透き通る世界でシャーマンは愛の物語を紡げるか。 作:UMC OGASOU
荒野を吹き抜ける風が、焦げついた金属と硝煙の不快な匂いを遠くへと運び去っていく。
つい数十秒前まで、街道を埋め尽くしていた数千の過激派連合と重装甲車両の群れ。それらが放っていた殺気と怒号は綺麗さっぱり消え去り、あとに残されたのは、削り取られて平地と化した岩山と、黒煙を上げて転がる鉄くずの山、そして白目を剥いて倒れ伏す無法者たちの山だけであった。
あまりにも破滅的で、あまりにも不条理な光景。
風紀委員会の最高幹部専用車――その破壊されたハッチの上で、勝川ソウキはだらしなく肩を揺らし、手に持っていた兵器を無造作に眺めていた。
先ほどまで、天を穿つような圧倒的な金の光幕を撒き散らし、物理法則のすべてを書き換えてみせた黄金サブマシンガン。それが、ソウキの右手のなかで『シュゥゥゥ……』と音を立てて光を失っていく。
流体のように収縮し、幾何学的な金色の刻印が霧散し、重厚なフレームがみるみるうちに縮んでいく。
『ポンッ』
拍子抜けするほど軽い効果音とともに、ソウキの手元に残されたのは――全体が赤黒く錆びつき、スライドすら固着した、数十センチのショボいジャンク拳銃であった。骨董品以下の、どこからどう見てもただのガラクタである。
「ふぅ……。ひさしぶりにオーバーソウルなんて使ったからさ、ちょっと肘の関節が鳴っちゃったよ」
ソウキは首をポリポリと掻きながら、そのショボいジャンク銃を黒の短パンのポケットへ無造作に突っ込んだ。そして、装甲車の上から軽やかに飛び降りると、地面にへたり込んだまま白目を剥きかけている天雨アコへと近づいていった。
「あ……あ……」
アコはガクガクと指先を震わせ、ソウキのポケットと、遠くの消滅した岩山を交互に見つめていた。メガネが鼻筋からズレ落ちていることすら気づかないほど、彼女の頭脳は完全に停止していた。
「あ、あり得ません……! 戻った……!? ガラクタに戻りましたよ……!? 質量は!? 構造はどこへ行ったのですか!? 銃火器の概念に対する冒涜です! 物理法則への暴行ですーっっ!!」
「声がデカいって、アコちゃん。叫ぶと喉壊すぞ」
ソウキは屈み込むと、頭を抱えて混乱するアコの肩をポンポンと優しく叩いた。そして、いつものヘラヘラとした緩い笑みを浮かべ、事もなげに言い放った。
「まあまあ、何はともあれ助かったんだからいいじゃん。……あ、そうだ。命の恩人からのささやかなお願いなんだけどさ」
「お、お願い……? 貴方のような不純物が、この私に一体何を……!?」
アコが警戒と困惑の混ざった瞳でソウキを見上げる。
ソウキはニッと八重歯を見せて笑い、親指を立ててみせた。
「ふぅ、助けたお礼にさ、無事に帰ったらヒナちゃんとデートの約束して!」
――静寂。
荒野の風が一瞬、止まったかのような錯覚。
次の瞬間、アコの顔面が朱を通り越して般若のように真っ赤に染まり上がった。
「この不純物がーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!!!」
荒野の果てまで届くかのような、今日一番の超絶的な絶叫が響き渡った。
アコは跳ね起きるように立ち上がると、髪を振り乱してソウキの胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで肉薄した。
「万死! 万死に値します!! 貴方、自分が何を口にしたのか分かっているのですか!? ヒナ委員長に対してデート!? どこまで不敬なら気が済むのですか! 助けていただいたことには……その、ほんの少しだけ感謝の意を示そうかと思った私の純情を返しなさい! 貴方のような猥雑で不潔で図々しい不純物、今すぐこの場で処刑して差し上げますわーーーーっ!!」
「うわっ、怖い怖い! 感謝しようと思ってたならそのまま感謝してくれよ! デートくらい減るもんじゃないだろ!?」
「減ります! ヒナ委員長の尊いお時間が削り取られます! 精神的な汚染も受けます! 概して害しかありません!!」
キーキーと金切り声を上げるアコの後ろで、屋根から這い降りてきた銀鏡イオリが、深い溜め息をつきながら自分の額を押さえていた。
「……アコ、やめとけ。こいつに何を言っても無駄だ。それにな……あたしたちの弾丸全弾合わせても、こいつの指先一本傷つけられる気がしない……」
「イオリまで弱気なことを言わないでください! 法律です! 風紀委員会の規律です! この不純物を放置すれば、ゲヘナの、いいえキヴォトス全土の風紀が崩壊します!」
アコがソウキを指差し、血走った目で罵倒を続けていた、その時だった。
『ザザッ……ザザザッ……』
アコの腰の通信機器、そして半壊した装甲車の車載モニターから、ノイズを押し切るようにして電子音が響いた。ソウキが周囲の無法者たちと過激派の兵器を一網打尽にしたことで、彼らが展開していた強力なジャミング装置も同時に破壊され、遮断されていた通信回路が復旧したのだ。
『……アコ? イオリ? 聞こえる……?』
スピーカーから漏れてきたのは、落ち着いた、けれど少しだけ疲弊の滲む静かな少女の声――空崎ヒナの声だった。
「ッ!!? ヒ、ヒナ委員長ーーーーーっっ!?」
アコはソウキへの糾弾を即座に中断し、まるで救世主の光を浴びたかのように通信機へと飛びついた。その顔には、先ほどまでの怒りとは一転して、今にも泣き出しそうな安堵と崇拝の色が浮かんでいる。
「ヒナ委員長! ご無事ですか!? いいえ、無事なのはこちらです! 大変だったのです! 襲撃を受けまして……敵の数は数千、迫撃砲に重装甲車まで……! 私はもう、ヒナ委員長にお会いできないかと……っ!」
『……落ち着きなさい、アコ。大声を出さないで。……状況は、本部のアラートで把握したわ。第7荒野街道で大規模な戦闘反応があった後、急激に熱源が消滅したけれど……何があったの? 応援の部隊を派遣しようとしていたところなんだけど』
「それが……その……」
アコは言葉を詰まらせ、チラリと横でだらしなく立ち小便でもしそうな勢いで佇んでいるソウキを見た。
「……この、身元不明の不審者が……押収したガラクタの拳銃を謎の兵器に変形させ……たった一人で敵の大軍勢を全滅させたのです……。物理法則も、火器の常識も完全に破壊されました……。私、自分の目が信じられなくて……」
通信の向こうで、ヒナが小さく息を呑む気配が伝わってきた。
数秒の沈黙。ヒナはソウキの規格外な戦闘力、そしてあの執務室で見せた「ヘイローを持たない異質な存在」としての本質を、改めて頭の中で整理しているようだった。
『……そう。……ソウキ、そこにいるの?』
ソウキは通信機に向かって、ひらひらと手を振った。
「やあ委員長様。さっきぶりだね。約束通り、アコちゃんたちを無事に送り届けるついでに助けておいたぞ。帰ったら缶コーヒーのお礼にデートしような」
『っ!? 貴方、ヒナ委員長に向かってまたそんな不純な妄言を――!!』
アコが叫び散らそうとしたが、スピーカーから聞こえてきたヒナの声は、案外静かだった。
『……はぁ……。相変わらず、変な人ね。……でも、ありがとう。部下たちを守ってくれて』
「ヒ、ヒナ委員長!?? なぜお礼など言うのですか!? この男は不純な動機で――」
『アコ、いいから。……ソウキ、怪我はない?』
「見ての通りピンピンしてるよ。俺は頑丈さだけが取り柄だからさ」
『……そう。なら良かった。……アコ、イオリ。そのままシャーレへの移送を継続しなさい。先生には私から連絡を入れておくわ。……この人をそのまま解放するのは、ゲヘナにとっても、キヴォトスにとっても危険すぎるから』
「はっ……! 了解いたしました、ヒナ委員長! 今度こそ不備なく、シャーレの『先生』のもとへ引き渡してまいります!」
アコはピシッと敬礼を捧げると、通信が切れると共に、再びソウキを睨みつけた。
「聞きまして不純物!? 命拾いしましたね! ヒナ委員長の深い慈悲に感謝しなさい! さあ、壊れていない警備車へ乗り込みますよ! 遅延は許されません!」
「はいはい。アコちゃんは本当に真面目だねえ」
ソウキは肩をすくめながら、イオリが手配した予備の警備車へと乗り込んだ。
激動の荒野を後にし、車列は再び連邦生徒会直轄区――「シャーレ」が存在する中心市街地へと向かって走り出したのだった。
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ゲヘナ自治区の殺伐とした荒野を抜け、数時間。
車窓の風景は、荒れ果てた赤茶けた岩場から、近代的な高層ビルが立ち並ぶ美しい都市景観へと様変わりしていた。透き通るような青空のもと、ガラス張りの美しい高層建築群が太陽の光を浴びて輝いている。
キヴォトス全学園の統括機関・連邦生徒会、その直轄組織である連邦捜査部「シャーレ」の本部ビル。
その最上階に位置するオフィスの重厚なドアが、静かに開いた。
「――失礼します。ゲヘナ学園風紀委員会行政官、天雨アコです。連邦生徒会からの通達、およびヒナ委員長からの事前連絡に基づき、身元不明の重要警戒対象者を連行いたしました」
アコが完璧な姿勢で一礼し、オフィス内へ踏み込む。その後ろには、不満気な顔をしたイオリ、そして最後尾から「へぇー、綺麗で広い部屋だなあ」と呑気に周囲を見回しながら入ってきたソウキがいた。
オフィスの広大な執務デスクの後ろから、一人の人物が立ち上がった。
「やあ、いらっしゃい。遠いところを御苦労様、風紀委員会の皆さん」
穏やかで、温かい声。
そこにいたのは、胸にシャーレのIDタグを下げた大人の男性――キヴォトスにおいて唯一無二の存在とされる『先生』であった。
先生はデスクから離れると、アコやイオリに労いの微笑みを向け、最後にソウキへと視線を滑らせた。その瞳は、ソウキの頭上にヘイローが存在しないこと、そして彼が纏う「異質な空気」を正確に捉えていたが、恐怖や忌避の色は一切なかった。ただただ、深い観察眼と包容力を宿している。
「怪我はなかったかい? 途中で大規模な戦闘があったとヒナから連絡を受けて、心配していたんだ」
「はっ……! 恐縮です、先生。途中で無法者どもの強襲を受けましたが、風紀委員会の意地……と、まあ、この不審者の突発的な行動により、なんとか突破いたしました」
アコは言葉を濁しながら報告した。先生に「錆びたガラクタがサブマシンガンに変形して大軍勢を蒸発させた」などと報告すれば、自分の精神状態を疑われかねないという理性が働いたのだ。
先生は優しく頷くと、ソウキの前へと歩み寄った。
ソウキは黒の短パン、半袖シャツ、という恰好のまま、ポケットに手を突っ込んで先生を見返した。
「やあ、先生とやらに初めまして。俺は勝川ソウキ。見ての通り、ヘイローもないし、どこから来たのかもよく分からない怪しい男だよ」
(……ホウ)
ソウキの脳裏で、持霊ヘクトゥーパが感嘆の声を上げた。
(ソウキよ、この『先生』とやら……ただ者ではないぞ。肉体そのものは全くの無力な凡夫に過ぎんが……その魂の奥底に秘められた包容力、そして『他者を導く者』としての器の大きさ……数多の英霊を見てきた我が眼をも感服させるほどの霊格を有しておる)
(へえ……ヘクトゥーパおじさんがそこまで褒めるなんて珍しいじゃん)
ソウキが心の中で会話を交わしていると、先生は微笑みを絶やさずに口を開いた。
「はじめまして、ソウキ君。私はシャーレの先生だ。……ヒナから君のことについて、詳しい話を聞かせてもらったよ」
「ヒナちゃんから? 俺が執務室で缶コーヒー強要した悪事でもバラされたかね」
「ふふ、違うよ」
先生は首を振ると、心から温かい眼差しをソウキに向けた。
「ヒナはね……とても感謝していたよ。連日連夜の不眠不休で、自分でも気づかないうちに極限まで追い詰められていた自分に、君が気づいてくれたこと。強引にでも缶コーヒーを渡して、ほんの数分でも『休む』という時間をくれたこと。……『少しだけ、心が楽になった』って、とても嬉しそうに話してくれたんだ」
「なっ……!??!?」
アコが真横で絶句した。
「ヒ、ヒナ委員長が……!? そんな……あの不純物の行いを、評価されているのですか……!?」
「アコちゃん、君もヒナを心配していたのは分かるけれどね」
先生はアコへ優しく視線を向けた。
「ヒナは風紀委員長として、完璧であり続けようとしすぎている。周りの期待に応えようと、一人で全てを背負い込もうとしてしまうんだ。……でも、ソウキ君はそれを見抜いた。彼の放つ圧倒的な『脱力感』と無遠慮な気遣いが、ヒナの張り詰めた緊張を解いてくれたんだよ。それは、誰にでもできることじゃない」
先生は再びソウキと向き直った。
「ソウキ君。君には常識外れの特別な力……『オーバーソウル』と呼ぶのかな? それがあることも報告を受けている。けれど、私が君を素晴らしいと思うのは、その力そのものじゃない。相手の心の重圧……君の言い方なら『霊的疲労』かな? それを見抜き、さりげなく寄り添ってあげられる、君の根底にある『優しさ』だ」
「……へえ」
ソウキは気恥ずかしそうに鼻の頭を指で掻いた。
「買いかぶりすぎだって、先生。俺はただ、死にそうな顔してる奴を見るのが不快だっただけだよ。生きてりゃなんとかなるんだから、たまにはサボれって言っただけさ」
「それが言えることが、君の強さだよ」
先生は深く頷いた。
そして、先生はデスクへと戻り、一枚の書類と、整えられた一着の衣類を取り出した。
「さて……ソウキ君。君の身元やヘイローが存在しない理由について、シャーレとしても調査を進めるつもりだ。けれど、君をただの危険人物として拘留したり、実験体にしたりするつもりは毛頭ない」
先生は衣類――仕立てのいい、ゲヘナ学園の黒を基調とした上質な制服をソウキへと差し出した。
「いつまでもその黒い短パンと半袖シャツでいるわけにはいかないだろう? それはゲヘナの風紀委員会を通じて手配した、正式なサイズの制服だ。君にあげるよ」
「おお、マジで? これ、生地がしっかりしてて暖かそうだね」
ソウキは素直に制服を受け取った。サイズもぴったりで、だらしなく羽織っていた以前の予備制服とは違い、しっかりと着こなせばそれなりに見栄えのする代物だった。
「そして……本題だ」
先生は真剣な表情を浮かべ、一枚のライセンス証をデスクに置いた。
「ソウキ君には、今日から『シャーレの特別協力員』として働いてもらいたい」
「シャーレの特別協力員……?」
「そうだ。君の持つ異能と、その独特な洞察力は、これから起きるであろう様々なトラブルにおいて大きな力になる。……そして何より」
先生はニッコリと笑った。
「このライセンスがあれば、君は『風紀委員会特別協力員』として、正式にゲヘナ学園への立ち入りと風紀委員会への出入りが許可される。名目上は『ヒナのメンタルサポーター』兼『非常時戦力』だね」
「なななななんですってーーーーーーっっ!!??」
本日何度目になるかわからないアコの悲鳴が、シャーレの最高指揮官室に爆発した。
アコはデスクに両手を突き、身を乗り出して先生に抗議した。
「せ、先生! お言葉ですが正気ですか!? このような出処進退も定かではない不純物に、風紀委員会への出入り自由の特権を与えるなど……! ヒナ委員長に対するテロ行為と同義です!」
『……アコ。うるさいわよ』
室内に設置された大画面モニタに、リモート接続されたヒナの映像が映し出された。
執務室にいるヒナは、デスクの上に置かれた缶コーヒー(ソウキが開けたあの缶だ)をちらりと見やりながら、画面越しにアコを諫めた。
『先生の提案は、合理的だと思う。……それに』
ヒナは少しだけ視線を泳がせ、恥ずかしそうに咳払いをした。
『……彼がいてくれるなら。また……疲れた時に、缶コーヒーくらいは買ってきてもらえるかもしれないし』
「ヒナ委員長ぉぉぉぉぉぉっ!??!?」
アコは絶望の表情で崩れ落ちた。崇拝するヒナ委員長が、完全にあの不審者の毒気に当てられ、甘やかされているようにしか見えなかったのだ。
イオリは横で呆れたように頭を振っていた。
「まあ……あたしとしては、あの化け物みたいな火力が味方側にいるなら、これほど心強いことはないけどな。不審者……いや、ソウキ。変な真似したら、次は本気で頭ぶち抜くからな」
「はいはい、分かってるって」
ソウキは渡された新しい制服に袖を通すと、肩を回して着心地を確かめた。黒の短パンの上からしっかりとジャケットを羽織り、幾分か「サマ」になった姿で、先生に向き直った。
「まあ、シャーレで働けってんなら断る理由もねえな。ご飯と寝床さえ保障してくれるなら、俺はどこでも適当にやるよ」
「よし、契約成立だね」
先生は満足そうに微笑み、ソウキの手を力強く握り返した。
「よろしく頼むよ、ソウキ君。君の新しい生活の始まりだ」
こうして、ヘイローを持たない異界のシャーマン・勝川ソウキは、シャーレの特別協力員、そしてゲヘナ学園風紀委員会の特別協力員という異例の肩書を手に入れることとなった。
彼の存在が、やがてキヴォトス全土を揺るがす数々の巨大な事件――アビドス学園を巡る廃校の危機、そしてそこに蠢く巨大な陰謀へと巻き込まれていくことを、この時の彼はまだ知る由もなかった。
「さ、先生! 契約も済んだことだしさ、美味いラーメンでも食べに行こうぜ! 俺、腹が減って死にそうなんだよ」
「ふふ、そうだね。じゃあ、シャーレの近くにある美味しいお店を案内するよ」
「ちょっと不純物! 先生を気安く誘わないでください! 私も同行します! 先生が毒気にあてられないよう、監視しなければなりませんからね!」
賑やかな声が、シャーレのオフィスから青空へと溶けていく。
勝川ソウキの、キヴォトスにおける等身大な日常と戦いは、ここから本格的に幕を開けるのだった。