※独自の設定や展開が含まれます。
♪ 彩葉
「花火っ、花火っ、は・な・び〰〰〰〰!」
「あ、ちょっ、ヤチヨ〰〰〰〰!」
花火会場に着くなり、ヤチヨはご機嫌な声を上げながら屋台の方へと駆けだした。
目当ての物が見えた途端に走り出す姿は子供さながらで――いや、子供ボディな今のヤチヨには年相応の仕草と言うべきか。
子供全開なヤチヨはともかく、浴衣姿であるからには大人の慎みというものを意識せざるを得ない私とかぐやは、遅れながらもできるかぎりの速足で追いかける他ない。
「いやー、八千歳児がはしゃいでるねえ」
ヤチヨを目で追いながら、半ば呆れた様子でかぐやが呟いた。
呆れながらも微笑みを称える横顔を私も見つめ返し――かぐやが手慰みに後ろにまとめたお団子髪の位置を整える姿に目を奪われ、夕闇の中で青白くうなじの輪郭を描き出す光の線に心もしっかり奪われる。
いけないいけない。
この気持ち、今は悟られないようにしないと。
面倒な揶揄われ方をされるのは火を見るよりも明らかだし、とことん身に染みている。
「言っとくけど、あんたも去年すごかったからね?」
「ヒュッヒュ~♪」
「まったく……調子がいいことで」
下手な口笛を聞きながら、私は暮れかけた空を見上げた。
郷美サマーフェスティバル。
今年はちょっと小さなヤチヨと共に、三人での来訪となった。
三度目となる、かぐや達との花火大会だ。
一度目はかぐやと二人で、二度目はアバターボディになったかぐやとデバイス・ヤチヨの三人で、そして――
「ほら追いかけるよ」
ヤチヨがスマホ越しの参加だった去年違い、三度目の今日は浴衣も三人で選び合いここまできた。
今回は生身で祭りの空気を感じられるとあって、彼女のテンションはうなぎ登りというわけだ。
いや、月人製ボディで現世降臨を果たしてからずっと浮ついてはいるけどね。
今もそう、
「彩葉っ、かぐやっ、射的やろ! 射的!」
なんて屋台の前で飛び跳ねている。
なんだあのカワイイ生き物は。あ、私の家族だった。サイコー、幸せ。
それはともかく、
「射的だってさ、かぐや?」
含みをもたせて振ってやると、
「あらぁ彩葉さんたら去年勝ったからって油断してませんこと~? 今年はかぐやが勝つから!」
不敵な笑みが返ってきた。
一度目は惨敗だったが、二度目の去年は何とか辛勝、今年はヤチヨも参加しての三つ巴だ。
勝負である以上、当然勝ちにいく所存である。
ちなみに賞品は落としたお菓子の総取りと決まっている。
打ち上げ中に口が退屈することはないという程度のご褒美だけど、そのくらいがちょうどいい。
安易に『お願いを何でも一つ』なんてやった日にはとんでもない事になる。なった。
さて――で、勝敗はというと……
「ヤッチョの勝ち~☆」
「ぐぬぬぅ〰〰! まさかヤチヨに負けるとは……現実復帰歴はかぐやの方が長いのにぃ!」
「そりゃもう日々の努力の玉藻の前というか~?」
「嘘つけ練習どころか、こないだまで赤ちゃんプレイしてたじゃん!」
「そ、そんな事ないヨ~? あ、ソースせんべいの屋台! ヤッチョあれ食べたいな~」
「あ、逃げた!」
走っていくヤチヨを指さして不服の意を示すかぐや。
頬を膨らませても可愛いだけだ。
「意地悪しないの」
ヤチヨが体を得てからというものの、意外や意外かぐやは振り回される事が多かったりする。
「はぁ、あの分だとお菓子ばっかになりそうだし、かぐや焼きそばとか買ってくるね」
「なあにお母さんじゃん」
「かなぁ? どっちかというとお父さん気分?」
そんな話をしてから、ソースせんべいを頬張っているヤチヨを二人して見やる。
祭りの味を堪能しながらも、彼女の目はすでに次の屋台を吟味しているようだ。
「あ〰〰世話のかかる子供だこと」
なんだかおかしくなって、顔を見合わせて笑い合った。
※
食料確保をかぐやに任せてヤチヨの方へと向かうと、彼女はサインを求められていた。
まあ、そりゃあ、バレるよね。
普段と違う装いと振る舞いとは言え、世界一の歌姫様なんだから。
「彩葉ーっ!」
「はいはい、ほら、持ったげるから」
呼び声に駆け寄って、ヤチヨの両手から屋台の食べ物を預かる。
いや随分買い込んだな……。あれだけ食べてまだ食べる気か。キャパシティーどうなってるんだ?
月人由来のナノマシンボディ、恐るべし。
やっぱりちょっと調べたいな。かぐやのアバターボディに色々と応用したい。
なんて、私がある種の職業病を発症している間に、ヤチヨは背伸びして受け取った手帳のページに慣れた手つきでサインを書き終えて、ファンと言葉を交わしていた。
幼い姿になっても、流石のファンサ。やっぱりヤチヨはヤチヨだ。
その後はあまり騒ぎにならないようにケアしたり、私も書くように求められて応じたりした後、屋台巡りを再開した。
くじびき、お面、わたあめ、輪投げ、ミニカステラ、チョコバナナ……。
ヤチヨはとにかく目についたもの、あるいは去年に目を付けていた屋台に挑んでいく。
「ねぇ彩葉っ☆ 次は何する?」
満面の笑みで振り向くヤチヨ。
なびいた長髪と細目られた瞳が屋台の光に照らされて暖色の染まっている。
喜びと活力に溢れたその姿が、私の元に来た頃のかぐやと重なる。
やっぱりヤチヨもかぐやなんだよね、こういう所が。
なんか顔が熱くなってきた気がする。……バレてないよね?
「ヤチヨ、ほっぺにチョコ付いてるよ」
照れ隠しに指摘すると、ヤチヨはきょとんとした後、にっこり笑って頬をゆび指した。
「彩葉、取って♪」
お約束ながらも破壊力抜群のおねだりを私が拒めるはずがない。
せっせとポーチからハンカチを取り出すと、我が家のお姫様は得意げな顔で指を振り、
「ノンノン! く・ち・び・る・で☆」
とんでもない事を言い出した。
「うひぇ!?」
え、あ、はい⁈
そんな役得な……じゃなくて、こんな衆目の中で……という問題でもなくて?
いやいや流石にファンに悪いというか、いやでもヤチヨたってのお願いですし?
というかこれ揶揄われてる?
チラ見すると、目を閉じて幼い頬を指すヤチヨの顔。
「んんっ♪」
さらには催促ときた。
よ、よぉーし。それじゃあお言葉に甘えて――
♪ かぐや
焼きそば、たこ焼き、ついでにフランクフルト。
お腹にたまるものを買い集めて、さて彩葉たちはと見渡して。
そんな甲斐甲斐しいかぐやちゃんの目に入ってきたのは、何ぞや赤面しながらヤチヨの頬にキスをする彩葉の姿だった。
とんでもない抜け駆けである。浮気である。相手は自分である。だが許せん!
「くぅぉらぁ! 何やってるんだこの
食べ物の入ったビニールを揺らしながら二人の元へ。
彩葉が慌てふためいているが、その様子が余計に癪だ。
一方でヤチヨは流し目を送ってきた。したり顔が
だから、これは仕返しだ。
両手を振って言い訳がましい彩葉の顎に手を添えて、隙だらけな唇にキスをする。
「――、――〰〰っ!?」
ハイご馳走様。
「それズルい! ヤッチョも! ヤッチョもっ!」
ヤチヨがぴょんぴょん飛び跳ねるが、子供の背丈では彩葉の顔まで届かない。
ふははははっ、大人のキスは大人同士でやるもんだ!
子供プレイが仇となったなヤチヨちゃんよぉ!
最近まで年寄りぶっていたヤチヨは、実体を得てからというものの、我が家の次女ポジションをほしいままにしている。
八千年の不自由な月日の結果、反動で子供返りしたらしい。
ヤチヨの実体化を提案したのは
いや普通はさ?
こう……年上のお姉さん感を出してくれるものと思ってたんだ。
――だがヤツは弾けた。
同時に、同一存在である私の尊厳も弾けた。
おのれヤチヨ。とんでもない我が家のお姫様である。
……まあ、こうやって振り回されるのも悪くはないけどね。
これはこれで初めての体験だ。
何をしても、何度ここに来ても、"初めて"があるんだから――やっぱり現実、いいなあ。
それはそうと彩葉も彩葉だ。
ヤチヨの世話してます、なんて雰囲気を出してるけど、ちゃっかり右腕にミニヤチヨ抱きビニール人形を装着してる。
いつ買ったんだ? くじびきの景品?
というかズルいぞヤチヨ人形! というわけで私も腕に抱き着く。
負けじとヤチヨも反対側に抱き着いてくる。
これではニ対一だ。
かぐやが足りない!
くそぅ! かぐやちゃん人形はないのか!
周囲を見回した私の目に、代わりに飛び込んできたのは、
「カニ釣り今年もやってるね」
懐かしいカニ釣りの屋台。
「やってく?」
「いやーFUSHIの水槽に? 狭くならない?」
「FUSHIに怒られるよ、かぐや~」
「……そもそもサワガニは淡水生だからね?」
なんて軽口を言い合っていると、頭上で短い破裂音が鳴り響いた。
打ち上げ開始の合図だ。
「やばっ! 打ち上げ時刻じゃん、行こ行こ!」
「彩葉っ! はやくはやくっ!」
ヤチヨと一緒になって観覧エリアに向かって土手を駆け上る……が、ちょうどそのタイミングで夜天に光の菊が咲いた。
あちゃー、今年は打ち上げに間に合わなかったかー。
始まっちゃったのなら急いでも仕方ない。
彩葉が追いつくのを待って、揃って向かう事にしよう。
三人で手を繋いで、花火を見上げながら。
#
腰と屋台の戦利品をレジャーシートに下ろすと、心地よい充足感が心を満たした。
心行くまま過ごした時とはまた違う、穏やかな満足感だ。
ヤチヨ振り回されたり、ヤチヨと競ったり、ヤチヨに嫉妬したり、ヤチヨに嫉妬されたり……買ってきた食べ物でお腹を満たしながら、夜空を見上げるこの瞬間もそう。
そうやって、ヤチヨと同じ時間を現実で過ごす事。
そして、その全てを彩葉と一緒に過ごす事。
今日もたくさんの大切な思い出を作って、たくさんの幸せが心を満たしていく。
思っていた以上に振り回されている感じはあるけれど、そんな予想外が私には何より愛おしい。
花火が上がる度、周囲が騒めく。
「たーまやー」と誰かが叫んだ声が、次の花火の轟音にかき消される。
楽しそうな子供、感想を言い合う恋人、ふざけ合う大学生。
今年もたくさんの人が好きなように動いて、感じて過ごしてる。
この空気が私もヤチヨも大好きだ。
――こうしていると思い出すのは、卒表ライブの時の事。
竹取物語と同じ展開をなぞるんだって思ってたのにさ。
かぐや姫になぞえて月に帰ろうとする私に、なぞらえながらも脚本にない未来に向かって、私を行かせまいと行動してくれたみんなの、月人とは違うその自由さこそが――
私が憧れた人間そのものだった。
みんながくれた最高のプレゼントだった。
彩葉、芦花、真美、それにブラックオニキスのみんなの、その気持ちがどれほど嬉しかったか。
笑顔でって思ってたのに。
始めっから泣かされちったんだよね、そんな
去年のヤチヨはスマホ越しだった。今年は三人揃って手を繋げた。
来年は何としてでもFUSHI達を連れてこようと思ってるし、いつかは芦花や真美も一緒に来れたらいいなって望みだってある。
そんな風に、一回きりの花火大会を何度でも。
「やっぱり花火っ、楽し〰〰っ! 百年後も来たーい!」
いきなり叫んだ私に彩葉は呆れた顔を寄こした。
「いや流石に続いてるか……?」
「えー? んー……じゃあ違うとこで! 屋台船とか!」
花火が輝く。
あの時のみんなのように。
みんな好き勝手動いて、何も読めない複雑さで、だから何をやっても一回きりで、筋書のない――
ヤチヨと顔を見合わせる。
考えていることはもちろん一緒だ。
夜空にひと際大きな花火が咲いたタイミングに合わせて、私たちは声を張り上げた。
「「自由だ――――っ‼」」