偽マーリン「シンジくん!ヒーローになるんだ!」シンジ「はい!マーリンさん!」   作:Tommy's Workers

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シンジのお弁当

 

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夏の気配が濃くなった第3新東京市の空は、硬質な青だった。

 

セントラルドグマの深層で使徒の残骸が解析され、戦闘データが数値の羅列として蓄積されていく頃、地表の学校では定期テストの季節が終わったばかりだった。

 

第3新東京市第一中学校。2年A組の教室に、潮の香りを混ぜた風が吹き抜ける。

 

窓際の席で、碇シンジは弁当を広げていた。

 

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「──すっげぇ! マジでエヴァに乗ってんの!?」

 

相田ケンスケの眼鏡が興奮で光を反射した。ビデオカメラを抱え、シンジの顔を覗き込むように身を乗り出している。その背後で、鈴原トウジが腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 

「──まあね」

 

シンジは照れ笑いを浮かべ、箸で卵焼きを挟む。

 

「でも大したことないよ。僕が乗らなくても、誰かが乗らなきゃいけなかっただけだし」

 

「謙遜すんなって! あの巨大ロボットだぜ? 男の夢だろ! オレにも乗せてくれよ!」

 

「ケンスケ、無茶言わないでよ」

 

シンジは苦笑しながら、自分の弁当から唐揚げを一つ摘み、ケンスケの皿に置いた。

 

「はい、お裾分け。カレー味だから辛いかも」

 

「うおっ、サンキュー!」

 

ケンスケは即座に頬張り、満足げに目を細めた。その様子にシンジの頬が緩む。友達。友達がいる。僕の作った料理を食べて、笑ってくれる友達がいる。

 

──それが、どれだけ嬉しいことか。

 

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三日前のことを、シンジは覚えている。

 

転校初日。教室に入った瞬間、空気が凍った。噂はすでに広まっていた。「エヴァンゲリオンのパイロット」「使徒を倒した少年」。好奇、畏怖、嫉妬、困惑。様々な感情が交錯する教室で、シンジは完璧な笑顔を振りまいた。

 

「初めまして! 碇シンジです。みんなと仲良くできたら嬉しいです!」

 

明るく、弾んで、隙がない。教室の空気が一瞬で緩み、数人の女子が「可愛くない?」「いい子じゃん」と囁き合う。シンジは安堵した。うまくいった。ヒーローとしての第一印象は完璧だ。

 

──だが、放課後。体育裏の裏手。

 

「──おい、碇」

 

鈴原トウジが立っていた。

 

ジャージ姿。短く刈り込んだ髪。がっしりとした体格。怒りに歪んだ顔。その拳が、震えていた。

 

「オレの妹、あの戦闘で怪我したんや。崩れた建物の下敷きになって、まだ病院に入院しとるんや」

 

トウジの声は低く、絞り出すように震えていた。

 

「あん時のエヴァの戦いで──おまえが乗っとったエヴァのせいで、妹は──」

 

拳が、シンジの頬を捉えた。

 

乾いた音が響く。シンジの身体が壁に叩きつけられ、背中を強打した。口の端が切れ、血が滲む。

 

「──ごめんね」

 

シンジは、地面に倒れたまま、顔を上げた。

 

トウジは構えを解かなかった。もう一発、という気持ちが拳に宿っている。だが──シンジの表情が、トウジの拳を止めた。

 

笑っていた。

 

口の端から血を流しながら、目を潤ませながら、痛みを堪えるように眉を寄せながら──それでも、笑っていた。申し訳なさそうに、心の底から謝るように。

 

「ごめんね、トウジくん。僕がもっと上手く戦えていれば……君の妹さんに怪我をさせずに済んだのに」

 

「──は?」

 

トウジは戸惑った。殴られた人間が、自分を心配する? 怒り返さず、謝る? しかも、その謝り方が──あまりにも真摯で、あまりにも痛々しい。

 

「僕、まだ全然上手く戦えなくて……ミサトさんにも迷惑かけてるし、ごめん。君の妹さんにも、本当に申し訳ない。お見舞いに行きたいんだけど……怒るよね、僕が行ったら」

 

「──あ、いや……」

 

トウジの拳が下がった。

 

「オレの妹、おまえのせいやないわ。……使徒のせいや。それは、わかっとる」

 

「でも──」

 

「でもやない。おまえが謝ることやない」

 

トウジは頭を掻き、視線を逸らした。背後でケンスケが「おいおい、トウジ」と苦笑している。

 

「──オレの方こそ、悪かったな。いきなり殴ったりして」

 

「ううん! 全然大丈夫だよ! 怒って当然だよ」

 

シンジは立ち上がり、泥を払い、血を拭い、それから──破顔した。

 

「改めて僕、碇シンジ!よろしくね!」

 

その笑顔は、眩しかった。

 

眩しすぎて、目が痛くなるほど。

 

トウジとケンスケは、その眩しさに毒気を抜かれ、結局は「あぁ、よろしくな」と笑って、シンジの周りに座った。

 

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それから三日。

 

三人はいつも一緒に弁当を食べるようになった。

 

シンジのお弁当は、いつも完璧だった。唐揚げ、卵焼き、きんぴらごぼう、季節の果物。彩りよく、味付けは絶妙で、見た目も美しい。トウジは分けてもらった、唐揚げを頬張りながら「これを、毎日食えるならオレもお前ん家に居候したいわ」と箸を止めないし、ケンスケは「これ写真に収めたい」とカメラを向ける。

 

「──でさ、あの時のエヴァの歩き方、すごく変だったんだけど、あれって操縦が難しいの?」

 

「うん、最初は全然歩けなかったよ。足が自分の足みたいに感じるんだけど、ちょっと力を入れすぎると吹っ飛んじゃって」

 

「へぇ──」

 

「でもさ、トウジくんの妹さん、もう大丈夫なの?」

 

シンジの声が少しだけ沈む。箸が止まる。目が伏せられる。その一瞬の変化を、トウジは見逃さなかった。

 

「──ああ。来週には退院できるらしい。たいしたことなかったんや、ホンマは」

 

「よかった……」

 

シンジは顔を上げ、安堵の笑みを浮かべた。だが、その笑みの下で、何かが──小さく、鋭く痛んでいるのを、トウジは感じ取っていた。

 

(──こいつ、オレの妹のこと、ずっと気にしてたんか)

 

トウジは思う。あの時、殴られても謝り、心配し、笑った少年。その「聖人」みたいな態度が、わざとらしくないのが逆に不気味だった。

 

(──普通、殴られたら怒るやろ。なんで怒らんのや)

 

だが、トウジはそれを口に出さなかった。シンジが「友達ができた」と喜ぶ顔を見ると、聞く気が失せた。

 

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放課後。教室が空になり、廊下に夕日が伸びる頃。

 

シンジは一人で窓の外を見ていた。トウジとケンスケは部活に行き、教室にはシンジと──空気しか残っていない。

 

窓の外に、遠くの山が見える。第3新東京市の再建築区域が、夕日を反射してオレンジ色に光っている。その光が、シンジの瞳の中で、小さく揺れていた。

 

「──……」

 

シンジは、自分の手を見た。

 

手のひらに、爪の跡が残っている。昨日の夜、無意識に腕を掻きむしった跡だ。薄い傷が、赤く残っている。

 

(──友達ができた。トウジくんもケンスケも、いいやつだ。僕の作ったご飯を食べてくれる。笑ってくれる。僕のことを「友達」だって言ってくれる)

 

嬉しい。本当に嬉しい。でも──

 

(──でも、僕が「ヒーロー」じゃなかったら?)

 

思考が、暗い水面に沈む。

 

(エヴァに乗れなかったら、彼らはは僕を友達だって言ってくれるのかな。使徒を倒せなかったら、ミサトさんは家に置いてくれるのかな。お父さんは──僕を呼んでくれるのかな)

 

(──マーリンさんは──)

 

『──シンジくん』

 

マーリンの声が、脳内に滑り込んできた。優しく、甘く、花の香りを纏った声。

 

『友達ができたんだね。よかった。君はヒーローだから、誰からも好かれる。そうだろう?』

 

(──うん。僕は、ヒーローだ)

 

シンジは手のひらの傷を握りしめ、笑った。

 

「──うん。よかった」

 

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翌日。放課後。

 

シンジは学校の屋上から、病院へ向かっていた。

 

理由は二つある。一つはトウジの妹の見舞い。もう一つは──

 

「──綾波さん」

 

病院の廊下。白い壁、消毒液の匂い、点滴のスタンドが並ぶ冷たい空間。その奥の個室に、綾波レイはいた。

 

包帯で全身を巻かれた少女。ベッドの上に座り、窓の外を見つめている。夕方の光が、彼女の青い髪を淡く染めていた。

 

「──碇くん」

 

レイは振り返らなかった。名前を呼んだだけだ。感情のない、平坦な声。

 

「──何しに来たの」

 

「お見舞い」

 

シンジは、手に持ったバスケットを持ち上げた。白い布に包まれた、手作りの弁当。

 

「僕が作ったんだ。食べてみて」

 

「──いらない」

 

即答だった。振り返りもせず、窓の外を見たまま。

 

「私は……いい」

 

シンジは、一瞬だけ──ほんの一瞬だけ──瞳の奥が暗くなった。拒絶。また拒絶された。要らない子。お邪魔虫。──だが、その暗さはすぐに、笑顔で覆い隠された。

 

「そっか。でも、残してもいいから。お腹が空いたら食べて」

 

シンジはベッドの脇のサイドテーブルにバスケットを置き、自分はベッドの端の椅子に座った。レイは、その行動に対して何も言わなかった。拒絶も、許可も。ただ、無言で窓の外を見続けている。

 

「──綾波さんは、怪我、痛くない?」

 

「──痛みは、指示に従えば我慢できる」

 

「指示?」

 

「碇司令の指示。私は、司令の言うことに従えばいい。それが私の存在理由だから」

 

シンジの手が、膝の上で握りしめられた。

 

(──存在理由。誰かの指示に従うことが、存在理由)

 

その言葉が、胸に突き刺さった。同じだ。僕と同じだ。誰かの期待に応えることが存在理由。誰かに必要とされることが生きる意味。──でも、レイはそれを「痛みを自ら我慢して」やっている。壊れても代わりがある、と言っていた。まるで──消耗品みたいに。

 

「──ねえ、綾波さん」

 

シンジは、真っ直ぐレイを見た。レイが初めて、窓から視線を外し、シンジの方を向いた。

 

紅い瞳。包帯の隙間から覗く、色彩のない表情。そこにあるのは、戸惑いすら浅い「未知の行動」に対する純粋な無理解。

 

「君が少しでも元気になってくれるなら、それが僕の幸せなんだ」

 

レイの瞳が、わずかに──本当にわずかに──揺れた。

 

「──なぜ」

 

「え?」

 

「なぜ、あなたはそんなことを言うの。私は……あなたのために何かをしたわけではない。あなたに何かを返すつもりもない。なのに、なぜ──」

 

「理由なんてないよ」

 

シンジは笑った。眩しいほどの笑顔。ヒーローの笑顔。

 

「君が元気になるだけで、僕は嬉しいんだ。それで十分だよ」

 

「……」

 

レイの薄い唇が、かすかに開いた。

 

何かを言いかけて──止めた。また開いて──止めた。そして、三度目に開いた唇から、落ちた言葉は。

 

「……ありがとう」

 

小さかった。蚊の鳴くような声だった。だが、その二文字には──綾波レイの十四年間で、初めて他人に向けた「感謝」の感情が、芽吹きの色を帯びていた。

 

シンジは、バスケットを開いた。中には、小さなおにぎりと、卵焼きと、りんごのウサギが並んでいる。

 

「はい、これ。一口でもいいから」

 

レイは、しばらくおにぎりを見つめていた。それから、ゆっくりと──本当にゆっくりと──手を伸ばし、小さなおにぎりを手に取った。

 

一口。

 

噛む。飲み込む。

 

「──……」

 

「どう?」

 

「……美味しい」

 

「よかった!」

 

シンジは破顔した。太陽のような笑顔。明るく健気で、決して屈しない完璧なヒーローの笑み。

 

レイは、その笑顔を見て──何かが胸の奥で「ポカポカ」するのを感じた。言葉にできない、名前のない、温かい何か。

 

---

 

病院を出たシンジを、夕暮れの公園で待っていたのはマーリンだった。

 

ベンチに腰掛け、アイスキャンデーを舐めている。半透明の幻影だが、アイスキャンデーは本物らしく、溶けた汁が指を伝っている。

 

『──お疲れ様、シンジくん。今日は大忙しだね』

 

「うん。でも、楽しかったよ」

 

シンジはベンチに座り、空を見上げた。夕焼けが、雲を桃色に染めている。

 

「トウジくんたちと友達になれて、レイさんもご飯食べてくれて……僕、役に立てたのかな」

 

『役に立ったさ。友達ができて、助けた女の子がご飯を食べてくれた。ヒーローの仕事じゃないかい?』

 

「……うん」

 

シンジは笑った。だが、その笑みの端が──かすかに震えていた。

 

「マーリンさん」

 

『ん?』

 

「僕、上手くやれてるよね? ヒーローとして」

 

マーリンは、アイスキャンデーを舐める手を止めた。白銀の睫毛の奥で、紫の瞳が──一瞬だけ──歪んだ。

 

『──ああ。上手くやってるよ、シンジくん。カッコいいよ』

 

「……そっか」

 

シンジは安堵のため息を吐き、ベンチの背に深く寄りかかった。

 

「そっか。よかった」

 

──その安堵が、十四歳の少年が吐くべきものではないことを、マーリンは知っていた。

 

「上手くやれてるか」ではなく「上手くやれてるよね?」と確認する声。自分の価値を、他者の評価に依存している声。

 

(──それを教えたのは、僕だ)

 

マーリンはアイスキャンデーを口に戻し、何も言わずに、隣の少年の体温を感じていた。

 

夕焼けが沈み、公園の街灯が点く。蛍光灯の白い光が、シンジの横顔を照らした。

 

「──帰ろうか、マーリンさん。ミサトさんのご飯作らないと」

 

『うん。帰ろう』

 

シンジは立ち上がった。疲労が見えないように、ゆっくりと。痛みが見えないように、笑顔で。

 

そして、夜が来る。

 

──また、夜が来る。

 

---

 

その夜。ミサトの家の自室。

 

シンジは、布団の上に座っていた。手のひらの爪の跡を見つめている。昨日の自傷の跡。まだ完全には消えていない。

 

(──今日も、上手くやれた。友達もできた。レイさんも食べてくれた。僕は、ヒーローだ。ヒーローとして、上手くやった)

 

(──でも)

 

胃の底から、冷たい何かが這い上がってくる。

 

(──トウジくんの妹さんは、まだ入院している。僕がもっと早く使徒を倒せていたら、怪我をさせずに済んだかもしれない。綾波さんは、まだ包帯だらけで、痛いはずなのに「痛みは我慢できる」って言った。僕があの時もっとに綾波さんに──)

 

「──っ」

 

指先が、無意識に腕を掻きむしった。

 

痛い。痛い。自分で作った痛みだけが、唯一「自分が生きている」ことを教えてくれる。ヒーローとしての笑顔の下で、自分が自分であるための痛み。

 

「──僕は、ヒーローだ。ヒーローは……怖くない」

 

呟きが、暗い部屋に吸い込まれていく。

 

『──シンジくん』

 

マーリンがいた。いつものように、花の香りと共に。

 

『今日も頑張ったね。おいで』

 

シンジは、膝を抱えたままマーリンの幻影に寄りかかった。マーリンの手が、震える背中を撫でる。

 

「……マーリンさん。僕、上手くやってるよね?」

 

『──うん。上手くやってるよ』

 

「僕がヒーローじゃなかったら……みんな、僕のこと好きじゃないよね」

 

『──シンジくん』

 

「でも、ヒーローだよね? 僕はヒーローだよね?」

 

マーリンは──答えられなかった。

 

「そうだよね」の確認を求める少年の声が、暗闇に響く。その声が、マーリンの胸を、ナイフのように切り裂く。

 

『──そうだよ、シンジくん。君はヒーローだ。僕が保証する』

 

「……うん。そっか」

 

シンジは目を閉じ、マーリンの手の温もりに身を委ねた。

 

「……おやすみ、マーリンさん」

 

『──おやすみ』

 

花びらが舞い、幻影が薄れ、夜が更けていく。

 

---

 

マーリンは、少年が眠りに落ちた後、しばらくその場に留まった。

 

シンジの寝顔は、安らかだった。口元がわずかに緩み、呼吸が整い、十四歳の少年としての無防備な顔が露わになっている。

 

(──君はね、シンジくん)

 

マーリンは、眠る少年の髪を、そっと撫でた。

 

(友達ができたのは、君がヒーローだからじゃない。君が作った料理が美味しかったからだ。君が、真っ直ぐに、優しく、相手を見たからだ。それなのに──)

 

(君はそれを「ヒーローだから」と言う。君自身の良さを、すべて「役割」に帰属させてしまう)

 

(──それを教えたのは、僕だ)

 

マーリンは目を閉じた。仕込み杖を握る手が、白くなるほど力がこもっている。

 

(──ごめんね、シンジくん。君に「ヒーローになれば愛される」と教えたのは、僕だ。でも本当は──君は、ペルソナを被らなくても、愛される存在だったのに)

 

言えなかった。

 

眠る少年の前で、マーリンは──ただ一人、夜を明かした。

 

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翌朝。

 

「──おはようございます、ミサトさん! 今日はハンバーグにしました!」

 

完璧な笑顔。完璧な朝食。完璧な好青年。

 

ミサトはコーヒーを飲みながら、シンジの横顔を見た。

 

「……ねえ、シンジくん」

 

「はい?」

 

「友達、できたんでしょ? 鈴原くんと、相田くん」

 

「うん! いい人たちです。今日も一緒にご飯食べるんですよ!」

 

シンジは笑った。太陽のような笑顔。

 

ミサトは、その笑顔を見て──胸の奥の小さな棘が、また少し大きくなったのを感じた。

 

(──この子の笑顔は、誰のための笑顔だろう)

 

「──良かったわね。大事にしなさいよ」

 

「はい!」

 

シンジは弁当を包み、ランドセルを背負い、玄関に向かう。

 

「いってきます、ミサトさん!」

 

「いってらっしゃい」

 

ドアが閉まる。

 

ミサトは、閉まったドアを見つめながら、コーヒーカップをテーブルに置いた。

 

「──ペンペン」

 

「ギョ?」

 

「あの子……大丈夫かしら」

 

ペンペンは小首を傾げ、何も答えなかった。

 

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学校への道すがら。シンジは弁当包みを持ち、歩いていた。春の風が制服の裾を揺らし、桜の花びらが舞う。

 

『──シンジくん』

 

マーリンが、隣を歩いていた。幻影の姿は誰にも見えない。ただ、花の香りだけが、シンジの鼻をくすぐる。

 

『今日も弁当、頑張ったね。友達に食べてもらうの、楽しみかい?』

 

「──うん。楽しみ」

 

シンジは笑った。

 

だが、その笑みの下で──腕の傷が、シャツの袖の中で、シクシクと痛んでいた。

 






家庭的な美少年っていいですよね!

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