仕事を終えての、自宅でのひと時。
いつもなら得意げな顔で食卓に料理を並べ始めるかぐやが、どうやら今日は様子がおかしい。
しでかした時とも違う感じで、さっきからあれこれ話かけてくるけど要領を得ない。
視線は彷徨い、声は上ずり……手本として飾れそうなほどのザ・挙動不審。
しかし、これはどうしたものか。
かぐやは私に何か聞きたい事があるらしい。
それは迂遠な話し方から何となく分かった。
普段じゃ絶対あり得ない態度だから分かりやすい。
けれどまあ、珍しいな。
基本的に脊髄反射で行動や感情を露わにするかぐやだから、こういう仕草はあまり見ない。
さらに言えば、そんなかぐやの奇行を、廊下の向こうからハラハラと見守っているヤチヨの姿もある。
レアかぐや&ヤチヨだ、ラッキー……じゃなくて。
ソファに深く沈み込みながら考えてみる。
いじらしい(というにはあまりにズルい)おねだりは頻繁にあるけど、こういう本当に切り出せない姿はほとんどなかったはず。
いやでも……かぐやにしては遠回りな態度に、どこか既視感がある気も――
「彩葉、お母さんのこと好き?」
――そうだ。あれは確か、月に帰る前の花火大会の時だ。
あの突拍子のない質問をしてきた時と似てるんだ。
あの時の私は「嫌いになれたら」なんて答えたけれど、もしきっぱり「嫌い」と答えていたら、そうしたらかぐやは私も一緒に月まで連れて行ってくれたのだろうか。
人は大切な物のために気持ちを抑えてもいるのだと、急に大人びて語ったかぐやは。
その時のかぐやと、今の挙動不審なかぐやが何故か重なった。
――ああ、そういう事か。
かぐやの、そしてヤチヨの知りたい事が何となく分かった気がする。
「かぐや達が聞きたいのって、私の寿命の事?」
あっさり言ってのけてやると、かぐやはあからさまに慌てだし、様子を見ていたヤチヨは壁から身を乗り出し、そのまま重心を崩してズッコケた。
手招きすると、ヤチヨは観念してリビングルームに入ってきたものの、ばつが悪そうな顔をして入口付近で立ち止まったままだ。
すこし距離を保ちたい心持ちらしい。
うん、まあ、図星って事でよさそう。
元々、私が人間らしい一生を過ごしたいなら……なんて思ってはいたんだろうけど、何かしら意識する事があって気になり始めたといったところか。
この手の話題となればヤチヨは遠慮してしまうが、かぐやはハッキリさせたがりな所がある。
それで我慢できずに、私の気持ちを探ろうとして今に至る、と。
水臭いなぁ。
だって今更だ。私はその覚悟を決めている。
いや、決めていたことに後になって気づいたというべきかも。
だから、
「あのねぇ、私もう飲んでるよ不死の薬」
私は二人にきっぱりとそう言った。
「「え?」」
私の言葉にぽかんと口を開けて呆ける二人。
同じ仕草が双子のようで面白い。何より可愛い。
そんな想いを心に秘めつつ話を続ける。
「再会した時にさ、FUSHIにかぐやの八千年間を体験させてもらった事あったでしょ?」
そう口にして一息、私も目を閉じて思い出す。
あの時、私は遠い所へ行ってしまったかぐやに追いつこうと、ヤチヨが隠していたものを暴いた。
「八千年のかぐやの歩みを見て、かぐやを守って私のところまで届けてくれた人たちのことを知ってさ」
私の知らなかった、かぐやに影響を与えた人たち。
あの人たちとの交流がヤチヨになったかぐやの中には生きていて、そんな「ヤチヨ」の言葉がかぐやに出会う前の私を救っていた。
私にも、あまりに存在が大きい人たちだった。
比べて――私は今更ヤチヨに何をしてあげられるんだろうって。
もう結末を受け入れる覚悟をしていたヤチヨに何かできないかなんて、それは私の我が儘だった。
今度はヤチヨがおばあちゃんになっちゃって、心の幼いままな私とはすれ違っちゃってた。
八千年間を体験して、その事を嫌でも理解してしまった。
だから、私もせめて大人らしくしなくちゃ。
ヤチヨを苦しめるだけなら、もういいから、私はもう大丈夫だからなんて――
「ヤチヨの中で私もあんな思い出の一人になれるならって、そんな一人に加われるなら悪くないんだって納得しようとしてさ。かぐやのおかげで私は大丈夫になったって、だからめでたしだって言おうとして……でも無理だった」
ぜんぜん納得できない自分が溢れて、止まらなかった。
「そしたらヤチヨも泣き出すんだもん」
笑顔を意味を知って、"それでも"と漏れたそんな本音が、ヤチヨに伝播して。
ヤチヨも同じ気持ちだったんだって気づけた。
「ヤチヨも、自分はもう私が思うかぐやじゃないからって、自分に言い聞かせただけでさ。触れ合いたい、パンケーキが食べたいーって……そんなヤチヨの姿を見て、そこにちゃんとかぐやがいるって分かったから、まだここで終わりじゃないんだって、ここから始められるんだって思えたんだよね」
ヤチヨがかぐやなんだって、はっきりと実感できたのはたぶんその時だったと思う。
「そうやって八千年分追いついて、だからこそ私たちはようやく再会できたし、こうやってハッピーエンドだって掴めたわけだけど――」
私はヤチヨの肩に乗っていた現実アバターのFUSHIを自分の胸元に抱き寄せる。
神妙な顔をしていたFUSHIはされるがままに私の手の中に納まった。
ホント、君のおかげだよ。
「ヤチヨの八千年の歩みを体験したって事はさ。人の寿命を超えた視座で見送る立場を知って。一度きりの出会いと別れを、一度きりだけど長い長い時間を歩んでいく在り方を私も体験したって事で……それって不老不死を体験をしたのと同じじゃない?」
あの時、FUSHIに人の身体で耐えられるか分からないと言われても構わず、私はヤチヨの心に近づきたい一心でソレに手を伸ばした。
人の身体がどうだとか、そんな事はどうでもよかった。
ただかぐやと一緒に居たい、それだけだった。
「
「だからほら、かぐや姫の隠した不死の薬は私がもう飲んじゃいましたっ――てね!」
〆の言葉はおどけて言ってみせたのだが……どうにも反応が悪い。
二人とも呆け顔のまま、ピクリとも笑わずに私を見つめてくる。
ちょっとー、ちゃんとノってくれないと困るんですけど?
いやだって、恥ずかしいじゃん? コレってもうプロポーズそのものなんだもん。
「ほ、ほら! 大体さー、ヤチヨとかぐやはこれからもツクヨミを盛り上げなきゃでしょ?」
ヤチヨの一部でもあるツクヨミは、まだまだ拡大していくだろう。
かぐやの中にいる八千年間の去り人達は、ちょっと勘弁願いたいほど手強いライバルでもある。
その全てを手に入れて、かぐやの全てになるためなら、私はチートを使う事も辞さないつもりだ。
八千年間のバトンを受け取って、だけどゴメンなさい。
欲深怪獣は私の方だったのだ。
「……付き合いますよ、ずっと」
言うや否や、今度こそ二つの影が弾けるように飛び込んできて、私の視界はぐるりとひっくり返った。
これにてひとまず書きたかったお話、私のちょかぐ二次創作土台は描き終えました。
後は徒然と書ければなーと思っています。
思い返すと、
八と九の隙間に、筍狩りを / かぐや→ヤチヨ
三度目の花火の下で自由を叫ぶ、何度でも一回きりな私たちは /かぐやとヤチヨ
もう飲んだよ / 彩葉→かぐや・ヤチヨ
って感じで、割とバランスよく矢印がバラけてるねー。