サイコパスとヤンデレの蟲毒なラブコメ 作:匿名
都会過ぎず田舎過ぎない、ほどよい町にある
先月から高校生になったばかりのオレだが、最近ちょっとした悩みがある。
オレは、彼女が欲しい。
っていうか、好きな子とセックスしたい。
生物のオスとして生まれたからには、メスに種蒔きしたいと考えるのは
「障君! わ、わたしと、付き合ってくれない、かな?」
黒髪を首元で切り揃えたボブカットの女生徒が、目を潤ませながらそんなことを言った。
放課後の人気が少ない校舎裏。空はまだ明るいが茜色が薄らと覗いている時刻だ。
遠くからは部活動に励む学生たちの掛け声が聞こえてくるが、少し風が吹けば周囲の雑木林がざわめき、そんな彼らの声を消し去ってしまう。
放課後の校舎裏に呼び出され、男女が二人きり。典型的なシチュエーションである。
「ダメ、かな?」
たぶん、目の前の生徒は世間一般で可愛いと言われる部類の女子だ。
豊満な胸の前で指を絡ませ両手を組み、小首を傾げる今の姿は、多くの男子生徒の庇護欲をそそるのだろう。
正直に言えば、オレにはよくわからない話なのだが。
昔から、人の美醜や情動というものがイマイチ理解できていないところがある。
乳房がデカいだの小さいだの、それって何がどう違って魅力的に見えるものなんだ?
それってただの
「え、えと、障君?」
目の前には服越しにもわかる豊満な乳がある。
しかし、それを眺めても、オレの下半身は特別反応しない。
「あの……ジッと見られると照れちゃうよ……。っていうか、ど、どこ見てるの?」
考え事をしている間に、彼女は赤面しながら何かモジモジし始めていた。
おっぱいを見てました。失礼しました。
「ごめん。告白の答えを出す前に、ひとつ訊きたいんだけど」
「な、何、かな?」
「オレ、君と話したことあったっけ?」
そうなのである。オレには彼女と話した記憶がない。
というか、顔も初めて見た気がする。
アナタ、どちら様?
「えっと、わたし、隣の四組なの。だから、障君のことは、たまによく廊下から見かけて。それで、良いなぁって……」
「へぇ」
たまによくってなんだよ。
たまになのか、よくなのか、どっちかにしてくれ。
あと、具体的に何が良かったのかが一ミリも伝わってこない。
オレの何が良くて告白なんぞしようと思ったんだ?
「話したことは、ないけど……でもでも、遠目に障君のことを見てたから! 時々優しい目で窓の外を眺めている姿とか、すっごくカッコいいなって」
まだ名前も知らない彼女は、内股を擦り合わせながら真っ赤な顔をしている。
「窓の外を見てる奴なんて珍しくもないよね? やっぱり告白される理由としては納得感がないというか……。ああ、詰問みたいになってごめん。でも、真剣に告白の答えを出そうとしてるからこそ、君に好かれた理由を明確にしておきたいというか」
もう一度言うが、オレはセックスがしたい。
しかし、誰でもいいというわけではないのだ。
せっかく初めてを経験するなら好きな子とがいい。
といっても、今のところオレに好きな子はいないのだが。
「さっきも言ったけどオレは君と話した記憶もないし、正直顔も知らなかったというか……名前すら聞いてないんだけど?」
告白をしてくれた彼女とは是非とも仲良くなりたいわけだが、現状、あまりに好きになるための情報と動機が不足しすぎていた。
そもそも、それ以前の問題として、オレには人を好きになるということがイマイチわからないという問題もある。
再三にわたり言うが、オレはセックスがしたい。
でも、好きな子がいない。
しかも、人を好きになったこともない。
オレには恋愛がわからない。
「ご、ごめんなさい」
「うん? 謝ってもらう必要はないんだよ。知らないなら今から知ればいいんだし。じっくり色々聞かせてよ。オレも恋愛ってものには興味があるからさ」
オレは女性の容姿に興味を持てないだけで、性行為には年齢なりに関心がある。
自家発電だって普通にするさ。
オレの場合はアダルト動画だの薄い本を読まず、ただ無心で手を動かすだけだが。
オレは家の外にある電柱を眺めながらでも絶頂出来る。
「君が協力してくれれば、頑張って好きになる努力もするつもりだ。あれだろ? 高校生になるとみんな恋人と手を繋いでデートをしたり、その帰りに多目的トイレに入ってえっさほいさするんだろ?」
「……え?」
なんだろう。彼女の眼の色が急に変わった気がする。
これは……恐怖?
彼女は一体何を恐れているんだ?
わからないが、オレが彼女の告白に好意的であることだけは理解していただこうじゃないか。
こっちだって向こうから告白してくれるなら悪い気はしない。
「せっかく花の高校生になったんだから、オレだってそういう青春っぽいことをしてみたいと思ってたんだ。是非、共に大人の階段を登ろうじゃないか」
「いや、あの……」
「周囲の同級生をドン引きさせる速度で駆け上がろう。恋を知り、いずれは愛へと至り、幸せなセックスの果てに少子化社会改善に貢献するんだ」
「…………」
「そのためには、やはり先んじて君のことをもっと知りたいんだけど――」
「えっと……すみませんでした! これで失礼しますッ!」
まだ名も知らぬ女生徒は、勢いよく頭を下げてオレに背を向けた。
脱兎の如く駆ける彼女を見送り、オレは放課後の校舎裏にひとり放置されるのだった。
「結局、今日もこれか」
実のところ、これは高校に入ってからの一ヵ月間で既に四度目のことである。
どういうわけかオレは、ろくに話したこともない女子やクラスメイトから告白を受け、そして数分後には逃げられるという珍事を繰り返している。
もしかすると、これが噂に聞く嘘告という奴か?
だとしたら想像以上に迷惑極まりない行為だな。
人の貴重な放課後を奪って陰で笑い者にするとは。
けしからん。
あまり調子に乗るなよ?
こっちはその場で押し倒して合体しても良いんだぞ。
「あ~らら、逃げられちゃったネェ」
背後からオレを揶揄う声が聞こえてくる。
高校生にしては少し幼い印象が強く、どこか甘えたような耳にこびりつく響き。
振り返ると、そこには良く見知った顔があった。
「
ペンキか何かで塗っているんじゃないかというくらい真っ黒い闇色の髪に、頭頂部ではぴょこんと主張するアホ毛が目立つ。
無駄に艶のあるその髪を腰の下まで伸ばし放題にした女生徒。
彼女は赤みがかった焦げ茶色の瞳で、愉快そうにオレを見上げていた。
「お前、人の告白を覗き見なんて趣味が悪いぞ」
あえて知人と表現した通り、友人とは違う。
彼女との関係は、それほど良好なものではないのだ。
「偶然通りがかっただけだヨォ」
「嘘つけ。帰宅部のお前が放課後の校舎裏に何の用事があるんだよ。帰るなら校門は真逆の方向だろうが」
言いながら、オレの目が自然に廉澤の体型を目でさらう。
身長150センチ。体重44キロ。
スリーサイズは95/59/84で、上半身のボリュームが際立つ超メリハリ体型。
いつの間にかJカップに育ってやがる。
ちょっと前までは、Iカップだったはずなんだがな……。
オレは、こういうのが大の得意である。
中学時代のオレは、自分が好む女性のスタイルというものを見つけようと、一時期クラスメイトの女子を観察していた。
結果として、女の乳の魅力はわからず終いで、骨折り損だったわけだが。
あと、一部の生徒から女子を視姦するヤベー奴だと思われていたが、それも些細なことだろう。
「またボクの体を上から下まで目で舐め回して。悪趣味はどっちかナァ? そのうちボク、朴人君の視線で赤ちゃんできちゃいそう、フヒヒ」
「知らんのか? 視線で妊娠はできない。それができたら日本は少子高齢化になってないんだよ廉澤。良いことを教えてやる。妊娠したいなら、ゴムなしセックスをしろ」
「ネタにマジレス乙。フヒ」
「気持ちの悪い笑い方をするな!」
「酷いナァ。ボクは朴人君を誰よりも思ってあげてるのに」
思ってあげてる?
どうして上から目線なんだこの女?
こういうところが気に食わんのだ。
ちょっと乳がデカくて男子から人気があるというだけで調子に乗りやがって。
女子からは小動物みたいで可愛いとか言われてチヤホヤされてるからって図に乗りやがって。
教師からも成績優秀で一目置かれているからって有頂天になりやがって。
お前の中身なんてド陰キャ社会不適合者だろうが。
ふざけるなよ乳牛が!
「女の子に対してナチュラルにセクハラしちゃう社会不適合者のクズ。ちょっと顔が良いからって勘違いされて告白されてるだけで、もう少ししたら中学の時と同じボッチまっしぐら。社交性が皆無な上に人間性も終わってて、たまに出てくる奇行が目立つ問題児。あ~、可哀想だナァ。フヒヒ、朴人君と仲良くできる人なんてボクだけだよ? ボクだけ……フヒ」
「言いすぎだろ……」
オレじゃなかったら泣いてますよ。
「ほら、一緒に帰ろ? どーせ朴人君も帰宅部でショ?」
「嫌だ。高校ではお前と関わる気はない」
「なんでなんで? ボクとしか関われないボッチなのに」
「お前と居ると、他の男子からやたら敵視されるんだよ」
そうなのだ。
この乳牛、やたら男子から人気があるせいで、一緒に居るだけで悪目立ちする。
勝手に廉澤の方から近づいてきているだけで、オレはコイツとどうこうなりたいだなんて微塵も思っていないのにだ。
下半身でしか思考できない猿どもめ。
中学では知らぬ間に廉澤と付き合っているとかいう噂まで流れ始めて、本当にひどい目に遭った。
誰だよ、あんな噂を流しやがったのは。
おかげで怖い先輩から校舎裏に呼び出されたことも一度や二度じゃないんだぞ。
「どうせ帰る方向は途中まで一緒でショ? ほら、帰ろ帰ろ」
「あ、こら。引っ張るな。嫌だ! 離せェ!」
廉澤は両手でオレのブレザーの袖をぐいぐいと引っ張る。
思いのほか強い力に引かれ、オレは結局彼女と下校することになった。
◆ 廉澤莉子
小学校高学年の頃には、ボクの胸は周囲の女子より際立って大きかった。
学校指定の体操着はやけにパツパツで、いやでも胸が目立つ。
体育の授業の度に男子からいやらしい目を向けられ、一部の男性教師すらボクの胸をチラチラと見ていることに気づいた。
自分が周囲から性的に見られていることを初めて自覚した日のことは、今でも悪夢に出る。
気味の悪い熱を孕んだ、あの怪しい視線。
男子っぽく振るってみれば、少しはボクへの興味が薄れたりしないだろうかと『ボク』なんて自分のことを呼んでみたり、変わったキャラクターを演じれば距離を置かれるかと思って『フヒヒ』とおかしな笑い方をするようにしたが、そんなものは何の意味もなかった。
歳を経るたびに男性から感じる視線の数は増え続ける。
ボクは、男が嫌いだ。
人の気を知らずに能天気なことを言う女も嫌い。
「廉澤さんスタイル良いよね。ちっちゃくて可愛いし。私もそんな風になりたいなぁ」
あげられるものなら全部押し付けてしまいたい。
毎日人の視線から逃げるのは疲れた。
そんなときだ。
彼、障朴人と出会った。
「ごめん。大丈夫かい?」
爽やかな印象を強める栗色の髪に、一度目があえば妙に視線を逸らしがたい吸い込まれるような黒目。
すらりと長い脚が、プロモデルのような風格を生み出している。
「痛いところない?」
背の高い彼が、ボクに気づかず廊下でぶつかってしまった。
彼とは真逆に、ボクは平均よりも背が低いし、あの時はボンヤリしながら歩いていた。
ぶつかったのはお互い様の事故だろう。
あるいは、運命と言うべきだろうか。
心配そうに身を屈めて、ボクに手を差し伸べた彼は、やはりと言うべきかボクの胸を見ていた。
というか、全身を目で舐め回していた。
「大丈夫だから、気にしないでいいヨォ」
適当に答えてさっさと逃げようとしたのだけれど、そこでふと気づいたのだ。
彼の視線からは、まったくいやらしい気配を感じないと。
朴人君はたしかにボクの身体を無遠慮に見ていたけど、でもそれは無感情に目の前の人物を観察しているだけで、その瞳には何ひとつとして感情が乗っていなかった。
「悪かったね。昔からボケッとしながら歩く悪癖があるんだ。気を付けるようにはしているんだけど、油断するとすぐこれだ」
ボクと話しているというよりも、独り言の様だった。
彼は廊下で尻もちをついたボクの背に手を回し、ヒョイと持ち上げた。
人生初のお姫様抱っこ。
「保健室に行こう」
「え? い、いや! だ、だだ、大丈夫!」
「せっかく中学校には無料で診察をしてもらえる保健室があるんだ。この制度を活用しない手はないだろ? 転んですぐは大丈夫だと思っても、あとから怪我が発覚することもあるし、念には念を入れておくべきだ。まあ、転ばせたオレが偉そうに言うこっちゃないんだけど」
抱きかかえられるときに、身体にも触られた。
けれど、やはりというべきか、彼からはいやらしさを感じない。
当時のボクには、それがどうしてなのかはわからなかった。
でも、今ならわかる。
朴人君は、体の造形なんていう浅はかな物差しで人を測らないんだ。
だから、ボクは彼を好きになった。
そして、生まれて初めて思ったのだ。
この人と、