互いに死んだと思っていた友達と、百年ぶりに再会してから数日。
その日も俺は、外計局で仕事をしていた。
そして相変わらず、端末はずっと鳴り続けていた。
「あぁぁ!さっきからうるせーのだ!こんなんじゃノルムーは集中できないのだ!」
とうとう我慢できなくなったのか、向かいにいたノルムーが声を上げる。
「ごめん。久しぶりに会った友達と連絡先交換したら、嬉しかったらしくて……」
「嬉しいにも限度があるのだ!!さっきからポコポコポコポコポコポコ!重たすぎるのだ!」
「まあ、百年ぶりくらいだし……」
そう言うと、ノルムーは露骨に「うわっ」とでも言いたげな顔をした。
「うぉっwそういうのはもっとちっせー時に卒業するもんなのだ!」
「いや、だから。前から百年前の人間だって言ってるだろ――」
「あら?ずいぶん楽しそうね?」
背後から聞き覚えのある声がした。
俺とノルムーの動きが同時に止まる。
「仕事は進んでいるのかしら?」
「「げぇ!ヴェリナ!!」」
「ずいぶんな挨拶ね?」
振り返ると、ヴェリナがいつもの穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
笑っている。
笑っているのだが、なんとなく嫌な予感がする。
「それで?二人とも、何をそんなに騒いでいるのかしら?」
「さっきからアステルの端末がうっせーのだ!このままじゃノルムーはノイローゼになっちゃうのだ!」
「だからさっきから謝ってるだろ!止まんねーんだよ!」
「そんなの知ったこっちゃねーのだ!」
「お前なぁ!」
「なんなのだ!」
また言い合いになりかけた、そのとき。
パシンッ!
乾いた音を立てて、ヴェリナの扇子が閉じられた。
俺とノルムーが揃って口を閉じる。
「私は喧嘩を聞きたいわけじゃないのだけれど」
笑顔のまま、ヴェリナの視線がこちらへ向いた。
「アステル?どういうことなのか、説明してもらえるかしら?」
「ヒエッ……」
俺は大人しく事情を説明することにした。
百年前に死んだと思っていた友人と偶然再会したこと。
連絡先を交換したこと。
そして、その友人から数日前から大量のメッセージが届いていること。
一通り聞き終えると、ヴェリナはしばらく考えるように口元へ指を添えた。
「そうなのね……」
それから、少し困ったように俺を見る。
「アステル。久しぶりに友人と再会できて嬉しい気持ちは分かるわ。相手もきっと、あなたとまた話せることが嬉しいのでしょうね」
「うん」
「でも、あなたも遊んでいるわけではないでしょう?」
「……はい」
「なら、仕事中は返事ができないと伝えておきなさい。親しい相手だからこそ、必要なことはきちんと言葉にした方がいいわ」
正論すぎて何も言い返せない。
俺は大人しく端末を手に取り、レミエールへメッセージを送った。
『悪い。今仕事中だから、しばらくメッセージ返せない。終わったらこっちから連絡する』
送信。
すると――。
「…………」
さっきまで絶え間なく鳴っていた端末が、嘘みたいに静かになった。
「と、止まった……!」
「やっと静かになったのだ!」
感動する俺たちを見て、ヴェリナが小さく息をつく。
「親しき仲にも礼儀あり、よ。アステル」
「うん……ありがとう、ヴェリナ」
「別に大したことじゃないわ」
そう言って、ヴェリナは俺たちから離れていく。
これでようやく仕事に集中できる。
そう思ったのだが――数歩進んだところで、ヴェリナの足が止まった。
「……アステル?」
「なに?」
振り返ったヴェリナは、なぜかすぐには続きを言わなかった。
少しだけ視線を逸らしてから、いつもより小さな声で尋ねてくる。
「その……さっき言っていたお友達というのは、女性なのかしら?」
「え?」
その瞬間。
「ぶっ!」
隣でノルムーが盛大に吹き出した。
「ヴェリナ!そんなこと気にしてるのだ!?なかなか可愛いところあるのだ!」
「ノルムー?」
ヴェリナが振り返る。
笑顔だった。
いつも通りの、上品で綺麗な笑顔。
だが――俺は知っている。
あれは怒っている。
しかも、かなり。
なのにノルムーはまだ気づいていないらしい。
「そもそもヴェリナは――」
「ノルムー?」
「…………」
ようやく何かを察したのか、ノルムーの首がギギギ、とこちらへ向いた。
目が合う。
助けを求めるような目だった。
知らん。
自分で何とかしろ。
「言いたいことは、それだけかしら?」
「あ……ちがっ……ごめんなさいぃぃ!」
今日も外計局は平和だ。
◇
その日の業務を終え、俺は帰路についていた。
ちなみにノルムーはというと、ヴェリナから追加の仕事を山ほど頼まれ、机に突っ伏して泣いている。
俺は巻き込まれる前に逃げてきた。
薄情?
知らん。あいつが自分で蒔いた種だ。
「そういえば、レミエールに送らないとな」
仕事が終わったら連絡すると約束していたことを思い出し、歩きながらメッセージを送る。
送信。
その瞬間。
既読。
「はやっ」
ほとんど待ち構えていたんじゃないかと思う速さだった。
そして、すぐに返信が届く。
『こんな可愛い女の子をいつまでも放っておくなんて、どうかと思うな?』
『悪かったって!仕事中に通知鳴りまくってて上司に怒られたんだよ』
また即座に既読がついた。
『ふ~ん?』
『まあ、そんなことより!』
『ここで待ってるから、早く帰ってきてね?』
「ここ?」
続けて、一枚の自撮りが送られてくる。
笑顔でこちらに手を振っているレミエール。
そこまではいい。
問題は、その後ろだ。
見覚えのある壁。
見覚えのある廊下。
そして見覚えしかない扉。
「…………」
俺は立ち止まった。
もう一度写真を見る。
間違いない。
「俺の部屋の前じゃん……」
しかもこいつ。
「指名手配されてるのに何やってんだよ!?」
俺は走った。
◇
家に着くと、写真通りレミエールが玄関の前にいた。
一応目立たない格好はしているものの、本人は呑気に壁へ背中を預けている。
俺に気づくと、ぱっと顔を明るくした。
「おっ!速いねぇ?もしかして、私に会いたくなっちゃったのかな?」
「…………」
「アステル?」
俺はレミエールの言葉を無視して玄関の鍵を開ける。
そのまま彼女の手を掴んだ。
「え?」
「入れ」
「ちょ、ちょっと!?」
有無を言わせず部屋の中へ引っ張り込む。
「キミ、そんなに積極的だったかな!?」
レミエールが珍しく慌てているが、今はそれどころじゃない。
俺も続いて中へ入り、すぐに扉を閉める。
ガチャリ。
鍵も掛けた。
「…………」
「…………」
なぜか静かになった。
振り返ると、レミエールが妙に落ち着かない様子でこちらを見ている。
「……鍵、閉めるの?」
「当たり前だろ」
俺はレミエールへ一歩近づいた。
「お前、誰にも見られてないよな?」
「え?」
「ここまで来る途中。尾けられたりしてないよな?」
確認するため、さらに顔を近づける。
「ちょ、ちょっと……!」
「なんだよ」
「顔近い……!」
「は?」
レミエールの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。
「…………?」
なんでこいつ赤くなってるんだ?
俺が首を傾げていると、レミエールはますます頬を赤くした。
それから何かを覚悟したように、小さく息を吸う。
「……キミになら、いいよ?」
「何が?」
返事はない。
レミエールはそのまま、そっと目を閉じた。
「…………」
なんだこいつ。
しばらくその顔を眺める。
そして――。
ピンッ。
「痛っ!?」
額を指で弾いた。
レミエールが勢いよく目を開け、額を押さえる。
「な、何するの!?」
「お前、指名手配されてるんだから目立つところで待ってるなよ!」
「…………え?」
涙目で額を押さえたまま、レミエールがきょとんとする。
「もしかして……私を部屋に入れて、鍵まで閉めたのも……」
「……?」
何を聞いているんだ。
「指名手配されてるからだけど?」
「…………」
レミエールの動きが止まった。
そして数秒後。
顔が、さっきとは別の意味で真っ赤になる。
「キ、ミ、さぁ~!!」
「なんだよ!?」
「ほんっとデリカシーないよね!!そういうとこ、昔からみんな気にしてたよ!!」
「急に人の心に消えない傷残すのやめてくれる?」
みんな気にしてたの?
あんなに仲良かったのに?
百年越しに知りたくなかった事実なんだけど。
「もう知らない!」
ぷんぷんと怒りながら、レミエールは勝手に部屋の奥へ入っていく。
その後ろ姿を眺めていると、妙な懐かしさを覚えた。
「……なんか、前にもこんなことあったな」
もちろん、何に怒っていたのかは当時も分からなかった。
今も分からない。
「ほんっと変わってないんだから!」
奥からレミエールの声が飛んでくる。
「お互い様だろ」
そう返しながら、俺もその後を追った。
「それで……」
部屋の真ん中まで進んだレミエールが、ぐるりと辺りを見回す。
さっきまで怒っていたはずなのに、いつの間にかその目には好奇心が浮かんでいた。
「ここが今のキミの家なんだね」
「そうだけど?」
「ふーん……」
「…………」
嫌な予感がする。
レミエールは棚を見る。
机を見る。
台所を見る。
それから寝室へ続く扉へ視線を向けた。
「ねえアステル」
「なんだよ」
「女の子のもの、全然ないね?」
「一人暮らしなんだから当たり前だろ」
「ふーん♪」
「なんでちょっと嬉しそうなんだ?」
「別にー?」
そう言いながら、レミエールは今度は冷蔵庫の方へ歩き出す。
「……おい」
「なに?」
「まさかとは思うけど、勝手に漁るつもりじゃないよな?」
レミエールが振り返る。
にっこり笑った。
「せっかく遊びに来たんだし、キミが今どんな生活してるのか気になるじゃん?」
「気になるからって漁っていい理由にはならないだろ」
「大丈夫大丈夫!」
「何が!?」
俺の制止を聞く気など最初からなかったらしい。
レミエールは楽しそうに部屋の中を見回している。
「さてと……どこから見ようかな?」
「見る前提なのやめろ」
百年ぶりに再会した友人を家に入れた。
ただ、それだけのはずだった。
このときの俺はまだ知らなかった。
レミエールを部屋に入れたことを、数分後には少しだけ後悔することになるなんて。