「……何やってんだあいつ!?」
改めて手配書を見る。
レミエールとサンブリンガーは、百年前には同じ初代
それが百年経ったら暗殺未遂の重要容疑者。
意味が分からない。
「そもそも、なんであいつ生きてるんだ……?」
俺だって目を覚ましてから、何もしなかったわけじゃない。
百年前の知り合いが一人でも残っていないか、色々と調べた。
レミエール・ダン――殉職。
ベリオラ・ヴァイク――殉職。
他の連中についても消息が掴めない者ばかりだった。
唯一、確実に今も存在していると分かったサンブリンガーでさえ、今では三人に分かれ、百年前の記憶は曖昧らしい。
だから、諦めていた。
百年前を知る誰かと、もう一度話すことなんてないのだと。
「生きてるなら話くらい聞きたいけど……どこにいるか分からないしな」
もう一度だけ手配書を眺めてから、それを折り畳んでポケットへしまう。
重要容疑者として追われている人間が、そう簡単に見つかるはずもない。
「まあ、生きてるならそのうち会えるか」
そんなことを呟きながら、俺は買い出しを続けるために裏路地を歩き出した。
その数十秒後。
前方に、明らかに怪しい人物がいた。
深く被ったフード。
身体を隠すようなマント。
おまけに走ってきたのか、わずかに肩で息をしている。
「…………」
いや。
怪しい。
めちゃくちゃ怪しい。
(こんな路地裏でその格好はもう自己紹介だろ……怖っ。近寄らんとこ)
世の中には関わらない方がいいものがある。
百年生きて得た教訓の一つだ。
俺は何も見なかったことにして、来た道を引き返そうとする。
そのときだった。
フードの隙間から覗いた、特徴的なピンク色の髪。
マントでは隠しきれていない背中の羽。
そして――。
(……相変わらずムカつくくらいスタイルいいな)
そこまで見て、足が止まった。
見間違えるはずがない。
百年前、何かと俺へ絡んできては、人のことをからかって楽しそうに笑っていた女。
ついさっき手配書で見たばかりの顔。
「……レミエール?」
俺の声に、フードの人物が足を止めた。
だが、すぐにはこちらを振り返らない。
「……もう。追いつかれちゃったのかな?人目もないし、少しくらい暴れても――」
面倒そうに呟きながら、ようやくこちらを振り返る。
そして――止まった。
「…………」
レミエールが固まっている。
さっきまで浮かべていた余裕も、軽い笑みも消えていた。
ただ目を見開いて、俺の顔を見ている。
「……は?」
百年前と変わらない声だった。
俺はそれでようやく確信する。
手配書だけなら、まだ疑う余地もあった。
でも、こいつは間違いない。
「やっぱりレミエールじゃん」
懐かしくなって、自然と笑みがこぼれた。
「久しぶり。元気そうだな」
返事はない。
レミエールは俺の顔から視線を逸らさない。
まるで、そこにいるはずのないものを見ているように。
「……アステル?」
さっきまでとは違う。
今度は、ひどく小さな声だった。
「ん?ああ」
「…………」
その瞬間。
レミエールの脳裏に、百年前の記憶が一気に蘇った。
何でもない会話。
隣を歩いた時間。
からかえば呆れた顔をしながら、それでも最後まで付き合ってくれた男。
何度遠回しに気持ちを伝えても、最後まで何ひとつ気づかなかった男。
そして――。
もう二度と会えないと思っていた男。
その男が今、百年前とほとんど変わらない顔で目の前に立っている。
「…………」
「レミエール?」
俺が名前を呼ぶ。
そこでようやく、レミエールの唇が動いた。
「……ちょっと待って」
「ん?」
「キミ……死んだよね?」
「……死んだな?」
何を今さら、という顔で答える。
するとレミエールはしばらく俺を見つめたあと、信じられないものを見るように眉を寄せた。
「じゃあ、なんで生きてるの?」
「えっ?悪口?」
「真面目に聞いてるんだけど!」
怒られた。
百年ぶりに再会した知り合いから、開口一番「なんで生きてるの?」と聞かれた俺の気持ちも少しくらい考えてほしい。
ちょっとふざけただけなのに、レミエールは笑うどころか真剣そのものだ。
悲しい。
「私、キミのお葬式にも行ったんだけど……」
「死体なかったろ?」
「確かになかったけど……それが生きてる理由になる?」
ならない。
それくらい俺にも分かる。
ただ、ここで全部説明すると長くなるし、俺自身どこから説明したものか困る。
「まあ……色々あったんだよ」
「私はその『色々あった出来事』を聞いてるんだけどなぁ!!」
路地裏にレミエールの声が響いた。
相変わらず賑やかな奴だ。
でも、こいつが俺の葬式にまで来ていたとは知らなかった。
百年前、本当に俺が死んだと思っていたらしい。
……まあ、その辺の話はあとでいい。
レミエールに聞きたいことなら、俺にもある。
「お前もだよ」
「え?」
俺はポケットに手を突っ込み、さっき折り畳んだばかりの手配書を取り出した。
目の前で広げてやると、レミエールの視線がそこへ落ちる。
「これ、どういうことだよ」
「…………」
「あっ……」
明らかに心当たりがあります、という顔だった。
レミエールはそっと右手を頭へ添える。それから、ぺろっと舌を出して――。
「色々……?」
「だから俺もその『色々』を聞いてんだよ!!」
「私はちょっと複雑なの!」
「それだったら俺にも複雑な理由があるんだよ!」
まさか百年ぶりに再会して、互いに事情を説明しろと言い合うことになるとは思わなかった。
しかも片方は死んだはずの人間。
もう片方は暗殺未遂の重要容疑者。
我ながら、とんでもない再会だ。
「……ちなみに、どれくらい複雑なの?」
「百年ぶりに会った友達が、別の友達を殺そうとしたことになってるくらい」
レミエールがぱちぱちと瞬きをする。
「わお。それは確かに複雑だね!」
「お前のせいだよ!」
他人事みたいに言うな。
手配書に載っているのは間違いなくお前だ。
そんな俺の抗議に、レミエールは頬を膨らませた。
「それを言うなら、キミだって悪いよ!」
「何が?」
「知らないところで勝手に死んじゃって、こんな可愛い女の子の気持ちをぐしゃぐしゃにしたんだから……」
さっきまでの勢いが、最後だけ少し弱くなった。
レミエールは俺から視線を外して、どこか拗ねたように口を尖らせている。
「…………」
その様子を見て、さすがに少し申し訳なくなった。
俺が死んだあと、こいつがどうしていたのかなんて考えたこともなかった。
そもそも、考えようがなかった。
俺自身、一度死んでいたんだから。
「……それは悪かったよ」
「え?」
「お前がそんなに俺のこと気にしてくれてるなんて、思ってなかったから」
「…………」
レミエールが止まった。
まただ。
今日こいつ、よく固まるな。
「……は?」
「だから、そこまで――」
「はぁ!?」
今度はさっきより大きかった。
「気にしてるなんて思ってなかった!?あんなに一緒にいたのに!?」
「いや、一緒にはいたけど――」
「さいてー!!」
「なんで!?」
理不尽だ。
謝ったはずなのに、なぜかさっきより怒られている。
百年経っても女心というものは分からないらしい。
……いや。
もしかすると、これは百年前から俺が分かっていなかっただけなのかもしれない。
「キミっていっつもそうだよね!女の子の気持ちを何だと思ってるの!?」
「だから悪かったって言ってるだろ!」
「じゃあ、何が悪かったか言ってみなよ!」
「…………」
何が、と言われると困る。
黙っていると、レミエールの頬がみるみる膨らんでいった。
「ほんっと、そういうところだよ!!」
「いや、だから――」
「……ほんと、なんでこんな人のこと……」
最後だけ、声が小さくなる。
何か言ったような気がした。
「ん?なんか言った?」
「なんでもないよーだ!」
ぷいっと顔を逸らされた。
なんなんだ。
そう思ったところで、どちらからともなく笑いが漏れた。
百年ぶりに会ったというのに、俺たちはさっきから言い合ってばかりいる。
でも、それすら妙に懐かしい。
本当に百年前と変わらない。
「……また会えて嬉しいよ、レミエール」
そう言うと、彼女の笑みが少しだけ柔らかくなった。
「私も……嬉しいよ、アステル」
そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。
「ん?」
取り出してみれば、ノルムーからメッセージが届いている。
『早く帰ってこないとノルムーが帰れねーのだ!早く帰ってくるのだ!あと甘いものも買ってくるのだ!天才には糖分が必要なのだ!』
「……あ」
時刻を見る。
買い出しに出てから、思っていた以上に時間が経っていた。
さすがにそろそろ戻らないとまずい。
「悪い、レミエール。俺、そろそろ帰らないと」
「……そっか」
さっきまで笑っていたレミエールの表情が、ほんの少しだけ曇った。
「アステル」
「ん?」
一瞬の間。
レミエールは何かを確かめるように俺を見てから、静かに尋ねた。
「……また、会えるかな?」
その声を聞いて、俺は少しだけ考える。
百年ぶりに再会して、これっきり。
さすがにそれは俺だって寂しい。
「ほら」
「……?」
「スマホ出せ」
「え?」
「連絡先くらい交換しておこうぜ。何があるか分からないからな」
レミエールの目が一瞬だけ輝いた。
けれど、すぐにこほんと咳払いをして、何でもないような顔を作る。
「ま、まあ?キミがどうしてもって言うなら?交換してあげても
「恩着せがましいな。やめとくか?」
「嘘嘘!!交換する!するから!」
食いつくの早いな。
そうして俺とレミエールは、百年越しに連絡先を交換した。
「ねえ、アステル」
「どうした?」
「……メッセージ、たくさん送ってもいい?」
妙に遠慮がちな聞き方だった。
さっきまでの勢いはどこへ行ったんだ。
「……?まあ、好きにしなよ。仕事中はあんまり返せないけどな」
「うん……!」
満面の笑み。
そんなに連絡先交換が嬉しいものなのだろうか。
まあ、百年前にはこんな便利なものもなかったしな。
その日はそこでレミエールと別れた。
そして――。
翌日。
『おはよー、アステル!』
『もう起きてる?』
『ねえねえ』
『仕事中?』
『既読ついたよ?』
『アステルー?』
『おーい』
さらに翌日。
『おはよー!』
『今日は何してるの?』
『ねえってばー』
『既読!』
『返事!』
さらに、その翌日。
「…………」
スマホの通知欄を埋め尽くすレミエールの名前を眺めながら、俺は小さくため息をついた。
連絡先を交換したとき、確かに「好きにしろ」とは言った。
言ったけど。
ここまで送ってくるとは思わないだろ。
そんなことを考えていると、また一件。
『あ、そうだアステル』
「今度はなんだよ……」
どうせまた返事の催促だろう。
そう思いながらメッセージを開く。
『アステルの家ってここなんだね!』
「…………は?」
続けて送られてきたのは、見覚えのある建物の写真だった。
見覚えがあるどころではない。
俺の家だ。
「…………」
なんで知ってる。
いや、待て。
そもそもなんで写真を持ってる。
困惑している間にも、もう一件届いた。
『今度遊びに行くね!』
「…………」
俺はしばらく画面を見つめた。
それから静かにスマホを伏せる。
「……交換したの、失敗だったかもしれない」
このときの俺は、まだ知らなかった。
レミエールの言う「今度」が、思っていたよりずっと早いことを。