レミエールたちと別れた翌朝、俺はいつもどおり外計局へ出勤していた。
昨日は歓迎会までしっかり休むなんて言ったものの、さすがに仕事を全部休むわけにはいかない。身体の傷は完全に治っているし、書類仕事をする程度なら問題もないだろう。戦闘や激しい運動を控えて、夜はきちんと休む。それくらいなら、レミエールたちも文句は言わないはずだ。もっとも、仕事に集中できているかと聞かれると、少々怪しかった。
「……アステル!」
「…………」
「アステル!聞いてるのだ!?」
「……ん?ああ、悪い。どうした?」
顔を上げると、ノルムーが机の向こうからこちらを睨んでいた。両手には大量の書類を抱えていて、頭の上の耳までぴんと立っている。どうやら、さっきから何度も呼ばれていたらしい。
「どうしたじゃねーのだ!貴様、さっきから何回呼んでも返事をしねーのだ!」
「悪い悪い。ちょっと考え事してた」
「またなのだ!?朝からずっとそんな調子なのだ!」
ノルムーは抱えていた書類を俺の机へ置いた。
「まったく……この前だって、仕事を途中で放り出して勝手にどこかへ行ったくせに!その後始末をノルムーがどれだけ頑張ったと思ってるのだ!」
「ああ、その件は本当に悪かったって」
「悪かったで済むなら苦労しねーのだ!大体、急にいなくなるならひと言くらい連絡するのだ!おかげであの日は予定が全部狂ったのだ!」
その後も、ノルムーの小言はしばらく続いた。正直なところ、今回は俺が悪い。あの時はアキラから連絡を受けて、レミエールたちのところへ向かうことしか考えていなかった。結果として二人を助けることはできたが、職場に何も言わず仕事を抜けた事実は変わらない。
「……まあ、ちょっと急用があってさ。次からはちゃんと連絡するよ」
「その急用とやらも、結局何だったのか教えてくれねーのだ!」
「そこは勘弁してくれ。俺だけの話じゃないんだよ」
「……むう」
ノルムーは不満そうに頬を膨らませたが、しばらくこちらを見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……事情があるなら無理に聞かねーのだ。でも、黙っていなくなるのは困るのだ。何かあったのかと思うのだ!」
「……ああ。心配かけて悪かった」
思わず苦笑すると、ノルムーはまた不満そうな顔をした。
「本当に分かってるのだ!?今だって全然仕事が進んでねーのだ!」
言われて、手元の書類へ視線を落とす。確かに、まだほとんど確認できていなかった。
「……今からやるよ」
「最初からそうするのだ!」
ノルムーは満足そうに頷き、自分の席へ戻っていった。その後ろ姿を見送ってから、俺はようやく書類へ目を落とした。今度こそ集中しよう。そう思って読み始めたのだが、数行進んだところで、また別のことが頭をよぎった。
あの日、胸を貫かれた時のことだ。ベリオラの姿をした相手に倒され、意識を失ったあと、気づけば身体の傷はすべて治っていた。そして、レミエールから聞いた話。業核に似た反応。結使化の可能性。胸元へ手を当てると、いつもどおり心臓が動いている。今まで何度か頼ってきた力だったが、身体が治るたびに何かが蓄積しているのだとしたら、話は変わってくる。それに、義母さんのこともあった。目を覚ました時に残されていた手紙には、俺の心臓に何かをしたらしいことが書かれていた。けれど、肝心の仕組みについては何も分からない。今のサンブリンガーたちなら、何か知っているのだろうか。
「……アステル?」
「……あ」
気づけば、ヴェリナが机の横に立っていた。手には書類を抱えていて、少し心配そうにこちらを見つめている。
「また考え事をしていたの?」
「……そんなに分かりやすい?」
「ええ。さっきから同じ書類をずっと見ているもの」
言われて、思わず手元を見た。確かに、確認の印を一つも付けていない。
「……参ったな」
「ふふ。珍しいわね、あなたがそんなに仕事に集中できないなんて」
ヴェリナは書類を机へ置き、俺の顔を覗き込んだ。
「最近、何か悩んでいるのかしら?」
「……まあ、ちょっとな」
「ノルムーも心配していたわよ。あの子、あなたがいない間はずっと文句を言っていたけれど、帰ってきてからは随分安心したみたい」
「……あいつが?」
「ええ。もちろん、本人は認めないでしょうけれど」
ヴェリナは楽しそうに笑った。俺もつられて笑いかけたが、ふと考える。ここで全部話してしまえば、少しは気が楽になるのだろうか。百年前に死んだはずの俺が、どうして生きているのか。自分の身体に何が起きているのか。そして、数日後の歓迎会で何をしようとしているのか。……いや、さすがに話せる内容じゃないな。
「……悪い。今はまだ、上手く説明できないんだ」
ヴェリナは少しだけ目を瞬かせたが、それ以上は何も聞かなかった。
「そう。なら、話せるようになった時に聞かせてちょうだい」
「……ありがとな」
「でも、仕事に支障が出るほど考え込むのはよくないわ。少し休憩してきたらどうかしら?」
「いや、まだ全然進んでないし……」
「そのまま続けても、同じ書類を何度も読み返すことになりそうよ?」
それを言われると、返す言葉がない。ヴェリナは小さく笑い、俺の肩へ軽く手を置いた。
「大丈夫よ。少しくらい休んでも、誰も怒ったりしないわ」
「……ノルムーは怒りそうだけど」
「その時は私から説明しておくわ」
「それなら安心だな」
俺が笑うと、ヴェリナも微笑んだ。彼女の厚意に甘え、少しだけ席を離れることにした。
廊下の窓から外を見ると、ロスカリファの街は今日も賑やかだった。人々は普段どおりの生活を送っていて、数日後の歓迎会に向けた準備も進んでいる。その歓迎会で何が起きるのか。俺たちは、それを知っている。
「……まずは、ドラキナを助けないとな」
小さく呟き、窓から離れた。
◇
それから俺は普段どおり仕事を続けていた。もっとも、以前のように外を走り回ることは控え、書類整理や連絡業務を中心に片づけるようにしている。ノルムーからは相変わらず小言を言われていたが、ヴェリナが間に入ってくれるおかげで、何とか仕事は進んでいた。
歓迎会の二日前には、その二人もヴィルリウムへ向かった。向こうでは、リンドヴェルヌと外計局が共同で別の歓迎会を開くらしい。ブーアストラムへの上陸許可がまだ降りていない来賓を迎えるためのものだそうだ。出発前、ノルムーからは留守の間もきちんと仕事をするよう、散々念を押された。ヴェリナはそんな俺たちを笑いながら見守っていたが、最後には彼女からも無理をしないよう言われてしまった。
そして、歓迎会の前日。仕事を終えて帰宅した俺は、リンからの連絡を受け、レミエールの部屋へ向かった。
部屋に入ると、机の上には見慣れない小型の装置がいくつも並べられていた。リンは端末を操作しながら装置の動作を確認していて、画面にはFairyがまとめた解析結果が次々と表示されている。レミエールも机に向かい、細かな部品を取り付けているところだった。
「お、やってるな」
声をかけると、リンが顔を上げた。
「あ、アステル!ちょうどよかった。こっちもそろそろ終わるところだよ」
「そっか。何か手伝うことある?」
「今のところは大丈夫。あとは最後の動作確認だけだから」
レミエールも顔を上げ、こちらへ笑いかけた。
「やっほー、アステル。仕事はもう終わったの?」
「ああ。今日はちゃんと最後まで働いてきたよ」
「偉い偉い」
「子供扱いすんなって」
俺が苦笑すると、レミエールは楽しそうに笑った。脇腹の傷は、もうほとんど気にならないらしい。見たところ動きにも問題はなさそうだった。
「……そっちこそ、怪我は大丈夫なのか?」
「うん。もう平気だよ。リンちゃんにも手伝ってもらったし、ちゃんと休んでたからね」
「それならいいんだけどな」
レミエールは胸を張ってみせたが、すぐにリンから声がかかった。
「レミエール、そっちの調整終わった?」
「あ、うん。今終わったところだよ」
レミエールが装置を差し出す。リンはそれを受け取り、端末へ接続した。
「Fairy、確認お願い」
『了解しました。内部のエーテル反応を確認。設定された条件での稼働に問題はありません』
「よし。これで全部かな」
リンが息を吐いた。机の上には、小型のシンギュラ・リークを発生させるための装置が並んでいる。還流区で得られた資料や部品を参考に、短期間で作り上げたものらしい。
「……これ全部、明日の会場に設置するのか?」
俺が尋ねると、リンが頷いた。
「うん。シグリッドさんに頼んで、指定した場所へ配置してもらう予定。装置を起動すれば、小さなシンギュラ・リークをいくつも作れるから、それを繋げてスカモールホロウへの通路にするの」
「で、私がギルタブルルの動きを止めて、そこへ連れていくってわけ」
レミエールが説明を引き継いだ。
「会場の人たちを巻き込まないように、できるだけ早く片づけたいんだよね」
「……なるほどな」
俺は机の上の装置を見つめた。計画どおりにいけば、ギルタブルルを会場から引き離せる。あとはホロウの中で戦い、ドラキナを助け出せばいい。ただ、問題は相手がこちらの思いどおりに動いてくれるかどうかだった。
「最後の装置はどうするんだ?」
「そこは私がやるよ。ほかの装置は設定した時刻に動くけど、最後の一つだけは、私が掌握したピュロイスの力を使って手動で起動しないといけないんだ」
リンはそう答え、自分の手へ視線を落とした。
「……そっか。肝心なところはお前にかかってるんだな」
「うん。ちょっと緊張するけど、上手くやってみせるよ」
「頼んだぞ。俺にできることがあったら言ってくれ」
リンは笑って頷いた。
その時、部屋の扉が開いた。
「準備の方はどうだ?」
入ってきたのはシグリッドだった。リンが完成した装置を見せると、彼女は一つずつ確認してから頷いた。
「ふむ。あとはこれらを会場へ運べばよいのだな?」
「うん。配置する場所は端末に送ってあるよ。念のため、最後に設定を見直しておくね」
「承知した」
リンがもう一度端末へ向き直ったところで、レミエールがシグリッドに声をかけた。
「ねえ、シグリッドさん。ちょっとだけ確認しておきたいことがあるんだけど」
「む?何であろうか」
「ここじゃ話しづらいから、少し外でいい?」
シグリッドは一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「……よかろう」
二人は連れ立って部屋を出ていった。俺はその後ろ姿を見送ったものの、特に気にはしなかった。作戦の最中に連絡を取る相手だし、二人だけで確認しておきたいこともあるのだろう。リンも端末へ集中していて、二人が戻ってきた時には特に何も聞かなかった。
「……これで設定も大丈夫そう」
リンが装置をまとめ、シグリッドの方へ向き直る。
「じゃあシグリッドさん、これね。使い方はさっき説明したとおりだけど、いけそう?」
「うむ。これらの装置を、リン殿が指定した位置に置けばよいのだな?」
「そう。偽物が現れたら装置を起動するから、会場の人たちにはできるだけ近づかないようにしてほしいんだ」
「ギルタブルルが動く前に、私がタウミエルの力で会場ごと動きを止める。そのあとは、私たちで何とかするよ」
レミエールがそう付け足すと、シグリッドはしばらく装置を見つめ、それから静かに頷いた。
「よし。そなたらの会場入りについても、某の方で手を尽くしてみよう」
「ありがとう、シグリッドさん」
「だが、その前にひとつ確認しておきたい」
シグリッドの表情が少しだけ引き締まった。
「もし当日、そなたらの説明と異なる事態が起きた場合、某は空巡局の人間として判断せねばならぬ」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わった。ドラキナの姿をした相手が偽物だと、リンたちは知っている。けれど、シグリッドにとっては、まだ完全に証明された話ではない。俺たちが何かを企んでいる可能性だって、捨てきれないはずだ。
「……分かってるよ」
リンが答えた。
「もし私たちが嘘をついてたら、その時は捕まえてくれていい」
「俺も異論はないよ」
俺が続けると、シグリッドは少しだけ意外そうな顔をした。
「……そなたもか」
「ああ。俺だって、今回のことを全部証明できるわけじゃないからな。だから、結果で示すしかないだろ」
シグリッドはしばらくこちらを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「……承知した。ならば、某も最後まで協力しよう」
そう言って、彼女は装置の入ったケースを持ち上げた。俺たちも、明日のために必要な確認を済ませることにした。
◇
歓迎会当日の朝。いつもより少し早く外計局へ出勤すると、普段よりもずっと静かだった。ノルムーとヴェリナは、今頃ヴィルリウムで歓迎会の準備に追われているはずだ。こちらにも何人か職員が残っているものの、二人がいないだけで随分雰囲気が違う。
俺は自分の席へ向かい、机の上を確認した。昨日までに片づけた書類が綺麗に積まれている。ここ数日、できる限り仕事を前倒しで終わらせておいた。これなら、しばらく俺がいなくても大きな問題はないだろう。
鞄から封筒を一つ取り出す。表には、昨夜書き終えた二文字があった。
『辞表』
今回の作戦が成功すれば、何事もなく終わるかもしれない。けれど、もしギルタブルルとの戦闘になれば、俺は外計局の人間でありながら、サンブリンガーの姿をした相手へ刃を向けることになる。事情を知らない人間が見れば、俺がドラキナを襲ったとしか思わないだろう。その時、ノルムーやヴェリナにまで責任が及ぶのは、できれば避けたかった。
もちろん、辞表一枚で全部解決するとは思っていない。それに、今回も無事に帰れる保証はない。自分の身体が治る理由も、その代償も分からないまま、もう一度同じような戦いをすることになるかもしれないのだ。
俺は封筒を机の上へ置いた。この仕事は、嫌いじゃなかった。ノルムーに散々振り回される毎日も、ヴェリナに助けられながら仕事を覚えたことも、今となっては大切なものになっている。できることなら、明日もここへ出勤して、いつもどおりノルムーの小言を聞いていたい。
「……悪いな」
小さく呟いてから、机を離れた。外計局の廊下は、まだ静かなままだった。ノルムーがいれば、こんな時間から仕事を放り出すなんて何事なのだと怒られただろう。ヴェリナなら、何か事情があるのかと尋ねてきたかもしれない。どちらにも、今は説明できない。俺は一度だけ振り返り、外計局をあとにした。
◇
歓迎会の会場へ着いた時には、すでに多くの招待客が集まり始めていた。もっとも、俺たちが向かったのは会場の中ではない。シグリッドに案内されたのは、建物の外側にあるバルコニーだった。そこには会場内へ通じる扉があったが、今夜は施錠されているらしい。人目を避けて待機するには、ちょうどいい場所だった。
「ここで待っていればいいんだな?」
俺が尋ねると、シグリッドが頷いた。
「うむ。宴が始まれば客人たちはまず一曲踊ることになる。その間に、そなたらはホールの真上へ移動し、作戦開始の準備を整えてほしい」
「了解。そっちは頼んだぞ」
「任されよ」
シグリッドは装置の入ったケースを抱え直した。
「某はこれから会場へ入り、装置を設置してくる。リン殿は監視カメラの映像を確認されよ」
「うん。こっちでもちゃんと見てるから」
リンが端末を掲げる。シグリッドはもう一度頷き、会場へ向かっていった。
彼女を見送ってから、俺たちはバルコニーの奥へ移動した。リンは早速端末を操作し、Fairyを通じて監視カメラへ接続している。画面には、会場内の様子が映し出されていた。
「……すげえな」
思わず呟いた。会場には立派な装飾が施され、中央には広いダンスホールがある。数多くの招待客が談笑していて、楽団も演奏の準備を進めているらしい。前にヴェリナと参加したパーティーも立派だったが、今回はそれ以上かもしれない。
「……舞踏会、かあ」
隣でレミエールが呟いた。俺が顔を向けると、彼女はどこか懐かしそうに会場を見つめていた。
「どうした?昔のことでも思い出したか?」
「うん。ちょっとね。昔は結構好きだったんだよ、こういうの」
「知ってるよ。俺も何度も練習に付き合わされたし」
「そうだったね。アステル、最初はなかなか乗り気になってくれなかったけど、覚えるのは早かったよね」
「教えるって言い出したのはお前の方だろ?『踊りたガール』って呼んだら怒るしさ」
「だって、そんな呼び方されたら怒るでしょ?」
レミエールは頬を少し膨らませたが、すぐに笑った。その会話を聞いていたリンが、端末から顔を上げた。
「へえ。アステルって、昔からダンスできたんだ?」
「ああ。レミエールに教わったんだよ」
「練習ばっかりだったけどね。私が本番で誘うと、キミっていつも逃げちゃうんだもん」
「……人が多いところは苦手だったんだよ」
「なのに、今はちゃんと踊れるんだよね?」
「まあな。正式なパーティーで踊ったのは、前にヴェリナと参加した時が初めてだったけど」
「ふふ、そうだったね。私とは一度も踊ってくれなかったのに」
「……まだ根に持ってたのか」
「さあ、どうかな?」
レミエールは悪戯っぽく笑った。リンはそんな二人を見比べて、少し楽しそうに口を開く。
「じゃあ、今度私にも教えてよ」
「俺でよければいいぞ」
「それなら私も呼んでほしいな」
レミエールが横から口を挟んだ。
「アステルとは、まだ本番で踊ってないんだもん」
「……いや、今度こそ付き合うって」
「約束だよ?」
「ああ、約束」
レミエールは嬉しそうに笑い、リンもつられて笑った。
そんなやり取りをしているうちに、リンの端末からFairyの声が聞こえた。
『シグリッドの位置を確認しました。現在、指定された場所へ装置を設置しています』
「お、始まったか」
俺たちは画面へ視線を戻した。会場内を移動するシグリッドの姿が映っている。彼女は招待客や警備の目を避けながら、装置を一つずつ配置していた。途中、兵士に声をかけられた時には少し緊張したが、どうやら問題なく切り抜けたらしい。しばらくして、通信が入った。
『こちらシグリッド。装置の設置を終えた。位置を確認してほしい』
リンは端末に表示された装置の位置を確かめた。
「うん、全部ちゃんと指定した場所に置けてるよ。これなら大丈夫!でも、さっき兵士に声をかけられてたよね?何かあったの?」
『ああ、あれか。装置が何か問われたので、ドラキナ様のために用意したと答えたのだが……』
「うん」
『どうやら、お菓子と勘違いしたらしい。皿に乗せておいて正解であった』
「……お菓子?」
思わず口にすると、リンも端末を見つめたまま固まっていた。
「……それで通ったの?」
『うむ。特に怪しまれることもなかったぞ』
「……そうか。よかったな」
俺が何とか返事をすると、隣でレミエールが吹き出した。
「ふふっ……シグリッドさんって、ほんと面白いよね」
『む?何かおかしなことを言っただろうか』
「ううん。何でもないよ」
レミエールは笑いながら首を振った。シグリッドは少し不思議そうにしていたが、すぐに普段の調子へ戻った。
『では、まもなくパーティーが始まる。某はこれにて失礼する。そなたらの武運を祈る!』
通信が切れた。会場内では、ちょうど歓迎の挨拶が始まったところだった。間もなく、音楽が流れ始める。
「……そろそろだね」
レミエールが顔を上げた。俺も端末の画面から視線を外す。ここから先は、いよいよ本番だ。
「じゃあ、上に行こっか」
レミエールはそう言って、翼を広げた。リンが一瞬だけ首を傾げる。
「……上って、どうやって?」
「私に任せてよ」
レミエールはリンへ手を差し出した。リンがそれを取ると、翼から伸びた光が彼女の身体を優しく包み込む。そのまま、二人の身体がふわりと浮き上がった。
「わっ!?ちょっと、急に持ち上げないでよ!」
「大丈夫だよ。ちゃんと支えてるから」
レミエールは楽しそうに笑い、会場の上方へ向かっていく。俺はその様子を見送りながら、足元へ意識を集中させた。空中に小さな足場が生まれる。
「……まったく、便利なもんだな」
一歩ずつ足場を作りながら、二人の後を追う。それを見たリンが、少し驚いたように目を瞬いた。
「……アステルも普通について来られるんだね」
「いや、正直レミエールに運んでもらった方が楽なんだけどな」
「言ってくれればよかったのに」
「もう遅いって」
そんな話をしながら、俺たちは会場の真上へ移動した。足元には、レミエールが作り出した光の足場が広がっている。俺もそこへ降り立ち、周囲を見回した。下では招待客たちがパートナーの手を取り、音楽に合わせて踊り始めていた。今はまだ、誰も頭上にいる俺たちの存在に気づいていないらしい。
「……さて」
俺は会場の様子を確認しながら、腰の刀へ手を添えた。ギルタブルルが姿を現したら、作戦が始まる。できれば、何事もなく終わってほしい。そう思っていた時だった。
「……ねえ、リンちゃん」
レミエールが声をかけた。
「ん?どうしたの?」
「せっかくだし、共犯同士で一曲踊らない?」
「……え?いや、今から?作戦中なんだけど?」
「まだ少し時間はあるでしょ?ずっと緊張してるより、ちょっと身体を動かした方が楽になると思うんだよね」
レミエールはそう言って、リンへ手を差し出した。
「大丈夫だよ。私がちゃんと教えてあげるから」
リンは困ったように俺を見た。
「……アステル、どう思う?」
「まあ、まだ時間はあるんだろ?いいんじゃないか」
「……もう。アステルまで」
そう言いながらも、リンは差し出された手を取った。レミエールは嬉しそうに笑い、彼女を光の足場の中央へ導いていく。
「それじゃ、まずはゆっくりね。私の動きに合わせてくれればいいから」
「……うん。分かった」
レミエールが一歩踏み出す。リンは最初こそ戸惑っていたが、彼女に導かれるうちに少しずつ動きを覚えていった。俺は少し離れた場所で、その様子を眺めていた。
「……やっぱり上手いな」
思わず呟くと、レミエールがこちらを向いた。
「そうでしょ?アステルも一緒に踊ってみる?」
「いや、今は遠慮しとくよ。二人で楽しんでくれ」
「えー、つれないなあ」
「俺が入ったらリンの練習にならないだろ」
「……それもそうだね」
レミエールは笑いながら、リンを導くように再び踊り始めた。音楽に合わせて二人が動く。リンは何度か足を踏み外しかけていたが、そのたびにレミエールが支えていた。やがて動きにも余裕が生まれ、リンも楽しそうに笑い始める。
その様子を見ながら、俺は百年前のことを思い出していた。あの頃も、レミエールはよく笑っていた。ベリオラと三人で食事をした時も、研究の合間に顔を合わせた時も、くだらない話をしているだけで楽しそうだった。今、目の前にいる彼女も同じように笑っている。けれど、その笑顔の奥にあるものまで、俺が全部知っているわけじゃない。
「……アステル?」
リンに呼ばれ、顔を上げた。
「どうしたの?また考え事?」
「……ああ、悪い。何でもないよ」
リンは少しだけ首を傾げたが、すぐにレミエールの方へ向き直った。二人のダンスは、もうすっかり自然なものになっていた。レミエールの翼が音楽に合わせて揺れ、柔らかな光が足元へ落ちる。その光景を眺めていると、歓迎会が始まる前の緊張が少しだけ薄れていく気がした。
やがて、レミエールがリンの手を引き寄せた。曲が終わるにはまだ少し早い。二人の距離が近づき、リンが何か言いかけたところで、レミエールの口元から笑みが消えた。
「……ねえ、リンちゃん。私が何か隠してるって、気づいてた?」
リンの足が、わずかに乱れた。
「……え?何、急に」
レミエールはその手を支え、何事もなかったように次の一歩へ導いた。
「知ったら、きっと怒ると思うんだ。でも、キミは私のことを信じてくれたでしょ?」
「……レミエール?」
俺にも、そのやり取りは聞こえていた。さっきまで楽しそうに踊っていた二人が、いつの間にか真剣な顔をしている。何の話をしているのか聞こうとして、俺は一歩近づいた。
その時、会場の下から声が上がった。
「あれ、ドラキナ様じゃない?」
招待客たちが入口へ顔を向ける。ガラス張りの屋根越しに見えるホールでは、空巡局の兵士が人々へその場で待つよう呼びかけ、中央へ続く道を開けていた。そこへ現れたのは、小柄な少女だった。ドラキナ。正確には、その姿を奪っているギルタブルルだ。
「……来たか」
俺が刀に手を添えると、リンも踊る足を止めて端末を取り出した。さっきまでレミエールと笑っていた顔が、仕事に向かう時の真剣なものへ変わる。
「Fairy、装置の状態は?」
『各装置の反応を確認。予定された配置を維持しています』
「よし。最後の一つは、私がやる」
リンが空いた手をかざす。掌の周りにエーテルの光が集まり、ピュロイスの力に呼応するように、端末の表示が次々と切り替わった。下の会場で、最初の異変が起きた。床のあちこちに紫色の細い亀裂が走り、ひび割れた空間の向こうからエーテルの光が漏れ出す。一つひとつは小さな裂け目だったが、離れた場所に現れた亀裂が次第に繋がり、ホールの一角には人が通れるほどの歪みが生まれ始めていた。
『最終装置の起動を確認。シンギュラ・リークの接続が成立しました』
「……成功した!」
リンが息を吐く。俺も思わず頷きかけたが、レミエールはすでに下のギルタブルルを見ていた。
「それじゃ、行こっか。リンちゃん、しっかり掴まっててね」
「えっ、ちょっと待って。そこ、ガラス――」
言い終わるより早く、レミエールがリンを抱えて光の足場から飛び降り、翼を広げたままガラス屋根へ飛び込んだ。大きな破砕音とともに屋根が砕け、破片がきらきらと散る。レミエールは翼でその一部を弾きながら、開いた穴を抜けてホールの中央へ降りていった。
「おいおい、ずいぶん派手な入り方だな……!」
俺も急いで後を追った。空中歩行ではレミエールのように一息で降りられないため、砕けた屋根の下へ向かって一段ずつ足場を作り、できる限り速度を上げる。
ホールへ降りたレミエールが翼を大きく開いた。羽ばたきとともに無数の白い羽根が広がり、驚いて立ち上がろうとした招待客や警備の動きが次々と止まる。手を伸ばした姿勢のまま、誰も足を踏み出せない。中央に立つドラキナの姿をしたギルタブルルも、わずかに身じろぎしたところで動きを封じられた。
ここまでは、俺たちが決めていた作戦どおりだった。ただ、一つだけ予想していなかったことが起こる。
「……レミエール?」
リンの戸惑った声が聞こえた。レミエールは降り立った後もリンを抱きしめたままで、彼女の肩には白い羽根が一枚触れている。リンは振りほどこうとしていたが、腕も指先も動かせないらしい。
「……おい、どうした?」
俺が二人のところへ向かおうとした瞬間、目の前を別の羽根が横切った。避ける間もなく肩に触れたその直後、踏み出しかけた足が止まる。
「……っ!?」
身体のどこにも縄がかかっていないのに、力を込めても動けない。目の前にいるレミエールへ手を伸ばすことさえできなかった。
「……ごめんね、リンちゃん」
レミエールは腕の中のリンを見下ろし、困ったように笑った。
「ダンスが終わったら、お別れするつもりだったんだ」
「……は?何言ってるの、レミエール。だって、作戦はもう始まってるんだよ!?」
リンが必死に身体を動かそうとする。さっきまで自分で起動状況を確認していた端末も、今は手に持ったまま操作できないようだった。
「おい、レミエール!お前、まさか一人で行くつもりか!?」
声を張り上げると、レミエールはようやく俺に目を向けた。
「……アステルには、すぐ分かっちゃうね」
「分かるに決まってるだろ!何考えてんだよ。俺たちも一緒に行くって話だったじゃないか!」
「うん。約束したよね。でも、ここから先は二人を連れていけないんだ」
リンを抱く腕がそっと緩む。身体の自由を奪われたままのリンを支えて立たせると、レミエールはその手を離した。
「キミたちといると、つい忘れそうになるんだよ。私が本当は、どこにいるべき人間なのか」
「……何よ、それ。さっきまで一緒に踊ってたじゃない!」
「……私はとっくに、この時代の存在じゃないって」
その言葉を聞いて、思わず眉をひそめた。
「待てよ。それなら俺はどうなるんだ?俺だって百年前の人間だぞ。お前と同じ時代に生きてたんだからな」
「……そうだね。でも、アステルには今の暮らしがあるでしょ。大事な人たちだっている」
「お前だってあるだろ」
俺が言い返すと、レミエールの表情がわずかに揺れた。ついさっき、正式な場で今度こそ一緒に踊ると約束した時の笑顔が、頭から離れない。
「少なくとも、俺はお前が帰ってくるのを待ってるぞ。さっきの約束、もう忘れたのかよ」
レミエールは何か言いかけたが、すぐには返事をしなかった。リンの方へ視線を移し、それからもう一度俺を見る。
「……忘れてないよ。ありがとう、アステル」
「だったら、俺たちも連れていけって!」
「……ごめんね」
レミエールは小さく首を振った。
「リンちゃん。キミはまだ、こっちへ来ちゃ駄目だよ。アステルも、今の居場所を大事にしてね」
「そんなの勝手に決めないでよ!レミエール!」
返ってきたのは、いつもと変わらない柔らかな笑みだった。レミエールはそのまま二人に背を向け、ホールの中央へ進んでいく。動きを封じられたギルタブルルの傍らまで来ると、白い翼から伸びた光が少女の身体を包み込んだ。
「……おい、待て!」
引きずられるようにしてギルタブルルが宙へ浮き、レミエールとともに紫色の亀裂へ向かう。俺はどうにか足を動かそうとしたが、身体は少しも言うことを聞かなかった。
その時、前日の準備中にレミエールがシグリッドと二人で部屋を出ていったことを思い出した。……まさか、あの時から?
「レミエール!!」
リンの叫びも届かないまま、レミエールはギルタブルルを連れて亀裂の向こうへ姿を消した。
◇
シンギュラ・リークを抜けた先には、スカモールホロウの荒れた景色が広がっていた。レミエールは光の翼でギルタブルルの身体を押さえたまま、足元に残る足場へ降り立つ。ホールに残してきた二人の顔が、一瞬だけ脳裏に浮かんだ。けれど、今さら引き返すわけにはいかない。
光の拘束を振り払ったギルタブルルが、ドラキナの姿のまま顔を上げた。
「死に急ぐか。楽にしてやろう!」
「……そう簡単にいくと思う?」
レミエールは光剣を構え、相手が動き出すより先に踏み込んだ。振り下ろされた刃をギルタブルルが受け止め、二人の間で衝撃が弾ける。足元の崩れた構造物が軋み、舞い上がったエーテルの粒子が視界を覆った。
ギルタブルルは何度か攻撃を受けたあと、不意に距離を取った。追おうとしたレミエールの前で、周囲のエーテルが不自然な流れを作り始める。最初はわずかな揺らぎだった。それが瞬く間に渦となり、ドラキナの姿をした身体へ吸い寄せられていく。ギルタブルルの内側にあるものが、その力を取り込もうとしているのをレミエールは感じ取った。
「……無理やり結使化する気……?」
ギルタブルルは答えず、さらにエーテルを引き寄せた。足りない力を外から補い、このまま業核との融合を進めるつもりらしい。あの身体には、まだ本物のドラキナも囚われている。
「……受けて立つよ」
レミエールは翼を広げ、渦の中心へ飛び込んだ。光剣がエーテルの流れを断ち切る。だが、切り裂いた端から別の流れが伸びてきて、ギルタブルルを取り囲むように重なっていく。二度、三度と斬り込んでも、集まるエーテルの勢いは弱まらなかった。やがてドラキナの姿が渦の奥へ沈み込み、代わりに巨大な塊が形を取り始めた。脈打つ表面の周囲には、いくつもの増殖体が現れ、空間に漂うエーテルを吸い上げている。
レミエールはその光景を見て、剣を握り直した。無闇に繭へ斬り込めば、中にいるドラキナを巻き込むかもしれない。まずは力の供給を止める方法を探す必要があった。
◇
「……くそっ、何とかならないのかよ!」
亀裂の向こうへレミエールが消えてから、どれだけ経ったのか分からない。会場には砕けたガラスが散らばり、招待客や警備の人たちは、いまだに白い羽根の力で動けなくなっていた。俺も同じだ。目の前にはリンと、レミエールがギルタブルルを連れ込んだ紫色の亀裂があるのに、近づくことさえできない。
「……待って。この拘束、私の力なら……!」
リンは端末の操作を諦め、身動きできないまま意識を集中させた。彼女の周囲に微かな光が揺らめく。さっき装置を起動した時と、よく似たエーテルの反応だった。しばらくして、リンの指先がわずかに動いた。
「……っ、いける……!」
もう一度力が集まり、身体の周りにあった白い羽根がふわりと舞い上がる。リンは自由を取り戻した腕を動かし、自分の手を確かめるように握った。
「よし……アステル、今そっちに行く!」
「頼む!こっちはさっきから指一本動かせないんだ!」
リンが俺の肩へ手を伸ばした。彼女の指先で光が揺れ、身体にかかっていた力が少しずつ緩んでいく。次の瞬間、止められていた足が動き、思わず前につんのめりかけた。
「おっと……助かった、リン!」
「お礼は後!追いかけるよ!」
「ああ。でも、どうやって……」
言いかけたところで、リンが紫色の亀裂を指差した。
「決まってるでしょ。あれ、私たちが作った通路なんだから!」
ホールの一角には、シンギュラ・リークがまだ口を開けていた。亀裂の縁が不安定に揺れているものの、その向こうには会場とはまるで違う景色が見えている。そういえば、あれを起動したのはリンだった。レミエールがそこへギルタブルルを連れていった以上、追いつくために遠回りする必要はない。
「……なるほどな。じゃあ、先に行け。俺もすぐ続く」
「うん。絶対置いていかないからね!」
リンが先に駆け出し、紫色の亀裂へ飛び込んだ。俺も刀の柄を確かめると、その背を追ってシンギュラ・リークをくぐる。
周囲の景色が一瞬で変わった。床には崩れた構造物が散らばり、遠くでは濃密なエーテルが大きな塊となって脈打っている。その近くに白い翼を広げたレミエールの姿があった。
「レミエール!!」
先に飛び出したリンが声を張り上げた。驚いて振り返ったレミエールへ、彼女は息を切らしながら駆け寄っていく。
「……抜け駆けなんて、させないからね!」
「……リンちゃん!?アステルまで……どうしてここに!?」
「どうしてじゃないでしょ!あんたねえ……次にまた羽で私を動けなくしたら、全部むしり取ってやるんだから!」
「……え、ええ?」
俺まで一緒だったのがよほど予想外だったのか、レミエールは目を丸くしている。俺は動くようになった腕を軽く回してみせた。
「俺もその罰には賛成だな。せっかく助けに来たのに、二人まとめて置いていくんだからさ」
「……ご、ごめんね。でも、どうやって……」
「あの亀裂を通ってきたに決まってるでしょ。それより、私たち『共犯』なんじゃなかったの?一人で勝手に終わらせようとしないでよ!」
リンはレミエールの前で足を止めた。まだ怒っているのがよく分かる声だったが、その目は真っすぐ相手を捉えている。レミエールは何か言おうとして口を開いたものの、すぐに閉じてしまった。リンがここまで追ってくるとは思っていなかったのだろう。
「……ごめん。私、ちょっと勝手だったね」
「ちょっとどころじゃないけどね。……でも、謝るのは後!今はこっちを何とかしないと!」
リンの視線の先で、巨大なエーテルの塊が大きく脈打った。俺たちが合流したことなど構わず、周囲から力を吸い上げ続けている。
「レミエール、あれはどうなってる?ギルタブルルはどこだ?」
俺が尋ねると、レミエールの表情が引き締まった。
「あれがギルタブルルの作った繭だよ。作戦を邪魔されたせいで足りなくなった力を、周りのエーテルから補ってるんだ。無理やり業核と融合して、結使になろうとしてるの」
「……ドラキナは?」
「まだ中にいるよ。このままじゃ、彼女まで完全に取り込まれちゃう。どれくらい持ちこたえられるかも分からないんだ」
その言葉に、自然と刀の柄を握る手に力が入った。あの繭の中には、本物のドラキナが囚われている。これまでの苦労を、ここで全部無駄にするわけにはいかない。
「止める方法はあるの?」
リンが尋ねると、レミエールは繭の周囲を指差した。
「見える?周りにいる増殖体が、空気中のエーテルを集めて繭に送ってるんだよ。血管みたいに、何本もの流れが繋がってるでしょ?」
よく見ると、巨大な塊の周囲では奇妙な形をした増殖体がいくつも蠢いていた。そこから吸い上げられたエーテルが筋となって繭へ流れ込み、表面を膨らませている。
「じゃあ、あいつらを倒せば成長を止められるのか」
「うん。でも、全部を相手にしてたら時間が足りなくなるかもしれないね」
リンは繭を見上げたまま少し考え込むと、端末へ目を落とした。周囲の反応を調べながら、いくつもの流れを順に追っていく。
「……待って。血管みたいなものなら、太い流れだけ止めればいいんじゃない?大動脈みたいな場所があるはずでしょ?」
「ふふ、鋭いね。実は、もう見つけてあるんだ」
レミエールは指を二本立てた。
「特に大きな流れが二か所あるよ。そこを断てば、繭へのエーテル供給を一気に止められるはず」
リンは端末の表示と彼女の指した方向を見比べ、力強く頷いた。
「……確認できた。じゃあ、その二か所を目指そう!」
「分かった。俺は邪魔するやつを片づける。リンは進む先を教えてくれ」
「うん、任せて!」
レミエールはそんな俺たちを見つめ、ふっと表情を和らげた。
「……二人とも、本当に手伝ってくれるんだね」
「今さら何言ってんだよ。最初からそのつもりだって」
「そうそう。今度こそ三人でやるんだからね」
リンが頷くと、レミエールは少しだけ目を細めた。
「……うん。ありがとう」
俺は刀を抜き、繭の向こうへ続く通路を見やった。ところどころ崩れたオービットレールには、もう増殖体の影が見えている。レミエールだけに何もかも背負わせないためにも、俺たちにできることをやるしかない。
「……よし、行こうぜ」
二人が頷いたのを見届けて、俺たちは繭へ向かって駆け出した。