ただの少女に背負わせすぎでは? 作:英雄信者
暗闇のなかで、カタカタという音が響く。
何かを叩くような、押すような。
とにかく、そんな現代ではありふれた機械音がする。
ブルーライトの光が、画面から放射状に放たれている。
それは、この暗闇の中で不自然に輝いていた。
「────………はぁ………」
ため息一つ、その空間にまた音が響く。
気持ちのいい空気ではなく、また悪すぎるというわけでもない。
まさしく普通、そんな雰囲気。
ただ画面の前に座って、ゲームをしているだけなのだからそりゃそうなのだが。
「………飽きてきたな」
とは言っても、同じゲームを数百時間もやっていれば飽きもする。
気分転換でもしたいが、やることも思いつかない。
オープンワールド、FPS。
かなりの数のゲームをやってきたが、数百時間やって飽きてを繰り返している。
「なんかいいゲームねぇかな………ん?」
画面の中、パソコンのデスクトップの片隅にあるアイコンを見つける。
ネッ友に押し切られて、ダウンロードしたんだったか。
確か名前は、そう。
「崩壊3rd………ねぇ」
崩壊3rd。
元は崩壊学園というゲームの3Dバージョンとして宣伝されていた物で、かなりストーリーにも変更を加えられていたはずだ。
特にそのストーリーは素晴らしく、こころに響くようなものも多数あるそうで。
なんでやっても居ないゲームにこんな詳しいのかと言えば、ネッ友に力説されたからだ。
「果たして面白いのか?あいつすぐハマるからな……」
あのネッ友はハマったらとことんハマり、短期間でそれを繰り返すような奴だ。
すぐに飽きることも多いし、それで金を費やしたことを嘆いていたりもする。
「………まっ、やってみておもろくなかったら辞めりゃいいか」
やる前から決めつけるのは、普通に失礼にあたるからな。
だったら楽しみ尽くしてから、存分に遊び尽くしてから辞めりゃいい。
それが俺のやり方だ。
そう。そう思っていた俺は、画面に映り始めた砂嵐に気づかない。
もともと本当に極小でしか写っていなかったが、それでも集中すれば見えるものを見落とす。
「んー、やっぱ結構容量あるな」
そんな呑気なことを考えている間にも、砂嵐は大きくなっていく。
画面の端から、どんどんと侵食するように。
「寝て起きたら完了してるだろ」
そして、最悪なことに画面から目を離してしまったのだ。
この時点でパソコンを停止していれば、まだ間に合ったかもしれないのに。
どんどんと砂嵐はひどくなり、それを食い破るかのように光が増す。
「んじゃ、おやすみー」
そして、布団に横になった瞬間。
光は臨界を迎え、部屋を飲み込んだ。
◆◆◆
焦げ臭い匂いがする。
何かが焼き焦げて、その熱がこちらまで伝わってくるような。
まるで直ぐ側で、本物の火事が起こっているかのようにリアルに現実味のある現象。
(なんだ?家が火事にでもなったのか?)
そう思い、飛び起きようとした時。
背中に硬いものが当たっていることに気付く。
あり得ないだろうそれは、だって眠ったのは確実にベットの筈だった。
わざわざ床などに寝転がることはないし、あったとしてもそれは気絶とかだろう。
しかし現に、俺は今何か硬いものの上に寝ている。
こうしていても仕方ない、確かめる方法は簡単だ。
目を開ければいい、それだけ。
そうして、少し怖くなりながら目を開く。
「…………は?」
目に映る景色は、家の天井などではなく。
灰色の空と立ち昇る黒煙。そして、今にも燃え尽きようとする建物たち。
「え?は?……夢、か?これ」
信じられない。
そもそもがおかしい、俺は普通に家で寝ていたはずだ。
夢遊病など患った覚えもなく、健康体そのもの。
だが、いくら否定しようとも、感覚と視界はこれが事実であると雄弁に訴えかけてくる。
「………服のまんまだ」
誘拐でもされたのかと考えるも、服も灰色の上着に黒のズボンのまま。
それでもこんな場所に放置するなら何のためにしたのか分からない。
それに家に鍵は掛かっていたはずだからそれもない。
じゃあなんだ?突然別の場所に現れたと?
そんなのはフィクションの中だけだろう。
「ゲホッ、ゲホッ………焦げ臭えな、いったいここどこだよ」
考えても考えても、答えは見つからない。
いくらここで考えても無駄だろう。
取り敢えず、ここにいては酸欠で死にかねない。
動いてみるしかないだろう。
そして。
歩き出して、ほんの少し経った頃。
俺は街の違和感に気づき始めていた。
「………壊れてる?」
建物が、道路が。
電柱やインフラが思い切り破壊されている。
乱雑に、徹底的にとまではいかないが、それでもかなり酷く損害している。
まるで力任せにぶち壊したように。
破壊の跡が、そこかしこに残っていた。
「ヤバくないか?これ……」
ただ事ではないだろう。
異常が起こったのは確実だ。
何かの災害か、それとも戦争か何かなのかはよくわからないが。
「ひっくっ……うえええん!」
「………?」
声が聞こえてきた。
泣いている子供の声。こんな場所に、おそらく一人で?
そうだったら不味いのではないか?
「………ああもう!俺が見捨てられるほど薄情だったらなぁ……!」
残念ながら、そこまで善性を失ったわけではない。
だからこそ、ここで一度目の愚行を犯した。
泣き声の聞こえる方向へ、走る。
どうやら方角は合っているようで、声は次第に大きくなってゆく。
そして、ある建物の角を曲がったところで、その子供を見つけた。
「お母さん……どこぉ……?」
悲痛な声を出しながら、母親を探してさまよい歩いていたようだ。
よく見たら足に擦り傷があり、少し怪我もしている。
「お母さん………」
「おい、大丈夫か?」
「ふえ………?」
その少女に、声を掛ける。
振り向いた少女に目線を合わせ、膝をつく。
どうやらやはり一人らしい。
「誰……?」
「通りすがりのお兄さんだ………お前、どうしてこんなとこに?」
その問いには、そうとしか答えられなかった。
気づいたらこんな場所にいましたなんて言っても、この娘からしたら意味不明だろう。
だから少しだけぼかして、端的に伝えた。
「お母さんと……はぐれて………」
「そっか、ここがどこだか分かるか?」
さりげに、一番知りたいことを聞いてみる。
もちろん子供相手だから、答えが正確に返ってくるとは思えなかったが。
それでも聞かないよりマシだ、こいつを送り届ける道もわかるかもしれない。
「─────
「天空市……?」
何だそれ、新しい地名か?
聞いたこともない名前だ。それにここの景色も見たことない。
やはりただの誘拐ではないのだろう。
だったら、どうするのが正解だ?道もわからない。
周りは殆ど炎で燃え盛ってる。
でも、それでも時間は解決してくれない。
「………分かった、大丈夫だ。俺も一緒にお母さんを探しに行く」
唯一の手がかり、そしてこの娘の探している人である母親に賭けるしかないのだろうか。
そもそもここまで来て、この娘を放置もできない。
連れて行くしか選択肢はないだろう。
「ほんとう……?」
「ああ、怪しいかもだけど……安心しろ」
つくづく実感するが、やっぱり俺は子供との接し方下手だなぁ。
こんな堅っ苦しい喋り方しかできないんだから。
不安感を与えないようにしなきゃならんのに。
そうして、俺はそのこの手を握る─────
前に、遠くが光った。
「────は?」
その瞬間、閃光が空間に瞬いた。
◆◆◆
ある場所で、人とは思えない速度で走り抜ける者がいた。
それは耳の付近に手を当てて、言葉を発する。
『
「わかってるってば!
透明なバイザーのようなものが映し出されれ、そこに地図が示される。
まるで近未来の技術だが、それがこの世界では普通のことだ。
足を動かしながら、彼女はバイザーに写った位置情報を元に救助対象の場所を確認する。
『………まって、対象のそばに一つ反応が……』
「え!?まさか崩壊獣?!」
『いえ……これは────』
通信の主は、少し信じられないような声色で告げる。
『────人の反応よ……』
◆◆◆
「──────痛っ………てぇ………」
「お兄ちゃん!!」
視界が揺れる。
ぐわんぐわんと波打つように、視野が反芻する。
平衡感覚が死んでいる。
なんだ、何が起こった?爆発……?
閃光が見えた瞬間に、少女を後ろに突き飛ばしたが。
なんでそんなことをしたのか自分でもよくわかっていなかったが、これのためか?
無意識に危険を感じたのか?そんなバカな。
「う………ぁ………?」
そして、ようやく目をひらけたときに映ったものは。
白い体を持つ、人と同じ四肢のようなものを持った怪物だった。
「………は……?」
なんだ………こいつ。
バケモン?生物なのか?
そもそも生物としておかしいだろ、こんなスカスカの体躯は。 それに、なんだ………?
身体が、重い………?
「ひ……崩壊、獣……」
崩壊獣……?
少女が、そう呼んだのがこの怪物の名前か?
「ゴボッ!?がっ……あ……は……?」
立ち上がろうとした時、俺は血を吐いた。
なんだ?いや明らかにおかしい。
流石にここまでの怪我はしていないはずだ。それなのに、吐血が止まらない!
痛い、痛い痛い痛い痛い!!
全身が焼け爛れているみたいに、身体が熱い!
尋常じゃない痛みが体を駆け巡り、バチバチと頭が明滅する。
グラグラと思考が揺れて、正確な考えができない!
「あ……ああ……!来ないで!!」
ふと、その時。
耳がある声を捉え、脳に伝達する。
痛みのなかでしっかり響くその声は、助けを求める悲鳴。
先の少女の声であった。
(無理だ………身体が………動かない……)
動こうとすればするほど、痛みは力を増す。
そもそもこんな痛み、耐えられるはずがない。
ショック死でもしそうなくらいなのに、これ以上何をどうしろって言うんだ……?
助けに行け?バカを言うなよ。
行ったところで、あの少女の前に死体が一つ増えるだけだろ。
諸共殺されろと?
(う……ぐぁ………)
────本当に……?
当たり前だ、もう動けない。
────それでいいのか?
何をどうしろっていうんだよ、俺はただの人間だぞ。
────ただの人間でも、できるのことはあるだろ?
この痛みが、それを許さねぇよ。
(そうだ……俺には…何もできない)
昔からそうだった。
踏ん張ることも、立ち向かえこともできない。
ただの臆病者が、俺なんだ。
今だって、目の前で殺されそうな奴を、子供を助けてやることができない。
今にも意識が途切れそうで、死にそうで。
終わってしまいそうなんだから。
(─────でも、そうだな)
恐らくだけど、俺はもう助からないだろう。
死ぬしかない。
でも、あの少女は違う。
まだ未来がある、希望がある。
ここから逃げられれば、もしかしたら……。
────じゃあ、やるしかないだろ?
(そう、だな)
「──────ぐっ……がっ、ああああああああああああああああ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!黙れよクソがぁ!!!!
全身の痛みをフル無視して、走り出す。
痛みも生存も何もかもを投げ出して、俺は地を蹴る。
バキバキと骨と肉が唸っている。
悲鳴を上げて、やめろと叫ぶ。
それら全てを蹴散らして、俺は進む。
あの怪物を、殴る。
何にも効かないことなど、わかっている。
────殴る、蹴る。
効かない。
────殴りつける。
無傷。
後ろを振り向き、叫ぶ。
「逃げろおおおおおお!!!!」
「!」
その言葉は、確実に届いた。
涙を流しながら、少女は走ってゆく。
その涙が何を意味するのかは、俺にはわからないが。
それでも、彼女は言うとおりにした。
「は………ははは………!」
なんだよ、動けるじゃないか。
できないなんて、思い込みだったんだなぁ。
やればできんじゃん、俺。
あーあ、もうゲームできねぇのか。
親にももう会えないし、ネッ友とくだらない話ももうできない。
きっと俺は、このままここで殺される。
「もうちょっとくらい………俺が強けりゃなぁ……」
崩壊獣が、腕を振り下ろす。
終末の槌のように振り下ろされるそれは、確実に人間の頭を潰して余りある威力だろう。
諦めたように、俺は力を抜いた。
「─────ネコチャーム!!!」
しかし、つぶれたのは崩壊獣の方だった。
猫の手のような形をした巨大質量が、先ほどまで絶対強者だったそれを押しつぶす。
簡単に、呆気なくそれは終わりを迎えた。
「ねぇ大丈夫?!生きてる!?」
空中でくるりと回転し、この場に着地する。
それを成したのは、ある一人の少女。
高校生ほどの、美しい白髪に水色の瞳。
ピッタリと身体に張り付いたスーツを着て、漫画のような格好をしている。
でも、それは目に入らなかった。
彼女のその姿、そして立っているその馬に振り注ぐ光。
そんな後光が見えるほど、彼女はとても、そう。
「────きれい………だ」
とても、美しかった。
因みに崩壊獣相手に時間を稼げたのは、ダメージが通ったからではなくただ単に動くはずのないものが動いた動揺からです。