昔々ある所に、この世全てのヤセイをハラに納めて、ドーブツ達の頂点に立った百五十獣の王がおったそうな。
選ばれしドーブツしか立ち入ることを許されぬ地に辿り着き、そこで毎日ドーブツを食って寝てを何度も何度も繰り返し過ごしておった。
ドーブツの王として悠々自適に。されど心のどこかに満たされないキモチを抱えながら眠りにつくこと幾数千。
そうして太陽と月が入れ替わったある日。目が覚めた王は自分の周りが様変わりしていることに気が付いた。
その世界の誰かが言った――全身の肉がすべて、舌の上でとろける霜降り肉の獣がいると――
プリプリで身のずっしりつまったオマール海老や、タラバガニの身が年中生る木があると――
そして――極上のヤセイを身に宿した、一匹のドーブツがどこかにいると――
「ギャオーーーーーーーーーーン!!」
グルメ時代を生きる人々は、こう呼んだ。
――――その名は、動物番長。
――――――――――――――――
「ギャッギャッギャーーーー!!!」
「グオォォォォォ!?」
見慣れぬ地に放り出された動物番長。しかし、その程度で縮こまるドーブツなど動物番長にあらず。その身ひとつでヤセイが失われた世界を駆け抜けた彼にとって、未開の地など驚きはしても退くことはありえない。何故か飢えていた島のドーブツ達は、立派なハラの大きさの動物番長を見て、自分のハラを満たすために我先に襲い掛かる。
しかし相手が悪かった。強さの象徴、暴食のイロの力が全身に染み渡っている動物番長にとって、有象無象のドーブツに群がられたところでお話にならなかった。
しかも、この時の動物番長は、最強のカタチと名高い灰獣類。攻撃、防御、移動速度、全てが高い水準でまとまっていて手堅く強い。
「ギャオオオオン!!」
威嚇の叫びで弱いドーブツはノックアウトされ、そうでなくても足がすくんで動けない。動きを止めたドーブツは動物番長にとっていい的でしかなく、タックルを受けて倒された後にニクを食いちぎられた。
「ウギャギャ、ギャウギャウ!!」
タックルで倒されるドーブツもいれば、とびかかった勢いで手足を丸ごと食いちぎられたドーブツもいる。この場において、動物番長以外のドーブツは餌にしかなれなかった。
狩りの時間が終わった動物番長は、ハラが満たされた満足感を味わいつつも、心に未だ眠るヤセイのカンが疼くのを感じていた。さっき自分に襲い掛かったドーブツはやせ細っていて、ヤセイをちっとも感じることができなかった。そう、これはかつてヤセイが奪われ、灰色のムシやドーブツが闊歩していた昔の世界によく似ていたのだ。
「……ウギャー」
ならば、この島にはヤセイを食い荒らした元凶のドーブツがいるに違いない。自らの血肉となったドーブツ達の亡骸を背に、動物番長は森の奥地へと進んでいった。
――――――――――――――――
このバロン諸島に足を踏み入れたのは動物番長だけではなかった。筋骨隆々の大男の"美食屋"トリコ。同行を自ら志願した"料理人"である小松。ある目的のために海を渡って遥々やってきた命知らずの二人は、開けた場所で行われた狩りの痕跡を前に足を止めていた。
「……ト、トリコさん……これって、ガララワニの仕業ですかね……?」
「イヤ……そいつはちょっと怪しいな」
死骸を調べていたトリコは立ち上がって周辺を見渡す。彼らのターゲットは捕獲レベル5を誇るガララワニの生け捕り……しかも300年生きた超大型個体と予想している。これほど大量のドーブツを相手取って一方的に狩れるのはガララワニしかいないだろうが、トリコはその結論には疑問を覚えた。
「食われた痕を見るに、こいつらは体を押さえつけて食いちぎられてる。だが、ガララワニの顎のデカさなら丸ごと食っちまえるはずだ」
そもそも、ガララワニに怯えて満足に餌も獲れなくなっているドーブツ達が、ガララワニに襲い掛かろうとするだろうか。飢えで限界のドーブツ達が食いあったのかと考えてみるが、それにしては残された傷跡が似ているし、痩せた体では出せないような力強さを感じる。
「……まさか、いるのか?ガララワニ以外にも、何か……」
一頭だけで島の生態系を狂わせたガララワニに匹敵するナニカ。一流の美食屋たるトリコはこの程度の障害で依頼を投げ出したりはしない。
ただ、生け捕りの難易度が上がったな、と。そう一言呟いて、道草を食いながら再び歩き始めるのであった。
――――――――――――――――
「ウギャギャ、ギャッギャッ」
森の中を進んだ動物番長であったが、この島にはドーブツ以外にも脅威がいると血を流しながら実感していた。体に引っ付いて血を吸われる蛭なんて、彼は初めて見たのだ。木に向かってタックルを繰り返して蛭を潰したのは良いが、出血を止められなくて体力が奪われていく。
森を抜けて平野に出た動物番長は、そこにあった大きな沼を見て喜んで走り出した。
――オアシスだ!
水に浸かっているだけで、体力を回復できるオアシスだと思って駆けだした動物番長。しかし、そこはオアシスではなくてただの沼。沼に近づいた動物番長を狙い、沼の主が姿を現す。
「ギャーーーース!!」
「ギャオオオオオン!!」
「ギャーーーース!?」
沼の中であれば、ガララワニでも手が出せないと言われる沼蛇。襲いかかろうとして沼から飛び出したものの、噛みつこうとした沼蛇の頭の下をかいくぐるように、動物番長の鋭いタックルが沼蛇の体を打ち抜いた。
倒れ伏した沼蛇を地上へ引きずり出し、今までの獲物と違って食べ応えのあるニクの量を見て、たまらず動物番長はかぶりついた。動物番長の大きなハラをも満たす肉厚な沼蛇を食べ続け、体の出血が治った頃には沼蛇は動物番長の腹の中に納まっていた。
「……ギャッ、ギャー」
満腹になったなら、昼寝の1つもしたくなるのがドーブツのサガ。しかし、それを許さない威圧感が近づいているのを感じ取っていた。
「――カロロロロロ」
ここは厳しいドーブツの世界。自分の食事が終わったからといって、他のドーブツの狩りが無くなる理由は無い。
沼蛇よりも巨大で食いでのありそうなニク。攻撃的な大あごの中には、動物番長の体に引っ付いていた蛭がうごめいていた。何よりも目を引くのが、強さの象徴である8節の足。動物番長でさえ6節だというのに、ニクの枚数であればまず勝ち目はなかった。
だが、ここのヤセイの世界ではニクの節数が強さではなかった。沼蛇との戦闘でそれを感じ取っていた動物番長は、ゆっくり近づいてくる島の主を迎え撃つのを決めた。
「ギュアアアアアアアア!!」
「ギャオオオオオオオオ!!」
――――――――――――――――
トリコと小松は簡易的なキャンプを設営し、捕らえたヘビガエルを丸焼きにして夕飯をとっていた。豪胆に酒を瓶から直接飲みながら、トリコは注意深く周囲を観察していた。
「こんなに広い場所なのに、他の動物たちの姿が見えなくなりましたね……」
「そーだな……ん、こりゃうめぇ!!」
「ハハ……」
ヘビガエルの丸焼きに舌鼓を打つトリコ。小松に指摘されるまでもなく、トリコも島の異変を感じ取っていた。夕飯をあっという間に平らげたトリコは、地面に落ちていたあるものを手に取った。
「ト、トリコさん。それ、何ですか?」
「ほらよ」
「わ、わ……なんか綺麗な色してますね。石?……なんか、ほんのりあったかいんですけど」
「ウンコだ」
「ぎゃーーーーー!!!!」
なんてものを持たせるんだと驚く小松だが、トリコの表情にはおどけた気持ちなど微塵も感じられない。
「動物の排泄物って、縄張りを示す役割があるって聞きますよね……」
「そうだな。ここら辺にいくつもあるから、その可能性もあるが……」
「……トリコさん?」
あちこちに残された排泄物。色とりどりのそれを見て、トリコは単に縄張りを主張しているだけだとは思えなかった。
「他に考えられるとすりゃあ……体調管理、か?」
考えられない話ではない。かく言うトリコ自身も、仕事の前に15㎏のウンコをしてコンディションを整えている。排泄物は、体内のいらないものを体の外に出す行為で生みだされるものだ。
もしも、この色が示すのがいらないものだとしたら。
このウンコの主は、狩りを続けながら牙を研ぎ続けている。
――――――――――――――――
「ギ、ア、アァァ……」
バロン諸島のガララワニは、間違いなく王だった。
パワーとスピードを兼ね備えた肉食獣の動きは、さしもの動物番長と言えども苦戦を強いられたと言えるだろう。
そのうえで、動物番長が全てを上回っていただけだ。何度も何度も生まれなおし、狩りとコウビとヘンタイを積み重ねた動物番長の経験が、ガララワニの脅威を退けたのだ。
「ギャッギャーーーー!!」
ズシン――と倒れ込んだガララワニを見て、動物番長は勝利の雄たけびを上げた。命の奪い合いで生き残った側に立つ喜びは、何回味わっても色褪せる事はない。
倒したばかりのガララワニは、その身にたっぷりのヤセイを溜め込んで輝いているように見える。島の王に相応しい、豪勢なニクの塊だ。
さあ、勝者のご褒美の時間だ。動物番長は一本の足に食らいつき、力を込めて食いちぎった。
「!!――――ウギャーーーー!!」
ウマイ!口の中に広がる甘美なニクの血と油が、動物番長の気分を高揚させる。ガララワニとの戦闘で消耗した体力が、みるみるうちに回復していく。
沼蛇よりも巨大なガララワニのニクの量は、さしもの動物番長でも一度に食べきることはできなかった。それでも片側の足を全て平らげたところで、何者かの気配を感じた動物番長。くわえていたニクの欠片をハラに納め、ガララワニの陰からゆっくりと身を晒した。
「ト、トリ……コさん……ガ……ガララワニが……」
「ちっ、先を越されちまったか……おかげで生け捕りがパーになっちまったぜ」
それは異質な2匹のドーブツ。片方の小さいドーブツは大したことがなさそうだが、大きな方のドーブツからは、ガララワニ以上のヤセイのパワーが満ち溢れている。試しに一発、威嚇を入れてみたものの、小さな方には効果があったが、大きな方は気にも留めていなかった。
「ギャウアーーー!!……ギャウ」
「あ、あばばばば……なんなんですかアレ……」
「久しぶりにケンカを売られたな……獲物を横取りする形になっちまうが、こっちも仕事なんでね……」
対するトリコと小松も、自分達の前に立つ未知のドーブツに対して危機感を感じていた。
世界中を巡って、新食材を発見し続けた偉業を持つトリコと、バロン諸島に行くにあたって、現地の動植物の情報をある程度調べていた小松、両方の知識に合致しないドーブツがガララワニを狩ったのだ。
だが、小松はともかく、トリコはプロの美食屋だ。油断なく見据えながら、目で見て分かる情報を取り込み続けている。
ガララワニに残っている戦闘の痕から、主な攻撃方法をタックルだと断定した。それに加えて、頭に生えた巨大なツノが、タックルの威力を底上げしている。
表皮に残っている古い傷跡は古強者の証だ。激しい戦闘を繰り返して、ずっと生き残ってきた歴戦の個体に違いない。
頭のコブに関しては……ちょっと分からない。エネルギーを溜め込んでいるのか?
「ギャウギャーーーー!!」
「下がってろ小松!!」
先手必勝。力を限界まで溜めたタックルがトリコを襲う。トラックがぶつかってきたような、激しい衝撃がガードした腕に響く。
「うお、重っ……!」
ガララワニに比べて小さい体の動物番長だが、パワーでは決して負けていない。トリコをして恐るべき威力のタックルを受けて、防御に回るのは不利になると即時に判断した。
反動でくるんと宙返りして地面に降り立った動物番長に向けて、トリコは人間の武器を使うと決めた。
獣のように荒々しく両手を打ち鳴らし、金属音を響かせたトリコを前に、動物番長は回避の選択肢が失われたことを察した。で、あるならば後は防御を固めて迎え撃つのみ。全身に力を入れて、トリコの攻撃を受け止める。
「フォーク!!」
振るわれたのは左腕。親指を折りたたんで4本の指を伸ばし、抉るように突き刺してくる。刺突とは思えない攻撃の重さに、動物番長は小さく鳴き声を漏らした。
「ぐっ……ナイフ!!」
トリコもまた、思ったよりも手ごたえを感じられないニクの固さに攻撃の失敗を悟った。タイルのように平たいニクの節を狙ったものの、薄さに見合わない頑丈さがフォークを押しとどめた。動物番長の特殊能力「ナマボーン」によるガードの強化の賜物だ。
続けて右手をチョップを打つような形にして、ナイフによる切断攻撃を試みた。頭のキズを狙ってみたものの、ナマボーンの固さを破るには至らない。フォークとナイフはニクを切るための物であり、骨を断つ事を目的とはされていない。グルメ時代の立役者であるトリコでさえ、人間の域を超えてはいなかったらしい。
ナイフの衝撃で距離を取った動物番長とトリコが睨み合う。膠着状態に陥った2匹のドーブツを、固唾を飲んで見守る小松。
トリコが次の攻め手を決めあぐねているうちに、動物番長が状況を変えた。
「な……姿が変わっただと……!?」
6節のニクが頭に一度引っ込んで、次の瞬間には別のドーブツの形にヘンタイしていた。動物番長の体には、メスとコウビして生まれた時のカタチと、百獣の王になった時のように節目の時のカタチが刻み込まれていて、
経験豊富なトリコであっても、流石にこれは面食らった。チーターが一瞬でカバになれば、そうもなろう。
動物番長の次の動きに備えて身構えたトリコ。ガードされていてはフォークもナイフも通じないことは実証された。となれば、向こうの攻撃に合わせてカウンターを決めて、ガードされない瞬間に攻撃を叩き込むしかない。
相手が攻撃するのをじっと待っていたトリコを見て、動物番長は決断した。
――ザザザザザッ!
軽快なバック走行である。
「は?……逃げたのか!?」
姿を変えたドーブツはバックの速い紫乳類。スタミナを消費しないバック走行は、スタミナを消費するダッシュよりも逃げるのに適している。
先程のタックルの手ごたえから、動物番長はトリコと戦うにはまだ早いと判断した。勝てない相手からは逃げるのもヤセイの戦術だ。
「……まあ、いいか。目的はこっちだしな……」
そして、その戦術は偶然にも功を奏した。トリコ達の目的はあくまでもガララワニだ。一目散に逃げた動物番長を追いかける理由を、彼らは持ち合わせていなかったのだから。
――――――――――――――――
バロン諸島の海岸線まで逃げてきた動物番長は眠っていた。そもそもドーブツは夜は眠るものであり、それをさせなかったこの場所のドーブツがおかしいのだ。
鼻提灯を膨らませている動物番長の体内では、ある変化が起き始めていた。
動物番長はヤセイの力を溜め込んだナマニクを食らうと、特殊能力を身につける事ができる。バロン諸島で一番強いヤセイを秘めていたガララワニを食べた動物番長にも、そのヤセイの力が受け継がれていた。
ガララワニは淡水に生息する生き物だが、実は海水にも適応できるという。その力が動物番長にも備われば、朝日と共に彼は新天地へ旅立つだろう。
「ZZZ……ZZZ……」
世はまさにグルメ時代。未開の地にヤセイを取り戻した開拓者である彼の名が、グルメ時代に残る日はそう遠くないのかもしれない。
タイトルに付ける程、戦ってないかもしんねェ……。