幼馴染ならどんなときでも意思疎通できるよね? 作:AirHertz
4時間目の授業終了を告げるチャイムが校内に鳴り響くと同時に、2年B組の教室は一気に賑やかな空気に包まれた。
「はーい、今日の授業はここまでー。日直、号令」
「起立、礼ー」
あっさりとした号令が終わるやいなや、生徒たちは待ってましたとばかりに机の中からお弁当箱を取り出したり、購買へ走ったりし始める。
昨日の5時間目、奇跡的な連携プレイ(と悠希の超至近距離ガイド)によって数学の悲劇を回避した結衣もまた、ホッと胸を撫で下ろしながら自分の机の上に可愛らしいお弁当を広げ、昼食の準備をしていた。
しかし、結衣が蓋を開けようとしたその瞬間——
「ねぇねぇ結衣! 昨日見たよーっ!」
「放課後、駅前のカフェに2人で行ってたでしょ!?」
「見た見た! 水瀬くんにパフェのイチゴ『あーん』して食べさせてあげてたよね!? もう完全に付き合ってるよね!?」
結衣の机の周りを、クラスの女子グループ——中心になっている友人の莉子を筆頭に、三、四人がキャッキャと取り囲んできた。
机の上に両肘をつき、身を乗り出して、目をキラキラと輝かせている。
「ちーがーうーっ!!」
結衣はわたわたと身をよじりながら、ぶんぶんと両手を振った。
「言ったでしょー!? わたしと悠君は付き合ってないの! 昨日のは、その……数学の問3を教えてもらった『お礼』! お礼のパフェなの!」
「お礼で『あーん』までセットになるのおかしくない!?」
「そうだよねぇ、普通のお礼なら『一口あげる』で済むじゃん! なんで自分の手でスプーン持って水瀬くんのお口に運んであげてるのさ~!」
「それは……っ! 悠君が自分から手を動かすのをめんどくさがってたからで……っ!」
「甘やかしすぎー!」
女子たちが一斉にドッと笑う。
結衣の顔はすでに茹で上がったタコのように真っ赤だ。
必死に弁明しようと口をパクパクさせるが、何を言っても「またまた~」と言いたげな、生温かい視線で打ち消されてしまう。
穏やかで平和なこの学園において、相原結衣と水瀬悠希の「距離感が狂った幼馴染関係」は、もはやクラス最高の娯楽であり癒やしコンテンツと化していた。
(うう……なんでみんな分かってくれないのかなぁ!? わたしと悠君だよ!? 家が隣同士で、生まれた時からずっと一緒にいるんだよ!? 弟みたいなものなんだってば~!)
心の中で叫びながら、結衣が助けを求めるように教室の入口付近へ視線を向けると——ちょうどタイミングよく、その「弟」がぽてぽてとした足取りで購買から戻ってきたところだった。
小柄で華奢な体型に、少し長めのサラサラした黒髪。トロンとした眠たげな瞳は、今日も今日とてぽわぽわとした雰囲気を全身から漂わせている。
手には、購買で買ってきた焼きそばパンがひとつ、ぽつんと握られている。
悠希は教室に入ってくるなり、周囲の女子たちの視線など一切気にする様子もなく、一直線に結衣の席へと向かって歩いてきた。
そして、当然のような顔で結衣の机の横にある椅子にちょこんと腰を下ろすと、小さな手で結衣の制服の袖口をぎゅっと掴んだ。
「……ゆ~ちゃん」
ぽわんとした可愛らしい声。
「きゃーっ! 出た、水瀬くんのお昼の定位置!」
「今日も今日とて袖掴み! 尊い!」
周囲の女子たちが「ごちそうさまです」と言わんばかりに胸を押さえる中、結衣は縋るような思いで悠希を見上げた。
「悠君! ちょうど良かった! みんなに言ってあげてよ! わたし達、付き合ってないよね!?」
悠希はトロンとした瞳を結衣に向け、首をコテンと横に傾けた。
「……ん? つきあう……?」
口から出たのは、短い言葉と首を傾げる仕草だけだった。
だがその瞬間、結衣の頭の中に、悠希のぽわぽわとした甘い声が直接届いた。
『……ゆ~ちゃん、お腹すいた……。お昼ごはん、いっしょにたべる……』
声に出さない、脳内でのサイレント通信——『念話』だ。
悠希は口頭では「つきあう……?」と小さく呟きつつ、念話でお昼のおねだりをしてきたのだ。
『お昼は一緒に食べるけどさ! 莉子たちがまた「付き合ってるんでしょ」って冷やかしてくるの! 悠君からも「違う」って言ってあげて!』
『……え~……。めんどくさい……。こえ出すの、つかれる……』
『そこをなんとか! 悠君がはっきり言わないと、わたしが「付き合ってるのに隠してる恥ずかしがり屋」みたいになっちゃうんだから!』
脳内で結衣が必死にお願いすると、悠希はほんの少しだけ面倒くさそうにパチパチと瞬きをした。
普段からできるだけ動かず、できるだけ喋らず、必要最低限のエネルギーで生きている悠希にとって、「声を出して他人に弁明する」というのは、非常にエネルギーを使う作業なのだ。
悠希はチラリと周囲の女子たち……特にグイグイ迫ってきている莉子のほうへと視線を向けた。
莉子は逃さず、ニヤニヤしながら悠希に尋ねる。
「ねえねえ水瀬くん! 結衣は『付き合ってない』って言い張ってるんだけどさ、水瀬くんは結衣のこと、どう思ってるの? ぶっちゃけ好きなの!?」
ストレートすぎる質問。
普通なら少しは恥ずかしがったり、濁したりする場面だ。
しかし、悠希は「好き」という気持ちを隠したり、恥ずかしがったりする理由をよく分かっていなかった。
悠希は結衣の袖を掴んだ手に少しだけ力を込めると、ぽやんとした表情のまま、はっきりと口に出した。
「……ん。だいすき……」
「「「キャーッ!!!!」」」
教室の天井を突き破らんばかりの黄色い悲鳴が上がった。
「言った! 水瀬くんが言った!!」
「ストレート! ストレートすぎる告白!!」
「ねえ結衣、聞いてた!? 『だいすき』って!! 本人の口から『だいすき』って言ったよ!?」
女子たちが大盛り上がりで結衣の肩を揺さぶる。
結衣は耳まで真っ赤に染め上げながら、半狂乱で手をぶんぶんと振った。
「ちーがーうーのーっ! ほら見てよ、悠君の顔! 恋愛の『好き』の顔じゃないでしょ!? これは家族とか、美味しいアイスに対する『好き』と同じやつなのっ!」
「そんな言い訳通るか~い!」
「だって本当なんだもん! ほら、悠君もそう思ってるでしょ!?」
結衣の焦りなどどこ吹く風で、悠希はごく自然な動作で結衣の腰あたりに『すり……』と顔を埋めてきている。
そして、外には一切漏れない甘々な声で、結衣の脳内に語りかけてきた。
『……ゆ~ちゃん……。きょうのお弁当……おばちゃんの“からあげ”入ってる……?』
昔からお互いの家を行き来している悠希は、結衣のお母さんが作る特製の唐揚げが大好物なのだ。
『入ってるけど! 今その話関係ないでしょ~!?』
『……関係あるよ……? おばちゃんのからあげ、おいしいもん……。ゆ~ちゃんが“あーん”してくれたら……もっと好きになる……』
『唐揚げで好きの度合いを増やさないで! ていうか、みんなの前で「だいすき」なんて言うから大騒ぎになってるでしょ!』
『……だって……ほんとうに、ゆ~ちゃんのこと大好きなんだもん……。うそつくの、嫌だ……』
脳内で、悠希が少しだけ唇を尖らせて不満そうにする気配が伝わってきた。
その「ゆ~ちゃんのこと大好きなんだもん」という無邪気でストレートな念話の破壊力に、結衣はキュンと胸を撃ち抜かれそうになりつつも、必死で理性を保つ。
(う、くっ……! 念話だとこんなに素直で甘えん坊なのに、外から見たら「無口な美少年が不意打ちでストレート告白した」みたいに見えちゃうのがタチ悪いんだよ~!)
「ほら見て、結衣! 水瀬くん、結衣にお腹すりすりして完全に甘えてるじゃん!」
「これで『付き合ってない』は無理があるって~!」
莉子たちが追い打ちをかけてくる。
結衣はハッと正気に戻り、いつものくせで悠希の頭を「よしよし」と撫で回しながら、必死に言葉を紡いだ。
「あのね! わたしと悠君は、生まれた時からお隣同士で、赤ちゃんの頃から一緒にお昼寝したりお風呂入ったりしてた仲なの! 今さら恋愛とか、付き合うとか、そういう雰囲気にする方が無理なの!」
とにかく必死に弁明する結衣。
しかし、その言葉の中にとんでもないキーワードが含まれていた。
「……え? お風呂……?」
莉子がピタリと動きを止める。
周囲の女子たちも一瞬静まり返り、次の瞬間——
「「「お風呂入ってたの!!??!?」」」
「いつまで!? いつまで一緒に入ってたの!?」
「待って、幼馴染の距離感そこまでいってるの!?」
「ち、違うー! そういう意味じゃないのーっ!」
結衣は慌てて自分の口を両手で塞ぎ、目を見開いた。
言ってしまった。完全に余計なことを言ってしまった。
もちろん、お風呂を一緒に入っていたのは幼い頃の話なのだが、パニックになった結衣が言葉足らずで言ったせいで、クラスメイトたちの妄想に油を注ぐ結果になってしまったのだ。
『……ゆ~ちゃん……。みんな、なんでこんなに叫んでるの……? うるさくて、お耳がキーンってする……』
脳内で悠希が、困ったように眉を下げている。
『わたしが余計なこと言っちゃったからだよ~! 悠君、助けて! 何かこう、「僕たちは清らかな幼馴染です!」みたいなフォローして!』
『……ふぉろー……? めんどくさい……』
『お願い! このままだとわたし、明日から「幼馴染とお風呂に入ってた女子」として学園の歴史に刻まれちゃう!』
『……ん……。わかった……。ゆ~ちゃんのためなら、がんばる……』
念話でそう答えた悠希は、ゆっくりと顔を上げた。
そして、トロンとした瞳で莉子たちをまっすぐに見つめると、ぽわぽわとした声を絞り出した。
「……ぼくたち……。おふろ……はいってないよ……?」
「え? 入ってないの?」
莉子が拍子抜けしたように問う。
悠希はこっくりと頷き、追い打ちをかけるように言った。
「……さいきんは……はいってない……」
「「「『最近は』!!??!」」」
「前は入ってたの!? いつまで!? 小学生!? 中学生!?」
「逆効果ーっ!! 悠君、言い方が紛らわしすぎるよーっ!!」
結衣の悲鳴が教室に響き渡った。
「最近は入ってない」などという悠希の省エネすぎる補足のせいで、莉子をはじめとする女子たちの目が完全に怪しい光を帯びてしまっている。
「ちょっと結衣! 小学生まで? 中学生まで入ってたの!?」
「待って、水瀬くんって中学生のときすでに今みたいにぽわぽわしてたでしょ!? 一緒にお風呂とか、結衣それもう……!」
「ちがう、ちがうってば~!!」
結衣はブンブンと手を横に振りながら、真っ赤な顔で弁明した。
「幼稚園! 幼稚園に入るか入らないかくらいの超ちびっ子のときの話! 小学生になってからは当然一緒に入ってないから! 悠君も『最近は』とか言って変な勘違いさせないでよ~!」
結衣は縋るような思いで悠希のぽわぽわとした頭をよしよしと撫で回した。
悠希は結衣の手のひらの温もりに気持ち良さそうに目を細め、「……んふ」と小さく鼻を鳴らしている。
そして、念話でぽわんとした声を結衣の頭の中に直接届けてきた。
『……ゆ~ちゃん……。おふろ、入ったの……おぼえてないの……?』
『覚えているわけないでしょ! 赤ちゃんの頃の話なんだから!』
『……ぼく……うっすら覚えてる……。ゆ~ちゃん、お風呂で黄色いアヒルさん浮かべて……「ゆうくん、あひるさんだよ~」って……ぼくのあたまに乗せてきた……』
『それ完全に赤ちゃんの遊びじゃん!! ほら見なよ、やっぱり怪しい話じゃないでしょ!?』
『……うん……。ゆ~ちゃん、そのころから……ぼくのこと甘やかしてた……』
『そこに着地しないで~!』
脳内で結衣がジタバタと頭を抱えていると、莉子たちが生温かい、実に微笑ましい表情で二人を見つめ合っていた。
「あーあ、また二人だけの世界に入っちゃった」
「結衣が必死に否定すればするほど、水瀬くんが甘えて結衣が無意識に撫で撫でしてるの、ほんと熟年夫婦のコント見せられてる気分になるんだけど」
「ほんとに付き合ってないの~? 隠さなくても誰も怒らないよ?」
莉子が肘で結衣の腕を小突いてくる。
結衣は深々とため息をつくと、観念したようにお弁当箱の蓋を開けた。
「ほんっとうに付き合ってないんだってば。わたしにとって悠君は、手のかかる可愛い弟みたいなものなの。ね、悠君?」
「……ん。ゆ~ちゃんの……おとうと……?」
悠希は首を傾げた。
言葉としては呟くだけだが、脳内では間髪入れずに不満げな声が返ってくる。
『……おとうと、やだ……』
『えっ!? なんで!? 悠君、弟扱いされるの嫌なの!?』
『……おとうとだと……ゆ~ちゃんと結婚できないもん……』
『けっ、けっこ……っ!!??』
結衣は思わず「ぶふっ」と吹き出しそうになり、口を両手で押さえた。
何食わぬ顔で結衣の制服の裾を掴んだまま、悠希は念話でとんでもないビッグワードを投下してきたのだ。
『よ、悠君いま何て言った……!? けっ、結婚……!?』
『……うん……。ゆ~ちゃんと……ずっといっしょにいる……。おとうとだと、結婚できないって……絵本に書いてあった……』
『どんな絵本読んでるの!? ていうか悠君、結婚の意味分かって言ってるの~!?』
『……わかるよ……? ずっといっしょにいて……毎日お料理食べて……あたまナデナデしてもらうこと……』
『それ今の生活と何も変わってないよ!!』
結衣は心の中でツッコミの嵐を巻き起こした。
悠希にとって「結婚」とは、大人の恋愛の行き着く先などではなく、「これからもずっと結衣に甘やかしてもらえる魔法の契約」程度の認識なのだ。
(もう~! 悠君ってば、たまにこういう無自覚で心臓に悪いこと言うんだから……っ!)
赤くなった顔を誤魔化すように、結衣はお弁当箱の中から色鮮やかな黄色い玉子焼きと、悠希が大好きな特製の唐揚げを箸でつまみ上げた。
「ほら、悠君。お母さんの唐揚げ、入ってるから」
「……ん。からあげ……」
悠希のトロンとした瞳が、パッと花が咲いたように輝いた。
購買で買ってきた焼きそばパンを自分の膝の上にぽん、と置くと、悠希は当然のような顔で結衣のほうへと顔を近づけ、口を「あー」と小さく開けた。
「……ん」
「あ、自分でお箸持たないで『あーん』待ちなんだ!?」
莉子たちが目ざとく突っ込む。
結衣は「もう、悠君は本当に省エネなんだから……」と呆れつつも、すっかり手慣れた動作で唐揚げを悠希の口元へと運んであげた。
「はい、あーん。落とさないように気をつけてね」
「……ん。あむ……」
悠希は小さな口で唐揚げを咥え込むと、もぐもぐと幸せそうに頬を膨らませた。
トロンとした目がさらにとろんと溶け落ちそうになり、つむじのあたりのアホ毛が嬉しそうにぴょこぴょこと揺れる。
そして、外には一切聞こえない、とろけるように甘い念話が結衣の脳内を満たした。
『……ゆ~ちゃん……。おいしい……。おばちゃんのからあげ、さいこう……』
『ふふ、良かったね。お母さんにも伝えておくよ』
『……うん……。ゆ~ちゃんが“あーん”してくれたから……もっと美味しい……』
『はいはい、お上手ですねー』
『……ほんとだよ……? ゆ~ちゃん、だいすき……。あしたも……からあげがいいな……』
脳内で語りかけられる、どこまでもストレートで純粋な「大好き」の言葉。
結衣は呆れ半分、可愛さ半分で、悠希の頭をよしよしと優しく撫でてあげた。
口頭では「あーん」をして、悠希が嬉しそうに食べ、脳内では甘々の言葉が交わされ、結衣がそれを自然に受け入れて頭を撫でる。
その一連の流れがあまりにもスムーズで、洗練されすぎていて、周囲の女子グループは言葉を失っていた。
「……ねぇ」
莉子がボソッと呟いた。
「なに? 莉子」
結衣がお弁当の玉子焼きを食べながら振り向くと、莉子をはじめとする女子たちが、なんだか諦めと悟りに満ちた表情で結衣を見つめていた。
「もういいや」
「え?」
「うん、もういい。二人が『付き合ってる』か『付き合ってない』かとか、どうでもよくなってきた」
「なんで!?」
莉子は深く首を振った。
「だってさ、見てよこれ。水瀬くんは結衣以外の人に一切心開いてないし、結衣は結衣で水瀬くんのお世話を息をするようにやってるじゃん」
「お世話って言わないでよ! 幼馴染なんだから普通だよ!」
「それがもう熟年夫婦なのよ! これで『ただの幼馴染』っていうなら、世の中のカップル全員解散レベルだよ!」
「そんなぁ!?」
女子たちが「うんうん」と深く頷き合う。
「もう二人の中で完結してるよね」
「会話が最小限なのに全部通じ合ってるのが怖いくらい尊い」
「名目なんて『幼馴染』でも何でもいいや。今日もごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした~」
拝むようなポーズをして、女子たちは満足そうに自分の席へと戻っていった。
結衣は「ええ~!? なんか納得されたような、投げやりになられたような……!?」と、お箸を持ったまま呆然とクラスメイトたちの背中を見送った。
結局、「付き合っていない」という事実は伝わった(?)ものの、周囲の「二人は不可侵の特別すぎる関係である」という認識は、ますます強固なものになってしまったらしい。
『……ゆ~ちゃん……。みんな、どこか行っちゃったね……?』
悠希が焼きそばパンをちびちびと噛みちぎりながら、念話で話しかけてきた。
『うん……。なんか、追及するのに満足したみたい……』
『……よかったね……。静かになった……』
『悠君が変な紛らわしいことばっかり言うからでしょ! もう、次から気を付けてよね?』
『……ん。わかった……』
口頭では短く返事をしながら、悠希はごく自然な動作で、結衣の膝の上に自分の頭をぽてんと乗せてきた。
結衣の太ももを枕にして、トロンとした瞳で下から結衣を見上げてくる。
『……ゆ~ちゃん……。ごはん食べたから……ねむくなっちゃった……』
『えっ、お昼休みまだ半分残ってるよ!? 自分の席に戻って寝なよ~!』
『……やだ……。ゆ~ちゃんのお膝がいい……。あったかいもん……』
悠希は結衣のお腹あたりに顔をすりすりと押し付け、念話でどこまでも甘えてくる。
距離無制限の念話を持ちながら、物理的な距離すらゼロに縮めてくるこの幼馴染に、結衣は心底勝てないなと思わされる。
「はぁ……もう、今日だけだからね?」
結衣は小声で呟くと、膝の上の悠希の柔らかい髪にそっと手を添え、優しく撫で始めてあげた。
悠希は「……んふ」と満足そうに目を閉じると、脳内にぽわぽわとした最後の念話を送ってきた。
『……ゆ~ちゃん……。ずっと……いっしょだよ……?』
『はいはい。ずっと一緒だよ。だから早くお昼寝しなさい』
『……うん……おやすみ……ゆ~ちゃん……だいすき……』
ぽわんとした念話が途切れ、悠希の規則正しい小さな寝息が聞こえ始める。
結衣は自分の膝の上で無防備に眠る幼馴染の顔を見つめ、ふっと柔らかい笑みをこぼした。
周りからどう見られていようと、勘違いされていようと。
言葉にしなくても気持ちが通じ合い、こうして当たり前のように隣にいる。
「付き合っていない(大嘘)」と周りに呆れられるこの関係は、二人にとっては何よりも心地よくて、世界で一番優しい日常なのだった。