※独自の設定や展開が含まれます。
雨音がくぐもりながら室内に反響して耳朶を打つ。
掃き出し窓を開けると、途端に冷えた空気が肌を撫でる。
肌寒さを感じて、けれど私はそのままベランダへと踏み出していく。
この日は大雨だった。
彩葉を待つ夕暮れ時、その日じゅう降り続けた雨は今この時こそが最高の盛り上がりと言わんばかりに力強さを増していて、その音に引かれた私は外の空気を吸っている。
厚い雲の霞む見慣れた街。
雨特有の匂い。
柵を跳ねた雨粒の感覚。
伸ばした腕を打つ雨の感触。
その心地よさに、辛抱たまらず雨具もなしにマンションから駆け出した私。
自然と笑みがこぼれて、声が零れて、そのまま走り続けて――そのあと彩葉に怒られた、そんなある日の記憶。
また別のある日――風呂上りの彩葉に抱き着いて、やっぱり怒られた。
湯上りの火照った顔がさらに茹ったような、あの時の彩葉の顔。
乱れたタオルを引き寄せる仕草。
重ねた肌が水滴に滑る感触。体の熱。心の熱。
あるいは、今度こそ白甘鯛を炭焼きした時の事。
炭火の香りや熱。
香ばしく、じりじりと。
匂いと肌と、そして味覚で感じる食の実感。
なにより一緒に舌鼓を打った彩葉の破顔。
そんな、たくさんの体感を伴った記憶を思い返し終えて、私は目を開いた。
途端、ヤチヨの顔が視界いっぱいに広がる。
そりゃ、おでこをくっつけてるんだから当たり前か。
パッツン髪と太めの眉、そして我ながら整った顔立ちを眺めているとヤチヨの方も瞼を開けて、ぱっちりと目が合った。
その瞳の中に
――私は?
あれ? 今、変な感じが。
でもソレは一瞬の事で、違和感の正体を探る間もなく霧散してしまった。
なんだったんだろ?
気になる。
気になるけど……ムキになって頭の奥を探ってみても、やっぱりさっきのヒラメキめいた感覚を掴むには至らない。
……仕方ない、ひとまず忘れよう。
「今回の記憶はこんな感じかなー、どう?」
「うんうんありがとねー……彩葉がメロ葉」
「それな」
向かい合ってちゃぶ台に座り直し、ひと時の雑談にしゃれこむ私たち。
ここは私が彩葉と過ごしたボロアパート――を再現した『うそっこ』のVR内だ。
現実世界で言えば『もと光る竹』があるマンションの一室。
『かぐや』がアバターボディで目覚めてから、私とヤチヨは記憶をやり取りする際にここを使っている。
記憶の共有。
アバターボディ『かぐや』で得られた――つまり皮膚感覚と味覚を含んだ体験を共有することは研究所や遠隔でも可能だし、リアルタイムで同期する事もできなくはないんだけど、まあ気持ちの問題というやつで。
大切なものだから落ち着いた所でやりたいという我が儘を、彩葉が叶えてくれたってワケ。
言ってしまえば、ここはかぐやとヤチヨが二人で過ごせる秘密の場所だ。
ここで心を落ち着けて記憶をやり取りして、そのあと少し話すというのが、私たちの習慣になっている。
話す内容なんて、たいてい彩葉の事だけどね!
あとはFUSHIや芦花、真実、それからブラック・オニキスの面々。
食べ物の事も多い、いや『多かった』かな。少し前までは。
温度感覚や味覚の実装計画を控えているツクヨミだけど、今はこのプライベートVR内限定で味覚の試験運用中。
味覚がうまくいけば、より動作負荷が大きい触覚のテストをして……実装が現実的になるのはその後になる……以上、天才酒寄彩葉博士の談。
とにかく、ここでも味覚があるってことは、ちゃぶ台の上のお菓子を味わって雑談が楽しめるってことで、ヤチヨも手軽に食を楽しめるようになってからは、ホットな話題はもっぱら触感に関することに移りつつある。
彩葉のおかげで、
私たちには笑顔が増えた。
心からの笑みだと、お互いの顔を見れば分かるんだから、分身は便利だ。
今だって楽しそうに話すヤチヨの顔を見て、私は――。
――私は?
「じゃ、次回もよろしくねー」
「え、あ、うん」
ヤチヨの声に我に返るも、返事がぎこちなくなってしまった。
そんな私の微妙な相槌に、今度はヤチヨがギョッとする。
「……どうかした? ま、まさか彩葉の温もりを独り占めしたいとか⁉ それは流石にヤッチョ耐えられないよよよ……」
挙句、泣き真似を始めるヤチヨ。
茶化してるけど、がっつり本音だ。
自分がヤチヨの立場なら同じリアクションをするだろうからよく分かる。
同一存在でも自覚している立ち位置が違うのが『かぐや』と『ヤチヨ』でもある。
それがちょっと面白い。
「あっ」
……そっか。
引っかかてたのってソコかぁ。
※
「ふぅ」
『もと光る竹』の浮かぶ部屋に戻ってきた私は、ヘッドセットを外してマットから立ち上がった。
薄暗い室内に、機械音と水槽のエアレーションの音、そしてLEDの光。
ツクヨミ運営の事情から引っ越しの踏ん切りが付かず、今もまだタケノコはこの場所で浮かんでいる。
彩葉が訪れるようになってからは定期的に掃除されて綺麗になっているけれど、この光景だけは相変わらず。
私が現界復活を遂げてからはちょっとした新規スペースが追加した以外、ここ十年ほど代り映えしなかった部屋だ。
まあ、基本的に生身で過ごす存在がいないんだから当たり前だけど。
FUSHIの水槽もまだここにある。
彩葉の方へ引っ越す案もあったけど、他ならぬFUSHIが断った。ヤチヨの近くに居たいらしい。
忠犬としてなのか、ただ本人が寂しいのか。
当然私はその答えが分かるけれど、考えないようにしている。
それはヤチヨが察してあげればいい事柄だ。
なんにせよ、何かがあった場合に現実世界に物理的干渉できるFUSHIがコッチにいるのはありがたくもある。
ちょちょんとFUSHIをつついてから、私は部屋を出た。
#
さて、今日も私が料理番なので、マンションを出た足でそのままスーパーに足を運んだワケなんだけど……肝心のメニューがまだ決まってないんだなぁこれが。
別に毎回張り切るものではないとは分かってるけど、私にはクタクタになって帰ってくる彩葉に美味しいものを作るという使命があるのだ。
ヤチヨはこれから記憶の整理をする時間だから、今日の夕食タイムは二人きりだしね。ふふーん。
とはいえ、スーパーを回っていれば思いつくだろうと思っていた献立は一向に浮かんでこない。
カレー、肉じゃが、コロッケといった定番の料理は出し尽くしたから、何か目新しいものを入れたいんだけど……。
用事のあった今日は料理時間があまりないから行程の多い料理もNGだし。
「おっ?」
と、迷えるかぐやちゃんの目に留まったのは手書きPOPに書かれた『西京漬け』の文字だった。
西京漬け、京都の甘口お味噌に漬けた切り身。
是非ご賞味ください、か。
いいね、京都というワードが気に入った。
よし、オカズは決まった。
焼いて、白飯に合わせよう。
ただまあ、これだけだと流石に寂しいからもう一、二品足したい。
魚と米……に合わせるなら?
味噌で塩味は足りてる。脂もか。で魚。
うーん、他に足したい味。栄養。
……結構難しくない?
料理に関しては凝り性なのを自覚してるかぐやちゃんだけど、献立の組み合わせは『あるだけいい』になりがちだったりする。
へへへ……作るのも食べるのも好きでございまして〰〰こればっかりはね〰〰。
でも疲れて帰ってくる彩葉の胃には重たすぎる事もあるわけで。
そこで今日はご飯とそのお供をメインにして食べやすいお夕飯にしたいと……うん……いや、白状しよう。
私の口がもう西京漬けの口になってる! それ以外の口じゃない!
ので! そこは決定事項!
Q:それで、それらに合わせる献立は?
A:ちょっと思いつかない。
でも、あまり悩んでいられない。
今日は考え事をしていたのもあって、そろそろ帰って作り始めないと彩葉の帰宅に間に合わなくなる。
こういう時は〰〰。
芦花、真美にグループで知恵を借りようのコーナー!
※
今日の夕飯。
白飯
西京漬け
????
残りが決まらないのだ~助けて~‼
西京漬け?
西京味噌で漬けたお魚。
アレは美味しいよ~。
味濃いめでメイン張れるポテンシャルがある。強い。
でもご飯のお供枠。
だから他のオカズに困ってるわけだね~?
ザッツライト!
つまりあっさり、でも腹にたまるものが欲しいってこと?
その通りでございやす!
いや、ムズイね。
ウチの子達は味は濃いほどいいって感じだからなー。
最近はそういうのばっかし作ってるよ。
育ち盛りだもんねー。
真美の子だしガッツリ食べるよね。
逆に野菜は食べないね。
食べるのはポテトサラダくらい。
ポテサラは候補にありかも!
きゅうり入れたら結構ボリューム出るよねー。
でもサラダ枠だよね。
ポテサラ入れてももう一品欲しいなー私は。
それもそうだ。
となると後は汁もの?
定番は味噌汁なわけだけど~。
味噌は西京漬けと被るかもね。
そうなるよねー。
味噌以外の汁物ねぇ。
お吸い物だとちょっと物足りないかなってなってて~。
あ、それなら――
※
「湯豆腐っ!」
確かにそれならお野菜も摂れるし、足りなければ後から冷凍庫の肉なりをぶち込んじゃえる。
量を調整しやすいのはアドだ。
料理のチョイスが体形・美容をいつも意識してる芦花らしいなぁ。
「やっぱり頼りになるなぁ二人とも」
お礼の言葉を送って、さっそくカートを豆腐コーナーに向ける。
「とりゃあ! ほい! そいや!」
献立が決まれば、後はトントン拍子だ。
材料を放り込み、ついでにパンケーキ粉も放り込み、おやつも追加、あ、この食玩おもしろそー。
鼻歌混じりにカゴを埋めたあとはレジにシュート!
料理自体はいつもに比べて手間のかかるものじゃないし、もはや勝ち! ドヤ!
レジ係のお姉さんが怪訝な顔をしているけれど、気にしなーい。
ああ――。
好きな人のために悩んで、友達に相談して…そんなやり取りひとつひとつが楽しくて仕方ない。
――こうやって私が買い物してる間、ヤチヨは夢を見ている。
この記憶だって、いずれはヤチヨのモノになる。手触りも匂いも感じられる。
けれど、それらの体験はヤチヨにとっては過去の出来事で、今この時に自分で考えて何かを成す事とは――やっぱり違う。
現実世界で
そして、その記録は
リアルタイムで同期していたアバター実装初期の頃でも『かぐや視点』であるのに変わりはなかったし、同期を定期的にまとめるようになってからは特にそうだ。
それがヤチヨの瞳に自分を見た時の、違和感の正体だった。
考えてみれば奇妙な感覚に陥って当然じゃん。
同じ記憶を共有しているのに、その相手は自分の目の前に居て、私を見ているんだから。
お互いに見つめ合えるのに、記憶の視点は同じって、そりゃあね。
もちろんヤチヨも
しない、けれど……今のヤチヨは、現実の事に関してどうしても受け身な環境にいる。
だからこそ思う。
ヤチヨも現実で、今を感じて、何かできるようにならないだろうか?
こうして二人が別々に過ごしているんだから、お互いの記憶があってもいいんじゃない?
ヤチヨがヤチヨとして現実で何かを感じたり、思いのまま過ごす。
私と一緒に。
現実でもヤチヨが居たら……彩葉との生活はもっと騒がしくなるだろう。
二人で色々企んで、二人だからこそできる事に挑戦して、そうしてできた思い出は記憶の共有とは全然違う。
ツクヨミだけでなく現実でもヤチヨの思い出の中に私が居られるとしたら、それって絶対楽しいじゃん?
……でも、まあそう簡単な事じゃないよね。
だって、そのためには――。
#
「今日のメニューは〰〰どゅるるるるるるるっ」
「お、西京漬けじゃーん」
「へへへっ、分かりやすか……流石お目が高けぇぜ。あ、あと湯豆腐ね」
「なぁにそれ……時代劇の悪徳商人?」
「ささ、お代官様。お鍋、テーブルに運んどくから手洗いうがいしてきて、ね!」
「りょうか~い」
じゃれ合って席について、食べながら最近あった事を話す。
それが私たちの日課になっている。
アバターボディが完成していない頃は、パッド越しに会話するしかなかったけど、今は作った料理を食べる彩葉の姿を見ながら、私も同じものを味わえるんだから……かぐやは幸せものだ。
「今日の料理ね、芦花真美に相談してさー。で、湯豆腐になったんだけど」
「芦花の発案?」
「そうそう。魚が濃い味だからちょうどよかったね」
「西京漬けはねーご飯が進む進む」
彩葉に倣って、私も湯豆腐から西京漬けとご飯に口を付けてみる。
あ、うまー。
「でね、その時に真美ンちのチビちゃんずの話がチラッと出たの。それで思ったんだけど、かぐやって好き嫌いあんまりなかったなーって」
「私の画期的パンケーキ」
「あれは料理じゃないから、『食べられる』だけの何かだから。栄養価的にも好き嫌い以前の話だよ」
「未だにそこまでかー。ま、確かに……――ってアンタ数日後には自分で料理してたじゃん。そりゃ、好き嫌いの記憶ないわ」
「そっかー、そういえば赤ちゃんだった期間ってほとんどなかったんだよなー、惜しい事した……」
彩葉に抱かれてあやしてもらったあの時間は、間違いなく幸せな思い出ランキングの上位に入る。
「あのね限界生活してた女子高生にあれ以上は無理だったから、連休明けには警察に預けてたよ流石に」
「うえぇひどーい」
「酷くない当たり前……まあそうならなかったんだからいいでしょ」
「ふへへ……それにしても西京漬け美味いな」
さっきから箸が止まらない。
「おいしいよねぇ。高いイメージあるから中々手を出しにくいんだけどね」
「びんぼーしょー」
京都でわざわざ買うとなるとイイ所の物になるんだろうから、京都出身の彩葉にとってはそういうイメージなんだろうけど、今ならスーパーで安く買えるし、たぶん作ろうと思えば作れると思う。
我が家は結構稼いでるわけだし、そろそろ彩葉の金銭感覚は何とかしたい。
この議題は次のかぐヤチ会議に上げよう。
「あ、魚と言えば」
「魚と言えば?」
「ツクヨミのアップデートの準備でね。ヤチヨのやつ張り切って実装する魚のデータ作ってんの、図鑑眺めながら」
「そういえばツクヨミって現実の魚のイメージってあんまりないね」
「電子の海だからねー。ドローンとか映像は別にして、ツクヨミの魚って基本ファンタジーだから」
しかしそんな電子世界にもリアル魚の出番が本格的にやってくる。
来るツクヨミの大規模アップデートでは五感のほかに、太陽と海のあるワールドを追加するつもりだからね。
新エリアの名前は『
三人でやろうと考えてる事がまだまだあって、私たちって大忙しなのだ。
※
「それで? どうかしたの? かぐや」
ところ変わってリビングで。
ご飯を食べ終わって、二人で楽しいお風呂の後、ハーブティーをお供に体を冷ましていると、
「ずっと考え事してるじゃん」
なんて彩葉が尋ねてきた。
いやあ、さすがは彩葉。私のこと好きすぎじゃん。
「そっかー、お見通しかー」
「そりゃね。何年の付き合いだと思ってんの」
話すなら私から切り出そうと思ってたんだけどね。
「だって湯豆腐なのに春菊が入ってなかったからね!」
「………………」
長年一緒に過ごしてきた連れ合いの姿か? これが?
「かぐや、嫌いなものをわざわざ入れると思われてる?」
「うそうそうそ――で、何を悩んでるの?」
ああうん、安心したよホントに。
春菊克服もかぐヤチ会議に上げるとして。
「……悩んでるってワケじゃないんだけどね」
息を吸い込んでから、私は今日気づいたこと、考えたことを話し始めた。
現実を体感している記憶は全部かぐや視点での追体験なっているという気づき。
それだとヤチヨはかぐや達から一歩引いたままなんじゃないかという思い。
ヤチヨが現実でも思い出を作れたら、一緒に過ごせたらという願い。
「かぐやもヤチヨもおんなじだけど、ヤチヨはやっぱり自分は『ヤチヨ』っていう意識が強いんだよね」
YC型の方にあまり適合しなかった理由はたぶんそこ。
八千年の記憶や電子上で触れた人々との繋がりがある以上、ヤチヨがそのままかぐやになれない。
かといって現実世界に生まれ直すなら、彩葉に触れらるなら『かぐや』がいい。
ヤチヨより先にまずかぐやが彩葉と触れ合いたかった。
そんな乙女心がYC型の適合率が伸びなかった理由だ。
何よりかぐやはヤチヨの居る世界が自然だと思ってる。
彩葉の元にやってきた時から、ヤチヨはずっとかぐやの世界に居たんだから。
だからヤチヨとかぐやは再び二人に分かれた。
かぐやにとっても、ヤチヨは必要だったんだよね。
けれど、
今ならヤチヨもこっちに来れる。来てもいいんだ。
「ヤチヨがヤチヨとして、触れて体温を感じる事ってすごく大切だと思うんだ」
だから――。
「ヤチヨもアバターボディで出歩けないかなーって」
「なるほどね」
「あ、無理はしないでね? 贅沢言ってるのは分かってるしー」
私のアバターボディひとつでも相当大変なわけだし……。
支援してくれた人たちのためにも優先すべき事柄はたくさんあるからね。
「いやいや実は私も考えてはいたんけどねー。というか実はもう新YC型の開発には取り掛かってたり」
「えっ、そうなの?」
えっと……それ開発費はどこから?
いや、それ以前にまずは男性型のアバターの方が先だよね⁉
ちょっと待って別の事がすごく気になり始めたんだけど!
「ただ、かぐやと同じようにヤチヨのアバターをそのまま作るというのも違うのかなって」
「どゆこと?」
「私の最優先目標って味覚、触覚を
「そだね」
「だから今のかぐやの体って、仕組みとしては
「まー確かに? ツクヨミに接続してヤチヨがアイドルやってるのと同じっちゃー同じだねぇ」
AIの補助もあるからスタンドアローンモードもできなくもないけれど、本体はどこかという話なら間違いなく『もと光る竹』だ。
「そ。でもやっぱり、本当の意味で『人間らしく』ってなると壊れた『もと光る竹』からは連れ出したいなって前々から、ね」
「あ、つまりアバターボディにかぐや達の本体を?」
彩葉は頷く。
……そっか、かぐやのために色々考えてくれてたんだ。
「ただねー、ツクヨミと現実と同時にヤチヨが過ごす事とか、今後のツクヨミのアップデートとかも諸々考えると、連れ出す以前にスペックが気になるところで……ただでさえかぐやが出てる分、負荷が増えてるでしょ?」
記憶の容量自体も増えるしね、と彩葉。
「あー……そっか、今もスリープ挟み挟みだもんな〰〰」
というか八千年間で慣れてしまっていたけど、壊れたまんまというのは確かによろしくないよね。
だけど、『もと光る竹』から私が抜け出すにはあの船を何とかする必要がある。
その上でスペックを維持、あるいは向上させることも考えないといけない。
知識は私が何とかできるにしても、肝心なツールがないワケで。
彩葉が天才で地球技術を飛躍的に向上させたとはいえ――。
「流石にあの船を分解して作り直したりするのは難しいよねー」
考えながら思わず出た私の呟きは、
「いや方法はあるよ?」
彩葉の一言で覆された。
「え?」
「だってほら、月人に頼めばいいじゃん」
あまりにあっけらかんとしたその物言いに、私の思考は一瞬止まった。
そんな私を置いてきぼりにして彩葉は続ける。
「味や温度の実装はさ、月人の埒外な事だし、私がしてあげたかった事だけど、思念体というか魂の部分は人類にはまだ無理だし、そっちに任せた方が確実でしょ」
うぅーん、えっと……そっか。
確かに匂いや味なんかはこっちの人の方の分野だし、彩葉が叶えたいと思って頑張ってくれたけど……。
『もと光る竹』の修理まで自分たちだけでやる必要はないんだ。
できそうな相手に任せてしまえばいい、確かにそうだよね。思いつかなかった。
というか昔の彩葉なら考えもしない選択肢だよね、人に頼ろうって。
それも、まさか月人にも頼ろうと提案するなんて。
「でも……連絡つかないでしょ?」
「ツクヨミは月人も来やすいんでしょ? 10年前のコラボライブと卒業ライブで向こうもヤチヨを認知してるんだし、連絡は取れると思う」
あー卒業ライブの時のアレかー。
そういえばあの時はこっちのやり方に合わせてくれたんだよね。
『オイタはダメ』ってことで二回目は普通に入って――アレ、ということはあの人達ツクヨミのアカウント持ってる可能性、ある?
「そっか……社畜かぐやちゃんにさえバレなきゃいいのか」
「ちょっとー、かわいそうな言い方やめてよー」
未だ気にしてるらしい彩葉が眉を顰める。
でも、かぐや的には『状態』の違う自分が別個で存在してるってだけなんだよなー。
分身自体は今もやってるワケだし。
さてさてさて……。
けどなー、月の人達の手を借りる。うーん。
「でもかぐや、月から飛び出してきた身なんだよな〰〰」
後ろめたさやら何やら。
それはもういろんな感情から渋る私に、
「手伝ってくれると思うけどなあ。あの人たち、
彩葉は畳みかけてくる。
あと口調にちょっと意地悪な含み笑いが込められてる気がする!
「そうかなぁ」
「かぐやから貰った――かぐやに歌を届けてくれたブレスレット、そのままにしてくれたんだよね。薬みたいな消耗品じゃなくて技術の詰まった代物よこれ? かぐやがくれたものとはいえ、本当に無理なら回収していったと思う」
ああ……そういえば。確かに回収されてもおかしくなかったのかな。
いやでもあの人らってあんまそういうの考えてないよな……。
卒業ライブの時だって自分たちの存在を隠す気とかなかったし。そういうのに無頓着っていうか。
彩葉に目をやると、微笑ましいものを見る目でみつめてきた。
あ、これはあれだ。
親に相談するのを嫌がる、でもでもだってな子供を見守る顔だ。
人間関係って自分の事になると見えなくなるよねのやつだ。
素直になれないよねのやつだ!
ちーがーうーかーらー!
「それにかぐやだって、やっぱり心と体、一緒の方がいいでしょ」
不意にかけられた、そんな彩葉の言葉に、抗議のため浮かせた腰は再び絨毯へ。
ぎゅっと、ピンクのクッションを抱え込む。
「……欲深怪獣すぎないかな?」
「言ったじゃん、もうこの先ずっと我慢しないでほしいって」
「うん」
「おやおやぁ、私のかぐやはそんな遠慮がちだったかな~? ほらほらお願い、言ってみ?」
思わず、クッションを抱きしめる力が強くなる。
「ヤチヨがね、ヤチヨとして色んな思い出を作れたらって思うの。彩葉とかぐやと一緒に、三人で」
彩葉を見つめる。
「だから『もと光る竹』も直して外に出たい、それで――」
彩葉に甘える。
「心も一緒に、彩葉の近くに居たいな」
「私もだよ、かぐや」
#
方針が決まれば後はトントン拍子……というわけにはいかなかったけれど、まあうまく事は運んだ。
交渉は実践データと交換の条件で円滑に進んで、必要なアレコレを送ってもらえる事になった。
で、迷惑にならない場所を選んでくれたんだろけど……まさか富士山とはねー。
考えてみれば、姫が知っていて、今も変わらずある座標と言えばアソコなのは納得。
岩盤下で止まっちゃったのは予想外だったけど。
まあでも、富士山を掘る許可をもらって、登山&発掘で新しいタケノコは無事回収できた。
というわけで、私の本体は新しい『もと光る竹』の機能で思いがけず擬態ボディに移行!
今後はタケノコ二つ分でやっていく事になったのだけど――。
いやーまさかヤチヨが赤ん坊からとは……。
彩葉はそんなバブちゃんヤチヨにメロメロだ。
ずぅーっと、『かわ…かわ…』とだらしない顔でヤチヨをあやしてる。
それかぐやも欲しい! 赤ちゃんずるい!
「アンタも赤ちゃんだったじゃん」
「そうだけど!くそぅ! すぐ成長するんじゃなかった!」
「いやだからあの当時はギリギリだったからあれ以上無理だったっての」
「というかかぐやの時はだいたい三日で育ったじゃん! もう十日経ってんだけど⁉」
……あれ?
今思い返してみると、ヤチヨって彩葉の前ではやたら幼い姿で現れてなかった⁉
あの頃からずっとバブりたかったってコト……!?
いやそれは私もだけど!
「はっ! まさか彩葉に長く育ててもらうつもり……? ずうずうしいなこの八千歳児!」
「ばうー?」
「何分からないフリしてんだこの! 言葉分かるだろー!」
「まあかぐやもいることですし? 大変でもないじゃん?」
「夫婦の共同作業♡ じゃなくて! いやいやいや、ヤチヨもうすぐツクヨミでライブあるから!」
「あ、そうじゃん、それはまずい!」
――なんて、こんな締まらない顛末が私たち三人の生活の始まり。
P.S.
それはそうとして。
筍狩りを提案した時のヤチヨの顔が、私たちにどう見えていたのかは――後でしっかりと共有してあげようと思う。
それだって私たちには大切なことだからね!
あ、でも方法は『記憶を直接』じゃなくて、写真にするつもり。
だってほら、八月三十二日を超えた――ヤチヨ初めての誕生日プレゼントにちょうどいいじゃん?
実際は酒寄ラボ製のバイオロイドで現界するんだろうけど、月人テクノロジーでヤチヨが体を得る展開の方が二次創作もとい妄想が捗るので!