偽マーリン「シンジくん!ヒーローになるんだ!」シンジ「はい!マーリンさん!」 作:Tommy's Workers
アスカ·ラングレーとの対峙
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潮の匂いが、鉄錆に変わる。
紺碧の海面を割って現れた第7使徒は、巨大な歯車を重ね合わせたような異形だった。二枚の円盤が垂直に交差し、中心から無数の光の糸を垂らしながら自転している。その回転が生む風圧が雲を切り裂き、海上に異常な気流を生み出していた。
「──アスカ・ラングレー、弐号機出します!」
赤い装甲の巨人が、空から降ってきた。
輸送機から射出された弐号機がパラシュートを開く間もなく、海上の武装ビルから射出されたパレットライフルを空中でキャッチし、着水と同時に三点射を叩き込む。
「邪魔しないでよね七光り! このアタシが華麗に片付けてあげるんだから!」
通信モニターに映る少女は、炎のような赤い髪と同じくらい強烈な自負を孕んだ瞳でこちらを睨みつけていた。式波・アスカ・ラングレー。エリートであることを疑わない傲慢さと、それを裏付ける圧倒的なスキル。彼女の乗る弐号機は海面を滑るように走り、使徒の放つ光の糸を紙一重で躱していく。
「──すごい……!」
シンジは思わず声を漏らした。素直な感嘆。嘘ではない。彼女の動きは洗練されていて無駄がなく何より迷いがない。迷わずに突っ込めることがどれほど羨ましいかシンジにはわかっていた。
「アスカちゃんは凄いね。僕にはあんな動きできないよ」
「はぁ!? 何甘えてんのよ! あんたはセーフティネットでも張ってて大人しく見てなさい! 七光りのパイロット君!」
通信越しに飛んでくる罵倒。コネ七光り。他人の力で得た地位。それは図星だった。僕は自分の力じゃない。マーリンさんがいるから戦えるだけだ。だから──
「うん。わかった。アスカちゃんのバックアップをするよ」
シンジは微笑んだ。
モニター越しに見えるアスカの眉がピクリと跳ねたのが見えた。苛立ち。不審。理解不能なものを見る目。
(──なんで怒るんだろう。僕が邪魔しないって言ったのに。僕が譲ったのに。それじゃダメなのかな)
わからない。でも「ヒーロー」なら味方の功績を称えサポートするべきだ。僕が目立たなくてもいい。僕はみんなが無事ならそれで──
「──チッ! 使い勝手の悪い!」
使徒が回転を加速させた。
円盤の隙間から新たな光の糸が射出され弐号機の退路を封じようとする。アスカは舌打ちと共にライフルを投げ捨てパレットガンに持ち替えるが装填が間に合わない。
(──危ない!)
『──右だシンジくん。45度仰角』
思考が加速するより早くマーリンの声が脳内に響いた。
千里眼。未来視の断片。マーリンの視点がシンジの脳裏に直接焼き付けられる。次の瞬間使徒の糸がどこを通るかその軌道が透けて見える。
シンジの指が動いた。
初号機がパレットガンを構える暇もなく腰のナイフを逆手に引き抜き弐号機の右肩越しに投擲する。
銀色の弧線が海風を切り裂いた。
ナイフはアスカの顔面すれすれを通過し彼女の背後に迫っていた不可視の光の糸を断ち切る。断ち切られた糸が拡散し熱波となって弐号機の装甲を焦がす。
「……っ!?」
アスカが目を見開く。自分の背後で起きたことに気づきハッと振り返る。そして通信越しにシンジを見た。
「何、いまの……」
「大丈夫? アスカちゃん」
シンジは笑った。安堵と称賛を混ぜた完璧な笑顔。
「僕がカバーするから。安心して戦って」
アスカは何か言いかけて──口をつぐんだ。疑念と困惑が入り混じった表情でシンジを一瞥しすぐに使徒へと向き直る。
「……ふん! 余計なお世話よ! 次は自分でやるわ!」
だがその声には先ほどまでの刺々しさが薄れていた。
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戦闘は続いた。
アスカが前線で華麗に舞いシンジが後方から隙あらば援護する形になった。
まるで息の合ったコンビネーション。だがそれはアスカの意志とシンジのマーリンによる先読みの成せる技だった。
使徒のコアが円盤の回転する隙間に一瞬だけ覗く。
その瞬間を見逃さなかったのはアスカだった。
「もらったぁぁぁっ!」
弐号機が跳ぶ。海面を蹴り空中へ。パレットガンの銃口がコアに吸い込まれるように向く。
だがその時使徒が異常な挙動を見せた。
二枚の円盤が逆回転を始め強烈な遠心力を生み出し弐号機を弾き飛ばそうとする。
「しまっ──!」
『シンジくん!』
マーリンの声が鋭く響く。
同時にシンジの背筋に冷たい感覚が走った。筋力補正。反射神経強化。魔術が初号機のリミッターを強制的に解除する。
「──うん!」
初号機が地を蹴った。
弐号機が弾き飛ばされるより早くその懐に飛び込む。使徒の回転する円盤が初号機の左腕を削ぎ落とす。装甲が剥がれフレームが軋み神経接続から激痛が走る──はずだった。
(──痛くない)
魔術が効いている。
痛みは甘い痺れに変換されただけの信号として処理される。シンジは表情一つ変えず残った右腕で弐号機のコックピットを庇うように抱き込みそのまま勢いを使徒へと体当たりした。
「え……? ちょっ七光り!?」
「今だよアスカちゃん! 撃って!」
至近距離。弐号機のパレットガンが使徒のコアに押し付けられる。
アスカは一瞬躊躇い──すぐに引き金を引いた。
発砲音。
コアが粉々に砕け散る音。
使徒の回転が止まり巨大な歯車が海面へと崩れ落ちていく。
初号機と弐号機が海に着水した。
潮風がプラグ内の換気系から流れ込み塩の匂いが鼻を突く。
「……ふん。アタシの手柄じゃない」
アスカの声が通信から届く。不満げだがどこか安堵した響きがある。
「でもまあ……あんたが盾になってくれなかったら危なかったかもね。……あんまり恩着せがましくしないでよね」
「うん! よかった無事で!」
シンジは笑った。
太陽のような眩しい笑顔。怪我をした左腕を背中に隠しながら。
「アスカちゃんのおかげだよ。最後の一撃かっこよかった!」
「……バカ」
通信が切れた。
モニターから消えるアスカの顔には怒りも称賛もなくただ深い困惑だけが張り付いていた。
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回収ドック。
弐号機から降りてきたアスカはプラグスーツ姿のままロッカールームに向かうことなく初号機のケージへとやってきた。
メディカルスタッフに囲まれ左腕の治療を受けているシンジを見つけると迷いなく歩み寄る。
「……あんたバカなの?」
開口一番それだった。
アスカは自分の手首を掴みシンジの顔を覗き込んだ。青い瞳が鋭く光っている。
「なんであんな無茶したのよ。あんた腕持ってかれたじゃない。普通痛いでしょうに。……あんなヘラヘラ笑ってさ」
「だって君に怪我させたくなかったし」
シンジは包帯を巻かれながら笑った。
「僕なら大丈夫だから。僕はヒーローだしね」
「ヒーローだからって痛くないわけじゃないでしょう!」
アスカの声が鋭くなった。
周囲のスタッフが驚いて二人を見る。アスカは自分の剣幕に気づきハッとして視線を逸らした。
「……あんたさぁ何考えてんのか全然わかんないわね」
「え?」
「自分のこと棚上げにしてさ誰かのために怪我してそれを『大丈夫』って笑う。……そういうの優しいとかじゃなくてただ不気味なだけよ」
不気味。
その言葉がシンジの胸に小さな棘として刺さった。
(──不気味? 僕が? 優しくしてるのに? ヒーローらしくしてるのに?)
「……ごめんねアスカちゃん。気持ち悪かったよね」
シンジは目を伏せた。
そしてまた顔を上げた時にはもう完璧な笑顔を作っていた。
「でも僕は大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
「……はぁ」
アスカは深いため息をついた。
何か言いたげに唇を震わせたが結局何も言わず踵を返した。
「もういいわよ。……あんたとは話が合わない」
去っていく背中を見送りながらシンジは左腕を押さえた。
包帯の下で傷がズキリと痛む。
マーリンの麻酔が切れかけているのだ。
(──でも大丈夫。僕はヒーローだから)
『……シンジくん』
脳内でマーリンの声が響く。どこか痛みを伴ったような声。
『無理しなくていいんだよ』
(してないよ。僕はやりたいことをやってるだけだよ)
シンジは心の中で返した。
(みんな無事ならそれでいいんだ。僕が傷ついても笑っていればそれでいいんだ。……そうだろうマーリンさん?)
マーリンからの返答はなかった。
ただ花の香りだけがふわりと漂い消えていった。
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その夜。
ミサトの家で夕食を作りながらシンジは考えていた。
(アスカちゃん言ってた。「不気味」って)
(でも笑わなきゃダメなんだ。笑わないとまた捨てられるかもしれないから)
鍋の中でカレーがぐつぐつと煮立つ音がする。
その音だけが静かなキッチンに響いていた。
(──僕はヒーローだから)
刻印のような言葉をもう一度繰り返してシンジは火を止めた。