星将が自ら動く作戦に、ツムギが糸を差し挟む余地はない。
ドルキとシャイナが、過去から来た者たちを狩るために出た。詰め所に届くのは、その余波のような切れ切れの報せだけだった。どの区画が封鎖された。どこで大きなPSIの反応があった。誰それの部隊が呼び戻された。
ツムギは報告の束を揃えながら、ただ耳を澄ませていた。
過去から来た者たちが、どんな顔をしているのかは知らない。自分とは何の縁もない相手だ。それでも、彼らが狩られる報せが届くたびに、指先がわずかに冷えた。
彼らもまた、どこかの誰かにとっての、帰りを待たれている者なのだろう。
***
その報告は、夜更けに届いた。
作戦のさなか、過去から来た者たちの側に、見知らぬ能力者の一団が加勢に現れたという。W.I.S.Eの手から彼らを奪い去り、姿を消した。星将のドルキ様までもが、討たれたという。
報告を持ち帰った男が言い添えた。
「連中、エルモア・ウッドと名乗ってたらしい」
ツムギの手から、報告の束が滑り落ちた。
慌てて拾い集めるふりをしながら、ツムギは男の言葉の続きを聞いていた。炎を自在に操る、気の強そうな女。拳ひとつでシャイナ様をいなしたという、寡黙な男。ほかにも、何人か。
炎。
台所で卵焼きの取り合いをしていた、小さなフレデリカの顔が浮かんだ。いつも誰かに食ってかかっていた、あの負けん気の強い目。
黙々と箸を並べていた、シャオの背中。
生きていた。
本当に、生きていた。
床に膝をついたまま、ツムギはしばらく顔を上げられなかった。喉の奥が熱くなり、視界がにじむ。こんな場所で泣くわけにはいかない。唇を強く噛んで、こみ上げてくるものを押し戻した。
十年。あの子たちは、もう子どもではないのだろう。自分の知らない時間を生きて、自分の知らない顔になって、それでも生きていた。
けれど、安堵はすぐに別のものへと塗り替わっていった。
エルモア・ウッドの名が、W.I.S.Eに知られてしまった。
これまで少しずつ抑えてきた報せとは違う。星将の作戦の中で起きたことだ。ツムギの手は、もう届かない。この報告は、まっすぐ上へ上がっていく。
そしてW.I.S.Eは、あの子たちを探し始める。
拾い集めた紙の束を抱えたまま、ツムギは自分の手が震えているのに気づいた。捕らわれるわけにはいかない。今まで以上に、決して。
***
それから間もなく、詰め所の空気が変わった。
星将ジュナスが、ひとりで動いた。九州の島原で身を寄せ合っていた人間たちの拠点、ネオ天草。そこを滅ぼしたのだという。
報告を読み上げる男の声は、どこか誇らしげだった。どれだけの人間が死んだのか、誰も気にも留めない。この組織では、PSIを使えない者は人間ではないのだ。使えたとしても、味方でなければ敵であり、滅ぼすべき対象でしかない。
ツムギは表情を変えずに、その報せを聞いていた。
星将が自らの手で奪い取った情報は、ツムギの手を一度も通らない。下から上がってくる報告なら、ずらすことも、ぼかすこともできる。けれど、上の者が直接その目で見て、その手でつかんだものには、針の届く隙間がない。
ネオ天草で何が語られ、何が奪われたのか。ツムギには知る術がなかった。
知らないまま、胸の奥にだけ、嫌な予感が澱のように溜まっていった。
その予感は、数日のうちに形になった。
ネオ天草から持ち帰られた情報をもとに、新しい作戦が立てられた。標的は、人間たちが隠れ住んでいるらしい場所。伊豆。
伊豆で頭に浮かぶのはエルモア創立総合病院だ。ババ様の作った病院。
どうか気づかれないで、と願った。けれど、作戦は星将たちの主導で着々と固まっていく。襲撃の場所は、エルモア創立総合病院そのものだった。
きっとあの子たちは、そこにいる。
止めなければ、と思った。けれど、計画は星将たちの手で練られている。書き換えられるわけがない。ツムギにできるのは、動員される者たちの名前を覚えるくらいだった。
スカージ。W.I.S.Eの中でも上位の能力者たちからなる精鋭部隊が、動き出している。
ツムギは一度も、彼らに接触したことがない。末端の者たちの記憶の中でしか生きていない自分には、手の届かない相手だった。
ツムギは、出撃を控えたタヴーたちの腕に、ひとつ、またひとつと針を留めた。覚えさせられた作戦の細部を、少しずつぼかしていく。どこから攻め入るのか、どこを押さえるのか。はっきりしていたはずの輪郭を、ほんのわずかに曖昧にする。刻限に手を加えれば、すぐに露見してしまう。だから触れるのは、確かめようのない細部だけだった。目立たない程度の、小さな綻び。それが何かを変えられるのかどうかも分からないまま、ツムギは縫い続けた。
そして、作戦の日が来た。
***
戻ってきた者たちの報告は、どれも慌ただしく、断片的だった。
彼らの拠点は破られた。多くの人間が捕らえられ、連れ去られた。エルモア・ウッドの者たちがどうなったのか、確かな報せはない。
その中に、ひとつだけ、ツムギの耳に引っかかる報せがあった。
エルモア・ウッドの少女がひとり、ヴィーゴに捕らえられた。