魂と肉体を裂かれた少女 作:匿名希望
夕暮れの柔らかな光が古びたアパートの窓から差し込む中、莉奈はいつものように部屋の隅の椅子に腰掛けようとして、ふと動きを止めた。
窓際に立つキョンシーの肉体――もう一人の自分が、ふと自分の掌を見つめていた。
普段は莉奈の意思を寸分違わず体現し、完璧な戦闘アバターとして動くその肉体。
しかし、莉奈が「命令」を下していない完全なリラックス状態のとき、その瞳の奥に、かつて邪仙の呪詛によって封じられたはずの「別の意識の揺らぎ」がかすかに灯ることがある。
(いま……勝手に動いた?)
宙に浮かぶ莉奈の魂が息を呑む。
キョンシーの肉体が、自分の意思で紅茶のカップをそっとテーブルに置き、窓の外の夕空へ視線を向けたのだ。
それは莉奈が指示した動作ではない。
けれど、冷酷な傀儡の動きでもない。
そこにあったのは、確かに「もう一人の莉奈」の気配だった。
「ねえ……」
莉奈が恐る恐る声をかけると、肉体はゆっくりと振り返り、かすかに苦笑したような、どこか切なげな表情を浮かべた。
言葉は発しない。
だが、その脳裏に直接響いてきたのは、懐かしくも紛れもない「自分自身の声」だった。
――ねえ、ずっと気付いてたよ。あなたがどれだけ私を動かして、守ってくれていたか。
「……! あなた、意識が戻ってきてるの?」
――ううん、戻ってきたというより……ずっとここにいたのね。ただ、声が出せなくて、体が重くて、あなたが外から引っ張ってくれていたから、こうしてまた世界を感じることができた。
かつて邪仙によって魂と肉体に引き裂かれたとき、自我はすべて魂である莉奈側に吸い上げられ、肉体はただの抜け殻になるはずだった。
しかし、長い時間をかけて異世界の霊力を浴び、莉奈と心を通わせ続けるうちに、肉体側に残されていた微細な生体記憶や感情の残滓が、独自の「もう一つの自我」として再構築されていたのだ。
――怖くなかったよ。あなたがいつも一緒にいてくれたから。でもね、時々こうして、自分で自分の手足を動かしたくなるの。
そう言って、キョンシーの肉体が自分の胸にそっと手を当てる。
そこには、かつてのような冷たい死者の鼓動ではなく、微かではあるが、確かな生命の温もりが戻り始めていた。
幽霊の莉奈は、宙からふわりと降り立ち、自分の肉体の前に歩み寄った。
触れようとしてもすり抜けてしまう半透明の指先。
しかし、肉体側がそっと手を差し伸べると、不思議なことに、二人の指先が触れ合うかのような温かい感覚が互いの心に響き渡った。
「そっか……私たちは、二人で一人だったんだね」
莉奈が涙を拭うと、キョンシーの肉体もまた、愛おしそうに目を細めて微笑んだ。
司令塔とアバター、主従のような関係から始まった二人は、今や本当の意味で「対等な二人の自分」として再会を果たしたのだった。
「これからは、二人で相談しながら動こっか。夜の依頼も、どっちが戦うかジャンケンで決めよっか?」
莉奈の冗談に、肉体は小さく笑い声を漏らす。
二つに引き裂かれた運命は、もう悲劇の印ではない。
お互いを最も深く理解し合える最高の相棒として、彼女たちは新たな絆を胸に、二人並んで異世界の夜へと踏み出していく。