「怖いかポッター?」 「ああ、怖いさ!」 作:ハリーはそんなこと言わない
硬いものが擦れ合う微かな物音に、ハリー・ポッターは心臓を跳ね上がらせて跳び起きた。
「いま行きます、ペチュニア伯母さん!」
反射的に叫んで身構えたが、何もおこらない。
薄暗がりのなか、ハリーは目をパチクリさせた。
ハリーが飛び起きた場所は、天蓋付きのベッドだった。真っ赤なカーテンの隙間から、光が差し込んでいた。
そうだ、ここはホグワーツなのだ。
ハリーがホッと息をついてベッドから足を下ろすと、いそいそと着替えを始めた。
ホグワーツでの生活は、べつに良いことばかりというわけでもなかった。
廊下を歩けば誰も彼もが額の傷跡を盗み見てヒソヒソと囁き合ってくるし、ホグワーツ中にある無数の階段は勝手に動いて遅刻させようとしてきた。意地が悪い管理人のフィルチは常に目を光らせて、事あるごとに言いがかりをつけてくる。期待外れな授業も多かったし、魔法薬学のスネイプにいたっては、初対面から理由も分からず蛇のような冷たい目でハリーを敵視してくる始末だった。
同級生たちも一筋縄ではいかない連中ばかりだった。
いつも何かをなくして青い顔をしているネビル・ロングボトムは、初日から合言葉を忘れて談話室から締め出されかけていたし、ハーマイオニー・グレンジャーは頼みもしないのに時間割を諳んじ、ハリーとロンの横で呪文学の予習について早口で喋り続けた。
だが、誰よりもハリーを苛立たせたのは、ドラコ・マルフォイだった。
大広間や廊下ですれ違うたび、突っかかってくるのがお決まりだった。特急で握手を拒絶されたことなどまるで気にしていない風を装い、むしろ「世間知らずの哀れなポッターが、手痛い選択ミスをした」とでも言いたげな眼差しを向けてくるのだ。
ある日の朝食時にも、マルフォイは冷笑を浮かべてハリーに聞こえるように言った。
「まだ遅くはないよ、ポッター。みすぼらしいウィーズリーの流儀に染まりきる前ならね」
ハリーは当然、相手にしなかった。だが、本気で自分が「情け」をかけてやっているつもりでいるらしいあの態度が、なおさらハリーをうんざりさせた。
◇ ◇ ◇ ◇
「――だからね、マグルのヘリコプターが突っ込んできたとき、僕はすんでのところで気流を読んで急反転したのさ。一瞬で風を味方につける反射神経! これこそが『シーカーの真髄』ってやつだよ! それほどの腕を持つ僕を、一年生だからって代表チームに出せないなんて、スリザリンにとって……いや、学校全体にとってどれほどの大損失か、まったく馬鹿げた規則だと思わないかい?」
木曜日の朝食の大広間で、すぐ向こうのテーブルから、ドラコ・マルフォイの気取った声が朗々と聞こえていた。両手を広げて大袈裟に身振りを交えるマルフォイを、クラッブやゴイルが感心しきった顔で見上げている。
ハリーはその耳障りな自慢話を聞き流しながら、ベーコンを皿の端へ押しやって重い溜息をついた。
今朝、談話室の掲示板に張り出された通知が、ハリーの頭から離れなかったのだ。今日の午後、いよいよ飛行訓練が始まる。よりによって、スリザリンとの合同授業で。
「最悪だ……あいつの前で箒から無様に転げ落ちて、一生笑い物にされるのが目に見えてる」
「ハリー、大丈夫だって」
トーストにジャムを塗りたくりながら、ロンが言った。
「あいつの言うことなんて半分以上ホラさ。本当に代表にでも選ばれたら、使い物にならないぜ。最初の試合でブラッジャーに追い回されて、ロッカールームでべそかいてるに決まってる」
ハリーは一瞬、スリザリンの緑のユニフォームを着たマルフォイが、真っ赤な顔をして重い鉄のブラッジャーから逃げ回っている光景を思い浮かべてみた。自慢の白金髪を振り乱し、箒にしがみついて「パパ! パパに言いつけてやる!」と叫びながら逃げ惑うマルフォイ。そして試合の後、ロッカールームの薄暗い隅っこで膝を抱え、仕立てのいいローブの袖で鼻水をすすりながらべそをかいている姿――
ハリーは激しく頭を振ってその楽しい幻影を振り払った。いくらなんでも都合が良すぎる。
だいたい、ロンの励ましだってちっとも当てにならなかった。数日前には、「昔、チャーリーの古い箒でハンググライダーに突っ込みかけた」などと怪しい武勇伝を得意げに語っていた口なのだ。マルフォイの自慢も半分は嘘に違いないが、ダイアゴン横丁のマダム・マルキン洋装店で、クィディッチを語っていたときのあの真剣な目を思い出すと、ハリーには分かっていた。あいつは、本当に飛べる。
そもそも、ハリーはずっと箒に乗るのを誰よりも楽しみにしていた。階段下の物置部屋を出てホグワーツに来てからというもの、いつか自分もあの広い空を自由に飛べる日が来るのを、どれほど待ち望んでいたことか。
それなのに、よりによってスリザリンとの合同授業だなんて。
午後までに、マルフォイが動く階段を踏み外して休んでくれないだろうか。せめて、あいつのニヤニヤ笑う目の前で箒から落っこちるような、惨めなトラブルだけは起きないでほしい。
待ち遠しかったはずの午後の飛行訓練が近づくにつれ、ハリーの胃のあたりは、石でも飲み込んだように重くなっていった。
その日の午後三時半、グラウンドは雲一つない秋晴れだった。
ハリーが緩やかに傾斜した芝生の上へ降りていくと、すでにスリザリンの生徒たちが二十本の古ぼけた箒を挟んで整列していた。
飛行訓練の教師、マダム・フーチは短く刈り込んだ灰色の髪に、鷹のような黄色い目をしていた。
「さあ、何をぐずぐずしているの!」
フーチ先生が鋭い声で号令をかけた。
「全員、箒の左側に立ちなさい。早く、急いでおいで!」
ハリーは足元に置かれた箒を見下ろした。学校の備品と聞いたそれは、小枝の先があちこちへ跳ね、柄もひび割れた見るからにくたびれている。ハリーにも、確かにこれで競技を行うのは難しいように思えた。
「右手を箒の上にかざして、『上がれ!』と言うんだよ!」
フーチ先生が叫んだ。
あちこちから声が上がった。
「上がれ!」
ハリーが叫ぶと、驚いたことに、箒は即座に掌へ向かって勢いよく飛び込んできた。吸い付くように手の中へ収まった柄の感触に、ハリー自身が目を見張った。
斜め向かいでは、マルフォイの箒も一度の命令で滑らかにその細い手に収まっていた。一方、ロンの箒は彼の頭にぶつかり、ネビルの箒に至ってはピクリとも動かなかった。
これなら大丈夫そうだ、とハリーが安堵したのも束の間だった。箒で浮く訓練の最中にトラブルが起きたのだ。
緊張のあまりパニックを起こしたネビル・ロングボトムが、マダム・フーチの号令を待たずに地面を蹴り上げ、制御を失った箒から墜落した。手首の骨を折ったようだった。
「誰一人、箒に触るんじゃないよ! もし一本でも動かしたら、クィディッチと言う暇もなくホグワーツから放り出すからね!」
手首を押さえて泣きじゃくるネビルを抱え、フーチ先生は青ざめた生徒たちに厳しく言い残すと、城の医務室へと駆け去っていった。
その背中が見えなくなるや否や、静まり返った芝生の上に、嘲笑が響いた。
マルフォイだった。
「見たかい、あいつの無様な顔! あんなドジ、生まれて初めて見たよ」
スリザリンの生徒たちがどっと笑った。マルフォイは芝生の上で陽の光を浴びてキラリと光るガラスの球を拾い上げた。今朝、ネビルのおばあさんがフクロウ便で送ってきたばかりの『思い出し玉』だった。
「見ろよこのバカ玉! あの間抜けのロングボトムが落としていったぞ」
「それを返せ、マルフォイ」
ハリーは静かに前に出た。周りの生徒たちが息を呑む。
マルフォイは意地悪く唇を歪め、長い白金色の髪を翻して、軽やかに箒へと跨がった。
「欲しければ取りにおいでよ、ポッター!」
マルフォイは地面を蹴った。
その飛び上がり方は、ロンに見せてもらった有名選手、その動く写真にも負けないようなものだった。姿勢を崩すこともなく、滑らかに風を捉えて急上昇していったのだ。あっという間に大きな樫の木の梢と同じ高さまで駆け上がると、空中でピタリと静止して思い出し玉を弄んでみせる。朝のあの鼻持ちならない自慢も、伊達ではなかったと、ハリーは悟った。
「どうしたんだい、ポッター! 地面に突っ立ってないで上がっておいでよ! それとも、僕の『次』になる練習すら怖気づいたのかい?」
誰かが叫んで引き止めた気がしたが、ハリーの耳には届かなかった。
ハリーは箒に跨がり、柄を両手で握り締めると、思い切り地面を蹴った。
世界が一変した。
風がローブを叩き、ハリーの黒い前髪を一気に吹き払った。
落ちるという恐怖など微塵もなかった。箒はまるでハリーの神経と直結した手足のように、思った通りの角度で空気を切り裂き、グンと高度を上げていく。習ったことのない体重の掛け方も、手首の角度も、すべて最初から知っていたかのように身体が理解していた。
空を飛ぶとは、こういうことだったのか。
ハリーの胸の奥底から、信じられないほどの歓喜が湧き上がった。
10メートルほどの高さで静止していたマルフォイのすぐ横まで、ハリーは一息に舞い上がった。
すぐ目の前で、マルフォイがはっきりと目を丸くした。だが、それもほんの一瞬だった。マルフォイは薄く笑ってみせると、いつもどおりの声で言った。
「へえ。やるじゃないか、ポッター」
まるで、自分が最初から見抜いていたのだと誇示するような、上から目線の物言いだった。
「君はきっと箒がうまくなるって、僕が最初に言ってあげただろ? 見る目はあったみたいだね」
「別に君に教わったわけじゃない」
ハリーは柄をぐっと引き寄せ、鋭く言い返した。
「それを返せ、マルフォイ。さもないと箒から叩き落としてやる」
「やってみなよ!」
マルフォイは嘲るように笑うと、箒を急反転させて逃げ出した。
ハリーには、逃がす気など微塵もなかった。
ハリーは柄を前へ倒した。体がぐんと前に引っ張られ、風が正面から顔を殴りつけてくる。
前を飛ぶマルフォイの背中が、ぐんぐん近づいてきた。
マルフォイが右へ身を翻す。ハリーも無意識に体重を右へ預けた。箒が鋭く弧を描き、マルフォイの逃げ道を塞ぐように風を切り裂く。
ハリーは一気に距離を詰め、マルフォイの真横、手が届きそうな位置まで並びかけた。風に煽られて激しく乱れる白金色の髪が見える。
横を向いたマルフォイの顔から、さっきまでの笑みが完全に消え去っていた。灰色の目を信じられないといったように見開いている。ハリーには、相手の動揺がはっきりと見て取れた。
ハリーはニヤリと笑って、風音に負けない大声で叫んだ。
「どうしたんだよ、マルフォイ! マグルのヘリコプターから逃げ切った腕前はどこへ行ったんだ!?」
気づけばハリーには、怖いものなんてなくなっていた。
「遅いぞ! これが君の言う『シーカーの真髄』ってやつかい!?」
朝食での大声の自慢話を投げ返してやると、マルフォイの顔が一瞬にして真っ赤に染まった。怒りと屈辱で喉を詰まらせたように口をパクパクさせ、悔しそうにギリッと歯を食いしばる。
振り切れない――そう悟ったのだろう。マルフォイは金切り声を上げると、持っていた思い出し玉を力任せに放り投げた。
「拾ってみなよ、ポッター!!」
ガラス玉は陽光を反射しながら弧を描き、グラウンドの遥か向こう、石壁のそばへと落下していく。
ハリーは考えるより先に身体を動かしていた。
箒の柄を前へ倒し、急降下に移る。
地上から聞こえる悲鳴も、つんざく風の音も、ハリーには関係なかった。捕まえられるということだけが疑いようもなく分かっていた。地面が、猛烈な速度で迫ってくる。だがハリーは目を逸らさなかった。伸ばした右手の先、きらめく球体だけを凝視していた。
芝生のわずか三十センチ手前で、ハリーの指先がガラス玉をしっかりと包み込む――
同時に全体重を後ろへ引き倒す。急制動をかけた箒は、湖面へ舞い降りる鳥のように芝生をかすめ、キラキラと露を散らしながら、ふわりと地上へと滑り降りた。
芝生に両足をつき、ハリーは荒い息を吐きながら右手を確かめた。手の中には、ひんやりとしたガラス玉がしっかりと収まっている。
ハリーがその手を掲げると、静まり返っていたグラウンドから、地鳴りのような歓声と拍手が沸き起こった。
誰もが我を忘れて叫んでいた、まさにそのときだった。
「ハリー・ポッター!!」
グラウンドの歓声は、一瞬で凍りついたかのようになくなった。
ミネルバ・マクゴナガル教授が、城の方から猛烈な勢いで駆け寄ってくるところだった。怒りに燃えているのか、ハリーには彼女がたいそう興奮しているように見えた。
「ホグワーツ始まって以来、こんな……」
「「たーいがく! たーいがく!」」
スリザリンの側から湧き起こった不躾な掛け声が、教授の声を遮った。思い出し玉を放り投げてすぐにそそくさと地上に戻っていたマルフォイが、取り巻きたちと一緒にチャントを始めたのだ。
「だまらっしゃい!……首の骨を折るところでしたよ! ついてきなさい、ポッター。今すぐに!」
ロンたちの絶望的な視線を背に、ハリーは連行された。
きっと退学だ。今日で僕の学校生活は終わったのだ。ダーズリーの家へ送り返されるんだ……
静まり返った城の中、ハリーは惨めな気持ちでマクゴナガル教授についていった。
マクゴナガル教授は早足で城内を進むと、手近な空き教室の扉を開けてハリーを放り込んだ。
「ここで待っていなさい。静かにしているんですよ!」
バタンと扉が閉まり、一人きりになったハリーの頭の中は、真っ暗な不安で埋め尽くされた。
いったいどんな罰が待っているのだろう。ホグワーツを追い出されるだけならまだいい。魔法界には、規則を破った生徒をヒキガエルに変えてしまうような恐ろしい処罰があるのだろうか。それとも地下牢へ放り込まれるのか。
心臓が早鐘を打ち、最悪の想像ばかりが頭を巡っていたそのとき、勢いよく扉が開いた。
処刑の宣告を待つかのように顔を上げたハリーの目に飛び込んできたのは、興奮を隠しきれない様子の教授と、不思議そうな顔をした大柄な上級生の姿だった。
「ウッド、私たちのシーカーを見つけましたよ」
マクゴナガル教授のその一言で、世界は再び色を取り戻した。
オリバー・ウッド。グリフィンドール・クィディッチチームのキャプテン。
マクゴナガル教授の熱のこもった説明を聞きながら、ウッドは品定めするようにハリーの全身を眺め、獰猛な笑みを浮かべた。
「本気ですか、教授? 一年生ですよ」
「本気ですよ、ウッド。あの少年は、16メートルも急降下しながら、地面スレスレで玉を捕まえたのです。
ハリー・ポッターは、ここ一世紀で最年少の寮代表選手に抜擢されたのだ。
◆ ◆ ◆
スリザリンの地下談話室。地下室特有の冷えた空気も、ドラコ・マルフォイの頭に昇りきった血を冷ます役には立たなかった。
緑色の炎が揺らめく暖炉の前を行ったり来たりしながら、ドラコは爪を噛んでいた。頭から離れないのは、空の上で並びかけてきたポッターの生意気な面と、耳元で響いたあの嘲りだ。
あり得ない。絶対にあり得ないのだ。生まれて初めて箒に乗ったマグル育ちのポッターが、自分より上手く飛べるはずがない。
あれはただのビギナーズラックだ。まぐれ当たりだ。風の悪戯だ。
そうだ、僕の箒……ウィルトシャーの屋敷にある競技用の箒があれば、あんな間抜けなど一瞬で置き去りにして……いや、違う。あいつも、あのボロくて曲がった学校の備品に乗っていた。
ドラコは胃のあたりが煮えくり返ったような気分だった。こんな屈辱は、生涯で一度もなかった。
カッとなったドラコは、手近にあった重厚な革張りの肘掛け椅子めがけて、思い切り足を振り上げた。蹴り飛ばしてやろうとしたのだ。
だが、つま先が当たる寸前、父ルシウスの声が脳裏をよぎった。
『ドラコ、どんなときも気品を失うな。物に当たって鬱憤を晴らすなど、下等なマグルのすることだ』
ドラコは唇を噛み、振り上げた足をすんでのところで踏みとどまらせた。荒い息を吐きながら、乱れたローブの裾を震える手で整える。そうだ、僕はマルフォイだ。あの偉大な父上の跡取りなのだ。こんなことで取り乱しては――
そのとき、息を切らしたパンジー・パーキンソンが談話室へ駆け込んできた。
「ドラコ、聞いた!? ポッター、罰則すらなかったらしいわよ! 大広間で、グリフィンドールの連中が騒いでる!」
「……何だって!?」
次の瞬間、さっき思いとどまったはずの肘掛け椅子を、ドラコは力任せに蹴っ飛ばしていた。ドカンと鈍い音が響く。つま先に激痛が走ったが、怒りの方が遥かに勝っていた。
あいつは退学になるはずだった。あいつがロンドンの小汚い路地裏へ送り返されてくれなければ、昼間に自分が味わったあの屈辱はどうなるというのだ。
あいつに罰則がないなら、もういい。直接僕が叩きのめしてやるまでだ。僕が、あんなマグル育ちに負けるはずがない。
ドラコは滲んだ涙を乱暴に拭うと、暖炉の脇で縮こまっていた二人の巨漢をキッと睨みつけた。
「クラッブ、ゴイル、ついておいで! 決闘だ! 誰が格上なのか、あの生意気な面に叩き込んでやる!」
◆ ◆ ◆
その日の大広間。夕食をとっていたハリーは、天国のような心地だった。
シーカーに選ばれたことは、他寮への秘密兵器にするため誰にも言うなと口止めされていた。だが、大っぴらに自慢できなくたって構わない。退学になるどころか、罰則すら受けずに済んだのだ。それだけで、ハリーには十分すぎるほどだった。
パイを頬張るハリーとロンの元へ、足音が近づいてきた。
「気楽なものだね、ポッター」
ドラコ・マルフォイだった。灰色の瞳には冷ややかな敵意がぎらついていた。
背後には案の定、巨漢のクラッブとゴイルを従えている。
「校則を破ってもお咎めなしとは。有名人はずいぶんと学校に贔屓されているらしい」
マルフォイはわざとらしく大げさに首を振ってみせた。いつも芝居がかった動作をするやつだったが、その大仰な仕草はどこかぎこちなかった。
煮えくり返る怒りを押し殺そうとしているからだ。ハリーはそう直感した。
「残念だったな、マルフォイ」
ハリーはニヤリと笑うと続けた。
「僕が退学にならなくて、よっぽど悔しいみたいだけど」
「僕が悔しがる? 勘違いも甚だしいね」
マルフォイは鼻で笑ってみせたが、その声はわずかに上ずっていた。
「昼間、お前は僕を侮辱した。マルフォイ家に無礼を働いたんだ……そこまで偉そうな口を利くなら、相応の礼儀を叩き込んでやろうと思ってね。いつでも相手になってやるよ、ポッター」
「何だって?」
「今夜はどうだい。魔法使いの決闘だ。杖だけで勝負する。相手を倒すまで呪文を撃ち合うのさ……まさか、決闘のやり方も知らないわけじゃないだろうね?」
ハリーが言い返すより早く、横からロンが勢いよく身を乗り出した。
「もちろん知ってるさ! 僕がハリーの介添人だ。お前の介添人は誰なんだよ」
マルフォイはすぐにクラッブを指差した。
「クラッブだ。真夜中の十二時、トロフィールームで待っている。鍵は開いているはずさ」
マルフォイは口元を歪め、ハリーを睨みつけると言った。
「まさか、暗闇が怖くてベッドから出られないなんて言い訳はしないだろうね?」
ハリーは黙ってはいられなかった。
「お前こそ、泣き言を言う準備でもしてくるんだな」
マルフォイは、用は済んだとばかりにスリザリンのテーブルへ戻っていった。
その背中が見えなくなると、ハリーは隣のロンに向き直り、言った。
「……ところでロン。魔法使いの決闘って、いったい何をするんだ?」
「君も大概喧嘩っ早いよね」
見切り発車、ムズいわね