嫁探しでマッチした相手が、全員殴りかかってくる 作:藤原 峯
「あの人……は違うか」
深夜の倉庫街。アプリで知り合った相手に指定されて来たのだが、女性の姿が見えない。
ポツンとある外灯の下には、タンクトップにジャージ姿の男性がスマホを凝視しながら立っている。
顔には傷跡が目立ち、剥き出しの腕は俺から見ても太い。
「あの人も、相手を待ってるのかな」
俺が知らないだけで、ここは待ち合わせ場所として有名なのかも知れない。
「あ、あの! すみません」
まだアプリに慣れていない俺は、彼に助言を貰おうと話しかける。
緊張で少し声が上擦ってしまい、顔が熱を持つ。
「……
相手は俺とスマホを交互に見ながら訊ねた。
「そうですけど、どうして俺の名前を?」
「プロフのまんまだな」
そう言うや否や、相手は俺の顎を狙って拳を振り抜いた。
「!?」
鈍い音が響く。だが、痛みは無い。
なぜ殴られた?
都会では声をかけるだけで不快な思いをする人がいるのだろうか? 何とも難しい場所だ。
ああ。栗プリンさん……アナタはどこに?
――その日の早朝――
背負っていたソレを、ドサリと地面に下ろす。舞い上がった砂ぼこりで鼻が痒くなったが、手が返り血まみれなので掻くのは我慢した。
早朝の森はまだ涼しいが、荷物が荷物なのでじんわりと汗ばんでしまった。
「思ったより遅かったな」
「子供のいない個体を見つけるのに時間がかかった」
縁側で煙管を吹かしていた祖父ちゃんは、俺の荷物を確認していく。
「冬眠明けで痩せていることを加味しても十分じゃな。本当ならヒグマが理想じゃが、近くにおらんしの」
「そんなにデカいの? ヒグマって」
俺の問いかけに「まあの」と返事をしつつ、各部のサイズを測り終えた祖父ちゃんは立ち上がった。
「よし! 熊狩りは合格じゃ」
「……よっしゃ!」
長かった。猪までは順当に進めたが、熊については一年も時間がかかってしまい、挫折しかけたことがもう懐かしい。
「ここでやれることはもう無い。ホレ」
祖父ちゃんが投げたソレを掴む。
四角い機械の画面には、見たことのない絵がいくつも並んでいた。
俺の無線機とは全然違う。けど、祖父ちゃんが使っているのを見たことがある。
「……スマホ?」
「お前もええ年じゃ。そろそろ嫁を探しに行け」
嫁探しとスマホ。そこに何の関係が?
「中にマッチングアプリ……人と出会えるもんが入っとる。それを上手く使え」
祖父ちゃんはトンッと跳び上がり、俺の肩に腰を下ろした。そのままスマホの操作とアプリについて、簡単に説明してくれる。
「使い方は後で渡す。分からんかったら読め」
「ああ。わかったよ」
再び跳躍し、家の中へ入る祖父ちゃんの後を追う。
神棚の前で共にお辞儀をし、床に置かれていた鞄を受け取る。
「中に下宿先の住所やら、必要なもんを纏めとる。一通り確認したら行け」
「みんなへ挨拶は?」
「いらん。前からこの話はしとるから安心せぇ」
山向こうの爺様や婆様に挨拶もせず出るのは、少々不義理な気もする。けど、祖父ちゃんが話を通しているなら大丈夫だろう。
「ああ、それと剛。これは絶対じゃ」
「なに?」
「嫁はお前より強い人間にせぇ」
俺より強い人?
「それって、祖父ちゃんくらい?」
「そこはお前が決めぇ」
いつもなら答えを示してくれる祖父ちゃんが、珍しく濁した。
つまり、俺の好きにしろということだ。
「わかったよ。じゃ、少ししたら出るよ」
その後は井戸水で汗を流し、身支度を整えて山を下りた。電車に揺られ、下宿先を目指す。
電車には数えるほどしか乗ったことがなく、駅員さんには何度も助けられた。
目的地まで暫く時間があるので、早速アプリを起動し確認する。
「アプリは……これか。『MUCH』ってシンプルな名前だな」
アプリの名を呟くと、車内がざわざわと騒がしくなった。
「今、マッチって言った?」
「もしかして、あのマッチ?」
「あの見た目ならありえそー」
「怖いし移動しない?」
気づけば数人が隣の車両へ移動し、近くに座っていた人が離れていく。
「……臭ったかな?」
水浴びだけでは臭いは消えなかっただろうか。熊に気付かれないよう動物の糞を塗りたくったのは失敗だったか。
今はどうにもできないので、向こうに着いたら風呂に入ることを決め、アプリに視線を移す。
「まずは、相手への希望か」
祖父ちゃんが言った条件は、俺より強い奴。
嫁さんということは、将来的に世継ぎを作ることになるし、長く一緒にいるのだから同年代がいいと思う。
一部の項目は詳細に入力できず、選択肢から選んだ。
希望年齢 同年代~少し上
希望タイプ 特になし
活動時間 いつでも
次にプロフィールを決めるようだ。
女性に受ける書き方は分からなかったので、正直に書くことに専念し入力していく。
「こんなところか」
何度か消しては書いてを繰り返し、完成したプロフィールは次のようになった。
名前 経津野剛
年齢 18~24歳(選択式)
登録地 下宿先の自治体を選択
身長 188cm
体重 102kg
特技 とくになし
趣味 トレーニング
続いて、こんな項目があった。
「経験人数?」
これは、恋愛経験についてだろう。
悲しいことに俺は同年代の知り合いがいないので、当然0だ。
「あとは、写真か」
プロフィール写真はこれを使えと祖父ちゃんに指示を受けていたので、いつぞやの半裸写真を使用し、入力は全て完了した。
「これで、マッチするのを待てばいいんだよな?」
現在地を確認すれば、目的地まであと少し。
下宿先に荷物を置き、風呂に入ったあとはどうしようか逡巡していると、スマホが振動する。
「うわっ!?」
思わず声が出た。
周囲の視線に顔を熱くしながら、画面を確認するとメッセージが届いていた。
『チャットが届きました。マッチしますか?』
これは、誰かが俺に連絡してくれたということか?
アプリの案内に従い操作をしていくと、チャット画面に『栗プリン』という名前が表示されている。
「栗プリン。プロフィールは……写真がないな。他にも未記入項目が多い」
どうして結婚相手を探すのに情報を隠すのだろう。
都会では普通のことだったりするのか?
「まぁいい。話し合うことに重きを置いているかもしれないし」
何事も経験だ。そう割り切り、プロフィールからチャット画面へ戻る。
栗プリン 『写真見たけど、デカいな』
『経験0ってマジ?』
『今夜いける?』
経津野剛 『メッセージありがとうございます』
『はい。初めてなのでお手柔らかにお願いします』
栗プリン 『wwww』
『丁寧すぎんだろ。場所と時間送るわ』
そして程なく、待ち合わせ時刻と場所が送られてくる。
「これが都会の女性。何て積極的なんだ」
その後も俺は栗プリンさんとチャットをして旅路を楽しく過ごすことができた。
「……ここか」
やって来たのは街外れにある倉庫群。
入口には『私有地につき、立ち入り禁止!!』と看板があり、おずおずと中へ入る。
「身だしなみは大丈夫だよな?」
風呂に入ったし、店で香水とブレスケアも買った。
第一印象が大事と言われたからアレコレと買ってしまったが、必要経費だろう。
「しかし、食事もせず立ち話とは変わった人だな」
食事をしながら話すものだと思っていたが、指定先はこんな辺鄙な所。どうやら、俺の想像とは勝手が違うらしい。
そうして見つけた外灯の下にいた男性に、俺は今、殴られたわけだ。
「うん。やっぱり分からん」
微動だにしない俺を見て、男性はすかさず連撃を浴びせてきた。
殴られるたびに鈍い音が響く。俺は相手の両手首を掴み、その体を持ち上げた。
「あの、すみません」
体が宙に浮いても蹴りを放つ相手に話が通じないと割り切り、宣言する。
「正当防衛を行使します」
今なお暴れる相手の両手首を離す。
支えを失った相手が落ち始める。その一瞬があれば、問題ない。
鼻と上唇の間……人中へ拳を叩き込む。
骨や歯が折れる嫌な感触が拳に伝わり、思わず顔をしかめた。
後方へ少し吹き飛んだ相手は気を失っており、鼻と口から血を出している。
窒息してはいけないので、体を横にして呼吸できるようにしてあげた。
「そんな強く殴ってないから、大丈夫な……はず」
スマホが震え、画面に意味の分からない通知が表示された。
「ランキング、上昇?」
『マッチした栗プリンに勝利しました。ランキングが上昇しました』
「栗プリン?」
俺は足元で横たわる男性を見る。
気絶した男性からの返事はなく、再び視線をスマホへ向けた。
『ランキングが上昇しました』
「……何のランキングだよ」