「なあなあツバサー、何で前髪下してんだよ?」
4年前と全く変わらずに、紅葉色の長髪を一つに結わえた女性――イプルがテーブルに向かい、書類に目を通している黒髪の男性――ツバサの向かい側からそう声を掛ける。
数年前に、同じ部隊にいた三人であるイプル=アプリコット、現在同居中のメイナ=I=シュトロゼック、今はツバサと同じ学校で教師を務めるエトリ=アイオスに“下してると顔が見えなくて覚えづらい”と言われ、前髪の真ん中以外を後ろに持ち上げ横の髪を後ろで結ばされ、ツバサはその髪型にしていたのだ。
「いや……教師なんだし、さすがにあの髪型は駄目だろ」
書類を確認し終えたのか、テーブルに軽く打ち付け端と端を揃え、傍らに置いていた鞄に収納し、カード型のデバイスを取り出した。
イプルが“はいはい、さすが先生だねえ”とつまらなそうな溜め息を吐きながらテーブルの上の器に入れられた煎餅を一枚手に取り、小さな口でそれを齧った。
「んーうまい! 〝日本〟のお菓子ってうまいよなー」
嬉しそうに鼻歌を口ずさみながら、ゆっくりと煎餅を堪能するイプルを見て、ツバサは心の中で“お菓子食べに来たのかよ……”と呆れながら、懐からブレスレット型のデバイスを取り出し、イプルに向かって軽く放った。
「ほら、俺にやらせないでシャーリーさんに頼めばいいだろ。
一応簡単な調整と、AIの修正はしたから、扱いやすくなってるとは思うけど」
ツバサが言ったその言葉に、イプルは。
「サンキュー。でもさー、シャーリーと違ってアンタ、暇じゃん」
そう返し、何も言い返せないツバサに対し、受け取ったデバイスを腕に嵌めながら。
「政治家になろうとして失敗して、聖王教会の御情けで教師やってるだけじゃん」
と、更に追い打ちをかけた。
「……うるさい。それに、お前とエトリが仕事している間だって、姪っ子とエトリの妹の稽古つけられるんだから、いいだろ別に」
と、バツが悪そうに煎餅を齧りながらそう返した。
イプルとエトリはコンビを組んで、前線に出て事件を解決している。
その仕事柄のせいか、家に帰る時間が遅いか、まったくないのだ。
なので、イプルの姪っ子であるサクラ――そして彼女の友人、覇王の継承者アインハルト=ストラトスの担任であるツバサが、エトリの妹であるレーナ=アイオス及び自身の従妹である椛(モミジ)を自宅に住まわせ、面倒を見ているのだ。
モミジの実家は地球に存在するのだが、大会に出ると聞かないのでそれを了承した彼女の両親が、ツバサの家に住むという条件付きで送り出したのだ。
アインハルトは効率的に教えが受けられるとの事で、サクラに誘われ同居を快諾。
ツバサもアインハルトが来てしまった以上、出来る限り模擬戦に付き合うようにはしているが、それでも彼女は足りないと言うのでそこが難儀なところだろう。
勿論、ツバサがこうして仕事をしている間にも、彼女たちは――――――
*****
「あーあ、ツバサ兄(にい)と一緒に家にいればよかったかなー……」
皆さんこんにちは、サクラです。
基礎体力をつける為にいつものコースを走っているのですが、今日に限ってモミジさんが愚痴愚痴と文句を言っています。
アインハルトさんとレーナさんが、“仕事の邪魔になる”と言って渋々納得した……様に見えただけだったんですね、家を出る時は。
「モミジさん、基礎体力をしっかり付けないと、先生と模擬戦やる前に疲れ切っちゃいますよ?」
まだ文句を言っているモミジさんを見かねたアインハルトさんが呆れ顔でそう言うと、態度が一転。モミジさんは急に真面目な顔つきになり、口を開かなくなりました。
「相変わらず、モミジの扱いが上手いよね。アインハルトって」
水色のショートヘアを、ピン留めで固定している活発そうな髪型に反して大人びた顔つきをしているけれど、胸が残念なレーナさんがアインハルトさんにそう言うと、アインハルトさんは少し照れたのか、頬を赤くしてしまいました。
「あ、そう。サクラ? 今日の模擬戦、後ろから撃たれないようにね」
え、ちょっと怖いですレーナさん。
それって私が胸の事考えてるって分かったって事ですよね!?
うう……気が重くなってきました。
と、とりあえず頑張って走る事にだけ集中します。
模擬戦、いつもはツバサさんが一人か、メイナさんと組んで、私たち4人と、ヴィヴィオちゃん達も居れば参加する形なので多数対少数ですが、全く勝てないのはなんでなんでしょう……。
でも、今日は勝ちたいです。イプル姉ちゃんもいるんですし、良い所を見せるように頑張りたいです。
「頑張りましょうね、サクラさん」
そう考えているのが顔に出ていたのか、アインハルトさんがそう声をかけて来ました。
笑顔を浮かべているアインハルトさんに向かって私も笑顔を浮かべて。
「勿論です!」
そう、元気良く叫んで返しました。