「怖いかポッター?」 「ああ、怖いさ!」 作:ハリーはそんなこと言わない
ウィルトシャー州に広大な領地を構えるルシウスとナルシッサ・マルフォイは、自分たちがこれ以上なく由緒正しい一家であることを、誇りをもって公言していた。実際、それ以外の何者であるつもりもなかった。
マルフォイ家は九百年以上も続く古い魔法族の家柄で、聖二十八家にもその名を連ねていた。マグルの流行だの発明だのに感心する趣味はなく、まして自分たちの家系に、どこの誰とも知れない血が入り込むなどという考えは、冗談としてもまったく面白くなかった。
ルシウス・マルフォイはその家の当主だった。背が高く、淡い金髪を長く伸ばし、どんな場所にいてもそこが自分の屋敷であるかのように振る舞う男だった。魔法省には顔が利き、金庫には金が溢れ、そして本人の意見によれば、その二つは多ければ多いほどよかった。
妻のナルシッサもまた、夫に劣らぬ名家の出だった。旧家ブラックの娘であり、金髪と青い目、それに何か気に入らないものを見つけたときに浮かべる表情には、育ちの良さが申し分なく表れていた。
そんな夫妻には、ドラコという一人息子がいた。
十一歳のドラコは、父親によく似た白金色の髪を長く伸ばしていた。もっとも、父親ほどきちんと後ろへ流しておく辛抱はまだなく、何かあるたびに細い髪が頬へ落ちてきた。灰色の目、尖った顎、青白い顔立ちまで父によく似ていて、本人もそれをたいへん気に入っていた。
頭もよく、箒にも早くから乗れ、何より自分がマルフォイであるということをよく理解している。どこを探したってこれほど出来のいい跡取りは見つからない、というのが二人の親バカの意見だった。
そんな絵に描いたように満ち足りたマルフォイ家にも、たった一つ秘密があった。なにより怖いのは、誰かにその秘密を嗅ぎつけられることだった。
もちろん、そのための備えは十分にしてあった。
ドラコが身につける銀の留め具には、見る者の目をほんの少しばかり欺く、古い魔法が施されていた。着替えにも、入浴にも、そのほか年頃の子どもが寄宿学校で暮らすうえで起こりそうな面倒にも、マルフォイ家は金も知恵も惜しまなかった。
生まれてこのかた問題なく守られてきた秘密が、ホグワーツへ行ったくらいで露見するはずはなかった。
だから。
「だから言っただろ、マルフォイ! クソ、めちゃくちゃやりやがって……」
薄暗い秘密の通路。崩落したその場には、二つの人影があった。
声を上げているのはハリー・ポッター。言わずと知れた、生き残った男の子だ。
もう片方は、折れた梁の下でぐったりしている。潰されているわけではなかったが、ローブの一部が折れた梁に絡みつき、身体ごと引っかかっていた。
「おい、マルフォイ……?」
これまでの悪態も鳴りを潜め、ハリーは人影、ドラコ・マルフォイを見た。彼はいつも青白い顔を一層白くさせ、ぴくりとも動く様子がない。
ハリーには時間も、余裕もなかった。透明マントをクラッブとゴイルが誰かに告げ口するかわかったものではないし、この通路だってもう使えないかもしれない。おまけに、透明マントの存在までマルフォイに勘づかれてしまった。
とにかく、気に食わないとはいえ、気を失った人間をここへ置いていくわけにもいかない。
「起きたら覚えてろよ……」
ハリーは瓦礫を浮かせると、ドラコの腕をつかんで引き寄せた。
ビリっと布が裂けた。
「あ、マズ……?」
梁に絡んでいたローブが裂け、その下のシャツまで大きく破れた。襟元に留められていた銀の飾りが弾け、石床を転がる。
ハリーは反射的にドラコを見た。
父親に倣ったというその銀糸は胸のあたりまで垂れ、いつものように隙なく着込んだシャツも無惨な姿だった。
中途半端だった視線は、すぐに瞠目に変わった。
男には似つかわしくない白い肌。華奢な体の丸み。見え隠れする下着は明らかに男性のものではない。
「……おい、まさか――」
だから。誰かにその秘密を嗅ぎつけられることは、起きるはずがなかった。
ましてや、その誰かがハリー・ポッターであるなどということは。
まったく、考えたくもない話だった。
◇ ◇ ◇ ◇
つい昨日まで、ハリー・ポッターという少年は、自分が魔法使いであることなど夢にも思っていなかった。階段下の物置部屋のみを与えられた、伯父一家の召使いだか、従兄・ダドリーのサンドバッグのような生活。そんなハリーの前に、大男ハグリッドが扉を蹴破って現れ、すべてが一変したのだ。
ロンドンのただ中に隠されていた魔法使いの商店街、ダイアゴン横丁はハリーにとって目眩のするような世界だった。宙を飛ぶフクロウ、色とりどりの瓶詰め、ひとりでに動く魔道具たち。すべてに圧倒され、夢心地のまま、ハリーはハグリッドに言われてひとりでマダム・マルキン洋装店の扉をくぐった。
「ホグワーツかい、お坊ちゃん?」
しゃきしゃきした魔女のマダム・マルキンにそう声をかけられ、ハリーは踏み台の上に立たされた。長く黒いローブをすっぽり被せられる。丈を合わせてもらっている最中は暇になりそうだ、とハリーは思った。
すぐとなりには、先客がいた。
十一歳の少年だった。淡い白金色の長い髪を背中に流し、青白い顎をしゃんと上げて立っている。仕立てのいい上着を着て、退屈そうに指先を弄んでいたその少年は、ハリーが隣に立つと、灰色の瞳をゆっくりとこちらに向けた。
「ねえ、君もホグワーツ?」
気だるげで気取ったような、高い声だった。
「うん」
ハリーが短く答えると、少年は値踏みするようにハリーを頭から足の先まで眺めた。かと思うと、一人で喋り始めた。
「僕のパパは隣の店で本を買ってて、ママは通りの向こうで杖を見てるんだ。それが終わったら、パパを引っ張っていって競技用の箒を見せてもらうつもりだよ。一年生が自分の箒を持っちゃいけないなんて、まったく馬鹿げてると思わない? だいたい、クィディッチをやるのに借り物の箒って時点でおかしいだろ? 自分に合った箒を選ぶところから競技なんだから」
少年はハリーの返事も待たずに言葉を並べ立てた。ずいぶん自信がありそうだ、とハリーは思った。
「君は自分の箒を持ってるの?」
男の子は続けてたずねた。
「乗ったこともないよ」
「嘘だろ?」
少年は驚いたように薄い眉を上げたが、ハリーを馬鹿にするというよりは、純粋に意外そうだった。
「乗ったことがない? じゃあ、クィディッチもやったことがないの?」
「やったことはないね」
「信じられないな」
少年はハリーの身体つきをしげしげと眺めた。
「君、身軽そうじゃないか。名のあるシーカーはみんな身軽なんだ。絶対にやった方がいい。シーカーの面白さも知らないのかい?」
気だるげな声は、気づけば変わっていた。冷ややかだった灰色の瞳に、年相応の熱が灯る。
「想像してみろ、他の奴らが下でボールを取り合って泥臭く点数を稼いでる頭の上を、たった一人で飛ぶんだ。空の一番高いところで、誰よりも速く飛んで、誰の指図も受けない。自分の目で金のスニッチを見つけたら、あとは急降下して、他の連中を全員出し抜いて掴み取るんだ。その瞬間に試合は終わって、スタジアム中の視線だって独り占めにして勝者になるんだ……最高だと思わない?」
少年は早口で、本当にそれが好きでたまらないというように語った。ハリーは思わず、その言葉に聞き入っていた。
自由に空を飛びたい。
ハリーはクィディッチなんて一欠片も知らなかったが、物置部屋でみじめに生きてきた彼にとって、その想像は他の何よりも興味を引いた。
「……面白そうだね」
ハリーが小さく笑って言うと、少年は得意そうに、そのとがった顎を上げた。
「だろう? 君も練習した方がいいよ。僕の次くらいには上手くなれるかもね」
「ふーん、そんなに上手いんだ?」
「当然。遠くないうちにスリザリンの正シーカーに選ばれるさ」
「スリザリン?」
「ああそうさ! 偉大になる人は、大抵スリザリン寮に入るからね。まあ、本当のところは、入学するまでわからないけど。家族はみんなスリザリンだし、スリザリンに決まってるようなものさ。君はもう決まってるかい?」
「うーん、まだかな」
少し偉そうではあったが、悪意は感じられなかった。自分が見たこともない素晴らしい世界のことを教えてくれる、初めて出会った魔法使いの少年だった。
もしかしたら、学校でのはじめての友だちは彼になるかもしれない。ハリーはその時、そう感じてすらいた。
だが、その予感はすぐに終わる。
「あ、ハグリッドだ」
ハリーは外にいるハグリッドに気づくと、小さく手を振った。彼は大きなアイスクリームを二つ、手に持っていた。どうやらハリーの用が終わるまで外で待っているようだ。
「誰それ?」
「ホグワーツの森の番人をやってるんだ」
「ああ、聞いたことがある。あんな野蛮人が、なんでダイアゴン横丁にいるわけ?……まさか君、あれに連れてこられたの?」
男の子は顔をしかめるとそう言い放った。その声は熱っぽさを失い、冷たく見下すようなものに戻っていた。
ハリーは冷水を浴びたような気分だった。さっきまでの楽しかった会話が、急速に色あせていく。
「そうだよ。なにか悪い?」
「知ってるよ、あの男のこと。パパが言ってた」
男の子はまくしたてるように話を続けた。
「学校の敷地に住み着いてるただの召使いじゃないか。ろくに魔法も使えないくせに、たまに酒を飲んでベッドに火をつけるんだってさ。君の親はどこにいるの? 君の両親は、僕たち側の人間……魔法使いなんだろう?」
「二人とも魔法使いだったよ。もう死んじゃったけど」
少年はハリーの返事を聞いて、納得したように頷いた。そして、軽い口ぶりで謝ると、さも親切そうに首を傾げてみせた。
「なら、なおさらあんな連中と付き合っちゃ駄目だよ。魔法界では、付き合う相手を選ばなきゃ。パパがいつも言ってるんだ。間違った連中とつるんでると、自分の格まで落ちるって。最初の友達選びが一番大事なんだ」
ハリーは、さっさと店を出ていきたかった。キッチンバサミで髪をめちゃくちゃにされたときだって、こんな気分にはならなかった。ハグリッドは、階段下の物置部屋で孤独だった自分を連れ出してくれたのに。その彼を、この少年は間違った連中だと切り捨てたのだ。
「ハグリッドは最高だ」
ハリーは少年の目をまっすぐに見据えて言い放った。
「おいおい」
少年は心底呆れたように眉をひそめた。
「君、正気? せっかく僕が教えてあげてるのに――」
「君、お父さんの話ばっかりだね」
「……は?」
少年の言葉が途切れた。
「さっきからパパが言ってた、パパが言ってたって」
ハリーは冷ややかに続けた。
「君自身の話はないの?」
少年の青白い顔が、さっと赤く染まった。 少年は口を半開きにしたまま、灰色の瞳を大きく見開いて固まっている。
「はい、お坊ちゃん、出来上がりましたよ!」
二人の間に割って入るように、マダム・マルキンが明るい声を上げた。ハリーのローブから、ピンがするりと抜け落ちる。
「じゃあね」
会話をやめる口実を逃すわけにはいかない。ハリーは踏み台から飛び降りると、振り返りもせずに出口に向かう。
「ま、待ちたまえ、君……!」
背後から憤慨した声が追いかけてきたが、ハリーは気にせず駆け足で外へ出た。
真夏の太陽の下で、ハグリッドがラズベリーとチョコレートのアイスクリームを手渡してくれた。
「どうしたハリー? 少し汗ばんでるようだが、暑かったか?」
「ううん、なんでもないよ」
ハリーは夢中でアイスを口に運んだ。甘くて冷たいアイスが、喉を心地よく滑り落ちていく。
胸の中には、不思議な感覚が残っていた。
あの少年に言い返したとき、バーノン伯父さんのように怒鳴られることもなければ、ダドリーのように殴りかかられることもなかった。物置に閉じ込められることも、食事を抜かれることだって――
「……ハグリッド」
「なんだい?」
「自由って、いいね」
「ん? そりゃあ、そうだな」
ハグリッドはゆっくり頷くと、黒髭の奥で機嫌が良さそうに笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
ダイアゴン横丁での買い物から一か月。ダーズリー家での退屈な夏休みをやり過ごしたハリーは、九月一日の朝、キングズ・クロス駅の雑踏の中に立っていた。
九と四分の三番線。その奇妙なプラットホームが見つからずに途方に暮れていたハリーを助けてくれたのは、ウィーズリー一家だった。親切な赤毛の大家族に教えられた通り柵を通り抜けると、紅色の蒸気機関車、ホグワーツ特急に乗り込んだ。そのコンパートメントで、ハリーは末息子のロン・ウィーズリーと向かい合って座っていた。
車内販売のワゴンから買い込んだ蛙チョコレートや百味ビーンズを広げ、家族のことや魔法界のことを話す時間は、驚くほど楽しかった。ロンは飾らない性格で、ハリーの額の傷に目を丸くしながらも、決してハリーを見下したりはしなかった。
ロンとは、話すことがいくらでもあった。ホグワーツにはどんな授業があるのか、寮とはどういうものなのか、魔法使いの子どもは普段どんな暮らしをしているのか。ハリーが知らないことを訊けば、ロンは何でも教えてくれた。反対に、ハリーがマグルの学校やテレビの話をすると、今度はロンの方が目を丸くした。
途中、ペットを探している二人組がやってきて、ロンの魔法にケチをつけていった。ロンは彼らが去ったあともしばらく文句を言っていたが、それさえ話の種になった。
そうして気づけば何時間も経っていた。車窓の景色が夕闇に沈み始めたころ、コンパートメントの引き戸がまたガラリと開いた。
「ここかい? ハリー・ポッターが乗っているというのは」
聞き覚えのある、気取ったような声。ハリーとロンが同時に顔を上げる。
入り口に立っていたのは、両脇に体格のいい二人の男子生徒を従えた、あの白金髪の少年だった。仕立てのいい上着を着込み、長い髪を背中に流し、尊大な笑みを浮かべて立っている。どうやら彼は、ハリー・ポッターにかなりの関心を持っているようだった。
「僕がハリーだけど」
ハリーがそう答えた。
少年は見るからに動揺したようで、その灰色の瞳は見開かれたまま硬直している。
額の傷と服装を何度も見比べていた。よほど予想外だったらしい。
少年は喉をごくりと鳴らし、必死に動揺を押し殺すように息を吸い込んだ。
「……こっちがクラッブで、こっちはゴイルだ」
少年は少し掠れた声で取り巻きを紹介した。
「そして僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだ」
横にいたロンが、笑ってしまったのを咳払いでごまかした。ドラコ・マルフォイはすかさず、冷や汗を振り払うようにロンを睨みつけた。
「何がおかしい? 君の名前は聞くまでもないね。赤毛に、その着古した服……ウィーズリーの家に違いない。ひと目でわかったよ、育てきれないほどたくさん子どもがいるんだって?」
冷ややかに嘲笑したマルフォイ。洋装店で見せた、あの嫌な部分が再び露骨に顔を出していた。ロンがカッと耳まで赤くするのを見て、ハリーの目は冷たくなっていった。だがマルフォイは、そんなハリーの視線に気づいていないかのように、ハリーへと向き直った。そして、右手をすっと差し出してきた。
「ポッター。改めて言うが、魔法界では付き合う相手を選んだ方がいい」
マルフォイは少し顎を上げ、さも親切そうに言った。
「間違った連中とつるんでいると、君までそっち側に落ちてしまうよ。……見分け方も、僕が教えてあげたっていい」
ハリーは差し出された細く白い手を軽く見やったが、すぐに目線を戻すと一度もその手を握ろうとはしなかった。
「ご親切にどうも。間違っているかは自分で決めるよ」
差し出された右手が宙に浮いたまま、少年の白い頬に屈辱の赤みがさっと広がっていく。
「……後悔するぞ、ポッター」
「君と友達にならないことを?」
いよいよ我慢ならなかったようで、ロンが吹き出した。
クラッブとゴイルがずいと身を乗り出すと、ハリーとロンも立ち上がった。
ハリーは内心あまり乗り気ではなかった。クラッブもゴイルも、こちらと比べるとずいぶん体格が良いからだ。
ところが、ゴイルがロンを掴もうと手を伸ばしたところで轟くような悲鳴を上げた。ロンのペット、ねずみのスキャバーズがゴイルの指にかじりついたのだ。
ゴイルが暴れ、やっとのことでスキャバーズを振り切ったころには、何やらコンパートメントの周りが騒がしくなっていた。ゴイルの叫び声が人を集めたのかもしれない。
「チッ、覚えてろよ」
マルフォイは低く吐き捨てると、背を向け、乱暴に引き戸を閉めて去っていった。
残されたコンパートメントで、ロンが大きく息を吐き出した。
「あいつ、マルフォイ家のやつだよ。あの一族は昔からあんな調子らしいんだ……」
スキャバーズの様子を見ながら、ロンは話を続けた。
「古い純血の家で、ものすごく金持ち。父さんが言ってたけど、あいつの父親は魔法省にもずいぶん顔が利くらしいよ。だからって何でも偉そうにしていいわけじゃないけどさ」
「へえ」
ロンは少し声を落とすと、さらに話を続けた。
「しかも、例のあの人がいなくなったあと、マルフォイ家はすぐこっち側に戻ってきたらしいんだ。魔法をかけられてたって言って」
ハリーは眉をひそめた。
「信じられてるの?」
「パパは全く信じてないってさ」
ロンは即答した。
「ルシウス・マルフォイは、操られなくてもあっち側に行くような奴だって。まあ、証拠がなかったから捕まらなかったらしいけど」
その後すぐに到着のアナウンスが響いたから、ハリーは嫌な気分もすぐに忘れて、慌てて降車の支度をはじめた。
なんとか二人が制服に着替え終わった頃、ホグワーツ特急は夜のプラットホームに滑り込んだ。一年生たちは引率のハグリッドに導かれ、大きな城の扉をくぐる。
マクゴナガル教授に案内されて入った大広間は、言葉を失うほど壮大だった。何千本もの蝋燭が宙に浮かび、四つの長いテーブルには上級生たちがひしめき、見上げる天井には本物の夜空のように星々が瞬いていた。
正面の教壇の前に、一本の脚の長い踏み台と、古い先の尖った帽子が置かれていた。 つぎはぎで、ボロボロで、汚らしいその帽子が大きく裂け目を開けて歌い出したとき、ハリーは初めて、これから何が行われるのかを理解した。帽子が生徒の頭に乗せられ、その者の内面や素質を見極めて、入るべき寮を決めるのだと。
周りの生徒たちが歌に聞き入り、ロンが安堵の息を漏らす中、ハリーは不安でいっぱいだった。勇敢・機知・忍耐・狡猾、どの気質にも自信がなかったからだ。もしどこにも選ばれなかったら?
そんなときふと、少し離れた位置に立つドラコ・マルフォイの姿に目を留めた。
様子がおかしい。
マルフォイは青白い顔をさらに白くさせ、組分け帽子をじっと見つめていた。洋装店でも、汽車の中でも、あれほど尊大に振る舞っていた少年が、まるで余裕を失っている。背筋こそ伸ばしているものの、喉が小さく上下し、ほとんど身動きもしていなかった。
ハリーは自分がひどく不安だったことも忘れ、マルフォイのことを観察していた。ハリーには、彼が妙に緊張しているように見えた。洋装店では、マルフォイは自分の家系が代々スリザリンであることを誇らしげに語っていた。あれだけスリザリンに入りたがっていたのだから、もし別の寮に入れられたらどうしようと怯えているのだろうか。
「マルフォイ、ドラコ!」
マクゴナガル教授に名前を呼ばれると、マルフォイはびくりと肩を跳ねさせた。だが、すぐにその長い白金髪を後ろへ払うと、平静を装った足取りで前へ進み出た。歩き方は堂々としていたが、踏み台へ上がる少年の拳が固く握りしめられているのが見えた。
マルフォイが椅子に座り、マクゴナガル教授が帽子をその頭へ下ろす。帽子がそのつややかな髪に触れようというところで……
「スリザリン!!」
帽子は大広間に響き渡る声で叫んだ。
緑と銀のテーブルから大きな拍手が湧き起こった。マルフォイは目に見えてほっと息を吐き出し、胸を撫で下ろすように肩の力を抜いた。そして立ち上がると、すぐにいつもの高慢な笑みを顔に貼り付け、誇らしげにスリザリン席へと歩いていった。
さっき、結構ビビってたくせに。ハリーはそう思った途端、急に気分が悪くなってきた。マルフォイの観察でどこかに行っていた不安が戻ってきたのだ。おまけに、いつの間にやら恐ろしい妄想にとらわれた。
帽子を被って数十分、気づけば帽子は取り上げられ、入学資格がないようです、と告げられる。明日の朝にはいつものように物置部屋で起こされて――そうなってしまったら、どうしよう?
気づけば広間中を小さな囁きの群れが覆っていた。妄想にとらわれている間に、ハリーの名前が呼ばれていたのだ。
ハリーはロンに肘でつつかれると、慌てて立ち上がり帽子の方へと向かった。
ハリー・ポッターは有名人だった。ざわめきと無数の視線がハリーに突き刺さる中、ハリーは踏み台へ歩み寄り、椅子に座って帽子を深く被った。
目の前が真っ暗になり、耳元で小さな声が囁く。
「ふむ……難しい。実に難しい。勇気がある。頭も悪くない。才能もある。ほう、自分の力を示したいという強い願望もある……」
ハリーは膝の上で拳を握りしめた。頭の奥で、帽子が何かをつぶやいているのが分かる。
「どこへ入れたものか……スリザリンへ行けば、お前は間違いなく偉大になれる。そのための素質がすべて揃っているのだからな……」
スリザリン。その言葉を聞いた瞬間、ハリーの頭の中に、鮮明に一つの顔が浮かび上がった。
ドラコ・マルフォイ。洋装店でハグリッドを野蛮人だと見下した少年。汽車の中でロンの家柄を笑い、彼らと縁を切れとハリーに手を差し出してきた少年。
あいつと同じところへなんて、絶対に行きたくない。
ハリーは心の中で、強く、頑なに念じた。 スリザリンは嫌だ。スリザリンは嫌だ。スリザリンは――
「スリザリンは嫌かね?」
小さな声が囁いた。
「確かかね? お前は偉大になれるというのに。すべてここ、君の頭の中にある。スリザリンがお前を偉大への道へと導いてくれるだろうに……まあ、嫌だというなら仕方がない。お前がそこまで望むのなら……」
帽子の声が、大広間全体へと轟いた。
「グリフィンドール!!」
地鳴りのような大歓声が、赤と金のテーブルから爆発した。ハリーは帽子を脱ぎ、震える足で立ち上がった。歓声を上げる上級生たち、飛び跳ねるパーシー・ウィーズリー、満面の笑みで拍手を送ってくれるハグリッド。
大広間の割れんばかりの熱気の中、ハリーはグリフィンドール席へと小走りで向かった。席に着く直前、ふと視線を感じて、ハリーは大広間の反対側を見やった。
緑と銀のテーブルの真ん中で、ドラコ・マルフォイが座っていた。目が合うと、マルフォイは小馬鹿にしたように笑った。ハリーには、言いたいことがすぐに分かった。怖がっていたなと、嘲笑っているのだ。
ハリーはすぐにマルフォイも震えていたことを思い出すと、返すように鼻で笑った。
赤と金。緑と銀。
これから始まるホグワーツの生活は、少なくとも退屈なものにはならない。ハリー・ポッターは、いつしか奇妙な確信を抱いていた。
最強ヒロインカリナ・マルフォイ、ありがとう……