幼馴染ならどんなときでも意思疎通できるよね? 作:AirHertz
満開の桜が春風に揺れる、心地よい季節が巡ってきた。
遠田浜高校の校庭を囲む桜並木では、薄ピンクの花びらがひらひらと春風に舞っている。
そんな桜並木が続く通学路を、結衣と悠希はいつものように歩いていた。
「う~~んっ! 今日からいよいよ二年生だね、悠君! 桜がすっごくキレイ!」
相原結衣は新しい学年のブレザーに袖を通し、春の陽気を全身で浴びるように大きく背伸びをした。
そのすぐ後ろを、水瀬悠希がぽてぽてとした頼りない足取りでついてくる。
悠希は萌え袖にした制服の袖口で結衣の制服の裾をギュッと掴み、トロンとした瞳を半分閉じかけながら歩いていた。春のポカポカとした陽気と暖かな日差しは、ただでさえ体力のない悠希には、朝から少々こたえているらしかった。
「……ゆ~~ちゃん……。お日様が……ぽかぽかして……眠い……」
ぽやぽやとした小さな声で呟き、悠希は結衣の背中にコテンと頭を預けてくる。
「コラコラ! 歩きながら寝たら危ないよ~! ほら、もうすぐ学校に着くんだからシャンとして!」
そう言いながらも、結衣の手は自然と後ろに回り、転ばないように悠希の小さな手を優しく包み込んでいた。
『……ん……。ゆ~~ちゃんのお手手……あったかい……』
とろけるように甘く柔らかな念話が、結衣の意識へ直接届いた。
『ふふ、悠君の手もぽかぽかだね! 新学期初日なんだから、ちゃんと起きてクラス発表見に行かないとだよ!』
『……えー……。ゆ~~ちゃんと……同じクラスになれたら……なんでもいい……』
『それはわたしだってそうだけどさ! 一緒のクラスになれるように、神様にお祈りしながら行こ!』
声を交わすことなく念話を続けながら、昇降口へ向かう二人。
周囲を歩く新二年生たちからは、早くも「あ、いつもの二人だ」「新学期早々、相変わらず距離感ゼロだなぁ」という温かい視線が注がれていた。
◇
昇降口の大きな掲示板には、新二年生のクラス分け名簿が貼り出されており、大勢の生徒たちが群がって歓声を上げていた。
「きゃ~~! 私たち今年も同じクラスだよ!」
「うわ、マジか! 俺あいつと別のクラスになっちゃった……」
人だかりの隙間をぬって、結衣は悠希の手を引っぱりながら掲示板の前に滑り込んだ。
「ええっと……二年生のクラスは……相原結衣、と……」
人差し指で名簿の文字を上から順に辿っていく。
【2年B組】の欄に自分の名前を見つけ、そのまま視線をすーっと下へ滑らせていくと――。
「――あっ! あった!」
相原結衣のすぐ数行下に、【水瀬悠希】の文字がしっかりと刻まれていた。
「やったぁ! 悠君、今年も同じ2年B組だよ~~!!」
結衣は思わずその場で飛び上がり、隣に立つ悠希をギュッと力いっぱい抱きしめた。
「ふにゃっ!?」
不意をつかれた悠希は、結衣の抱擁に包まれながらパチパチと目を瞬かせた。
『……ゆ~~ちゃん……苦しい……。でも……うれしい……』
『うんっ! 今年も一緒だね! 悠君とまた同じクラスになれて本当に良かった~!』
嬉しそうな結衣に抱きすくめられながら、悠希もまた、安心したように「ふふ……」と表情を緩め、結衣の胸元にすり寄ってきた。
「ちょっとちょっと二人とも~! 朝から昇降口のど真ん中で見せつけないでよ~!」
呆れ混じりの明るい声が響き、人だかりの中から友人の莉子が顔を出した。
「莉子! 見た!? わたしと悠君、今年も同じB組だったよ!」
「うん、見た見た。っていうか私もB組だから、またあんたたちと同じクラスなんだけどね。今年も賑やかになりそうだわ」
莉子はフッと笑うと、結衣の胸元でぽわぽわと丸まっている悠希を見やった。
「水瀬くんも良かったねぇ。結衣と離れ離れにならなくて済んで」
「……ん。ゆ~~ちゃんといっしょ……」
悠希は短く答えると、結衣の制服の裾をギュッと掴み直し、満足そうに瞳を細めた。
「よしっ! じゃあ新しい教室に行こっか、悠君!」
「……ん」
舞い散る桜の花びらを背に、二人は新しい教室へと足を進めたのだった。
◇
新しい教室は、新しいクラスメイトたちの挨拶や雑談で熱気に包まれていた。
「席はどこだ~?」と各自が黒板の席順表を確認していく。
すると、結衣と悠希は黒板の前で顔を見合わせた。
なんと、二人の新しい席は――窓際の最後列とその隣。
昨年の席替えで一時期離れ離れになっていたこともあり、その嬉しさもひとしおだ。
「奇跡だね悠君! また隣の席だよ!」
「……うん。神様……ありがと……」
悠希は自分の机にリュックを置くと、当たり前のように結衣の隣の席の椅子を引き、ちょこんと座り込んだ。
そして、自分の萌え袖の手を結衣の机の上にぽてんと置き、顎を乗せて上目遣いで結衣を見つめてくる。
『……ゆ~~ちゃん……。隣の席……落ち着く……』
『ね! 授業中に困ってもすぐに助け合えるもんね!』
『……ん……。ゆ~~ちゃんが倒れたら……ぼくが……数学教えるね……』
『倒れないように頑張るけど、教えてね!』
二人が顔を見合わせながら無言で微笑み合っていると、前の席に荷物を置いた莉子が、じーっと二人を凝視してきた。
「ねえ、結衣」
「ん? なあに、莉子?」
莉子は肘を机につき、真面目な顔で結衣と悠希を交互に見比べた。
「1年経って、学年も上がったから改めて聞くけどさ……」
「うん?」
「あんたたち二人……ぶっちゃけ、本当に付き合ってないの?」
「――ふぇっ!?」
結衣は裏返ったような声を上げた。
「た、付き合ってないよ!! なんで急にそんなこと聞くの!?」
「なんでって……」
莉子は呆れたように溜め息をつくと、指を折りながら数え始めた。
「去年一年間のあんたたちのことを思い出してみてよ。豪雨の渡り廊下で抱き合って雨宿りしてたり、冬はコートの中に潜り込んでポケットの中で手繋いでたり……挙句の果てには授業中に一言も喋らず、顔を見合わせてニコニコしてるでしょ?」
「ひええっ!? なんでそんなことまで知ってるの!?」
「クラス中で噂になってるわよ! 見てなくても話が回ってくるんだから!」
莉子の言葉に、周囲のクラスメイトたちも「そうそう!」「あれで付き合ってないは無理があるって!」「もう夫婦の域だよ!」と口々に頷き始める。
クラス中からの生温かい視線とツッコミを浴びて、結衣は顔を真っ赤にしながら必死に手を振った。
「ち、違うってば~! それは全部、悠君が甘えん坊で、わたしがお世話係だからで……! 恋愛とかそういうのじゃなくて、もっとこう……幼馴染としての家族愛みたいなものなんだよ~!」
結衣は1ミリの疑いもなく、大真面目な顔でそう言い切った。
無自覚バリア、ここに極まれりである。
「家族愛ねぇ……」
莉子はハァと深い溜め息をつくと、今度は結衣の机に顎を乗せてぽやぽやしている悠希の方へ向き直った。
「じゃあ水瀬くんに聞くけどさ。水瀬くんは、結衣のことどう思ってるの?」
悠希はトロンとした瞳をパチパチさせると、萌え袖の手を結衣の手の上にぽてんと重ねた。
そして、照れも躊躇もなく、ごく自然に口を開いた。
「……ん。ゆ~~ちゃん……だいすき」
「「「ほらぁぁーーーっ!!」」」
教室中に、男子生徒の叫びと女子生徒の歓声が爆発した。
「告白じゃん!! 完全に告白ですやん!!」
「即答したよあの子!! 可愛いすぎか!!」
教室が大騒ぎになる中、結衣はニコニコと満足そうに悠希の頭を撫で撫でし始めた。
「ふふ、ありがと悠君! わたしも悠君のこと大好きだよ~! 一番大切な幼馴染だもんね!」
「~~っ!!」
クラスメイトたちが一斉にズッコケた。
「ダメだ……!! 相原さんの『幼馴染バリア』が強固すぎる……!!」
「『だいすき』を全部『幼馴染としての好き』に変換して自動ガードしてる……!!」
「水瀬くん、ガンバレ……!」
周囲の爆笑と生温かい同情の声が飛び交う中、当の悠希は結衣に頭を撫で回されて「んふ……」と嬉しそうに目を細めていたのだった。
「ほんと……結衣の天然無自覚バリアは世界一ね……」
莉子は呆れ果てたように肩をすくめると、自分の席に座り直した。
「まあいいわ。それで、二人は今日の放課後どうするの? 新学期初日だし、部活もないでしょ?」
「あ、放課後!? 放課後はね、駅前の新しく出来たカフェに行く予定なんだ~! ほら、冬に話してた季節限定のいちごチョコパンケーキが、春限定の桜いちごパンケーキに変わったんだって!」
結衣は目を輝かせながら、隣の悠希の手をぎゅっと握りしめた。
「悠君、覚えてる? テスト前に『暖かくなったらパンケーキ食べに行こうね』って言ってたでしょ?」
悠希は結衣の膝の上にポテッとあごを乗せ、萌え袖の先からちょこんと出た指先で結衣の制服を引っ張った。
「……ん。覚えてる……。桜の……パンケーキ……」
『……ゆ~~ちゃん……。ぼく……いちご……ゆ~~ちゃんに……あーん……してあげる……』
悠希の念話が、とろけるように甘く結衣へ届く。
『えっ、悠君があーんしてくれるの!? 嬉しい~! じゃあわたしも大きいイチゴあーんしてあげるね!』
『……んふ……。あーんしたら……あたま……ナデナデしてね……?』
『はいはい、お店で何回でもナデナデしてあげるからね~!』
目の前で無言で顔を見合わせ、二人だけの世界でニコニコと微笑み合う結衣と悠希。
その光景を間近で観察していた莉子が、突如として眉をひそめ、腕を組んだ。
「……ねぇ、ちょっと待って」
「ん? なあに莉子?」
「いま、二人の間で会話あった?」
「え? 会話? ううん、特に声は出してないよ?」
結衣が首を傾げると、周囲で聞き耳を立てていたクラスメイトたちが一斉にどよめいた。
「出たよ!! 無言のテレパシー通信!!」
「声出してないのに完全に会話が成立してる顔だったぞ今の!」
「相原さん、水瀬くんが何て言ったか分かってんの!?」
「えぇ~!? 分かるよ~! 悠君が『パンケーキのいちごをあーんしてあげる』って言って、わたしが『頭ナデナデしてあげる』って答えたんだもん!」
結衣が何気なく答えると、クラスメイトたちは「なんで分かるんだよーーっ!!」と頭を抱えた。
「エスパーかよ!!」
「いや、意思疎通の域を超えてるって!!」
「やっぱり付き合ってる以前に、通じ合いすぎでしょ!?」
クラス中が大騒ぎになる中、結衣は「もう~、みんな大袈裟なんだから!」と苦笑いした。
「だから言ってるじゃん! わたしと悠君は赤ちゃんの頃からの幼馴染なんだよ? 言葉にしなくたって、悠君が何を考えてるか、何をしてほしいかくらい、目を見れば全部分かっちゃうんだから!」
結衣はドヤ顔で言い放った。
念話の存在を隠しつつ、幼馴染としての絆を完璧にアピールする満点の回答――のつもりだった。
だが、莉子は冷ややかな視線を結衣に向けた。
「あのね、結衣。いくら幼馴染だからって、無言で『いちごをあーんするから頭ナデナデして』なんて思考を読み取れるわけないでしょうが」
「えっ? でも読み取れてるよ?」
「それがおかしいの!!」
莉子の容赦ないツッコミに、結衣は「むぅ……」と頬を膨らませた。
「おかしくないもん! 悠君もそう思うよね!?」
助けを求めるように隣を見ると、悠希は結衣の膝の上でぽわぽわと目を細め、至福の表情を浮かべていた。
『……ん……。ゆ~~ちゃんとぼくは……心でお話しできるもんね……』
『でしょ!? ほら、悠君もそう言ってるよ!』
『……ゆ~~ちゃん……お膝……あったかい……。このまま……お昼寝したい……』
『ダメだよ~! もうすぐホームルームが始まっちゃうんだから、自分の席に戻って……って、悠君の席隣だった! もうちょっとだけお膝にいてもいいよ!』
『……んふふ……。ゆ~~ちゃん……だいすき……』
声に出しては一言も交わさず、念話だけで続く、いつもの甘いやり取り。
外から見れば、女子生徒の膝の上に男子生徒が頭を乗せ、二人で幸せそうに微笑み合っているという、なんとも微笑ましい光景であった。
「……ハァ。もうツッコむのも疲れたわ……」
莉子は諦めたように手帳を開き、溜め息をついた。
「まあいいわ。今日の放課後のパンケーキ、私もついて行っていい?」
「えっ!? 莉子も来るの!?」
「当たり前でしょ。あんたたちがカフェで周りの客を天然イチャイチャで破壊しないように、監視役として同行させてもらうわ」
「破壊なんてしないよ~! 普通においしくパンケーキ食べるだけだもん!」
結衣がぷんぷんと怒ると、悠希も膝の上からチラリと莉子を見上げた。
『……えー……。莉子ちゃん来たら……ゆ~~ちゃんに……甘えづらい……』
『コラ、悠君! 莉子も一緒の方が賑やかで楽しいでしょ! 莉子にもパンケーキ一口あげるんだよ?』
『……やだ……。ぼくのいちごは……ゆ~~ちゃんだけのもの……』
『もうっ、食いしん坊なんだから~!』
2人だけの微笑ましい押し問答を経て、新学期初日の放課後カフェデート(監視付き)が決まったのだった。
◇
キーンコーンカーンコーン。
新学期初日の短いホームルームと諸連絡が終わり、放課後を告げるチャイムが学校中に響き渡った。
「よし! 放課後だーーっ!! 悠君、パンケーキ食べに行こーーっ!!」
「……ん。パンケーキ……」
結衣は元気に立ち上がると、さっそくカバンを肩にかけた。
悠希もぽてぽてと立ち上がり、当たり前のように自分の小さなカバンを結衣に差し出してきた。
「はいはい、悠君のカバンも持ってあげるね!」
結衣が慣れた手つきで悠希のカバンを受け取ると、悠希は嬉しそうに萌え袖の手を結衣の手に絡めてきた。指と指をギュッと絡める、いわゆる『恋人繋ぎ』の形だ。
「ちょっと結衣、荷物持ってあげるのはいいけど、手繋ぐの当然みたいになってるわよ」
後ろからついてきた莉子が呆れ顔で指摘する。
「え? だって、悠君は油断するとすぐポテッて倒れちゃうし、人混みではぐれたら大変だもん! 繋いでおかないと危ないよ!」
「はいはい、過保護過保護」
三人は満開の桜が舞う校門を抜け、駅前の繁華街へと向かって歩き出した。
春の陽気は暖かく、街ゆく人々もどこか晴れやかな表情を浮かべている。
通り沿いのカフェやショップには、ピンク色の春限定メニューの看板がずらりと並んでいた。
「あ! 悠君、見て見て! あのカフェだよ!」
結衣が指差したのは、駅前の通り沿いにあるお洒落なパンケーキ専門店だった。
ガラス張りの店内からは甘く香ばしい香りが漂い、春限定の『桜と苺のふわふわパンケーキ』の大きなタペストリーが飾られていた。
「うわぁぁ、美味しそう~! 悠君、テンション上がってきたね!」
「……ん。おいしそう……」
悠希はトロンとした瞳を輝かせ、結衣の手をギュッと握り返した。
『……ゆ~~ちゃん……。お店……いっぱい……人がいる……』
『大丈夫だよ! わたしがピッタリついてるからね!』
『……うん……。ゆ~~ちゃんのとなりに……座る……』
店内に入ると、放課後の高校生やカップルで賑わっていた。
店員に案内されて四人掛けのテーブル席に着くと、悠希は迷うことなく結衣のすぐ隣のソファー席にすっぽりと収まり、結衣の腕に『すり……』と体を寄せてきた。
対面の席に座った莉子が、メニュー表を開きながらジト目を向けてくる。
「ねぇ、四人掛けの席なんだから対面に座ればいいじゃない。なんでわざわざ隣同士で密着して座るのよ」
「え? だって、隣の方が悠君にパンケーキあーんしてあげやすいじゃん?」
「自分で食べさせなさいよ!! 高校生なんだから!!」
莉子の正論すぎるツッコミが飛ぶが、結衣は「もう~、莉子は厳しいなぁ」と笑い飛ばした。
注文が届くまでの間、悠希は結衣の肩にぽてんと頭を預け、トロンとした瞳で結衣の横顔を見つめ続けていた。
『……ゆ~~ちゃん……』
『なぁに、悠君?』
『……今日……すっごくたのしい……』
『ふふ、まだパンケーキ食べてないのに?』
『……うん……。ゆ~~ちゃんと……一緒のクラスになれたし……手……つないでお出かけできたから……』
悠希の念話は、どこまでも素直で、甘く、温かい。
結衣は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、悠希の頭を「よしよし」と優しく撫でてあげた。
『わたしもすっごく楽しいよ、悠君! これからもずっと、こうして一緒に遊ぼうね!』
『……ん……。ずっと……いっしょ……』
対面でメニューを見ていた莉子は、二人のやり取り(無言)をじーっと見つめた後、深く溜め息をついてメニューで顔を隠した。
「……ダメだわ。私、なんでついてきたんだろう。ただの甘々空間の障壁になってるだけじゃない……」
「そんなことないよ! 莉子がいてくれて嬉しいよ!」
「口ではそう言いながら、手は水瀬くんの頭撫で回してるじゃないの!」
そんなやり取りをしているうちに、注文したパンケーキが運ばれてきた。
「お待たせいたしました! 『桜と苺のプレミアムふわふわパンケーキ』でございます!」
店員がテーブルに置いたお皿には、分厚いふわふわのパンケーキが三枚重なり、その上にたっぷりの桜風味の生クリームと、大粒の真っ赤な苺がこれでもかと盛り付けられていた。仕上げにピンク色の桜ソースと粉糖が雪のように散らされている。
「うわぁぁーーっ!! すご~~いっ!! 美味しそう~~!!」
結衣の目がキラキラと輝いた。
悠希もトロンとした瞳を大きく見開き、萌え袖の手をパチパチと叩いて喜んでいる。
「よしっ! 冷めないうちに食べよっか、悠君!」
「……ん!」
結衣はフォークとナイフを手に取ると、一番大きくて綺麗な苺と、たっぷりの桜クリームをパンケーキと一緒にすくい取った。
そして、隣の悠希の口元へと運んでいく。
「はい、悠君! 最初に一番美味しいところ、あ~~ん!」
「……ん……。あ~~ん……」
悠希は素直に小さな口をパカッと開けると、結衣のフォークからパンケーキをパクリと食べた。
もぐもぐ……と小さな口を動かす悠希。
やがて、そのお顔がポワァァと桃色に染まり、トロンとした瞳が幸せそうに蕩けていった。
「どう、悠君!? 美味しい!?」
「……ん……! すごく……おいしい……」
ポツリと呟いた。
『……ゆ~~ちゃん……! すごく……ふわふわで……甘くて……おいしい……!』
『よかったぁぁ! 悠君が美味しそうに食べてくれると、わたしもすっごく嬉しいよ!』
『……ゆ~~ちゃんも……あ~~ん……してあげる……』
悠希は自分のフォークを一生懸命に動かすと、小さなパンケーキのかけらに苺を乗せ、萌え袖の手で大切そうに結衣の口元へ差し出してきた。
「はい……ゆ~~ちゃん……あ~~ん……」
「わぁ! ありがと悠君! あ~~ん!」
ぱくり。
口の中に広がる、甘酸っぱい苺の果汁と、ふわふわのパンケーキ、そして優しい桜クリームの風味。
「ん~~~っ!! 美味しい~~っ!! ほっぺた落ちそう!!」
「……ふふ……。よかった……」
お互いに「あーん」をし合い、顔を見合わせて幸せそうに微笑み合う二人。
対面の莉子は、自分のパンケーキを無言で口に運びながら、遠い目をして呟いた。
「……うん、知ってた。こうなることは分かってたわ。ごちそうさまでした……」
甘いパンケーキの香りと、二人の放つどこまでも甘く優しい空気が、春のカフェの中に広がっていくのだった。
「ふぅ~~! 美味しかった~~! お腹いっぱい!」
パンケーキをキレイに平らげた結衣は、満足そうに両手を合わせてお腹を撫でた。
隣の悠希も、お皿の上にあった苺とクリームを最後の一口まで残さず食べ終え、満足そうに「んふ……」と可愛らしい溜め息を漏らしている。
トロンとした瞳はすっかりトロけており、食べた直後の満腹感と春の陽気で、今にもぽてんと倒れて寝落ちしてしまいそうだ。
『……ゆ~~ちゃん……。おいしかったね……』
とろけるような甘い念話が届く。
『ね! すっごく美味しかったね、悠君! 桜のクリームがふわふわで最高だった~!』
『……ん……。ゆ~~ちゃんが……あ~~んしてくれたから……もっと美味しかった……』
『ふふ、悠君があ~~んしてくれた苺もすっごく甘くて美味しかったよ!』
無言のまま互いに顔を見合わせ、満足そうに微笑み合う二人。
対面でアイスティーを飲んでいた莉子は、二人のその様子を見てフッと優しく目を細めた。
「まあ、何はともあれ……新学期のお祝いとしては大成功だったんじゃない?」
「うん! 莉子も一緒に来てくれて楽しかったよ!」
「はいはい、ごちそうさま。……さ、そろそろ行きましょ。水瀬くん、もう目が半分閉じてるわよ」
「あ、ホントだ! 悠君、お目々が限界を迎えてる!」
結衣が覗き込むと、悠希は結衣の制服の裾をぎゅっと掴んだまま、コテンと結衣の腕に頭を預けてすっかり眠りに落ちかけていた。
「よしっ、お会計済ませてお家に帰ろ! 悠君、お家までおんぶしてあげよっか?」
「……ん……。ゆ~~ちゃんのおんぶ……すき……」
悠希は小さな声でぽつりと答えると、素直に結衣へ背中を向けた。
結衣は慣れた手つきで悠希の膝裏を支え、よいしょと背負い上げた。
「ちょっと結衣、いくら水瀬くんが小柄だからって、高校生男子をおんぶして平気な顔して歩くなんて、あんたの体力どうなってんのよ!?」
「大丈夫だよ~! 悠君は羽毛布団くらい軽いんだから! ほら、行くよ莉子!」
「……もう、本当に過保護なんだから……」
莉子は呆れつつも、代わりに二人のカバンを持ってあげながら、一緒にカフェの扉を開けたのだった。
◇
カフェを出ると、街はすっかり茜色に染まっていた。
春の夕風がそよそよと吹き抜け、桜並木から舞い散ったピンクの花びらが、オレンジ色の街並みをひらりと横切っていく。
莉子とは駅前の交差点で「また明日ねー!」と手を振って別れ、二人はいつもの通学路――オレンジ色に染まる夕焼けの道をゆっくりと歩いていた。
結衣の背中で、悠希はすっかり安心しきった様子で丸くなり、結衣の首元には、「すぅ……すぅ……」と温かな寝息がかかっていた。
(ふふ……悠君、すっかり寝ちゃったなぁ……)
結衣は背中の温もりを感じながら、歩幅を少しゆるめた。
ふと、この一年間のたくさんの出来事が、次々と頭に浮かんできた。
去年の春、授業中に数学の問題に苦戦して、悠希の念話に助けられたこと。
体力測定でハグの約束をして、最後に力を振り絞ったこと。
渡り廊下で突然の雨に降られ、寒がる悠希をギュッと抱きしめて温め合ったこと。
席替えで教室の端と端に離れても、結局念話でお喋りしていたこと。
文化祭で迷子(?)になった悠希を助けに行ったこと。
冬の寒い朝、結衣の大きなコートの中に潜り込んできたこと。
そして、テスト前夜にベッドの中で寝落ちするまで念話でお喋りしたこと……。
(振り返ってみると、本当に色んなことがあったなぁ……)
季節が巡り、学年が上がっても。
二人の間にある空気や、お互いを想う温かい気持ちは、いつもと変わらない。
周りのみんなからは、いつも「付き合ってるでしょ!」「また二人の世界に入ってる!」とツッコまれるけれど。
結衣にとって、この不思議で、甘くて、温かい繋がりは――赤ちゃんの頃から当たり前に存在していた、二人だけの特別な宝物だった。
すると、背中で眠っていたはずの悠希が、ぽてんと首を持ち上げた。
トロンとした目をこすりながら、結衣の耳元で小さく囁く。
「……ゆ~~ちゃん……」
「あ、悠君起きた? 背中、揺れて痛かった?」
「……ううん……。お背中……気持ちよくて……起きちゃった……」
悠希は萌え袖の手を結衣の肩に回すと、背中越しにぎゅっと抱きつき直してきた。
そして、声に出さず、念話で甘えるような気持ちを伝えてきた。
『……ゆ~~ちゃん……』
『なぁに、悠君?』
『……ぼくたち……来年も……再来年もおとなになっても……ずっと……いっしょ……?』
夕焼け空の下。
悠希の問いかけは、どこまでも澄んでいて、まっすぐで、そして少しだけ照れくさそうに震えていた。
結衣は足を止め、背中の悠希を落ちないようにキュッと抱え直すと、満開の笑顔を浮かべて答えた。
『当たり前じゃない! どこにも行かないよ!』
『……ほんと……?』
『うん! おじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっとこうやって一緒だよ! わたしがずっと、悠君のお世話をしてあげるんだから!』
元気よく宣言する結衣。
悠希は結衣の首元に『すり……』と顔を埋めると、心底幸せそうにふにゃりと表情を緩めた。
『……ふふ……。ゆ~~ちゃん……約束ね……』
『うん! 約束!』
背中から伝わるポカポカとした体温と、念話で交わす二人だけの秘密の会話。
声に出して言葉を交わさなくても、どれだけ距離が離れていても。
心と心がしっかりと繋がっているから、何も怖くない。
結衣は再び前を向き、夕陽に向かってゆっくりと歩き出した。
「ねえ、悠君」
「……ん?」
結衣は念話ではなく、ぽつりと実際の声で、温かな春の風に言葉を乗せた。
「これからも、よろしくね」
背中で、悠希が結衣の肩に回した手に、キュッと力を込めるのが分かった。
そして、耳元でポワポワとした小さな声が返ってくる。
「……ん。ゆ~~ちゃん……だいすき……」
その小さな声に重なるように、悠希の念話が結衣へ届いた。
『……ぼくも……ずっと……ゆ~~ちゃんのとなりが……いいな……』
舞い散る桜の花びらが、夕焼け空をピンク色に染めていく。
「ううん、当たり前だよ! だって――幼馴染なら、どんなときでも意思疎通できるもんね!」
結衣は弾むような笑顔を浮かべ、背中の悠希も幸せそうに微笑んでいた。
二人はこれからも、変わらず甘くて優しい明日へ向かって、ゆっくりと歩き続けていくのだった。
これにて、「幼馴染ならどんなときでも意思疎通できるよね?」は完結となります。
ご愛読いただき、ありがとうございました。