外計局の訳あり男とロスカリファ   作:Bestmeever

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今回も長めです
書いてると文字増えちゃいますね


二つの花

San-Z STUDIOを出ると、レミエールは宣言した通り、向かいにある映画館へ一直線に歩いていった。

 

「ここだね!」

 

見上げた先には、『グラビティ・シアター』の看板。

 

「本当に行くのか」

 

「行くよ。せっかく来たんだし」

 

「まあ、時間はあるけど」

 

レミエールに続いて中へ入る。

 

館内には上映中の作品を紹介するポスターがいくつも並び、時間帯のわりには人も多かった。

 

「グラビティ・シアターへようこそ。何名様でしょうか?」

 

受付にいたハレイさんが、明るい声で俺たちを迎える。

 

「二人」

 

「二名様ですね!本日はどの作品をご覧になりますか?」

 

「うーん……」

 

レミエールが上映表を覗き込む。

 

さっきまで勢いよく映画と言っていたくせに、観るものまでは決めていなかったらしい。

 

「アステルは何か観たいのある?」

 

「俺?別になんでもいいぞ」

 

「それ一番困る答えだよ?」

 

「じゃあお前が決めろよ」

 

「だから悩んでるんじゃん」

 

レミエールはしばらく上映表とにらめっこしていたが、やがて一枚のポスターに目を止めた。

 

「……これ」

 

「ん?」

 

そこに書かれていたタイトルは――

 

『私たちのあるべき姿』

 

古い街並みを映した、ドキュメンタリー映画らしい。

 

「ハレイさん。この映画って、どのくらい昔の映像なの?」

 

「旧都陥落以前の日常を中心にした作品ですね。現在の新エリー都とは、かなり雰囲気が違いますよ」

 

「もっと昔の映像もある?」

 

「もっと昔、ですか?」

 

「百年くらい前とか」

 

ハレイさんが少し驚いた顔をする。

 

「百年前となると、残っている映像そのものが少ないですね……。ただ、この作品にもそれに近い時代の資料映像はいくつか使われていますよ」

 

「へぇ……」

 

レミエールはもう一度ポスターを見る。

 

さっきまでの楽しそうな表情とは少し違っていた。

 

「観たい?」

 

俺が聞くと、レミエールはこちらを向いた。

 

「うん。ちょっとだけ」

 

「じゃあそれにするか」

 

「いいの?」

 

「俺はなんでもいいって言っただろ」

 

「そうだけど……」

 

一瞬だけ何か言いたそうにしたあと、レミエールは笑った。

 

「じゃあ、これにしよっか」

 

「かしこまりました!」

 

幸い、この日はちょうど上映日だったらしく、次の上映まではそれほど時間がないらしい。

 

俺たちはチケットを受け取り、ついでに飲み物とポップコーンを買って上映室へ向かった。

 

◇

 

「二人なのだ」

 

「見れば分かるわ」

 

少し遅れて映画館へ入ったノルムーが、アステルたちの背中を指差す。

 

「映画なのだ」

 

「それも見れば分かるわ」

 

「デートっぽくなってきたのだ」

 

「…………」

 

ヴェリナの足が一瞬だけ止まった。

 

「ヴェリナ?」

 

「チケットを買うわよ」

 

「見るのだ!?」

 

「ここで外にいたら、中で何が起きているのか分からないでしょう?」

 

「それもう尾行じゃなくて一緒に映画観に来ただけじゃねーのだ?」

 

「ノルムー」

 

「二枚くださいなのだ!」

 

切り替えが早い。

 

上映作品を確認したノルムーは、首を傾げた。

 

「なんか難しそうな映画なのだ」

 

「ドキュメンタリーみたいね」

 

「もっと派手なのがよかったのだ」

 

「私たちは映画を楽しみに来たわけではないのよ」

 

「さっきチケット買うって即決したのヴェリナなのだ」

 

「…………」

 

「なんでもないのだ」

 

◇

 

上映室は思っていたより暗かった。

 

当たり前だけど。

 

俺たちは後ろ寄りの席に並んで座る。

 

映画が始まるまで、レミエールは買ったポップコーンを摘まみながらスクリーンを眺めていた。

 

「なんかワクワクするね」

 

「映画そんな好きだったっけ?」

 

「昔はそこまで観る機会なかったからね。だから今は新鮮」

 

「なるほどな」

 

「それに――」

 

レミエールが俺を見る。

 

「キミと映画観るのも初めてでしょ?」

 

「そういやそうだな」

 

「…………」

 

「何?」

 

「ううん。なんでもない」

 

またそれか。

 

最近こいつ、言いかけてやめること増えたな。

 

やがて照明が落ち、スクリーンに映像が映り始めた。

 

最初に映ったのは、今とは全く違う街並みだった。

 

高い建物。

 

道を走る車。

 

街角に並ぶ店。

 

人々が歩き、笑い、誰かと話している。

 

何か特別な出来事が起きているわけじゃない。

 

ただの一日。

 

ただの日常。

 

それを切り取った映像だった。

 

「……懐かしい」

 

隣から、小さな声が聞こえた。

 

レミエールがスクリーンを見つめている。

 

「知ってる場所?」

 

「似てる場所ならね」

 

「俺も何となく覚えてる」

 

百年前。

 

今より何もかも不便だったはずなのに。

 

こうして映像で見ると、不思議と悪いところばかりは思い出さない。

 

「あ」

 

レミエールが小さく声を上げた。

 

スクリーンに、古い街角の店が映る。

 

「こういうところ、あったよね」

 

「あったな」

 

「キミ、こういう店で全然知らないお菓子買って外したことなかった?」

 

「……あったような」

 

「絶対あったよ。しかも私に半分押しつけた」

 

「百年前の失敗くらい忘れろよ」

 

「やだ」

 

即答だった。

 

「こういうのは覚えてる方が楽しいから」

 

「都合のいい記憶力だな」

 

「キミのことなら結構覚えてるよ?」

 

「怖いな」

 

「失礼だなぁ」

 

映画が進む。

 

ときどき二人で「あれに似てる」「こんなのあった」と小声で話す。

 

百年前そのものじゃない。

 

けれど。

 

今の街を歩いている時より、少しだけ昔に戻ったような気分になった。

 

しばらくして。

 

肩に軽い重みを感じた。

 

「ん?」

 

横を見る。

 

レミエールの頭が、俺の肩に乗っていた。

 

「眠い?」

 

「違うよ」

 

「じゃあ何してんの?」

 

「映画観てる」

 

「それは分かる」

 

「だったらいいでしょ」

 

何がいいんだ。

 

そう思ったけど、別に邪魔でもない。

 

そのままにしておく。

 

「……アステル」

 

「ん?」

 

「昔はさ」

 

スクリーンを見たまま、レミエールが呟く。

 

「百年後にこうやって一緒に映画観てるなんて、絶対想像できなかったよね」

 

「そりゃそうだろ」

 

俺が百年後まで生きているなんて、俺自身ですら思っていなかった。

 

「でも、悪くないだろ?」

 

「うん」

 

肩に乗る重みが、ほんの少しだけ増した。

 

「すごくいい」

 

その声が妙に嬉しそうだったので、俺はスクリーンへ視線を戻した。

 

昔の景色を見る映画なのに。

 

なぜかレミエールは、さっきから俺の方ばかり気にしている。

 

やっぱりよく分からない。

 

◇

 

数列後ろ。

 

「…………」

 

「…………」

 

ヴェリナとノルムーは、映画ではなく前方の二人を見ていた。

 

正確には。

 

アステルの肩に頭を預けているレミエールを。

 

「ヴェリナ」

 

「静かに。上映中よ」

 

「でも――」

 

「上映中よ」

 

「まだ何も言ってねーのだ」

 

ノルムーが声を潜める。

 

「さっきから映画より前ばっか見てるのだ」

 

「あなたもでしょう?」

 

「ノルムーは尾行してるからなのだ」

 

「私も同じよ」

 

「…………」

 

「なに?」

 

「なんでもないのだ」

 

ヴェリナはスクリーンへ視線を戻す。

 

少しして。

 

また前を見る。

 

レミエールはまだアステルの肩にもたれていた。

 

「…………」

 

ヴェリナは無言で扇子を開き、そっと口元を隠した。

 

◇

 

映画が終わり、上映室の照明が戻る。

 

「んー!」

 

外へ出たレミエールが、大きく伸びをした。

 

「面白かった!」

 

「途中ほとんど俺に寄りかかってただろ」

 

「ちゃんと観てたよ?」

 

「俺の肩、映画館の設備じゃないからな」

 

「サービスよかったよ。星五つ」

 

「金取るぞ」

 

「ケチ」

 

レミエールは笑いながら、映画館の出口へ向かう。

 

その途中。

 

ふと、何かに気づいたように足を止めた。

 

「アステル」

 

「ん?」

 

「この辺って、花屋ある?」

 

「花屋?」

 

なんで急に。

 

そう思っていると、近くにいたハレイさんがこちらを向いた。

 

「お花でしたら、このシアターを出て左へ行ったところにお店がありますよ!」

 

「本当?」

 

レミエールの顔が明るくなる。

 

「じゃあ次、そこ行こう!」

 

「今度は花かよ」

 

「いいでしょ?」

 

「はいはい」

 

今日一日で、こいつに何回引っ張られてるんだろうな。

 

そんなことを考えながら。

 

俺はレミエールと一緒に、グラビティ・シアターを後にした。

 

◇

 

ハレイさんに教えてもらった道を少し歩くと、すぐに花屋が見えてきた。

 

『朝露』

 

店先には色とりどりの花が並び、通りまでほのかに甘い香りが漂っている。

 

「ここみたいだな」

 

「わぁ……!」

 

レミエールが俺より一歩先に店へ入っていく。

 

映画館に入った時といい、今日は本当に忙しいやつだ。

 

「花、そんな好きだったっけ?」

 

「嫌いじゃないよ?でも、こういうお店をゆっくり見る機会ってあんまりなかったから」

 

「百年前にも花屋くらいあっただろ」

 

「キミと一緒に来たことはなかったでしょ?」

 

「……それはそうだけど」

 

レミエールは満足そうに笑うと、並んだ花を一つずつ眺め始めた。

 

俺も後ろについて歩く。

 

赤。

 

白。

 

黄色。

 

知らない種類も結構ある。

 

百年以上生きていても、花の名前なんてほとんど覚えていない。

 

「アステル、これ見て」

 

「ん?」

 

呼ばれてそちらへ行く。

 

レミエールが指差していたのは、小さな青い花だった。

 

他の派手な花と比べれば、かなり控えめだ。

 

「小さいな」

 

「感想それだけ?」

 

「じゃあ……青い」

 

「子供?」

 

「花の感想なんて求める方が悪いだろ」

 

レミエールが呆れたように笑う。

 

その横には、生花だけじゃなく、小さな花をガラスに閉じ込めたアクセサリーや小物も並んでいた。

 

レミエールはその中から一つを手に取る。

 

小さな青い花が入った、シンプルなチャーム。

 

「それ買うの?」

 

「んー……」

 

レミエールはチャームを持ったまま、俺を見る。

 

それから何かを思いついたように目を細めた。

 

「ねぇ、アステル」

 

「何?」

 

「これ、何の花か知ってる?」

 

「知らん」

 

「即答だね」

 

「見たことはある気がするけど」

 

「勿忘草」

 

「へぇ」

 

聞いたことはある。

 

たぶん。

 

「変な名前だな」

 

「……そう?」

 

「なんか、妙に覚えやすい」

 

「ふふっ」

 

なぜかレミエールが笑った。

 

「じゃあ、ちゃんと覚えててね」

 

「花の名前を?」

 

「さあ?」

 

「なんだそりゃ」

 

レミエールはそれ以上説明せず、チャームを持って店の奥へ向かう。

 

てっきり自分用に買うのかと思っていた。

 

しばらくして会計を済ませると、俺たちは店を出た。

 

「満足した?」

 

「うん!」

 

「今日は結構色々回ったな」

 

ティーミルク。

 

変なフィギュア。

 

映画。

 

花屋。

 

朝から付き合っていたはずなのに、気づけば随分時間が経っている。

 

「そろそろ帰る?」

 

俺が聞くと。

 

「その前に」

 

レミエールが立ち止まった。

 

「はい」

 

「ん?」

 

差し出された手の上に、小さな包みが乗っている。

 

「何これ」

 

「プレゼント」

 

「俺に?」

 

「他に誰がいるの?」

 

「いや、さっき自分用に買ったのかと」

 

「開けてみて」

 

言われるまま包みを開く。

 

中に入っていたのは、さっき見ていた青い花のチャームだった。

 

「……勿忘草だっけ?」

 

「ちゃんと覚えてた」

 

「数分前のこと忘れてたら流石にヤバいだろ」

 

手のひらに乗せて眺める。

 

派手ではない。

 

男の俺が持っていても、それほど違和感はなさそうだった。

 

「でも、なんで俺に?」

 

「今日のお礼」

 

「俺、お礼されるようなことしたか?」

 

「したよ」

 

レミエールは指を折りながら数え始める。

 

「行きたいって言ったお店、覚えててくれたでしょ?」

 

「それくらい普通だろ」

 

「映画にも付き合ってくれた」

 

「俺も見たかったし」

 

「San-Zにも連れてってくれた」

 

「俺が行こうって言っただけだろ」

 

「ほら。いっぱいあるじゃん」

 

「……そういうもん?」

 

「そういうもの」

 

レミエールは笑う。

 

「だから、あげる」

 

「そっか」

 

もう一度チャームを見る。

 

「ありがとな」

 

「うん」

 

それだけなのに。

 

レミエールは妙に嬉しそうだった。

 

「大事にしてね?」

 

「分かった」

 

「……絶対だよ?」

 

「念押しすぎだろ」

 

「だって、大事なんだもん」

 

「これが?」

 

問い返すと。

 

レミエールは少しだけ黙った。

 

「……それも」

 

「それも?」

 

「こっちの話」

 

またそれか。

 

俺は小さく息を吐きながら、チャームをポケットにしまう。

 

「これでいい?」

 

「うん」

 

レミエールは満足そうに頷いた。

 

俺がポケットを軽く叩くと、その視線がそこへ落ちる。

 

一瞬だけ、レミエールの目が伏せられた。

 

「……なくさないでね」

 

さっきまでより、少しだけ静かな声だった。

 

「なくさないって」

 

「うん」

 

けれど次の瞬間には、いつもの笑顔に戻っている。

 

「じゃ、帰ろっか!」

 

「切り替え早いな」

 

レミエールが俺の腕を取る。

 

俺はそのまま歩き出した。

 

勿忘草。

 

変わった名前の花だ。

 

レミエールがどうしてあれだけ大事にしろと言ったのか。

 

この時の俺には、まだ分からなかった。

 

◇

 

少し離れた場所。

 

「……勿忘草なのだ」

 

ノルムーが呟く。

 

その隣で、ヴェリナは二人が歩いていく姿を見つめていた。

 

「ヴェリナ、あの花知ってるのだ?」

 

「ええ」

 

「ふーん」

 

ノルムーはもう一度、遠ざかっていく二人を見る。

 

「あいつ、やけに大事にしろって言ってたのだ」

 

「……そうね」

 

「高いやつなのだ?」

 

「たぶん、そういうことではないわ」

 

「じゃあなんでなのだ?」

 

ヴェリナは答えなかった。

 

レミエールが選んだ、小さな青い花。

 

『大事にしてね』

 

『……絶対だよ?』

 

そして。

 

百年間。

 

アステルが死んだと思いながら、それでも忘れなかったというレミエールの話。

 

そこまで考えれば、わざわざ理由を聞く必要もなかった。

 

「……なるほどね」

 

「何がなのだ?」

 

「なんでもないわ」

 

「また秘密なのだ?」

 

「ええ」

 

ヴェリナは扇子を開き、口元を隠した。

 

前を歩く二人を見る。

 

アステルは何も気づいていない。

 

レミエールがどうしてあの花を選んだのかも。

 

何を込めて渡したのかも。

 

「…………」

 

ヴェリナの視線が、一度だけアステルのポケットへ向いた。

 

百年前から続いているもの。

 

自分が知らない、二人だけの時間。

 

それは、どうしたって自分には持てない。

 

「行きましょう、ノルムー」

 

「追わねーのだ?」

 

「もう十分よ」

 

「ここまで来たのに?」

 

「ええ」

 

ヴェリナは二人に背を向ける。

 

「帰りましょう」

 

「よく分かんねーのだ……」

 

首を傾げるノルムーを連れて。

 

ヴェリナも帰路についた。

 

◇

 

次の日。

 

いつも通り外計局へ出勤した俺は、自分の席に荷物を置いた。

 

「おはようなのだ、アステル!」

 

「おう」

 

朝から元気なノルムーに適当に返しながら椅子へ座る。

 

昨日一日、新エリー都を歩き回ったせいか、少しだけ身体が重い。

 

まあ、仕事に支障が出るほどじゃない。

 

「昨日は楽しかったのだ?」

 

「何が?」

 

「新エリー都なのだ」

 

「なんで知ってんの?」

 

「…………」

 

ノルムーが固まった。

 

分かりやすい。

 

「お前まさか――」

 

「アステル」

 

背後から名前を呼ばれ、振り返る。

 

ヴェリナが書類を片手にこちらへ歩いてきていた。

 

「おはよう」

 

「おはよう。……で、ノルムーがなんか怪しいんだけど」

 

「朝から元気なのはいつものことでしょう?」

 

「誤魔化してね?」

 

「気のせいよ」

 

二人して怪しい。

 

ノルムーに視線を戻すと、今度はわざとらしく机へ向かって書類を読み始めている。

 

絶対何かあるだろ。

 

「それよりアステル。少しいいかしら?」

 

「ん?」

 

ヴェリナの視線が、俺の鞄へ向かう。

 

昨日レミエールからもらった、小さな青いチャーム。

 

なくさないように、目につくところにつけておいた。

 

「それ、昨日もらったもの?」

 

「ああ。レミエールがくれた」

 

「そう」

 

ヴェリナの視線が一瞬だけ勿忘草に留まる。

 

「大事にしているのね」

 

「なくすとうるさそうだからな。念押しされたし」

 

「……でしょうね」

 

「?」

 

なんで納得してるんだ?

 

ヴェリナはそれ以上何も言わず、持っていた書類とは別に薄い箱を机へ置いた。

 

「はい」

 

「何これ」

 

「あなたに」

 

「俺に?」

 

「ええ」

 

箱を見る。

 

特に何かの記念日だった覚えはない。

 

「今日、俺誕生日だっけ?」

 

「あなた、自分の誕生日も覚えていないの?」

 

「覚えてるよ。急だったから聞いただけ」

 

「誕生日でなくても、贈り物くらいしていいでしょう?」

 

「まあ、そうだけど」

 

言われるまま箱を開ける。

 

中に入っていたのは、小さなアクセサリーだった。

 

花を模した装飾。

 

昨日も似たようなものをもらったばかりだから、流石の俺でも花だとは分かる。

 

「これ何の花?」

 

「ガーベラよ」

 

「ガーベラ」

 

名前を聞いても、いまいちピンとこない。

 

「なんでこれ?」

 

「あなたに合うと思ったから」

 

「俺、そんな花っぽい?」

 

「見た目の話ではないわ」

 

ヴェリナは小さく笑った。

 

それから、昨日もらった青い花へもう一度視線を向ける。

 

「アステル」

 

「ん?」

 

「百年前のことは、あなたにとって大切?」

 

急な質問だった。

 

「そりゃまあ」

 

忘れたいこともある。

 

思い出したくないこともある。

 

それでも。

 

なかったことにしたいとは思わない。

 

「大切だよ」

 

「そう」

 

ヴェリナは静かに頷く。

 

「なら、大切にすればいいと思うわ」

 

「……?」

 

「忘れる必要なんてないもの」

 

昨日のレミエールの話を思い出す。

 

百年前。

 

途中で終わった話。

 

百年経って、ようやく始められた続き。

 

「ただ」

 

ヴェリナの指先が、箱の中のガーベラへ触れる。

 

「時々、後ろばかり見ている人がいるでしょう?」

 

「俺のこと?」

 

「少しね」

 

「酷くない?」

 

「最後まで聞いてちょうだい」

 

「はい」

 

「過去を見ることが悪いと言っているわけではないの」

 

ヴェリナの声は穏やかだった。

 

「そこに大切な人がいるのなら、なおさらね」

 

「…………」

 

「でも、あなたは今ここにいる」

 

ヴェリナが顔を上げる。

 

「外計局で働いて、ノルムーに振り回されて」

 

「そこ必要?」

 

「必要よ」

 

横から「なんでなのだ!?」と声が飛んできた。

 

無視された。

 

「新しい人と出会って、新しいことをしている」

 

「……まあな」

 

「だったら」

 

ヴェリナが、小さなガーベラを俺の方へ押し出す。

 

「これから先のことも、ちゃんと見ていてほしいと思ったの」

 

「これから先……」

 

「ええ」

 

ヴェリナはほんの少しだけ笑った。

 

「あなたの時間は、まだ終わっていないでしょう?」

 

「…………」

 

昨日。

 

レミエールは、これから続きを作ると言った。

 

そして今日。

 

ヴェリナは、これから先を見ろと言う。

 

言い方は違うのに。

 

なんとなく、似たようなことを言われている気がした。

 

「……そっか」

 

アクセサリーを手に取る。

 

「ありがとな」

 

「ええ」

 

「大事にするよ」

 

一瞬。

 

ヴェリナの目が、昨日もらった勿忘草へ向いた。

 

「……そうしてちょうだい」

 

その時。

 

隣から妙に生温かい視線を感じた。

 

「…………」

 

「何だよ、ノルムー」

 

「別になのだ」

 

「なんだその顔」

 

「昨日の今日なのだ」

 

「何が?」

 

「なんでもねーのだ」

 

こいつ。

 

絶対何か知ってるな。

 

俺はガーベラを手に取り、少し考える。

 

「どこにつけよう」

 

「好きなところでいいわ」

 

「じゃあここでいいか」

 

鞄を引き寄せる。

 

昨日つけた青い花の隣へ、新しいアクセサリーをつけた。

 

「…………」

 

「…………」

 

なぜかヴェリナとノルムーが揃って黙った。

 

「何?」

 

「いや……」

 

ノルムーが二つの花を見比べる。

 

「並べるのだ?」

 

「もらったんだからつけるだろ」

 

「まあ……アステルならそうするのだ」

 

「なんだよそれ」

 

「こっちの話なのだ」

 

訳が分からん。

 

鞄を机の横へ戻す。

 

二つの花が、小さく揺れた。

 

片方は、百年前から俺を知っているやつにもらったもの。

 

もう片方は、百年後の俺が出会った人からもらったもの。

 

どちらも。

 

今の俺にとっては、大事なものだ。

 

「さて、仕事するか」

 

俺は書類へ手を伸ばした。

 

その隣で揺れている二つの花に。

 

それぞれどんな意味が込められているのかなんて。

 

俺はまだ、知らなかった。

 

◇

 

その日の夜。

 

仕事を終えて部屋に戻り、適当に夕食を済ませたあと。

 

ソファに身体を預けていると、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。

 

「ん?」

 

何気なく画面を見る。

 

表示されていた名前は――

 

『リン』

 

「珍しいな」

 

電話ならともかく。

 

画面に表示されているのは、ビデオ通話だった。

 

少しだけ首を傾げながら、応答する。

 

画面が切り替わる。

 

映ったのは、見覚えのあるRandom Playの店内。

 

そして。

 

『あっ、出た!』

 

画面いっぱいに、リンの顔が映った。

 

「そりゃ出るだろ。かけてきたのお前だし」

 

『それはそうなんだけど……』

 

リンは少しだけ笑う。

 

「で、どうした?」

 

『えっとね――』

 

リンは何かを思い出したように、画面の外へ手を伸ばした。

 

少しして。

 

一枚のビデオケースが、画面の前へ突き出される。

 

『これ、覚えてる?』

 

「……何それ」

 

『何それじゃないよ!』

 

リンの声が一段大きくなる。

 

『アステルが借りたビデオ!』

 

「…………」

 

言われて。

 

なんとなく嫌な予感がした。

 

『もうすぐ返却期限だからね?』

 

「あ」

 

完全に忘れてた。

 

画面越しに、リンが呆れたような顔をする。

 

けれど。

 

その口元は、少しだけ笑っていた。

 

『だから――』

 

一度言葉を切って。

 

リンは画面の向こうから、まっすぐ俺を見る。

 

『ちゃんと返しに来てよね、アステル』

少し今後の参考にしたいのでアンケートさせてください!シグリット回はギャグ多めで作ったんですがギャグの量はどれくらいが好みですか?

  • シグリット回と同じくらい多め
  • 普段と同じくらい
  • 話の内容とキャラに合わせて
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総合評価:1046/評価:8.24/連載:10話/更新日時:2026年06月23日(火) 16:25 小説情報

偽・虚狩り〜ホロウレイダー堕ちした元治安官〜(作者:初楼)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

治安官がアルゴスホロウ内で違法な人体実験の被験者を救出してTOPSの連中に喧嘩を売って雲隠れ。▼厄介な連中に目をつけられたので、見事ホロウレイダー堕ちを決めたのだった。▼曇らせもあるかもしれない。▼


総合評価:1533/評価:8.46/連載:23話/更新日時:2026年10月10日(土) 03:22 小説情報


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