次の休みの日。
俺は久しぶりにRandom Playへ来ていた。
新人研修で新エリー都にいた頃は何度も足を運んでいた店だが、ロスカリファへ戻ってからはすっかりご無沙汰だった。
店の扉を開ける。
「こにゃにゃちわ~!」
聞き覚えのある声が店内に響いた。
カウンターの向こうにいたリンが俺に気づき、ぱっと表情を明るくする。
「あっ!いらっしゃい、アステル!返却期限ギリギリだよ!」
「ごめんごめん。最近いろいろあってさ」
バッグから借りっぱなしになっていたビデオを取り出す。
危なかった。
この前リンから連絡が来なかったら、そのまま完全に忘れていたかもしれない。
そんな話をしていると、店の奥からもう一人、懐かしい顔が姿を見せた。
「おや?懐かしい声がすると思えば、アステルじゃないか」
「アキラ!久しぶり!」
自然と互いに手を上げ、そのまま軽くハイタッチを交わす。
数か月程度しか離れていなかったはずだが、こうして会うと妙に懐かしく感じる。
すると横から、じっとした視線が刺さった。
「……なんか、私の時より嬉しそうなんだけど~?」
見ると、リンが不満そうに頬を膨らませていた。
「あんまり男の友達いないから嬉しくて」
「ふぅ~ん?」
なんだ、その反応。
理由をちゃんと説明したはずなのに、なぜか納得していないらしい。
「それで、アステル。今日はどうしたんだい?」
「ああ。ビデオの返却期限が近いってリンから連絡もらってさ。返しに来たんだ」
俺は手に持っていたビデオをアキラへ見せる。
「こういうサービスもやってるんだな。助かったよ」
「サービス?」
アキラが一瞬だけ首を傾げる。
「いや、うちはそんなサービス――」
「わぁぁ!お兄ちゃんストップ!!」
突然、リンの大声が店内に響いた。
アキラの口を塞ぐ勢いで、リンがカウンターの向こうから身を乗り出す。
……なんだ?
何かまずいことでも言ったか?
「常連さんにはたまにやるんだ!ね!お兄ちゃん!」
「え?」
リンに詰め寄られたアキラが一瞬だけ目を瞬かせる。
それからリンの顔を見て、何かを察したように小さく息を吐いた。
「……そ、そうなんだ。アステル、お得意様には連絡してるんだよ」
「そうなんだ……!」
お得意様。
なんだかいい響きだ。
新人研修でこっちにいた頃は結構な頻度で通っていたとはいえ、まさかそんな風に思ってもらえていたとは。
少し嬉しい。
「……なんでちょっと感動してるの?」
「いや、お得意様って言ってもらえるの嬉しくない?」
「そ、そう……ならいいんだけど」
なぜかリンが複雑そうな顔をしている。
その横では、アキラがやれやれとでも言いたげに首を振っていた。
「それで?今日はこの後、予定あるの?」
今度はリンがカウンターに身を乗り出し、やけに興味津々な様子で聞いてくる。
「いや?特にないから、その辺ぶらつこうかなって思ってる」
「ほんと!?」
さっきまでの微妙そうな表情はどこへ行ったのか、リンの顔がぱっと明るくなった。
「だったら、久しぶりにお出かけ付き合ってよ!」
「ん?ああ、全然いいよ。アキラも行く?前はよく三人で出かけてたし」
「お兄ちゃんは店長だから店番があるんだよね!!」
間髪入れずリンが答えた。
「お前も店長だろ?」
「そうだけどそうじゃないの!」
どういうことだ。
同じ店の共同店長じゃなかったか?
俺が首を傾げていると、アキラが苦笑しながら助け舟を出した。
「アステル。僕は店番があるから、二人で行ってくるといいよ」
「まあ、アキラがそう言うなら……」
「やったー!お兄ちゃんありがとう!ほら、アステル行こ!」
「ちょ、まだビデオ――」
返却したビデオをカウンターへ置いたのを確認する間もなく、リンが俺の腕を掴む。
そのまま引っ張られるようにして、俺はRandom Playの外へ連れ出された。
……そんなに出かけたかったのか?
◇
「それで、どこ行くか決めてるの?」
店を出て少し歩いたところで、リンがこちらを振り返る。
「いや。ぶらつこうかなってくらいで、特にどこ行こうとは考えてなかったよ」
「だったら、ちょうど付き合ってほしいところがあるんだ!」
「付き合ってほしいところ?」
リンに連れられてやって来たのは、一軒のホビーショップだった。
店頭にはフィギュアやプラモデルの箱が所狭しと並び、新作を知らせるポスターもいくつか貼られている。
「ちょうど新発売のホラー映画のフィギュアがあるんだよね!」
「なるほど。それが目的だったのか」
「そういうこと!ほら、入ろ!」
リンに続いて店の中へ入る。
しばらく棚を眺めながら歩いていると、見覚えのあるデザインが目に入った。
「あれ。もしかしてこれ?」
俺が指差した先には、いかにもホラー映画らしい不気味な造形のフィギュアが置かれていた。
「あれ?アステルって、このシリーズ好きだった?」
「いや、ホラーは苦手だけど」
「じゃあなんで分かったの?」
「リン、確かこのシリーズ好きだったろ?」
「……え?」
リンが少しだけ目を見開く。
「前に部屋に入った時、似たようなの飾ってあったし」
「覚えててくれたんだ……」
さっきまで勢いよく喋っていたのに、急に声が小さくなった。
そんなに意外だっただろうか。
「まあ、何回もお呼ばれしたからな。嫌でも覚えるって」
「嫌でもって余計!」
「痛っ!」
リンが俺の腕を軽く叩く。
けれど、本気で怒っているわけではないらしい。
「でも、これこれ!私が欲しかったの!」
リンはすぐに目当てのフィギュアへ向き直ると、箱を両手で持ち上げた。
パッケージには、暗い廊下の奥からこちらを覗く女の姿が大きく描かれている。
見ているだけで落ち着かない。
「……よくそんなの部屋に置けるな」
「えー?かわいいじゃん!」
「どこが?」
「この不気味な感じがいいんだって!」
「それ自分で不気味って認めてるじゃん」
「そこも含めてかわいいの!」
分からん。
やっぱりホラー好きの感覚は俺には理解できそうにない。
「せっかくだし、もうちょっと見ていこ!」
「まだ見るの?」
「こういう店は見るだけでも楽しいんだよ!」
そう言うなり、リンはさっさと次の棚へ向かっていった。
俺もその後を追う。
店内には映画関係のグッズだけでなく、ボンプの模型やフィギュア、名前も知らないキャラクターの商品まで所狭しと並んでいた。
リンは気になるものを見つけるたびに足を止める。
「アステル、これ見て!」
「怖っ」
「だからかわいいじゃん!」
「さっきからその理屈が分かんないんだって」
「分かってないなあ」
そんなやり取りをしながら店内を一通り見て回り、最後にリンは目当てだったフィギュアを購入した。
店を出ると、リンは紙袋を大事そうに抱えながら満足げに息を吐く。
「はぁ~、買えてよかった!」
「満足した?」
「大満足!付き合ってくれてありがと、アステル」
「これくらいなら別に。俺も予定なかったし」
「じゃあ、この後も予定ないよね?」
「まあ、ないけど」
答えた瞬間、リンの視線が俺の向こうへ向いた。
「……あ」
「どうした?」
俺もつられて振り返る。
通りの先に見えたのは、見覚えのある派手な看板だった。
GOD FINGER。
新人研修で新エリー都にいた頃、何度かリンやアキラと遊びに来たゲームセンターだ。
「アステル、あれ覚えてる?」
「忘れるわけないだろ」
「じゃあ話が早いね!」
リンがにやりと笑う。
嫌な予感がする。
「久しぶりに勝負しよ!」
「やっぱりやる?」
「当然!最後にやった時の決着、まだついてないでしょ?」
「俺が勝っただろ」
「最後の一回だけじゃん!その前に私が何回勝ったと思ってるの?」
「過去のことは忘れたな」
「都合よすぎ!」
リンが紙袋を抱えたまま俺の背中を押してくる。
「ほら、行くよ!」
「はいはい。分かったから押すなって」
「今日は絶対負けないからね!」
「それ前にも聞いた気がする」
「今回は本気!」
騒ぎながらGOD FINGERへ向かう。
こうしていると、新人研修でこっちにいた頃とあまり変わらない。
あの頃も任務が終われば、こうやってリンたちと適当に遊び歩いていた。
「アステル、早く!」
「今行くよ」
先を歩くリンに呼ばれ、俺も少しだけ足を速める。
久しぶりにこういう休日を過ごすのも、悪くなかった。
◇
店に入ると、俺たちは迷うことなくいつもの対戦ゲームへ向かった。
選ぶキャラクターも昔から変わらない。
俺が操作を確認していると、向かい側からリンがひょこっと顔を出す。
「言っておくけど!」
「うん?」
リンは得意げな顔で俺を指差した。
「そっちが
「クソガキめ!」
「誰がクソガキ!」
画面に対戦開始の文字が表示される。
口ではああ言ったものの、俺も負けるつもりはない。
昔は何度もやられたが、最後に遊んだ時はちゃんと勝っている。
その時と同じようにやれば――。
「やったー!勝ったー!」
「なんで!?」
ストレート負けだった。
一本も取れない。
というか、最初から最後までほとんど何もさせてもらえなかった。
おかしい。
俺だってちゃんと真面目にやったはずなのに。
「いやー、いい勝負だったね~」
「どこがだよ」
「でもアステル君、前より弱くなったんじゃない?」
リンが筐体の向こうから顔を出す。
片手を口元に添えながら、これでもかというほど楽しそうに笑っていた。
「あれあれ~?昔はもうちょっと強かった気がするんだけどな~?ぷぷぷ」
「……」
「どうしたの、アステル君?」
「も゛っがい゛!!」
「え?」
俺は次のコインを入れた。
「あはは!いいよ、何回でも相手してあげる!」
「今のはウォーミングアップだから」
「はいはい」
「次は本気だからな」
「さっきも本気だったでしょ?」
「うるさい!」
再び画面に対戦開始の文字が浮かぶ。
今日の予定が一つ増えた。
それから俺は何度もリンへ挑んだ。
そして――何度も負けた。
「また私の勝ち~!」
「クソッ……!」
最初こそ手も足も出なかったが、何戦も繰り返しているうちに少しずつリンの癖が見えてきた。
距離を取った時に選びやすい攻撃。
追い詰められた時の逃げ方。
こっちが攻めた時に狙ってくる反撃。
何度も同じ相手と戦っていれば、嫌でも分かってくる。
そして手元に残ったコインは、あと一枚。
「次で最後だな」
「えー?もう諦めるの?」
「誰が諦めるか。最後は勝つ」
「言ったね?」
リンが楽しそうに笑いながら、コントローラーを握り直す。
俺も最後のコインを投入した。
これで勝つ。
対戦が始まる。
今までとは違い、今回は序盤から互角だった。
リンが距離を取る。
次に来るのは――。
「そこ!」
予想通り。
相手が動くよりわずかに早く攻撃を置き、綺麗に命中させる。
よし。
さっきまで何度も食らった動きだ。
もう見慣れた。
さらにリンの攻撃をかわしながら、少しずつ体力を削っていく。
いける。
今までの動きは大体分かった。
このままなら――。
(よしっ!もう癖は掴んだ!これなら勝てる!)
そう思った瞬間だった。
「――あ」
リンのキャラクターが、それまで一度も見せなかった動きをした。
「は?」
一瞬、反応が遅れる。
そこから一気に攻め込まれた。
「ちょ、待っ――」
そのまま画面に敗北の文字が表示される。
「…………」
終わった。
「やったー!勝ったー!」
筐体の向こうからリンの歓声が聞こえてくる。
俺はしばらく画面を見つめたまま動けなかった。
「ぜ、全敗……!最後は勝てると思ったのに……」
リンがこちら側へ回ってくる。
「いや~!勝った勝った~!」
「最後、絶対わざと動き変えただろ……」
「当たり前じゃん」
「当たり前なの?」
リンは得意げに腰へ手を当てる。
「だってアステル、昔からそうだったもん。こっちの動き読めたって思った途端、急に甘くなるの」
「……」
「『次は絶対これだ』って決めつけるから、違うことするとすぐ引っかかるんだよね」
「ぐぬぬ……!」
何も言い返せない。
図星だった。
そういえば――ずいぶん昔にも、似たようなことを言われた覚えがある。
妙に耳が痛い。
まあいい。
今はそれより。
「もう一回」
「コインないでしょ?」
「買ってくる」
「あはは!まだやるの!?」
全敗で終われるか。
◇
「……結局、一勝もできなかった」
「ふふん。まだまだだね、アステル君」
追加のコインまで用意したというのに、結果は全敗。
最後の方は何度か追い詰めたが、とうとう一度も勝ち切れなかった。
「……次は勝つ」
「まだやる気なんだ」
「このまま終われるか」
「あはは!じゃあ次に来た時も相手してあげる」
「その余裕、覚えてろよ」
「はいはい。楽しみにしてるね」
GOD FINGERを出たところで、リンが大きく伸びをする。
「あー、喉乾いた!ちょっと休憩しよ?」
「賛成。俺も疲れた」
「ゲームしただけで?」
「誰のせいだと思ってる」
「負けた人のせいじゃない?」
「腹立つなこいつ……」
近くで飲み物と軽い菓子を買い、通りから少し離れたベンチに腰を下ろす。
さっきまで騒がしいゲームセンターにいたせいか、外へ出ると妙に静かに感じた。
隣ではリンが飲み物に口をつけながら、ホビーショップで買った袋を満足そうに眺めている。
「今日はありがとね。フィギュア付き合ってくれたし、ゲームも付き合ってくれたし」
「俺も楽しかったから気にすんな」
「……そっか」
リンが小さく笑う。
「研修の頃も、よくこうやって遊んだよね。お兄ちゃんがいない時も結構あったし」
「そうだったっけ?」
「そうだよ!映画探すの付き合ってもらったり、ゲームしたり。結構二人でも出かけてたでしょ」
言われて記憶を辿る。
確かに、リンと二人で出かけたことも何度かあった。
新人研修で新エリー都にいた期間は数か月程度だったが、思い返してみれば結構いろんなことをしていた気がする。
リンは少しだけ間を置いてから、飲み物の容器を両手で持った。
「なのにアステル、新エリー都離れてから全然連絡してこなかったよね」
「あー……それは悪かった。忙しかったのもあるけど、特に用事がなかったからな」
俺としては普通に答えたつもりだった。
けれどリンは呆れたようにこちらを見る。
「そういうところだよ、アステル。別に用事なんてなくても連絡していいんだからね?元気にしてるとか、面白い映画見つけたとか、変なの見かけたとか。それくらいでいいの」
「そんなのでいいのか」
「むしろ、そういうのがいいんだって。私ばっかり連絡するのもちょっと悔しいし」
最後だけ少し声が小さくなり、リンは視線を逸らす。
なるほど。
今回だって、リンから連絡が来なければビデオの返却期限を完全に忘れていた。
そのおかげで久しぶりに会って、こうして一日遊ぶこともできたわけだ。
「分かった。じゃあ今度は俺から連絡するよ」
「……ほんと?」
リンがこちらを見る。
「ああ。ただ、何送ればいいのかまだよく分かんないけど」
「だから難しく考えなくていいって。アステルが面白いと思ったものとか、今日こんなの見たとか、それくらいでいいんだから」
「じゃあ、何か見つけたら送るよ」
「うん。それでよし!」
リンが満足そうに笑う。
今日一日何度も見た顔だったが、その中でも一番嬉しそうに見えた。
「じゃ、約束ね。次はアステルからだから」
「分かった分かった」
「その言い方、絶対忘れそうなんだけど」
「信用ないなあ」
「返却期限忘れてた人が言う?」
「それを出されると何も言えない」
俺は残っていた飲み物を飲み干して立ち上がる。
「そろそろ戻るか。アキラ一人で店番させっぱなしだろ」
「そうだね。……まあ、今日は最初からそのつもりだったけど」
「やっぱり分かってて出てきたんじゃん」
「細かいことは気にしない!」
リンも立ち上がり、買ったフィギュアの袋を大事そうに抱える。
それから二人でRandom Playへ戻る道を歩き始めた。
ホビーショップに行って。
ゲームで散々負けて。
特に何か大きな出来事があったわけでもない。
それでも、思っていたよりずっと楽しい一日だった。
「アステル!」
少し先を歩いていたリンが、こちらを振り返る。
「次はそっちからだからね!」
「分かってるって」
俺が答えると、リンは満足したように笑って前を向いた。
用事がなくても連絡する。
今までなら考えもしなかったが――まあ、たまにはそういうのも悪くないか。
次に何を送るか。
帰ったら少し考えてみよう。
◇
その日の夜。
新エリー都での用事を終え、翌日の帰り支度をしていると、端末が短く震えた。
てっきりリンから何か届いたのかと思ったが、画面に表示されていたのは別の名前だった。
ヴェリナ。
珍しいな。
仕事の連絡だろうか。
そう思いながらメッセージを開く。
『アステル。ひとつ相談があるのだけれど』
続いて、もう一通届く。
『今度、珍しく一日休みを取れることになったの』
そして少し間を置いて、三通目。
『……こういう日は、どう過ごすのがいいのかしら?』
「……休み?」
思わず声に出す。
総務官から届いたとは思えない相談だった。
少し今後の参考にしたいのでアンケートさせてください!シグリット回はギャグ多めで作ったんですがギャグの量はどれくらいが好みですか?
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シグリット回と同じくらい多め
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普段と同じくらい
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話の内容とキャラに合わせて