幼馴染ならどんなときでも意思疎通できるよね? 作:AirHertz
十二月中旬。
寒波の到来とともに、遠田浜市の街並みもすっかり冬の装いへと変わっていた。
朝の空気を吸い込むだけで、鼻の奥がツンと痛むほどの冷気。息を吐けば、まるで白い雲のようにモクモクと広がっていく。
街路樹の葉はすっかり落ち、冷たい北風が吹き抜けるたびに、枝葉がカサカサと寂しげな音を立てていた。
そんな寒さの厳しい通学路を、二人の高校生が並んで歩いている。
「う~、寒い寒いっ! でも冬の朝の空気って、シャキッとしてて気持ちいいよね~!」
紺色のダッフルコートを着込んだ相原結衣は、白い息を吐き出しながら元気いっぱいに落ち葉を踏みしめていた。
ポケットの中に突っ込んだ手にはカイロを握りしめ、マフラーを首元にキュッと巻き直して軽快に歩を進める。
「ねえ、悠君! 今日の最高気温、たったの五度だって! 完全に冬本番って感じ……って、あれ?」
結衣が隣を振り返ると、そこには目を疑うような光景があった。
隣を歩く幼馴染――水瀬悠希は、寒さにすっかり参っていた。
厚手のネイビーのコートに身を包み、大判のマフラーを鼻の上までぐるぐる巻きにしているものの、寒さにめっぽう弱い彼は、まるで壊れたロボットのように小刻みにぶるぶると震えている。
「ゆ、悠君!? 大丈夫!?」
結衣が慌てて覗き込むと、マフラーの隙間からのぞく悠希の顔はすっかり青ざめており、つむじの上のアホ毛すらも寒さでへにゃんと垂れていた。
悠希は寒さのあまり、口を開いて声を出すことすら億劫になったのか、じっと結衣を見つめているだけだった。
代わりに、結衣の意識へ直接、ぽわぽわとした今にも消えそうな泣きつきが伝わってきた。
『……ゆ~ちゃん……さむい……。ぼく……氷になっちゃう……』
『わあっ!? 悠君、念話までぷるぷるしてるじゃん! 大丈夫!?』
『……むり……。あしが……動かない……。かぜが……痛いよ……』
『もう、相変わらず寒さに弱すぎるんだから! ちゃんとヒートインナー着てきた?』
『……インナー着た……。厚着もした……。カイロも二個貼った……。でも……さむい……』
悠希は萌え袖になったコートの袖で自分の頬をさすりながら、うるうるとした目で結衣を上目遣いに見つめてきた。
寒さですっかり動きも鈍くなった悠希は、今にもその場にへたり込んでしまいそうだ。
「はぁ……もう、ほんとに寒がりなんだから。ほら、悠君、こっちおいで!」
結衣は呆れたように息を吐き出すと、着ている大きめのダッフルコートの前ボタンをパチパチと外して、両手を大きく広げた。
「わたしのコートの中、入りなさいっ!」
『……え……?』
『え、じゃないよ! ほら、コート広げてあげてるでしょ? わたしの体温で温めてあげるから、おいで!』
悠希は一瞬ポカンと目を丸くしたが、結衣の差し出した温かな「避難所」を目にした瞬間、トロンとした瞳に歓喜の色が宿った。
『……ゆ~ちゃん……!』
悠希は迷うことなく、すり足で結衣の懐へと潜り込んだ。
「うわっ、冷たっ! 悠君、体全体がキンキンに冷えてるじゃん!」
結衣のコートの中に潜り込んできた悠希は、まるで暖を求める子猫のように、結衣の腰回りにぎゅっと抱きついてきた。
結衣は「うんうん、寒かったね~」と言いながら、広げたコートの裾で悠希の背中をすっぽりと包み込み、前を重ね合わせた。
結衣が着ているコートは、少しゆったりとしたオーバーサイズのものだ。
そして悠希は男子としてはかなり小柄で華奢な体型をしている。
そのおかげで、結衣の大きなコートの中に悠希がすっぽりと収まってしまい、外から見るとまるで「一つのコートから二つの頭が生えている」かのような、なんとも不思議な光景になっていた。
「ふぅ、これで風は当たらないでしょ?」
『……ん……。ゆ~ちゃん……あったかい……』
結衣の服越しに伝わってくる体温と、ほのかな甘い香りに包まれて、悠希は安堵したように頬を緩めた。
冷え切っていた頬を結衣の胸元にすり寄せ、満足そうに目を細める。
『……ゆ~ちゃんのおなか……あったかい……』
『こら、お腹に顔を押し付けないの! くすぐったいよ~!』
『……だってお布団みたい……』
『わたしはお布団じゃありません! ほら、ちゃんと足元見て歩かないと転ぶよ?』
『……ゆ~ちゃんにくっついてるから大丈夫……』
悠希は結衣の腰にしっかりと腕を回したまま、結衣の足取りに合わせてペンギンのようにペタペタと歩き始めた。
二人がくっついて歩くその姿は、遠目から見ると極めてシュールだ。
一人の人間がやたらと着ぶくれしてヨタヨタ歩いているようにも見えるし、大きなダッフルコートに二人でくるまった、もこもこの生き物のようにも見える。
すれ違う地域の人々や、街を行き交う学生たちが、「えっ、あの二人……どうなってるの……?」と二度見しては、結衣と悠希の顔を見て察し、「ああ、あの仲良し幼馴染か……」と微笑ましい表情で通り過ぎていく。
そんな周囲の視線など、悠希はいつものようにまるで気にしていなかった。
彼は結衣の温もりに包まれているだけで幸せいっぱいで、念話もすっかりぽわぽわとしていた。
『……ねえ……ゆ~ちゃん……』
『ん? なあに、悠君?』
悠希は結衣のコートの中でゴソゴソと手を動かすと、結衣のダッフルコートの右ポケットの中に自分の萌え袖の手を突っ込んできた。
結衣のポケットの中には、結衣が握っていた暖かいカイロと、結衣の素手が入っている。
悠希は上目遣いのまま、甘えるような気持ちを伝えてきた。
『……ポケットの中で……手……繋いで……?』
『え? 手? ポケットの中で?』
『……うん……。ゆ~ちゃんの手……直接触りたい……。手……冷たいから……温めて……』
『もう、本当に甘えん坊さんなんだから……』
結衣は苦笑しながらも、ポケットの中で悠希の小さくて少し冷えた手を優しく包み込んだ。
指と指を絡めるように、しっかりと手を繋いだ。
『……ん……!』
ポケットの中でギュッと手が繋がれた瞬間、悠希から伝わってくる念話も、ぱっと弾んだように感じた。
『……ゆ~ちゃんの手……すっごくあったかい……』
『ふふ、悠君の手、最初は氷みたいに冷たかったけど、だんだん温かくなってきたね』
『……ゆ~ちゃんが握ってくれてるから……』
『よしよし。じゃあ、このまま手繋いで学校まで行こっか!』
『……うん……! ずっと離さないでね……』
『離さないよ~! ほら、歩幅合わせてね! イチ、ニ、イチ、ニ!』
『……イチ……ニ……』
一つの大きなコートの中で手を繋ぎ、身を寄せ合いながら歩く二人。
冬の冷たい北風がどれだけ吹き付けようとも、結衣のコートの中とポケットの中だけは、まるで小さな春が訪れたかのように温かく甘い空間が広がっていた。
二人はそのまま、仲良く歩調を合わせながら、冬の通学路を学校に向かって歩を進めていった。
一つの大きなダッフルコートを二人で共有し、ポケットの中でしっかりと手を繋ぎ合いながら歩くこと十分。
二人は高校の校門前にたどり着いた。
冬の朝の校門付近は、マフラーや手袋に身を包んだ生徒たちが身を縮めながら続々と登校してくる場所だ。
その人波の中に、二人分のもこもこした姿で現れた結衣と悠希に、周囲の視線が一斉に注がれた。
「……ん? あれ、相原さんと水瀬じゃね……?」
「うそ、二人で一着のコート着て歩いてない……!?」
「待って、可愛すぎるんだけど! なにあれ、カンガルーの親子……!?」
登校途中の生徒たちから口々に驚きと歓声が上がる中、二人はいつも通りに歩き続けていた。
結衣のコートの中から頭だけをチョコンと出している悠希は、冷たい外気に触れるのを拒むように、さらに結衣の胸元へとすりすりと頬を寄せた。
『……ゆ~ちゃん……学校ついちゃった……』
『うん! 着いたね~! ほら悠君、校門入るよ!』
『……やだ……。ずっと……ゆ~ちゃんのコートの中にいる……』
『ダメだよ~! もうすぐ予鈴鳴っちゃうし、校門の前で止まったら邪魔になっちゃうでしょ?』
『……んむ……。ゆ~ちゃんのコート……温かいし……いいにおいするから……出たくない……』
悠希は結衣の胸元に顔を埋めたまま、念話でぽわぽわと盛大にだだをこね始めた。
結衣の服越しに伝わる優しい体温と、いつも結衣から漂うほのかに甘い香りが心地よすぎて、完全に離れられなくなってしまったのだ。
「もう、悠君ったら本当に甘えん坊なんだから!」
結衣は呆れつつも、ポケットの中で繋いだ手をギュッと握り直し、空いている左手で悠希の頭をよしよしと撫で回した。
その時――。
「あはは! 朝から何やってんのよ、あんたたちは!」
聞き覚えのある呆れ声とともに、後ろからやってきた莉子が二人の隣に並んだ。
莉子もマフラーを巻いて寒そうに首をすくめているが、目の前の二人組の不思議な光景を見て思わず爆笑している。
「ちょっと結衣、いくら寒いからって悠希をコートの中に丸ごと入れて登校してくることないじゃない!」
「だって莉子ぉ! 悠君ったら朝からぷるぷる震えてて、今にも氷になっちゃいそうだったんだよ! だから助けてあげたの!」
「助けたって……見た目が珍獣か何かなのよ。悠希も悠希で、すっかり結衣のコートの中に収まっちゃってまあ」
莉子がクスリと笑うと、悠希は結衣のコートの中からジロリと莉子を見上げた。
しかし、外に出る気は一ミリもないらしく、結衣の服の布地をギュッと萌え袖の手で掴み直す。
「はいはい、悠希くんは結衣にくっついてれば安心なのね。ほら、立ち止まってると余計に寒いわよ。早く教室入りましょ」
「うん! 行こ行こ!」
莉子に促され、結衣は悠希をコートの中に抱え込んだまま、よちよち歩きで昇降口へと向かった。
昇降口に入ると、冷たい外気が遮られ、わずかに館内の温もりが肌をなでる。
靴箱の前で上履きに履き替えるため、結衣はついにコートの前ボタンを外した。
「ほら悠君、靴履き替えるよ! 一旦コートから出てね!」
『……うぅ……さむい……』
悠希は名残惜しそうに「ぽてん」と結衣のコートから抜け出したが、寒さに耐えかねて速攻で結衣の制服の袖を掴んだ。
そして、下靴を脱いで上履きを履く間も、片時も結衣から離れようとしない。
周囲のクラスメイトたちが「相変わらず仲いいなあ」「相原さん、悠希くんまでコートの中に入れて登校してきたの……?」と温かい目で見守る中、二人は並んで二学年の廊下を歩き、2年B組の教室へと向かったのだった。
ガラガラと音を立てて教室のドアを開けると、室内にはすでに大型ストーブの暖かな空気が広がっていた。
「あはぁぁ~っ! 温かい~っ!!」
結衣は教室に入った瞬間、天を仰いで歓喜の声を上げた。
教室の後方、窓際に設置された石油ストーブの周りには、すでに数人の生徒が集まって暖をとっていたが、結衣と悠希の姿を見るなり笑顔で場所を譲ってくれた。
「あ、結衣ちゃん、悠希くん! こっちストーブついてるよ~!」
「サンキュー! 悠君、ほらストーブの前行こ!」
「……ん……」
ストーブの前にたどり着くと、結衣はコートを脱いで自分の机のフックに掛けた。
悠希も重い腰を上げて自分のネイビーのコートを脱ぎ、マフラーを解いたが、その顔はまだ寒さが抜けきっていない、ぽやぽやした顔だった。
悠希はストーブの温風を手に受けながら、隣に立つ結衣の顔をじーっと見つめた。
そして、ぽわぽわとした念話で甘えるように訴えてきた。
『……ゆ~ちゃん……』
『ん? どうしたの悠君? ストーブ温かいでしょ?』
『……ストーブも温かいけど……ゆ~ちゃんの方が……いい……』
『え?』
次の瞬間、悠希は結衣の制服の裾をキュッと引っ張ると、ストーブの前に置いてあった丸椅子に結衣を座らせた。
「わっ! ちょっと悠君、急に座らせてどうしたの――」
結衣が言い終わる前に、悠希は結衣の膝の上に「ぽてん」と腰を下ろしてきた。
「うわっ! 悠君!?」
悠希は結衣の膝の上で体を丸めると、結衣のブレザーのポケットの中に手を突っ込み、結衣の手を直接探してぎゅっと握りしめた。
そして、結衣の胸元に後頭部を預け、満足そうに「ふぁ……」と吐息を漏らす。
『……ん……。ここが……いちばん……あったかい……』
『もうっ! 悠君ったら、教室の中で膝の上に乗ってこないの! みんな見てるよ~!?』
結衣は顔を少し赤くしながら念話で抗議したが、悠希は膝の上でトロンとした目を細め、首を横に振った。
『……やだ……。ゆ~ちゃんの膝の上……ぼくの特等席……』
『特等席って……あはは、本当にお子様なんだから……』
結局、結衣は悠希を振り払うことなどできるはずもなく、苦笑しながら膝の上の悠希を後ろから抱きかかえるようにして包み込んだ。
悠希のふんわりとした髪に顎を乗せ、自分のブレザーのポケットの中で、悠希の小さな手をしっかりと握り直してあげる。
ストーブのパチパチという優しい燃焼音と、窓の外で吹き荒れる冷たい冬の風。
クラスメイトたちは、ストーブの前でぴったり寄り添ってぬくぬくしている結衣と悠希を見て、「また始まった」「冬の風物詩すぎる」「あれ、ストーブより暖かそうじゃない?」と笑い合っている。
『……ゆ~ちゃん……手……ポカポカする……』
『ふふ、悠君の手も、もうすっかり温かくなったね!』
『……うん……。ゆ~ちゃんが……温めてくれたから……』
悠希は結衣のポケットの中で繋いだ手に力を込め、すりすりと頭を寄せた。
『……ねえ……ゆ~ちゃん……』
『なぁに?』
『……冬……ずっと……ゆ~ちゃんと……こうしてたい……』
『えー? ずっと膝に乗ってたら、わたし動けなくなっちゃうじゃん!』
『……じゃあ……ぼくが……ゆ~ちゃんを抱っこする……』
『ふふっ! 悠君がわたしを抱っこするの!? 逆に潰れちゃいそうだよ~!』
『……む……。ぼくだって……頑張れば……できるもん……』
ぷくーっと頬を膨らませる悠希の頭を、結衣は愛おしそうに何度も優しく撫で回した。
外は身を切るような厳しい寒さ。
けれど、二人が肩を寄せ合い、手を繋ぎ、念話を交わしているこの場所には、どんな寒波も吹き飛ばしてしまうほどの温かな時間が流れていた。
朝の予鈴が鳴り響くまで、二人はずっとストーブの前で寄り添ったまま、心を通わせ合っていたのだった。