半透明な、魂とわかるそれだ。船長らしき死体は食堂では見当たらなかったが、どこかに潰れてしまったんだろうか。
船長は、大きな海賊帽のドクロの両目に宝石のブローチを付けていた。そして、片腕をフック状の義手にし、眼帯をしている。
今時、これほどまでの海賊がいるのかというほどの海賊コーデだ。
『ここは誉高き海賊船「ガンゴストン」! 何人たりとも荒らすことは許されない!!』
「ワタシは聲っていうんだ。荒らすつもりはなかったよ」
ここは海賊船ガンゴストン。なんだか強そうな名前だ。
船長さんは、ポーズをとって格好つけたけど、俺の荒らすつもりは無かったという言葉にズッコケた。愛嬌があるというか、なんというか。
俺は自分が「ワタシ」と言っていることにそこはかとない違和感を覚えていたが、こっちの方が見た目的には自然かもしれない。
「ワタシは名乗ったよ。貴方は?」
『オレ様はティーグ、このガンゴストン号の船長だ!』
ティーグは、まった格好良さげに両手を掲げてポーズを決めた。
浅くなってきたとはいえまだ暗い海の中、ほんのりと光る魂魄の体が自らをライトにしている。
『いやぁしかし人魚とは珍しい。オレが旅で見た人魚はいつも浅瀬にいた。お前みたいに深くにいる人魚は初めてだ』
「そうなの? ワタシは、他の人魚とはちょっと違うみたいだからさ」
同族に会うのはなかなか骨が折れそうだ。同族と言っても、本当に俺がただの人魚なのかは怪しいだろうし、歓迎されるとも限らないのだが。
でも、俺が求めるのは仲間や家族ではなく、リベルタの言ったサフィーロに向かうことだから、会えたらラッキーくらいでいいかもしれない。
「こんなところに海賊船があるなんてね。ガンゴストンには、何か意味があるの?」
「無いぞ! 響きがかっこいいだろう」
今度は俺がズッコケる番だった。