嫁探しでマッチした相手が、全員殴りかかってくる 作:藤原 峯
「一体、どういうことなんだろうか」
下宿の部屋で寝転がりながら、昨夜の栗プリンについて考えていた。
結婚相手を探すアプリのはずなのに、現れたのはマッチョマン。しかも、いきなり殴りかかってきた。
ランキングも気になるが、まずはあの男だ。
「男性で男性とマッチしたがる理由」
一つは悪ふざけ。ノコノコと現れるマヌケな男を笑う目的。
だが、それだと殴りかかる意味が分からん。
「もしや強盗か?」
デート代を多めに持ってくる男を狙ったのか。それなら、あり得る。
そしてもう一つ。まさかとは思っていたが、アプリの仕様上こちらが正しい可能性はある。
「俺に好意を抱いていたのか」
男性同士の恋愛もあるということくらいは俺だって知っている。
あの人も、自分より強い相手を探していたのかもしれない。
「とはいえ、詳細を聞こうにも返事が来ないんだよな」
俺は栗プリンのチャット欄を閉じて、アプリのランキングを確認する。
ランキングは現在住んでいる地域を基準としており、地方、全国と規模を広げて確認できる。
「俺の順位は、丁度真ん中らへんか?」
県ランキングでは俺の順位は中央辺り。適当に上から見ていくと男に混じって数名の女性がいる。
彼らの詳細は見れないが、名前と経験人数が公表されており、上位に行くほど経験が多い。
「昨日読んだ記事じゃ、人気の男に相手が集中するって書いてあったな」
ランキング上位は経験豊富なモテる男性。数人いる女性も俗にいう強者女性というのだろう。
恋愛経験人数0人の俺がランキングにいるのは、運営が体格を評価してくれているのではないか?
「つまり、肉体的に優れていることは加点対象なわけだ」
予想が正しければ、俺はこのアプリで経験を積むことでランキング上位に行けるはずだ。
「よし、どんどんマッチしてみよう」
勢いのままに次のマッチに備えネットサーフィンだ。
調べるのはマッチングアプリについて、初デートについて、その他恋愛に関する記事の数々。
そうこうしていると、MUCHから通知が来た。即座にアプリを開く。
「相手の名前は……『ヘビ
ヘビ御膳 『アンタ、栗プリンとマッチした?』
経津野剛 『はい』
『しましたが、上手く行きませんでした』
ヘビ御膳 『多少の苦戦はしたのね』
『腐ってもアイツはランカーだもの』
『単刀直入に、今から会える?』
「今から!?」
寝転がっていた俺は勢いよく体を起こし、時計を確認する。
時刻は午後三時。仕事帰りのデートには早い。パートの仕事を終えたか、時間の自由が利く人なのだろうと当たりを付けた。
経津野剛 『構いません』
『ドレスコードとかはありますか?』
ヘビ御膳 『じゃあ決まり』
『好きな格好でいいわ』
『場所と時間は――』
よかった。服装に厳しい店ではないらしい。短い返事からすると、サバサバした人なのだろうか。
指定先は電車で数駅先だが、歩いて行けない距離ではない。
「土地勘を養うためにも、歩いて行くかな」
そうして俺は身支度を整えて、集合場所へ向かう。
自然に囲まれていた俺にとって、コンクリートジャングルというのは思いのほか苦痛だった。
看板も人も多く、目が忙しい。そこへ通行人の声まで重なり、歩くだけで気疲れする。
だけど、時折聞こえてくる若者の『昨日マッチした』という言葉。
俺よりも年下の子がマッチしている事実に、都会は進んでいるなと感心しながら歩いて行く。
ヘビ御膳に指定されたのは河川敷沿いにある高架下。
昔、祖父ちゃんに読ませてもらった漫画で、不良が喧嘩をしていた場所に少し似ている。
あの場所が目の前にあるような気がして興奮していると、声をかけられた。
「経津野剛さん?」
男とは明確に違う、細くて高い声。
今度こそ女性だ。俺は勢いよく振り返った。
「はい! そうです」
そこには美少女がいた。
いた……のだが。
「セーラー服?」
「そうだけど、文句ある?」
「一応聞くけど、コスプレ?」
「んなわけないでしょ! 現役よ、現役!」
そうか、現役か。
高校生は流石に……アウトだなぁ。凄く美少女なんだけど、アウトなんだよな。
「悪いけど、今回の話は無かったことに」
「は?」
穏便に断ろうと思った矢先、ヘビ御膳から殺気が放たれる。
どうやら、俺の言い方が彼女の癇に障ったらしい。
「気に障ったのなら謝るよ。ただ、高校生は流石にね」
「舐めた口を利いてくれるじゃない。MUCHはね、ランキングが近い相手か、自分から指名した相手じゃないとマッチしないのよ」
肩を怒らせて距離を詰めてくるヘビ御膳。
「つまり?」
「アタシはアンタに用があるって言ってんのよ!」
突如、ヘビ御膳が俺の膝関節を狙って鋭い蹴りを放った。
脛で受けてもいいが彼女に怪我をさせてしまう。軽く後方へ下がり、蹴りのリーチから離れることを選択する。
「……へぇ。苦戦したって割には、やるじゃない」
不敵な笑みを浮かべて構えるヘビ御膳を前に、俺はどうしたものかと腕を組む。
女の子を殴るワケにはいかない。下手に攻撃を受けても怪我をさせる可能性がある。
「やるしかないか」
「ようやくその気になったわね!」
腰を落とした俺を見るや肉薄し、ダッキングしつつ拳を放つヘビ御膳。
その拳にそっと手を添えて軌道を逸らし、距離を取る。
「舐めんな!」
彼女は俺の腕に絡みつき、手首、肘、肩と順に極めてきた。さらに脚を俺の首へ絡める。
一瞬面食らったが、すぐに意識を切り替えた。
体重をかけ、俺を地面に倒そうとする彼女を、腕一本で支える。
「なにこれ?」
そのまま腕に力を込め、拘束を振りほどいた。
「……どういうつもり」
「何がだい?」
「アンタ。アタシとマッチしたわよね」
「ああ。だからここに来たんだ」
「だったら真面目にやりなさいよ!」
真面目にって、何を言ってるんだ?
真面目に嫁探しをしているから、女子高生は駄目だって言わなくても分かるだろうに。
「さっきから躱すばっかりで、反撃の一つもしないじゃない」
いや、何言ってんのこの子。
「女の子を殴れるわけないでしょ」
どこの世に女の子を傷つける日本男児がいるのさ。
勘弁してほしいよ。
いや、待てよ?
「君は……そっちなのかい?」
「は?」
昨日は男色のマッチョマンが来たんだ。都会だもの、続けてそういうこともあるか。
「マゾヒストについて知見はないけど、人それぞれだと思う。ただ、俺は女性を痛めつけるのは抵抗があってね」
彼女の性癖については否定しない。だが、共感できないことは理解してほしい。
マッチしたのだから、何か通ずるものはあったのかもしれない。
「どこまでも馬鹿にして! 女だからって舐めるんじゃないわよ!」
その時、遠くからサイレンが近づいてきた。
警察か、消防か、救急車か。俺には聞き分けられなかった。
「ヤバッ! 逃げなきゃ!」
「え?」
「ここはアプリ公認じゃないから、通報されたんだわ!」
そう言ってヘビ御膳は学生鞄を拾うと走り出す。
どうしたものかと迷ったが、ひとまず彼女についていく。
「ちょっと! なんで付いてくるわけ!?」
「土地勘がないんだ。ここから離れるまでだから」
「なんでアンタみたいな奴がランカーなのよ!」
ブツブツと何かを呟くヘビ御膳は、急にこちらへ振り返ると喚く。
「大体、マッチしたのに戦わないとか意味わかんないんだけど」
「いや、何で戦うのさ」
「マッチしたからよ!」
「嫁探しなのに戦う意味ないでしょ」
突如、ヘビ御膳が立ち止まる。
後方から聞こえていたサイレンは、気付けば消えていた。
「アンタ、MUCHをなんだと思ってるわけ?」
「マッチングアプリだろ?」
「そうだけど」
「じゃあ合ってるじゃん」
「そうじゃないわよ!」
頭を掻き毟って奇声を上げるヘビ御膳に少し恐怖を覚える。
さっきから何なんだよ、この子。
「いい? MUCHはね、戦いたい奴同士をマッチングするアプリなの!」
「……戦いたい奴?」
「そう! 公認場所なら好きなだけやり合える。勝敗をもとにランキングも更新されていく」
栗プリンとのチャットや昨夜の出来事が、頭をよぎる。目の前の少女の言動まで、ようやく辻褄が合った。
「全部俺の、勘違い?」
そして俺はある重要な事実に気が付く。
「じゃあ嫁は?」
「見つかるワケないでしょ」
MUCHの真実を知り、俺はその場に崩れ落ちた。
「恨むぜ、祖父ちゃん」