幼馴染ならどんなときでも意思疎通できるよね? 作:AirHertz
5時間目の授業というのは、どうしてこうも人を心地よい眠気へと誘うのだろうか。
グラウンドからはランニングをする生徒たちの元気な声が聞こえ、窓からはぽかぽかと温かい春の日差しが差し込んでいる。黒板を走るチョークの乾いた音と、教壇に立つ数学教師・吉岡先生の低く落ちついた声が、まるで極上の子守唄のように教室中に響き渡っていた。
高校二年生の春。新しいクラスになってからまだ一ヶ月も経っていないこの教室で、相原結衣(あいはらゆい)は絶賛、人生最大級の危機に直面していた。
(あ、ダメ……! これ、本当にダメなやつだ……!)
結衣は背中に冷や汗を流しながら、必死の思いで教科書とノートを見下ろしていた。
黒板に書かれているのは、なにやら複雑な数字と記号の羅列。二次関数がどうとか、判別式がこうとか、先ほどから先生が懇切丁寧に解説してくれていたはずの代物だ。
だが、結衣の頭の中では、それらはすべて異国の古代文字か何かに変換されていた。
(だって、お昼ごはんをお腹いっぱい食べた後に、こんな春のポカポカ陽気だよ!? 眠くならないわけないじゃん! ちょっとウトウトしちゃっただけなのに、なんで黒板の景色が異世界召喚されたみたいにガラッと変わってるの~!?)
結衣が心の中で頭を抱えてのたうち回っていると、教壇の先生がパンパンと手に持ったチョークを叩き、眼鏡の奥の目を光らせた。
「よし、じゃあこの問3の計算だが……んー、じゃあ相原。解いてみろ」
――ピキ、と結衣の体が固まった。
「……え?」
「え、じゃない。相原、問3だ。黒板の前に出てきて解いてもいいぞ」
教室中の視線が、一斉に結衣へと集まる。
結衣の顔からすーっと血の気が引いていく。普段は明るく元気で、人前で緊張することなんて滅多にない結衣だったが、いまばかりは話が別だった。なにせ、答えどころか何を聞かれているのかすらサッパリ分からないのだ。
「あ……えっと、あの、先生……?」
「どうした? ノートに書いてあるだろ。ほら、立って」
立ち上がりつつ、結衣は必死にノートを見た。
しかし、そこに書かれているのは授業前半のメモと、端っこに描かれた謎の猫の落書きだけだ。問3の解法などどこにも存在しない。
(う、嘘でしょ……!? このままじゃ『相原さん、授業中に寝てたのか』って怒られて、放課後居残りで補習になっちゃう! 今日の放課後は、あのカフェに行く約束してるのに~~~!?)
万事休す。絶体絶命。
そんな窮地に追い込まれた結衣が、藁にもすがる思いで視線を向けた先――それは、ななめ前の席だった。
そこに座っているのは、水瀬悠希(みなせゆうき)。
結衣の幼馴染であり、小さくてぽわぽわとした、まるで小動物のような男の子だ。
悠希は今、窓の外を飛ぶスズメをぼんやりと眺めており、授業を聞いているのかすら怪しい雰囲気を醸し出していた。
だが、結衣は知っている。
悠希は基本的に省エネで勉強も面倒くさがるが、なぜか数学に関してだけは学年トップクラスの頭脳を持っているということを。
そして何より――自分と悠希の間には、誰にも話していない『特別な秘密』があるということを。
結衣はギュッと目を閉じると、心の中で一気に叫んだ。
『悠君助けて! 黒板のやつ、全然わからないのっ!』
言葉として声に出したわけではない。
口は固く結ばれたままだ。
しかし、結衣のその「声(意思)」は、まっすぐに悠希の頭の中へと届けられた。
一瞬の間の後。
窓の外を見ていた悠希の短い髪が、ふわりと揺れた。
悠希はゆっくりと首を巡らせ、後ろに立つ結衣の方へと視線を向けた。
トロンとした眠たげな目。
そして、悠希の頭の中から、ぽわぽわとした柔らかい声が結衣の脳内に直接響いてくる。
『……ん。そんなに気持ちを込めなくても、大丈夫。大きな声で叫ぶと、頭がボヤボヤするから……』
『ご、ごめん! でも本当にピンチなの! 先生がニヤニヤしながら私を見てるの! 問3の答え、問3の答えを教えて悠君~~~!』
ふたりの間に、いつの間にか繋がっていた特別な回路。
きっかけは、結衣の「言葉にしなくても、悠希と気持ちを伝え合えたらいいのに」という何気ない願いだった。
その思いが、いつしか本当にふたりを繋ぐ『念話(ねんわ)』の力になった。
距離に制限はなく、相手が眠っているときなどを除けば、いつでもどこでも頭の中で会話ができる。
ふたりにとっては特別な異能というより、「幼馴染だから、なんとなく通じ合っている」――そんな軽い感覚で使っている力だった。
悠希は、教科書すら開かれていない、がらんとした自分の机の上に視線を落とすと、トントン、と指先で軽く叩いた。
『……問3……。あれ、すごくかんたん……』
『悠君にとっては簡単でも、わたしにとっては古代エジプトの呪文なの! お願いだから解き方を教えて! このままだと放課後のパフェがお預けになっちゃう!』
『……パフェ……。ゆ~ちゃんと食べる……』
『そうだよ! パフェ食べるためにも、早く答えないと!』
教壇の上で、先生が腕を組みながら言った。
「どうした相原、答えが出ないのか? 水瀬の方をじっと見てても、答えは降ってこないぞー」
クラス中から、クスクスと小さな笑い声が漏れる。
教室の誰もが、結衣が答えることができずに困り果て、助けを求めるように悠希を見つめているのだと思っていた。
外から見れば、ただ「焦った顔の女子生徒が、前方の男子生徒を無言で見つめているだけ」の光景。
しかし、ふたりの頭の中では、目まぐるしく思考と甘やかしが飛び交っていた。
『ゆ~ちゃん、落ち着いて。まず……黒板の右側の式を見るの……』
『右側!? どれ!? 数字が多すぎて目がチカチカするよ~!』
『ふふ、ゆ~ちゃんはおバカさんだねぇ……』
『おバカって言わないで! なんで今そんなこと言うの~!?』
『ちがうよ……可愛いねって意味……。ゆ~ちゃん、焦ってるお顔も可愛い……』
『も、もうっ! バカ! そういうのは後にしてっ!』
頭の中で悠希に「可愛い」などと言われ、結衣の顔が瞬間的にカッと赤くなる。
必死で平然を装おうとするが、耳まで真っ赤だ。
周りのクラスメイトたちは、それを見てひそひそと囁き合い始めた。
「ほら、また始まったよ」
「相原さん、先生に当てられてテンパった勢いで、水瀬くんに告白でもしそうな勢いで顔赤くしてない?」
「水瀬くんも水瀬くんで、めっちゃ優しそうな目で見つめ返してるし……」
「授業中だよ? 今日も今日とて二人の世界入ってない?」
「仲良しだねぇ、相変わらず」
温かい、実に微笑ましいクラスの視線。
治安が良いこの学園において、二人の「無言の見つめ合い」はもはや日常の風物詩と化していた。
そんな周囲の温かい勘違いをよそに、結衣は心の中で絶叫を続けていた。
『悠君! 先生のプレッシャーが限界突破しそう! 早く! 三行目の式から教えて!』
『……ん。三行目はね……まず、xの二乗の係数で括るの……』
『え? けいすう……? 括るって、どうやって!?』
『ふふ、あたまナデナデしてくれたら、答えそのまま教えてあげる……』
『後でいくらでも撫でてあげるから! いまは、いまは教えてよぉ!』
『……うん、約束ね……。ゆ~ちゃんの「あとで」は、放課後のパフェのときに、いっぱい撫でてもらうこと……』
『わかった! いくらでも撫で回すから! だから早く! 先生のチョークを叩く音が、だんだん激しくなってきてるの!』
教室の最前線で繰り広げられる、誰にも聞こえない超高速のディール。
悠希はほんの少しだけ口元をゆるめると、トロンとした瞳を結衣へと向けたまま、脳内で言葉を紡ぎ始める。
『……じゃあ、教えるね……。まず、黒板の三行目にある式の、左辺を見て……』
『さへん! =(イコール)の左側だよね! わかる! そこはわかるよ!』
『うん、えらい……。その左辺の『2x²+4x−6』っていう式だけど……最初の『2』で、ぜんぶを括るの……』
『2で括る……? かっこで括るってこと……?』
『そう……カッコの外に2を出して、カッコの中には『x²+2x−3』を残すの……』
『あ! なるほど! 2で割り算した数字をカッコの中に入れるってことか!』
『……正解。ゆ~ちゃん、すごーい……』
脳内で悠希に褒められ、結衣は心の中でドヤ顔を決めた。
だが、外から見ているクラスメイトや先生からすれば、結衣は「立ち上がったまま、口を半開きにして前方の悠希をじっと見つめ、なぜか急に誇らしげな顔になった女子生徒」でしかない。
教室の後ろの席から、ひそひそ声が漏れ聞こえてくる。
「ねぇ、相原さん、急にドヤ顔にならなかった?」
「水瀬くんと目が合っただけで自信ついちゃったのかな……」
「どんなアイコンタクトだよ……尊すぎない?」
クラスの温かい勘違いは加速していくばかりだが、当事者の結衣はそれどころではない。
『つ、次! カッコの中に入った『x²+2x−3』は、どうすればいいの!?』
『そこからは……因数分解だよ……。かけてマイナス3、足してプラス2になる二つの数字を探すの……』
『かけてマイナス3、足してプラス2……? えーっと、3と1……?』
『うん……。プラス3と、マイナス1ね……。だからカッコの中は『(x+3)(x−1)』になるの……』
『出来た! 『2(x+3)(x−1)=0』になったよ悠君!』
『……うん。だから、答えのxは……プラスの1と、マイナスの3……』
『解けたーーー!!』
結衣の脳内に勝利のファンファーレが鳴り響いた。
古代エジプトの呪文に見えていた暗号が、悠希の丁寧なガイドによって、みごとな数学の解法へと姿を変えたのだ。
結衣はバッと顔を上げると、教壇の上で腕を組み、いたずらっぽく笑いながらこちらを見ていた先生に向き直った。
「先生! わかりました!」
「ほう?」
先生は驚いたように眉を上げた。授業中にウトウトしていた結衣が、急に自信満々な表情になったからだ。
「よし、じゃあ言ってみろ、相原」
「はい! まず左辺を2で括って『2(x²+2x−3)=0』にします! そこからカッコの中を因数分解して『2(x+3)(x−1)=0』になるので、答えは『x=1、−3』ですっ!」
一気に言い切った結衣は、胸を張ってふふんと鼻を鳴らした。
教室が一瞬、静まり返る。
先生は眼鏡の位置をクイと直すと、黒板の空いているスペースにチョークでサラサラと数式を書き込んだ。結衣が口にした通りの完璧な解法である。
「……正解だ。完璧だな、相原」
「えへへ~! でしょう!」
「だが相原」
先生はチョークを置き、いたずらっぽく微笑んだ。
「お前が立つ直前までノートに描いていたのは猫の絵だけで、黒板の式すら写していなかったのを、俺は見逃していなかったぞ」
「うぐっ!?」
「そして、いま答えを言う直前まで、お前はずっと水瀬の頭の後ろあたりを穴が開くほど見つめていたな」
「あ、いや! これはその、心の目というか、悠君の後ろ姿からインスピレーションが湧いてきたというか……!」
「水瀬」
先生がひょいと、窓際の前方に座る悠希に視線を向けた。
「お前、さっきから机の上にノートも教科書も出していないが……相原にテレパシーでも送っていたのか?」
先生の軽いジョークに、教室中からどっと笑いが起きた。
「テレパシーとか先生冗談うまいな~」「まああの2人ならワンチャンありそうだけどっ」「目線で会話してそうだよね」と、和やかな雰囲気が広がる。
まさか本当にテレパシー(念話)で解き方を全部教わっていたとは、誰も夢にも思っていない。
振られた悠希は、窓際の席に座ったまま、ゆっくりと先生のほうへ顔を向けた。
そして、ぽわぽわとした声で答える。
「……先生……。ぼく、なにもしてないよ……? ゆ~ちゃんが……自分でがんばったの……」
言葉数は少なく、ぽわんとした口調。
けれど、その表情には、ほんの少しだけ「ゆ~ちゃんを疑わないで」と言いたげな拗ねた色が浮かんでいた。
その破壊力に、教室の女子たちが一斉に胸を押さえた。
「かわよ……」
「水瀬くんの『ゆ~ちゃんががんばったの』いただきました……」
「相原さんを庇う水瀬くん尊すぎない?」
「ていうか、何もしないで本当に相原さんが自力で解いたとしたら、それはそれで相原さんすごすぎでしょ」
先生も苦笑いを浮かべ、降参とばかりに手を振った。
「はいはい、分かった分かった。相原、座ってよし。だが次はちゃんとノートを取れよ。水瀬も、教科書くらいは開いておきなさい」
「「はーい」」
声を見事にシンクロさせて返事をしたふたり。
結衣がドサリと席に座り込み、ほっと大きなため息をついた瞬間、脳内にぽわぽわとした声が届いた。
『……ゆ~ちゃん、お疲れさま……。すごかったよ……』
『もう~! 生きた心地がしなかったよ! でも悠君、ありがとう! 助かった~!』
『ん……。約束……忘れないでね……?』
『分かってるってば! 放課後ね!』
結衣はななめ前の悠希の後ろ姿を見つめた。
悠希のつむじのあたりで、ぴょこんと跳ねた寝癖のような髪の毛が、心なしか嬉しそうに揺れているように見えた。
5時間目の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
その音を聞いた瞬間、教室のあちこちから「ふぅ……」という安堵の溜息が漏れる。
ようやく授業が終わった――誰もがそう思った、そのとき。
「よし、今日の授業はここまで。相原、次はちゃんと予習してくるように」
「はぁ~い、すみませんでした~……」
教壇の上で分厚い教科書をパタンと閉じた先生が、どこか楽しそうな足取りで教室を去っていく。
教師の背中が見えなくなった瞬間、結衣は「うあーっ!」と叫びながら自分の机に突っ伏した。
「助かった……! 本当に助かった……! 一時はどうなることかと……」
「相原さーん、お疲れさま~!」
「相原さん、また授業中に水瀬くんとアイコンタクトでイチャイチャしてたでしょ~?」
すぐにクラスの女子たちが数人、結衣の席の周りにキャッキャと集まってきた。
結衣は突っ伏した姿勢のまま、片目だけを開けてめそめそと抗議する。
「イチャイチャなんてしてないよ~! わたしは必死だったの! もう、頭のてっぺんから足の指先まで汗びっしょりなんだから!」
「でも、すっごく仲良さそうに見つめ合ってたよ?」
「そうそう。水瀬くん、相原さんが先生に当てられた瞬間、窓の外見るのやめて、ずーっと相原さんのこと見てたもん。まるでテレパシーでも送ってるみたいだったよ」
「ちがうってば~! 悠君はただ……えっと、そう! わたしが困ってるから『大丈夫かなぁ』って心配してくれてただけだよ!」
結衣は慌てて身体を起こし、ブンブンと手を振った。
もちろん、クラスメイトの『テレパシー』という言葉はただの冗談や比喩だ。まさか本当に頭の中で『おバカさんだねぇ』『後で頭撫でてくれたら教えてあげる』なんて会話が繰り広げられていたとは、誰も思いもしないだろう。
念話ができることは、ふたりだけの内緒ごとだ。
かといって大げさに隠しているわけでもないのだが、幼い頃に親へ話した際も『幼馴染で仲が良いから、お互いの考えていることがなんとなく分かるのね』と微笑ましく流されてしまった経緯がある。わざわざ人に言いふらすようなことでもないし、説明したところでどうせ信じてもらえない。だから結果として、ふたりだけの密やかな秘密のようになっているのだった。
ふと、賑やかな女子たちの輪の外側を見れば、ぽてぽてとした足取りで歩いてくる小さな影があった。
水瀬悠希だ。
悠希は自分の席から立ち上がると、特に周囲の視線を気にする様子もなく、結衣の席のすぐ横までやってきた。
そして、そのままごく自然な動作で——結衣の制服の裾を、小さな手でぎゅっと掴んだ。
「……ゆ~ちゃん」
ぽわん、とした口調でつぶやかれる言葉。
「きゃーっ! 出た、水瀬くんの『ゆ~ちゃん』呼び!」
「相原さん、裾掴まれてるよ! 掴まれてる!」
周囲の女子たちが「尊い……」と言わんばかりに黄色い声を上げるが、当の悠希はどこ吹く風だ。トロンとした眠たげな瞳で、結衣の顔をじっと見上げてくる。
『……ゆ~ちゃん。やくそく……』
頭の中に、悠希の甘えた声が直接響く。
口から出たのは「ゆ~ちゃん」という一言だけだが、脳内ではしっかりとおねだりのフルコースが送信されていた。
『放課後のお店……行く前に……いま、なでなでして……?』
『えっ、いま!? みんなが見てる前で!?』
『……うん。吉岡先生のプレッシャーからゆ~ちゃんを助けたの、ぼくだから……。ごほうびの先払い……』
『先払いって何よ~! 後でパフェ食べる時にいっぱい撫でてあげる約束でしょ!?』
『……いま、いっぱい撫でて……あとでも、もっといっぱい……』
悠希は言葉に出すことなく、念話でちゃっかりおねだりを増量させると、そのままごく自然な動作で結衣の腰にぎゅっと抱きついてきた。
結衣のお腹あたりに『すり……』と顔を埋め、ぽわぽわとした頭を押し付けてくる。人目などまったく気にしていない、まるで飼い主に甘える子猫そのものの仕草だ。
「わ、わかった! わかったからすりすりしないで!」
結衣は顔を真っ赤にしながら、ぽわぽわとした悠希の柔らかい髪に手を伸ばした。
そして、約束通りよしよしと優しく撫で回してあげる。
悠希は「……んふ」と小さく鼻を鳴らし、気持ち良さそうに目を細めた。
その光景を見たクラスメイトたちから、大きな歓声と、生温かいため息が漏れた。
「うわぁあぁぁ……今日も今日とて距離感が狂っている……!」
「相原さん、それもう完全に彼氏に対する甘やかし方じゃん!」
「水瀬くんも水瀬くんで、相原さんに撫でられてるときだけめちゃくちゃ満足そうな顔するよね……」
「ほんと仲良いよねぇ。ねえ相原さん、ぶっちゃけふたりって付き合ってないの?」
クラスの女子からのストレートな質問。
結衣は悠希の頭を撫でる手をピタリと止め、きょとんとした表情で首を傾げた。
「え? 付き合ってる? ううん、全然そんなんじゃないよー!」
「「「ええーっ!?」」」
「だって、わたしと悠君だよ? 家が隣同士の幼馴染なんだから、仲良しなのは当たり前じゃない。ね、悠君?」
結衣が笑いかけると、撫でられて気持ちよさそうにしていた悠希が、ぽやんとした顔で顔を上げた。
「……ゆ~ちゃん……?」
『……ゆ~ちゃんと付き合うって……なぁに……?』
悠希にとっても、「付き合う」という概念はイマイチピンと来ていないようだった。
ただ、念話で結衣に向かって問いかけつつ、口頭では素直に自分の気持ちを口にする。
「……ぼくは……ゆ~ちゃんが、だいすき……」
「「「キャーッ!!」」」
教室中に女子たちの悲鳴に近い歓声が上がった。
当の結衣だけが「はいはい、わたしも悠君のこと大好きだよー」と、まるで弟をあやすような笑顔で悠希の頬をぷにぷにと突っついている。
「無自覚だ……相原さん、完全に無自覚な天然人たらしだ……!」
「水瀬くんのストレートな告白が、幼馴染フィルターで全部不発に終わってる……!」
「尊すぎて胸が苦しい……」
生温かいクラスメイトたちの視線に囲まれながら、結衣はポンポンと悠希の頭を最後に一叩きした。
「よし! じゃあ放課後になったし、購買の次はあのカフェに出発進行~!」
「……ん。パフェ……」
『……ゆ~ちゃん、お店に着いたら……約束のナデナデ、いっぱいしてね……?』
『わかってるってば! お店に着いたら、悠君が満足するまでいくらでも撫でてあげるから!』
『……うん。ゆ~ちゃん、だいすき……』
『はいはい、ありがと!』
声に出す言葉と、頭の中で交わされるふたりだけの密やかな会話。
外から見れば「付き合っているようにしか見えない可愛らしい幼馴染のふたり」だが、その内側では、どこまでも甘くて少しお間抜けなサイレント通信が繰り広げられているのだった。
春の温かな日差しの中、ふたりは教室を後にする。
ふたりの『意思疎通』に満ちた、優しくて賑やかな日常は、まだ始まったばかりだった。
ありがとうございました。
本作品は、練習作としての位置づけとなります。
全12話を予定しております。
もしよければ、続きも楽しんでいただけたら幸いです。