あっという間に、パーティーの時間になった。
俺とヴェリナはそれぞれ正装に着替え、会場へ向かう。
外計局に残してきたノルムーは、
「お土産買ってこないと許さねーのだ!」
と最後まで騒いでいた。
パーティーに行くんじゃなくて、飯を食いに行くと思ってないか、あいつ。
「アステル?それじゃあ入りましょうか」
会場の入口で、ヴェリナがこちらを見る。
「はいよー!」
「……もう少しだけ緊張感を持ってもらえるかしら?」
「中に入ったらちゃんとするって」
招待状を確認してもらい、二人で会場へ入る。
「……おお」
思わず声が漏れた。
広い会場には、すでに大勢の人が集まっている。
見るからに高そうな服。
綺麗に並べられた料理。
そして、どこかで見た覚えのある偉そうな人たち。
名前までは分からない。
でもたぶん、気軽に肩を叩いて話しかけていいような相手じゃないことだけは分かる。
「……やっぱ俺、場違いじゃない?」
「今さら何を言っているの?」
「帰っていい?」
「ダメよ」
ですよね。
そんなことを話しながら会場を歩いていると、一人の男性がこちらへ近づいてきた。
「これはこれは、エガードさん。ご無沙汰しております」
「あら」
ヴェリナの表情が、すっと変わる。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりですわ」
さっきまで俺と話していた時とは、空気が違った。
声の柔らかさは変わらない。
けれど姿勢も、視線も、言葉を置く間も、妙に隙がない。
「エガードさんも変わらずお忙しそうですね。外務計策局も最近は随分と慌ただしいと聞いております」
「ええ。ありがたいことに、退屈する暇はありませんわ」
「それは何よりです。ですが、あまり無理をなさらぬよう」
「お気遣いありがとうございます。ただ、仕事を任せられる人も増えてきましたから」
ヴェリナは扇子を口元へ添える。
「以前よりは、少し楽をさせてもらっていますの」
「ほう。それは頼もしい」
男性が感心したように頷く。
俺はその横で、黙って二人の会話を聞いていた。
……なんというか。
普段、ノルムー相手に頭を抱えてる人と同一人物とは思えない。
相手を立てながら、言うべきことはちゃんと言う。
しかも嫌味に聞こえない。
こういう場所には、やっぱり慣れてるんだろうな。
「ところで――」
男性の視線が俺へ向いた。
「先ほどから気になっていたのですが、そちらの方は?」
来た。
俺は反射的に背筋を伸ばす。
ヴェリナは一度だけ俺を見ると、すぐに相手へ視線を戻した。
「外務計策局のアステルです。本日は私の同伴者として来てもらいました」
「同伴者……」
なぜかその言葉を、男性が少し意味ありげに繰り返した。
「エガードさんが男性を連れていらっしゃるとは、珍しいですね」
「そうかしら?」
「ええ。少なくとも、私は初めて拝見しました」
「今回は彼にお願いするのが一番都合がよかっただけですわ」
即答だった。
……なんだろう。
間違ったことは言ってないはずなのに、微妙に刺さる。
「失礼。アステルさん、とおっしゃいましたか」
「はい」
「外務計策局では、どのようなお仕事を?」
「色々ですね。書類仕事もしますし、必要なら現場にも出ます」
「なるほど。万能なのですね」
「いや、そんな大したもんじゃ――」
「彼は少し自分を低く見積もる癖があるんです」
横からヴェリナが割り込んだ。
「ヴェリナ?」
「事実でしょう?」
否定しづらい。
男性はそんな俺たちを見て、小さく笑った。
「ずいぶん信頼されているようですね」
「仕事を任せる以上、信頼できない人を連れてはきませんわ」
ヴェリナは何でもないことのように答える。
その言葉に、今度は俺の方が少しだけ黙った。
……こういうの、真正面から言われると反応に困るな。
「そういうことなら、今後お名前を聞く機会も増えそうですね」
男性は俺へ手を差し出した。
「どうぞよろしく、アステルさん」
「こちらこそ」
握手を交わす。
その横でヴェリナは、扇子越しに静かに笑っていた。
どうやら今のところ、俺は失敗していないらしい。
◇
男性と別れ、人の少ない場所まで移動する。
俺は小さく息を吐いた。
それを見たヴェリナが、扇子越しにこちらを見る。
「少し意外だったわ」
「何が?」
「知らない方から急に話を振られても、ほとんど慌てなかったでしょう?」
「まあ……似たようなことは昔にもあったからな」
「昔?」
「ああ。百年前」
ヴェリナの目がわずかに細くなる。
「あなた、本当に百年前の話を昨日のことみたいにするわね」
「実際、俺からしたらそんな感じなんだよ」
「百年前にも、こういうパーティーに?」
「何回か付き合わされた」
「もしかして、ダンスを教えてくれた人に?」
「そうそう」
百年前。
あいつの近くにいれば、こういう場に顔を出す機会はそれなりにあった。
最初の頃は何をすればいいのか分からず、立っているだけだった気もする。
「最初は俺も全然だったよ。挨拶の仕方も分からないし、誰が偉いのかも分からないし」
「今とあまり変わらないじゃない」
「ひどくない?」
ヴェリナがくすりと笑う。
「でも、何度も連れていかれてるうちに慣れた。知らない相手に話しかけられても、とりあえず相手の話を聞いてれば何とかなる」
「随分雑な覚え方ね」
「生きてるなら十分だろ」
「社交の場で生存を基準にしないでちょうだい」
また笑われた。
けれど、ヴェリナはどこか納得したように俺を見る。
「思っていた以上に、頼りになる同伴者を選べたみたい」
「今さら?」
「今だから言っているのよ」
俺が肩をすくめると、ヴェリナはまた扇子で口元を隠した。
さっきより少しだけ機嫌がよさそうに見える。
◇
しばらくすると、会場の空気が少しずつ変わり始めた。
演奏していた楽団が曲を切り替え、中央にいた人たちが自然と場所を空けていく。
何組かが相手の手を取り始めた。
どうやら、ダンスの時間らしい。
「始まるみたいね」
ヴェリナが会場の中央へ視線を向ける。
「ああ」
俺も周囲を見る。
「アステル?」
「ん?」
「緊張しているの?」
「いや……まあ、少しだけ?」
ヴェリナが意外そうにこちらを見る。
「昼間は随分余裕そうだったのに」
「あれは練習だからな」
少し言いづらい。
でも今さら隠すようなことでもない。
「実はさ」
「なに?」
「ちゃんとしたパーティーで踊るの、今日が初めてなんだよね」
「…………」
ヴェリナが固まった。
「百年前にも、こういう場には出ていたのでしょう?」
「出てはいたけど、俺はだいたい壁際にいたからな」
「ダンスは?」
「練習だけ」
ヴェリナが額に手を当てた。
「それを先に言ってほしかったわ」
「聞かれなかったし」
「まったく……」
「でも踊れるのは本当だから安心してくれ」
「そこはもう疑っていないわ」
ヴェリナは小さく息を吐く。
それから、少しだけ笑った。
「むしろ、本番が初めてなのにあれだけ自然だったことの方が驚きね」
「身体が覚えてるんだろ」
「なら、信じることにするわ」
「ありがたいことで」
俺は少しだけ姿勢を正した。
昔教えられたことを思い出す。
こういう時は、まず相手に敬意を示す。
俺はヴェリナの前へ一歩出ると、片手を差し出した。
「それじゃあ――お手を、お嬢さん?」
「…………」
ヴェリナが俺の顔を見る。
「私、お嬢さんと呼ばれるような年ではないのだけれど?」
「そうか?」
「少なくとも、そう呼ばれる歳ではないつもりよ」
「でも俺からしたら、だいたいみんなお嬢さんだよ」
ヴェリナが一瞬黙る。
「百年以上生きてるからな」
今度は呆れたような顔をされた。
けれど、すぐに小さく笑う。
「それを言われると、何も言い返せないわね」
ヴェリナは差し出した俺の手へ、自分の手を重ねた。
「今だけは、その呼び方を許してあげる」
「光栄です、お嬢さん」
「調子に乗らないの」
「はいはい」
そうして俺たちは、ゆっくりと会場の中央へ向かった。
曲に合わせて、一歩踏み出す。
最初はゆっくり。
ヴェリナの動きを確かめながら歩幅を合わせ、そのまま次の動きへ移る。
昼間の練習とは違い、当然周りには他の人間もいる。
ぶつからないように視線を巡らせながら、ヴェリナを自然に空いている場所へ導いていく。
練習だけだったとはいえ、何度も繰り返した動きだ。
一度始めてしまえば、意外と緊張はすぐに消えた。
ヴェリナの手を軽く引く。
それを合図に身体を回した彼女を受け止め、そのまま次のステップへ繋げる。
「……随分、自然なのね」
「身体が覚えてるんだろ」
「壁際に立っていた人とは思えないわ」
「練習だけは散々させられたからな」
曲の流れが変わる。
俺はヴェリナの動きを見ながら、歩幅を少し変えた。
無理に引っ張るんじゃない。
相手の動きを感じて、その少し先を示す。
確か、そんなことを何度も叩き込まれた。
再びヴェリナを回す。
ドレスの裾がふわりと広がり、戻ってきた身体を支える。
今度ははっきりと、ヴェリナの目が見開かれた。
「今の、まずかった?」
「むしろ逆よ。少し見直したわ」
「少し?」
「全部褒めると調子に乗るでしょう?」
「信用ないな」
「日頃の行いね」
ヴェリナの口元に、わずかに笑みが浮かぶ。
その頃には、いつの間にか周囲からいくつもの視線が向けられていた。
「……あの方、エガードさんのお連れよね?」
「ええ。随分お上手ね」
「息も合っているわ」
曲の合間に、そんな声が耳へ入ってくる。
……聞こえてるんだけど。
これ、思ったより恥ずかしいな。
「随分見られてるな」
「気にしなくていいわ」
ヴェリナは周囲へ軽く視線を向けただけで、すぐ俺へ戻した。
「悪い意味で注目されているわけではないもの」
「それならいいけど」
「むしろ私としては助かっているわ」
「助かる?」
「今日連れてきた相手を見る目がなかった、とは思われずに済むでしょう?」
「そこ?」
「大事なことよ」
社交の世界はよく分からない。
でも、ヴェリナが少し楽しそうだから、少なくとも失敗はしていないらしい。
曲が少しずつ終わりへ近づいていく。
俺はヴェリナの手を取り直し、最後の動きへ入った。
一度身体を回し、そのまま受け止める。
ほんの一瞬。
思っていたより近い距離で、ヴェリナと目が合った。
「…………」
ヴェリナの頬が、少しだけ赤い。
「暑い?」
「……あなたは、そういうところね」
「何が?」
「いいの。気にしないでちょうだい」
呆れたような声だった。
それなのに、ヴェリナはどこか楽しそうに笑っている。
やがて曲が終わる。
俺たちが軽く礼をすると、周囲から小さな拍手が聞こえてきた。
「おお……」
そこまでされるとは思わなかった。
「思ったより目立ったな」
「ええ。でも悪くなかったでしょう?」
「まあな」
ヴェリナはまだ俺の手を取ったまま、小さく微笑む。
「とても上手だったわ、アステル」
「そりゃどうも」
「……本当に」
最後の一言だけ、さっきより少し柔らかかった。
俺たちは踊っていた場所を離れ、会場の端へ戻っていく。
ちょうど飲み物でも取ろうかと思った、その時だった。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
後ろから声をかけられ、振り返る。
そこには、さっきまで少し離れたところで踊っていた女性が立っていた。
「俺?」
「はい」
女性は軽く会釈すると、俺へ微笑みかける。
「先ほどのダンス、とても素敵でした。もしよろしければ、次の曲を一緒に――」
「あら、ごめんなさい」
返事をするより先に、隣からヴェリナの声がした。
「私たち、そろそろ失礼するところなの」
「え?」
思わずヴェリナを見る。
帰るなんて話、してたっけ?
女性も少し驚いたようだったが、すぐに表情を戻した。
「まあ、そうでしたか。引き止めてしまって申し訳ありません」
「お気になさらないで」
「それでは、また機会がありましたら」
「ええ。ぜひ」
ヴェリナはいつもの社交用の笑顔で応じる。
俺も軽く頭を下げると、女性はそのまま人混みの中へ戻っていった。
「…………」
「行きましょうか、アステル」
何事もなかったようにヴェリナが歩き出す。
俺もそのあとを追った。
「もう帰るの?」
「ええ。挨拶をするべき方には一通り挨拶できたし、十分でしょう」
仕事としての目的が終わったなら、長居する必要もないか。
俺としても、こういう場所に一晩中いるつもりはなかった。
「でも、あの人のダンスくらいなら付き合っても――」
「アステル?」
ヴェリナが足を止めた。
笑顔だった。
昼間、俺がパーティー当日に誘われたことを指摘した時とよく似た笑顔だった。
「……帰ります」
「よろしい」
なんでだ。
◇
会場を出ると、外の空気が思った以上に涼しかった。
さっきまで音楽と話し声に囲まれていたせいか、静かな夜道が妙に落ち着く。
「結構楽しかったな」
「それなら連れてきた甲斐があったわ」
「最初は何させられるのかと思ったけど」
「失礼ね。ちゃんとしたパーティーだったでしょう?」
「スーツ代以外はな」
「まだ言っているの?」
あの金額はしばらく忘れられそうにない。
並んで歩きながら、ふとさっきのことを思い出す。
「そういえば」
「なにかしら?」
「本当に帰る予定だったの?」
ヴェリナの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……挨拶は済んでいたもの」
「いや、それは分かるけど」
俺が見た限り、俺が誘われる直前まで帰るような雰囲気ではなかった。
ヴェリナは少しだけ俺から顔を逸らす。
「それに」
「それに?」
扇子が開き、口元を隠した。
「今日のあなたは、私の同伴者でしょう?」
「うん」
「なら、最後まで付き合ってもらっても問題ないはずよ」
「別に帰るのはいいんだけどさ」
なんとなく納得したような、していないような。
まあ、ヴェリナが帰ると言うなら帰ればいい。
「そうだ。ノルムーの土産どうする?」
「……忘れていたわ」
「買わなかったら絶対うるさいぞ」
「帰りに何か探しましょうか」
「賛成」
俺たちはそのまま、夜の街へ歩き出した。
隣を見ると、ヴェリナはまだ扇子で口元を隠している。
その向こうでどんな顔をしていたのか。
俺には最後まで、よく分からなかった。
◇
後日。
「――ってことがあったんだよ。いやー、レミエールのおかげで助かったわ。サンキュ!」
パーティーで起きたことを一通り話し終える。
目の前では、なぜか今日も俺の部屋のソファーを我が物顔で占領しているレミエールが、頬杖をついてこちらを見ていた。
「…………」
「レミエール?」
「へえー?」
笑っている。
ちゃんと笑っているはずなのに、妙な圧を感じる。
「あの……何かご不満でも?」
「別に?」
レミエールはにっこり笑ったまま、身体ごとこちらへ向き直った。
「たださ。百年前にわざわざ手取り足取りダンスを教えてあげた女の子とは一度もちゃんと踊らなかったのに――」
嫌な予感がする。
「今の仕事の上司とは、初めてのパーティーでばっちり踊ったんだなーって思っただけ」
「いや、あれは仕事だから」
「私が誘った時は?」
「……だいたい端っこにいたな」
「だよね!?」
ついに笑顔が崩れた。
「私が何回誘っても『人多いし』『見てる方が楽だし』って逃げてたくせに!」
「悪かったって」
「しかも何?『お手を、お嬢さん?』?」
「そこまで言ったっけ?」
「言ったよ!楽しそうに全部!」
「……余計なことまで喋ったな、俺」
「キミ、私にはそんなこと一回も言ってくれなかったよね!?」
頬を膨らませたレミエールが、じっと俺を睨んでくる。
……完全に拗ねてる。
「分かった分かった。昔踊らなかったのは悪かったよ」
「むぅ……」
「機嫌直せって。なんでも言うこと聞くから」
その瞬間。
レミエールの顔が、勢いよくこちらを向いた。
「今、なんでもって言ったよね?」
「……あ」
しまった。
「いや、今のは言葉の綾――」
「言ったよね?」
「…………」
満面の笑み。
逃げ道がない。
「……言いました」
「よし!」
さっきまでの不機嫌はどこへやら。
レミエールは嬉しそうに立ち上がる。
「明日、お休みでしょ?お出かけ付き合って!」
「なんで俺の休み把握してんの?」
「そんな細かいことはどうでもいいでしょ!」
よくないだろ。
とはいえ、なんでも聞くと言ったのは俺だ。
「はいはい。分かったよ」
「やった!約束だからね!」
満足したらしいレミエールは、そのままなぜかリビングの奥へ歩いていく。
「……どこ行くの?」
「お風呂」
「は?」
レミエールは当然のように洗面所の扉へ手をかけた。
「キミんちのお風呂広いから借りてくね?」
「いや、自分のところ帰れよ……」
「聞こえなーい」
「おい」
扉の向こうへ消えていく。
「…………」
百年前から思ってたけど。
やっぱこいつ、自由すぎるだろ。
少し今後の参考にしたいのでアンケートさせてください!シグリット回はギャグ多めで作ったんですがギャグの量はどれくらいが好みですか?
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シグリット回と同じくらい多め
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普段と同じくらい
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話の内容とキャラに合わせて