金なぁぁぁい!!金ないのだヴェリナァ!!!
今回も前後編です
次の日。
俺たちは新エリー都に来ていた。
「ねぇねぇ?なんでこっちなの?ロスカリファでもよかったよね?」
隣を歩くレミエールが、不思議そうにこちらを覗き込んでくる。
「……お前、自分が指名手配されてるの忘れてない?」
「そんな指名手配犯と一緒にお出かけしちゃうなんて、キミも共犯者さんだね?」
「勝手に共犯者にすんな」
サンブリンガー暗殺未遂なんて物騒な容疑をかけられているやつと、共犯扱いなんてされたくない。
本人はまるで気にしてなさそうだけど。
「でも私、こっちはあんまり土地勘ないんだよね。大丈夫?」
「あー、それなら問題ない。俺、外計局に入ったばっかの頃、新人研修で数か月こっちにいたから」
「へぇ?」
レミエールが楽しそうに目を細める。
「じゃあ今日は、アステルにエスコートしてもらおうかな?」
「そんな大層なことしないぞ。適当にぶらぶらするだけだからな」
「それでいいよ。キミと一緒なら」
「はいはい」
そうして俺たちは、人の行き交う街の方へ歩き出した。
◇
二人の姿が人混みの向こうへ消えていく。
少し離れた物陰からそれを見送っていたヴェリナは、慎重に顔を出した。
「……行ったわね」
「行ったのだ!」
その横からノルムーも勢いよく顔を出す。
「声が大きいわ、ノルムー」
「むぐっ……」
慌てて口を押さえるノルムーを横目に、ヴェリナはもう一度二人が向かった方向を確認した。
「それじゃあ、私たちも行きましょう」
「了解なのだ!」
「ただし、見つからないようにね」
二人も少し遅れて物陰から出る。
その途中、ノルムーが首を傾げた。
「でもヴェリナ。アステルの隣にいるの、指名手配されてるやつなのだ」
「ええ」
「見つけたなら捕まえた方がよくねーのだ?」
「今ここで迂闊に動く方が危険よ。アステルが一緒にいる以上、まずは様子を確認しましょう」
「…………」
ノルムーがじっとヴェリナを見る。
「なにかしら?」
「ヴェリナ」
「なに?」
「アステルとあいつの関係が気になるなら、普通に本人に聞けばいいのだ」
「…………」
今度はヴェリナが黙る番だった。
扇子がゆっくり開き、口元を隠す。
「……そう簡単なことではないのよ」
「めんどくせーのだ」
「聞こえているわよ」
「しまったのだ!」
二人は少し距離を空けながら、アステルたちの後を追い始めた。
◇
しばらく街を歩いたあと。
俺たちは『リチャード・ティーミルク』へやって来た。
「ここ、前に話してた時に来たいって言ってただろ?」
「わぁ!」
レミエールの顔がぱっと明るくなる。
「覚えててくれたんだね!早く行こう!」
「はいはい。逃げないから」
妙に嬉しそうなレミエールに引っ張られながら、店へ向かう。
注文するためカウンターに近づくと、店員がこちらを向いた。
「り、リチャード・ティーミルクへようこそ!今日は何に――」
途中で言葉が止まる。
「あ……アステルさん?」
「久しぶり、ココ」
「や、やっぱりアステルさんだ!久しぶり……!」
驚いた顔をしたあと、ココは少し嬉しそうに笑った。
「今日は何にする?新作のキャラメルティーミルク、おすすめだよ……!」
「じゃあ俺はそれにしようかな」
「うん……!」
そこでココの視線が、隣のレミエールへ移る。
「そ、それで……そちらのお客さんは、どうしますか……?」
「…………」
返事がない。
横を見る。
レミエールが、なんとも言えない顔で俺を見ていた。
「何?」
「……別に?」
その顔で別には無理があるだろ。
レミエールは俺から視線を外すと、カウンターのメニューを眺め始めた。
しばらく真剣に悩んだあと。
「じゃあ――人気順で一位から三位まで、全部もらおうかな!」
「ぜ、全部……?」
ココが目を丸くする。
俺も同じことを思った。
「お前、一人で三つ飲むの?」
「飲むよ?」
「即答かよ」
「だって、せっかく来たんだもん。色々飲んでみたいでしょ?」
もっともらしいことを言っている。
ただ。
さっきまで俺を見る目が妙に冷たかったのは、なんだったんだろうな。
俺たちは注文したティーミルクを受け取ると、店の外に置かれたテーブルへ向かった。
向かい合って座り、レミエールはさっそく一本目のストローに口をつける。
「……んっ!おいしい!」
一口飲んだ瞬間、ぱっと目を輝かせた。
そのまま二本目、三本目と順番に味を確かめていく。
さっきまでココとのやり取りを妙に気にしていたくせに、今は完全にティーミルクへ夢中らしい。
子供みたいに楽しそうに飲んでいるレミエールを眺めながら、俺も自分の分へ口をつける。
「おっ。これもうまい」
「本当!?それも頼もうかな?」
「わざわざ頼まなくていいだろ」
俺は自分のカップを持ち上げると、ストローをレミエールの方へ向けた。
「ほら。飲めばいいじゃん」
「……えっ!?」
なぜかレミエールが固まった。
「何?」
「い、いや……その……」
視線が俺の顔とストローの間を何度も往復する。
そのうち、頬が見る見る赤くなっていった。
「熱い?」
「違うよ!」
「じゃあ早く飲めよ。ぬるくなるぞ」
「キミ、本当に分かってないの……?」
「何が?」
レミエールはしばらく俺を見つめたあと、諦めたように小さく息を吐いた。
「……もういい」
「飲まないの?」
「飲む!」
どっちだよ。
レミエールは覚悟を決めるようにストローを見つめる。
それから、そっと口を近づけて――
突然、強い風が吹いた。
「わっ!?」
レミエールの髪が大きく舞い、思わず顔を背ける。
同時に、テーブルの上に置いてあった紙ナプキンまで飛び上がった。
「うおっ!」
俺は慌てて手を伸ばし、飛んでいきそうになった紙ナプキンを押さえる。
「なんだ今の風……」
「……もうちょっとだったのに」
「何が?」
「なんでもない!」
レミエールは乱れた髪を手で直しながら、むっとした顔で俺を見る。
「ほら。風も止んだし、今度こそ飲めば?」
「…………」
レミエールの視線が、もう一度ストローへ落ちる。
けれど今度は、少し迷ったあとにぷいっと顔を逸らした。
「……やっぱいい」
「なんで!?」
「気が変わったの!」
そう言って、自分で頼んだティーミルクへ勢いよく口をつける。
よく分からん。
◇
「…………」
「…………」
少し離れた物陰。
ヴェリナは何事もなかったように扇子を開いていた。
その隣で、ノルムーがじっと横顔を見上げている。
「ヴェリナ」
「なにかしら?」
「今の風……」
「今日は風が強いみたいね」
「さっきまで全然吹いてなかったのだ」
「…………」
ヴェリナの扇子が、ほんの少しだけ止まった。
ノルムーはアステルたちへ視線を戻す。
「でもあいつ、アステルのストロー使おうとしてたのだ」
「……見れば分かるわ」
「それで風が――」
「ノルムー」
「分かったのだ。偶然なのだ」
妙に聞き分けのいい返事だった。
ヴェリナは何も答えず、扇子で口元を隠したまま遠くの二人へ視線を戻す。
「……まったく」
小さく漏れた声は、隣のノルムーにも聞こえなかった。
◇
ティーミルクを飲み終えた俺たちは、再び街を歩き始めた。
「次はどこ行くの?」
「そうだな……」
辺りを見回していると、少し先に見覚えのある店が目に入る。
「あそこ寄ってみるか」
俺が指差した先を見て、レミエールが首を傾げた。
「San-Z STUDIO?」
「新人研修でこっちにいた時に何回か来たことあるんだよ。ちょっと変わった店だけど」
「へぇ。キミが何回も行くくらいなら面白そうだね」
「いや、俺は一回も買ったことない」
「なんで?」
「行けば分かる」
店の前まで来ると、レミエールはさっそく並べられた作品へ興味津々といった様子で顔を近づけた。
色も形も普通の店ではまず見かけないようなものばかりだ。
ボンプをモチーフにしたフィギュアから、何を表現しているのか一目では分からない造形物まで並んでいる。
「すごい……これ全部ここで作ってるの?」
「たぶんな」
「たぶんって、何回か来たんじゃなかったの?」
「見に来てただけだからな」
「いらっしゃいませ」
店の奥から声がして、乙さんがこちらへ歩いてきた。
「おや。以前もいらっしゃった方ですね」
「覚えてたんだ」
「もちろんです。何度も作品をご覧になっているのに、一度もお求めにならない方は珍しいですから」
「なんかすみません」
横でレミエールが吹き出した。
「ふふっ。冷やかしじゃん」
「違う。買い方がよく分からなかっただけだ」
「あれだけ説明したはずなのですが」
「俺、物買う時は金払うもんだと思ってるんで」
俺の言葉に、レミエールがますます不思議そうな顔をする。
「お金じゃないの?」
「当店ではディニーはいただいていません」
乙さんがいつもの落ち着いた調子で答えた。
「私がいただくのは、次の作品を生み出すためのインスピレーションです。お話でも、アイデアでも、日常で感じた些細なことでも構いません」
「つまり面白い話をしたら、作品をもらえるってこと?」
「簡単に言えば、そうなりますね」
レミエールの目が輝いた。
嫌な予感がする。
「アステル」
「なんだよ」
「私、ここ好きかも」
「まだ何も買ってないだろ」
レミエールは俺を無視して、再び店頭の作品を眺め始めた。
その中の一つで足が止まる。
小さなボンプのフィギュアだった。
どこか溶けかけたような、形を保っているようにも崩れていく途中のようにも見える、不思議な造形をしている。
「これ、なんていうの?」
「『融解を待ちながら……』です」
「融解……」
レミエールはしばらくそれを眺めていた。
さっきまでの楽しそうな顔から、ほんの少しだけ表情が変わる。
「……なんか、変なの」
「お気に召しませんでしたか?」
「ううん。逆」
レミエールが笑った。
「ちょっと欲しいかも」
「では、何かお話を聞かせていただけますか?」
「お話かぁ……」
腕を組んで考え始める。
俺はその隣で店の商品を眺めながら待っていた。
しばらくして。
「じゃあ、昔のお話でもいい?」
「もちろんです」
「百年くらい前の話なんだけどね」
その言葉に、俺は何となくレミエールの方を見る。
「あるところに、一人の女の子がいました」
ずいぶん昔話みたいな始め方だな。
「その子には、すごく仲のいい男の子がいたの。口は悪いし、鈍感だし、人がせっかく分かりやすくアピールしてるのに全然気づかないような男の子」
「おい」
「物語なんだから静かにしてて」
「絶対俺の話だろ、それ」
レミエールは聞こえなかったふりをして続ける。
「でも、その子にとってはすごく大切な人だった」
さっきまでのふざけた声音が、少しだけ柔らかくなった。
「これからも、ずっと一緒にいられると思ってたんだ」
俺は黙った。
「でもある日、その男の子はいなくなりました」
レミエールの指が、棚に置かれたフィギュアへそっと触れる。
「女の子が知らないところでいなくなって、もう二度と会えないって言われた」
「…………」
「それから、すごく長い時間が経ちました」
声は明るい。
いつものレミエールと変わらない。
なのに。
その横顔だけは、少し遠くを見ているように見えた。
「女の子は、その人のことを忘れませんでした」
百年。
俺にとっても長い時間だった。
こいつにとっても、同じだったはずだ。
俺が知らないところで、レミエールはその時間をずっと抱えてきた。
そう考えると、普段みたいに軽口を挟む気にはなれなかった。
「それで、百年くらい経ったある日――」
レミエールがこちらを見る。
今度は楽しそうに笑った。
「その男の子が、何事もなかったみたいな顔で帰ってきました」
「……やっぱり俺の話じゃねぇか」
「偶然だね?」
「どんな確率だよ」
乙さんは俺たちのやり取りには口を挟まず、興味深そうにレミエールの話を聞いている。
「では、その物語はそこで終わりなのでしょうか?」
乙さんがそう尋ねた。
レミエールの笑みが止まる。
「終わり?」
「百年を経て、二人は再会した。それならば、物語としては一つの区切りにも思えます」
「…………」
レミエールは少し考える。
やがて、小さく首を横に振った。
「ううん」
そして俺を見る。
「まだ途中だよ」
「途中?」
「だって、やっと会えたんだもん」
レミエールはフィギュアから手を離し、その手を後ろで組んだ。
「これから続きを作るところ」
その言い方が妙に真剣で、俺は一瞬返す言葉を失った。
百年前の話をしているはずなのに、レミエールの目は過去じゃなく、まっすぐ俺を見ていた。
「……そっか」
俺がそう返すと、レミエールは少しだけ目を丸くした。
けれど、すぐにいつもの笑顔へ戻る。
「今度は、勝手に途中でいなくならないようにしないとね?」
「……努力します」
「努力じゃ困るんだけど?」
「百年以上生きてるやつに永遠の保証を求めるな」
「じゃあ百年追加で」
「具体的に増やすな」
レミエールが楽しそうに笑う。
乙さんはしばらく考え込んでいたが、やがて満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。非常に興味深いお話でした」
そう言って、『融解を待ちながら……』をレミエールへ差し出す。
「こちらはお持ちください」
「本当にいいの?」
「ええ。代金は、すでに十分いただきましたから」
「やった!」
レミエールは嬉しそうにフィギュアを受け取る。
その横で、俺は納得のいかない気持ちを抱えていた。
「……俺の人生百年分でフィギュア一個?」
「私の百年でもあるんだからいいでしょ?」
「そういう問題?」
「私は得したと思ってるよ」
レミエールは大事そうにフィギュアを抱えた。
「この話、結構好きだから」
「自分の話だからだろ」
「それもあるけど」
一瞬だけ、レミエールの目が俺を見る。
「結末を自分で決められるようになったからね」
その言葉で、さっきの話がようやく少しだけ繋がった。
俺が死んだ時、こいつには選ぶ余地すらなかった。
だから今度は、自分で続きを選びたい。
たぶん、そういうことなんだろう。
ただ。
その続きを話す時に、どうしてそんな嬉しそうに俺を見るのかまでは分からなかった。
「ほら、次行こ!」
考えているうちに、レミエールが俺の腕を引いた。
「次って、行きたいところあるのか?」
「映画!」
「急だな」
「さっき向かいに映画館あったでしょ?せっかく新エリー都まで来たんだから、観ていこうよ」
「まあ、いいけど」
「決まり!」
レミエールに引っ張られながら、俺たちはSan-Z STUDIOを後にした。
◇
二人が店を離れてから、しばらくして。
作品棚の陰から、ノルムーがそっと顔を出した。
「……行ったのだ」
「そうね」
その後ろからヴェリナも姿を現す。
「危なかったのだ。途中で何回かアステルがこっち見てたのだ」
「あなたが商品を触ろうとするからでしょう?」
「だって変なのいっぱいあったのだ!」
「尾行中なのを忘れないでちょうだい」
「分かってるのだ……」
ノルムーは口を尖らせながら、二人が出ていった入口へ目を向ける。
少しして、ぽつりと呟いた。
「……百年か」
ヴェリナは答えなかった。
ただ、先ほどまでレミエールが立っていた場所を見る。
先ほど聞いた言葉が、妙に耳に残っていた。
これまで、レミエールがアステルに距離を詰めている姿は何度も見た。
昔から親しい相手だから。
その程度に考えていた。
けれど。
百年前に失った相手と、もう一度出会えたのだとしたら。
あの笑顔も、あの距離の近さも。
少しだけ違って見える。
「ヴェリナ?」
「なに?」
「難しい顔してるのだ」
「……そうかしら」
「してるのだ」
ノルムーはしばらくヴェリナを見たあと、今度は店の入口へ顔を向けた。
「でも、アステルは相変わらず肝心なところ分かってなさそうなのだ」
「そうね」
ヴェリナの口元が、ほんの少しだけ緩む。
「昔のことは分かっているのに、自分がどう思われているかになると途端に鈍くなるのよね」
「やっぱアホなのだ」
「それは言いすぎよ」
「そこは庇うのだ?」
「事実と悪口は別でしょう」
「ふーん?」
意味ありげな視線が向けられる。
ヴェリナは扇子を開くと、それを遮るように口元へ持っていった。
「ほら。早く追わないと見失うわよ」
「あっ!そうだったのだ!」
ノルムーが慌てて店の外へ飛び出していく。
ヴェリナもその後を追おうとして――一度だけ足を止めた。
百年。
自分には想像することしかできない時間。
それだけの時間を抱えていても、レミエールの目は過去ではなく、その先を向いていた。
『これから続きを作るところ』
「……続きを、か」
小さく呟いてから。
ヴェリナも二人を追って店を後にした。
少し今後の参考にしたいのでアンケートさせてください!シグリット回はギャグ多めで作ったんですがギャグの量はどれくらいが好みですか?
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シグリット回と同じくらい多め
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普段と同じくらい
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話の内容とキャラに合わせて