透き通る世界でシャーマンは愛の物語を紡げるか。 作:UMC OGASOU
対策委員会室の古びた木製テーブルを囲み、借金9億6千万円という破滅的な現実を前になぜか始まった「お茶会」の空気が、少しずつ和らぎ始めていた頃だった。
勝川ソウキが幾度目かの煎餅を『ボリボリ』と豪快にかみ砕き、熱い緑茶を『ズズズッ』とすすって「うん、美味い」と呑気に息を吐いていた、まさにその時である。
『――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!!!』
部屋の隅に設置された、古めかしい赤色の緊急警報鈴が、鼓膜を打ち破らんばかりの大音量で鳴り響いた。
「「「「「ッ!?」」」」」
全員の身体が跳ね上がった。
アヤネが即座にパイプ椅子から立ち上がり、壁際のタクティカルモニタへと駆け寄って高速でキーボードを叩き叩く。赤フチのメガネの奥の瞳が、画面に映し出された赤点群を捉えて緊張に歪んだ。
「皆さん! 警報です! アビドス自治区の南東境界フェンスが破られました! 敷地内に多数の侵入者を感知!」
「な……なに!? またあの連中なの!?」
セリカがツインテールを揺らして窓際に駆け寄り、外の荒野を見下ろした。赤色の瞳が怒りに燃え上がる。
「……ん。このエンジン音、間違いない」
シロコが静かに立ち上がり、背中に背負った愛用のライフルを引き抜いた。水色と黄色のオッドアイが、窓の外の砂嵐の向こうを鋭く見据える。
「カタカタヘルメット団。また懲りずに出てきた」
「うへ~……。あの子たち、本当に諦めが悪いねぇ」
ホシノが大きなあくびをしながら、長椅子からよっこらしょと起き上がり、巨大なタクティカルシールドを肩に担いだ。
「せっかくソウキ君と楽しくお茶を飲んでたのに、おじさんの貴重なお昼寝タイム兼お茶タイムを邪魔するなんて、悪い子たちにはお仕置きが必要かな~」
「あらあら〜☆ 本当に困ったお友達ですね☆」
ノノミもまた、パステルカラーのエプロンを素早く脱ぎ捨てると、部屋の隅に置かれていた巨大なミニガンを軽々と持ち上げた。黄緑色の瞳に穏やかな笑みをたたえたまま、チャージハンドルをジャキッと引き絞る。
アヤネがモニタの表示を拡大しながら、引き締まった声で指示を出した。
「敵の構成は、カタカタヘルメット団の歩兵およそ五十! さらに……前方には改造された軽装甲車が二両確認できます! 直ちに校門前の防衛ラインへ向かいましょう!」
「了解!」
対策委員会のメンバーが、訓練された見事な連携で部屋を飛び出していく。
その一連の素早い動きを、ソウキは煎餅の袋を抱えたまま「おお~、みんな素早いねえ」と感心したように眺めていた。
「ソウキ君! ぼーっとしてないで、君も来て! 先生の護衛なんでしょ!?」
廊下に飛び出しかけたセリカが振り返り、キーキーと叫んだ。
「はいはい、分かってるって。護衛のお仕事~」
ソウキは全身に纏った黒のゲヘナ制服の裾をトントンと払い、乱れた襟元を整えると、だらしなく首をポリポリと掻きながらみんなの後を追って歩き出した。
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アビドス高等学校の正面校門前。
広大な砂の広場には、黒い排気煙を撒き散らしながら暴走する無数のバイクと、いかつい鉄板が溶接された改造軽装甲車が立ち塞がっていた。
「ヒャッハー! アビドスの残党どもめ! 今日こそこの校舎を明け渡してもらうぞ!」
「抵抗する奴は蜂の巣にしてやる!」
ドクロのマークが描かれたヘルメットを被った無法者たち――「カタカタヘルメット団」の集団が、荒野に下品な笑い声を響かせながら一斉にアサルトライフルやサブマシンガンを空に向けて威嚇射撃していた。
「……ん。アビドスの敷地内で騒ぐのは許さない」
校門の物陰から飛び出したシロコが、一切の躊躇なく引き金を引いた。
『ズババババババッ!』
正確無比な点射。前列にいたヘルメット団のバイクのタイヤが一瞬で撃ち抜かれ、無法者たちが派手に砂の上に転がっていく。
「出たなアビドス対策委員会! 構えろ! 撃ち尽くせぇ!」
『ドドドドドドドドドドッ!』
ヘルメット団が一斉に射撃を開始し、軽装甲車の重機関銃が火を噴いた。砂嵐の中に激しい弾幕が張り巡らされ、校門の壁や地面のコンクリートが派手に跳ね上がる。
「うへ~、相変わらず激しいねぇ」
ホシノが先頭に立ち、巨大な大盾を展開して激しい弾丸の雨を正面から受け止める。重厚な金属音が響き渡り、火花が四散する。
「ホシノ先輩の盾の後ろから応戦してください! セリカちゃん、右側をお願い!」
アヤネが後方からインカム越しに的確な指示を飛ばす。
「分かってるわよ! この害虫どもが、あたしたちの邪魔をしないでよーっ!」
セリカが障害物から身を乗り出し、ツインテールを激しく揺らしながら突撃銃を連射する。
「あらあら〜☆ みなさん、お掃除の時間ですよ〜☆」
ノノミが物陰から身を乗り出し、超重量級のミニガンを豪快に掃射した。毎分数百発の弾丸の濁流が敵陣を押し戻し、ヘルメット団の歩兵たちが悲鳴を上げて散らばっていく。
対策委員会の連携は完璧だった。数で勝るヘルメット団を相手に、見事な防衛戦を展開している。
しかし――敵の軽装甲車が重厚なエンジン音を響かせ、厚い装甲を盾にしてジリジリと間合いを詰めてきた。
「ハハハ! いくら銃撃しても無駄だ! この特注の軽装甲車は並のライフルじゃ傷一つつかんぞ! 踏み潰してやる!」
装甲車の屋根に取り付けられた大型重機関銃が、ホシノの盾に集中砲火を浴びせる。激しい衝撃に、さすがのホシノも「うへ~、これはちょっと骨が折れるねぇ……」と眉をひそめた。
その、激しい弾幕と爆音が交錯する戦場のど真ん中に。
「へいへい、お疲れさん~」
あまりにも場違いな、気の抜けた声とともに、一人の青年がてくてくと歩み出てきた。
勝川ソウキであった。
上質な黒の生地に金の刺繍が施されたゲヘナの制服。下もビシッと黒のスラックスを穿き、足元は磨かれた革靴という、完璧な「全身制服」の装い。その重厚で立派な格好とは裏腹に、ソウキは弾丸が飛び交う荒野を、まるで近所のコンビニに散歩にでも行くかのような脱力した足取りで歩いていた。
「ちょっ……!? ちょっとあんた、何堂々と歩いてんのよーっ!?」
障害物の影から撃ち合っていたセリカが、目玉が飛び出さんばかりに叫んだ。
「危ないでしょ! 隠れなさいよ! 弾が当たったら死ぬわよーっ!」
「大丈夫だって、セリカちゃん。俺、打たれ強さだけは自信あるからさ」
ソウキはへらりと笑うと、全身制服の右ポケットへとゆっくり手を突っ込んだ。
「よし、せっかく先生の護衛としてついてきたんだ。俺もちょっとはお仕事しないとな」
ソウキがポケットから取り出したのは――小さな、金属の塊であった。
それを見たセリカ、そして後方で指示を出していたアヤネが、完全に固まった。
ソウキの手の中にあったのは、全体に赤黒い錆が浮き、スライドも固着しかかった、どこからどう見てもゴミ捨て場から拾ってきたようなボロボロのジャンク小型拳銃であった。手のひらにすっぽり収まるほどの、ショボい豆鉄砲以下の代物である。
「な……なにそれ……」
セリカの声が引きつった。
「ちょっと……あんたねぇ……! そんな錆びだらけのオモチャで戦う気!? 豆鉄砲どころか、引き金すら引けるか怪しいじゃないの!! バカにしてんの!?」
「オモチャじゃないって、セリカちゃん。これでも俺にとっては、大事な媒介なんだからさ」
ソウキはサビサビのジャンク小型拳銃を、両手で軽く包み込むように構えた。
(ヘクトゥーパおじさん。出番だぞー)
ソウキの精神世界で、重厚な地鳴りのような溜め息が響き渡った。
(……ええい! ソウキよ!! またこのような安物を媒介にしおってからに!!)
古の英霊・大霊ヘクトゥーパが、額に青筋を浮かべて激怒の声を上げた。
(前回のサブマシンガンといい、今回の豆鉄砲といい……なぜお主はもっと業物の名刀や、重厚な大筒を選ばんのだ!? このような錆びついた鉄くずに我が威光を宿らせねばならんとは……我の格が下がるわ!!)
(いいじゃん、おじさん。小さい方がポケットに入りやすくて持ち運びに便利なんだからさ。ほら、敵が弾打ってきてるよ。派手にやろうぜ)
(ぬうううう……! 主人の器に免じて許してやるが、後で美味い酒と肉を用意せよ! ……行くぞ、ソウキよ!!)
「あいよ!」
ソウキが手に握るサビサビのジャンク拳銃に、凄まじい密度の巫力(ふりょく)を注入した。
『カァァァァァァァァッ!!』
次の瞬間、校門前の荒野に、眩いばかりの金色の光芒が爆発的に溢れ出した。
「ッ!?」
敵のヘルメット団も、応戦していた対策委員会の面々も、思わず目を開けていられなくなり、腕で顔を覆った。
ソウキの背後には、黒く重厚な鎧を纏った巨体の大霊――ヘクトゥーパの幻影が重なり合い、地鳴りのような咆哮を上げる。
ソウキの手の中で、あの錆びついた小さな鉄くずが、流体のように溶解・変形を始めた。
物理法則無視の流体モーフィング。
赤黒い錆が瞬時に焼き尽くされ、小さな拳銃の骨格がぐにゃりと伸び、幾何学的な金色のラインを刻み込みながら急激に再構成されていく。数十センチしかなかった豆鉄砲が、一瞬にして超高密度の巫力を収束・連射するための特異火器――
『オーバーソウル――チャカHMC(ヘヴィ・マシン・キャノン)』へと変貌を遂げたのだ!
「な……なにアレ……!? 銃が増殖・変形した……!?」
セリカが叫び、アヤネがメガネをズリ下げて絶句する。
「……ん。質量保存の法則が消えた」
シロコもまた、水色と黄色のオッドアイを大きく見開いていた。
ソウキは黄金の光を放つ大型の特異火器を片手で軽々と構え、敵の軽装甲車へと狙いを定めた。巫力が全身を巡り、ソウキの瞳が黄金に輝く。敵の装甲車の動き、弾丸の軌道、風向きのすべてが静止画のように知覚される。
「行くぞー、ヘクトゥーパ!」
ソウキがだらしなく、けれど絶対の確信を込めて引き金を引いた。
『ドガァァァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!!』
それは射撃音ではない。荒野の空間そのものが打ち破られたかのような、破天荒な大砲撃の轟音であった。
『チャカHMC』の銃口から解き放たれたのは、実弾の弾丸ではない。ヘクトゥーパの圧倒的な霊威と、ソウキの巫力が融合した、数千、数万の「黄金の光弾」の激流であった。
『ズババババババババババババババババババババババッッ!!!!』
黄金の光の太刀が、天空から一閃するように荒野を駆け抜ける。
「ヒ……ヒエッ!?? なんだあの光はあぁぁぁぁっ!?」
軽装甲車に乗っていたヘルメット団の悲鳴は、瞬時に光の濁流の中に飲み込まれた。
一発一発が重戦車の主砲弾を遥かに超える破壊力を秘めた金の光弾が、軽装甲車の厚い鉄板を一瞬で紙細工のように穿ち、粉砕していく。
ドカン! ドカガガガガアン!
軽装甲車一両が、たった一秒の掃射で文字通り「蜂の巣」にされ、内部の機関部が暴発して派絶大な大爆発を起こした。炎と黒煙が巻き起こり、車体が吹き飛ぶ。
さらに、ソウキは手首を軽く捻り、光の弾幕を薙ぎ払うように横へと滑らせた。
『ズバババババババッ!』
正確無比に誘導された光弾の衝撃波が、後方にいた二両目の軽装甲車、そして無数のバイク隊を一網打尽に打ち払う。ヘルメット団の無法者たちは、ソウキの絶妙な力加減によって急所だけを綺麗に外され、殺されることなく衝撃波だけで一斉に上空へと跳ね上げられ、砂の上に叩きつけられて全員が白目を剥いて気絶した。
たった一度の、雑極まりない掃討射撃。
数秒前まで校門前を埋め尽くしていたカタカタヘルメット団の五十人の集団と二両の改造軽装甲車が――文字通り、完膚なきまでに「全滅」していた。
『シュゥゥゥゥゥ……』
荒野に静寂が戻ってきた。
黒煙が上がり、転がる軽装甲車の残骸と、ピクピクと白目を剥いて倒れるヘルメット団たち。
その中央で、全身ビシッと黒のゲヘナ制服を着込んだソウキは、肩に黄金の特異火器を担ぎ、「ふぅ、片付いた片付いた」と呑気に息を吐いた。
『ポンッ』
拍子抜けするほど軽い音とともに、ソウキの手の中にあった黄金の巨砲が光を失い、流体のように収縮していく。
数秒後――ソウキの手元に残されたのは、最初と何も変わらない、全体が赤黒く錆びついた、ショボいジャンク小型拳銃であった。ソウキはそれを「よしよし」と撫でると、制服のポケットへと適当に突っ込んだ。
「……あ……」
物陰から出てきた対策委員会のメンバーたちは、全員が言葉を失っていた。
ノノミはミニガンを抱えたまま口を開けて固まり、セリカは髪を逆立てたまま固まり、アヤネはメガネを直すことすら忘れて画面とソウキを交互に見つめている。
そして――戦闘のプロである砂狼シロコは、ソウキの目の前まで歩み寄ると、ゆっくりと自分の愛用ライフルを見下ろし、それからソウキの制服のポケット(ジャンク銃が入っている場所)を凝視した。
二度見。いや、三度見。
シロコは首を何度もかしげ、自分の手元とソウキの手元を往復させた後、ついに思考の限界を迎えたようにその場にフリーズした。
「……ん。今の……何……?」
シロコの水色と黄色のオッドアイが、完全に光を失い、ぐるぐると迷子になっていた。
「銃が……変形して……爆発して……元に戻った……? 薬莢は? 弾倉は? 薬室の構造は……? ……理解できない。私の知ってる火器のルールが……全部壊滅した……」
いつもクールで感情を表に出さないシロコが、完全に「脳バグ」を起こしてフリーズしている。
「うへ~……」
ホシノが盾を地面に突き立て、呆れたようにソウキを見上げた。
「……ソウキ君。君、本当になにもの……? おじさん、こんな出鱈目な戦い方する人、生まれて初めて見たよ~……」
「え? だから言ったじゃん、護衛のお仕事だって」
ソウキはヘラヘラと笑いながら、ポケットに手を突っ込んで頭の後ろを掻いた。
「まあまあ、怪我人が出なくて良かったじゃん! 生きてりゃなんとかなるんだからさ!」
「なんとかなるレベルの火力じゃないでしょーーーーーーっっっっっ!!!!!」
ついに正気に戻ったセリカの絶叫が、煙の上がるアビドスの荒野に虚しく響き渡ったのだった。