嫁探しでマッチした相手が、全員殴りかかってくる 作:藤原 峯
膝から崩れ落ちた俺を見て、ヘビ御膳は溜息を吐く。
「呆れた。MUCHを出会い系と間違えるバカなんて、初めて見たわ」
「田舎育ちだから、こういうの全然知らないんだよ」
「あっそ。警察の邪魔も入ったし、今回のマッチは無効試合ってことで」
ヘビ御膳がスマホを操作すると、俺の画面には『無効試合が提案されました。承諾しますか?』と表示される。
指示に従い『はい』を選択すると通常画面へ戻った。
「これでお終い。提案側はペナルティがあるけど、アンタには何もないから安心しなさい」
ペナルティより、聞いておきたいことがあった。
「気を遣ってくれて助かるけど、一つ聞いていいか?」
「何? 使い方やランカーについてなら、少しは教えられるけど」
「このアプリ、消すにはどうしたらいい?」
「何言ってんのよ!?」
いや、必要ないでしょこのアプリ。
「嫁探しに使えないし、普通のマッチングアプリが欲しいんだけど」
「ランカーになるのに皆がどれだけ苦労して……」
ワナワナと震えるヘビ御膳を無視して、ネットで人気のマチアプについて調べる。
「これとかどうだろう? 登録者が多いみたいだけど」
「女子高生に聞くんじゃないわよ!」
思いっきり腹を殴られるが、少し痛い程度。彼女には悪いがパワーが足りんよ、パワーが。
俺を悶絶させたいなら猪を連れてきな。
「それもそうか。じゃあアプリの消し方を教えてくれ」
「あのねぇ。何でマチアプに拘るのよ。普通に友達から紹介してもらえばいいじゃない」
「言ったろ、田舎育ちだって。同年代の友人はいない」
ヘビ御膳は返答に詰まった。
「ボッチでゴリラの田舎者。見た感じ定職についていなさそうだし……」
ヘビ御膳はブツブツと呟いた後、俺の肩にポンと手を置き、優しい眼差しを向けてきた。
「諦めなさい」
「ふざけんな! 俺は何としても強い嫁さんを見つけるんだ」
「強い嫁?」
「ああ、そうだ。俺より強い嫁さんってのが、条件なんだよ」
「じゃあMUCHで探せばいいじゃん」
MUCHで……探す?
言っていることがイマイチ理解できずにいると、ヘビ御膳が説明してくれる。
「ランキング見たら分かると思うけど、女性も少しはいるの。アンタの順位を上げれば、強い女性とも戦えるでしょ」
な、なるほど~。
MUCHを使って嫁探しとは、盲点だった。
「頭いいな、お前」
「いや、考えたら分かるでしょうに」
「じゃあ早速、ランキングを上げる方法について……」
「ごめん。このあと用事あるから、また今度ね!」
「何かあったらチャットして」と言い残し、ヘビ御膳は走り去った。
「MUCHを続ける意味はありそうだな」
けど、普通のマッチングアプリも試すべきじゃないか? 強い女性がみんなMUCHをしているとは限らないのだから。
「とりあえず、祖父ちゃんに相談するかな」
下宿先に戻った俺は、祖父ちゃんへ電話をしていた。
「で? どういうつもりさ」
「何がじゃ」
耳元で聞く祖父ちゃんの声は妙にくすぐったく、背中が痒くなる。
「MUCHだよMUCH! マッチング相手がおかしいじゃんか」
文句を垂れながらスピーカー通話へ切り替えると、向こうから笑い声が響く。
「ハッハッハ。言ったじゃろう、人と出会えると」
「それが格闘家ってのがダメなんだよ」
「強い嫁を探すならこれ以上のアプリは無かろうて」
そう言われてしまえば、何も言えなくなる。
「ちゃんと調べんお前が悪い。狩りの基本じゃぞ?」
「じゃあ、MUCHで嫁を探せってことか?」
俺の問いかけに祖父ちゃんは答えない。
煙管を吹かしているのか、煙を吐き出す音だけが室内に響く。
「それは違う」
この空気。いつものおふざけじゃない。真面目な時の祖父ちゃんだ。
「MUCHは手段の一つ。何をして嫁を見つけるかはお前が決めい」
「じゃあ、普通のマチアプを使うのは?」
「よかろう」
「道場破りをして回るのは?」
「問題にならなければな」
「ジムでナンパするのは?」
「引き際を見誤るなよ?」
なるほどなるほど。
つまり、何でもありってことだ。
「それなら何とかなりそうだ」
「明日は下宿先の店で初仕事じゃろ? 店主は昔馴染みだが、失礼のないようにな」
「わかってる。ありがとよ、祖父ちゃん」
通話を切り、室内に静寂が戻る。
ヘビ御膳はMUCHで探せと言ったが、祖父ちゃんは何でもいいと教えてくれた。
なら、手当たり次第にやってみるか。
「ん?」
スマホに通知。
MUCHに、新しい相手からチャットが届いていた。
「またプロフ写真無し。男じゃないといいけど」
返事は後で考えることにした。
翌朝。下宿先の一階にある喫茶店で、俺は頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「今日から頼むよ、剛君!」
俺の背中をバシバシと叩いて大声で笑っているのは、この喫茶店を切り盛りしているマスターだ。
昔、祖父ちゃんに世話になった人らしい。祖父ちゃんの家にあるコーヒーも、この店のブレンド豆だと聞いて驚いた。
「キッチンは僕がやるから、メインはホールだな。慣れてくれば軽食は頼むかもだが、ドリンクは譲らんぞ?」
「わかりました」
「今日は先輩アルバイトの
マスターはそう言って横に控えていた女性を紹介してくれた。
「
棗さんは女子大生だそうで、小柄な体つきに柔らかな話し方と、いかにも女性らしい人だった。
しかし、強い人かと言われたら背は低いし筋肉も少ないので嫁候補にはなれそうにない。
美人と働けるのはありがたいが、少し残念に思う。
その後は棗さんについて回り、オーダーの取り方や料理の運び方、掃除、食器洗いを教わった。
注文とテーブル番号を覚えるのには苦労しそうだが、ほかの作業は何とかなりそうだ。
一日の仕事を終え、店の裏で休憩していると、棗さんがやって来た。
「お疲れ様です」
「おつかれー。どうだった、初日は?」
棗さんはタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。煙を吐きながら肩の力を抜く。
「初めてのことばかりで、凄く新鮮でした」
「オーナーから聞いたよ。田舎の方から来たんでしょ?」
「そうですよ」
「大学生じゃないんでしょ?何か夢を追って来たとか?」
昨夜調べた都会での人付き合いの記事には、恋人の有無を不用意に聞くのも良くないと書かれていた。
俺の話とはいえ、恋愛事に話を持っていくのはダメではないか?
棗さんはモテそうだ。きっと、恋愛経験も豊富なのだろう。
俺の話も、さらりと受け流してくれるのではなかろうか。
「棗さんは、恋バナに抵抗はありますか?」
「いや、全然。え? もしかして好きな人がこっちに!?」
急にテンションを上げた棗さんが前のめりになる。
口から吐き出される煙が顔に当たり、咽そうになるがそれは失礼になると思い、必死に我慢した。
「好きな人と言うか……嫁探しに」
「へー。なんか田舎っぽい理由だね」
「それで祖父から、マッチングアプリを使うよう言われまして」
「あー。多いよね! マチアプきっかけの人」
「私の周りにもいるよ」と、棗さんは二本目に火をつけた。
「使っていたのがMUCHなので、普通のマチアプをやりたいんですけど」
棗さんが言葉を発するのに、タバコ一本分の時間を要した。
「なんて?」
タバコを灰皿に捨てて棗さんが立ち上がる。
「いや、MUCHだと女性に中々出会えなくて」
「当たり前じゃん! てか、何? 経津野くんMUCHやってるの!? 確かに強そうだけども!」
その後も混乱している棗さんは落ち着くためか、タバコを取り出した。
「……事情は分かったけど、意味不明すぎるでしょ」
「やっぱり、そうなんですか?」
「MUCHなんて普通の人はやらないよ。危ないからやめときな」
「強い女性に会うには、MUCHが都合いいんです。でも、普通のアプリにもいるかもしれないと思うと」
その後も女性と出会うために考えていたことを説明すると、タバコを消して棗さんが立ち上がる。
「なるほどね。じゃあ、教えてあげるよ。マチアプについて」
「いいんですか?」
「人の恋ほど見てて面白いものはないからね」
朗らかに笑う棗さん。
物は試しと相談してよかった。
「じゃあ。早速ですけど、アプリはどれがいいですかね?」
「そこから!?」
いや、何も分からないですし。