嫁探しでマッチした相手が、全員殴りかかってくる 作:藤原 峯
「これがいいんじゃないかな? 友達も何人か使ってるみたいだし」
棗さんに教えてもらったのは、俺も気になっていたアプリだった。
売り文句は、登録者の多さと費用の安さらしい。
「わかりました。早速ダウンロードしますね」
「設定終わったら教えてね。プロフィールは一緒に作ろう」
数分してアプリのダウンロードが終わり、諸々の設定を終えたことを棗さんに伝える。
棗さんは俺の画面を覗き込み、プロフィールの入力欄を確認した。
「まずはニックネームだね。あだ名とかあった?」
「いえ。近所の人からは剛とかボンって呼ばれてました」
「MUCHでの名前は?」
「本名を使ってます」
俺の返答に棗さんは眉間にシワを寄せて考え込む。
「シンプルにタケシでもいいけど、折角ならあだ名がいいよね」
「いや、特に拘りは……」
「フツノタケ……呼びにくいし、可愛くない。やっぱシンプルかつ可愛く、タケちゃんにしよう」
タケちゃん。昔、婆様連中にはそう呼ばれていたのを思い出す。
子供っぽいと思うが、棗さん的にはアリだそうだ。
「あ、これからはタケちゃんって呼ぶから。私のことは
これが都会の距離感の詰め方か。参考になるけど、女性を呼び捨てにすることは出来そうにないな。
「じゃあ。の、和香さんでお願いします」
和香さんは何とか名前で呼んだ俺に満足したのか、ニコニコと楽しそうにタバコを吸い始めた。
「次は年齢だね。ここは20代前半でいこう」
「居住地はここでいいんですよね?」
「そだね。市町村まで入れるかは自由かな」
そして最初の山場である出身地の欄で手が止まる。
「悪気はないんだけど、田舎出身で弾かれることはあるのよね。かと言って空白だと遠方出身と言ってるようなものだし……」
「恥ずかしいものじゃないんで、普通に書きますよ?」
「タケちゃんは嫁探しって言ってたけど、地元に戻る予定?」
そう問われて返事に困った。
家に帰ることしか考えていなかったが、こっちで一緒に生活する道もあるのか。
「考えてませんでした。でも、今は帰るつもりです」
「じゃあ一緒に帰れる人がいいね。出身地は書いとこう」
次は学歴。学歴は高認を持っているので高卒でいいだろう。
「出身校の入力はどうする?」
「高認なので、中学の名前になりますか?」
俺の高認という言葉に引っ掛かったのか、和香さんは眉を顰める。
「中学で書いちゃうと高認を取った努力が見られないよね」
「じゃあどうすれば?」
「学歴は空白にして、自己紹介で高認取得済みと書いてみる?それでダメならまた考えよう」
都会の人は学歴を気にしていると記事で読んだけど、和香さんはそんな感情を見せることなく、俺の努力にだけ目を向けてくれている。
その優しさに胸が熱くなった。
「じゃあ次! 身長は?」
「188cmです」
「大きいとは思ってたけど、数字を聞くと改めて大きいなと思うね」
確か男子の平均は170cm程度だったか。
思い返してみても、街中で自分より大きい人は見なかったように思う。
「あ、体重は102kgです」
「え!? 百キロ超えてるの?」
そんなに驚くことだろうか。
体重は重要だけど、動物と比べたらそれほどだし。祖父ちゃんにはデカいだけで勝てたためしはないのだけど。
「筋肉は脂肪より重いって言いますしね」
「ちょっと腕触らしてもらえる?」
和香さんのお願いを了承すると、細くて長い指が上腕に触れる。
思わず力が入ってしまい、服がミチミチと悲鳴を上げるがなんとか破れずに済んだ。
「すごっ!? ガチガチだね」
「本気出すと服が破れるので、もっと固くなりますよ」
「これより!? 夏になったら海に行こうよ、海!」
「そうですね。相手が見つからなければ行きましょう」
暫くテンションの高い和香さんを宥め、プロフィール作りに戻る。
「趣味・特技って何かある? 筋トレとかいいと思うけど」
「モテる男性は筋トレをしていて当たり前と、昨日記事で読んだんですけど」
「確かに痩せてたり、筋肉あるほうが好きって人は多いよね。タケちゃんは書かなくても運動してるって丸分かりだし。他に得意なことってある?」
得意なことね。地元で胸張って自慢できたことは、それほど多くない。
何をしても祖父ちゃんに比べられてしまうからだ。
「一つ挙げるとすれば……」
「何々?」
「熊殺しですかね」
「物騒すぎ!」
やはり女性受けはよくないか。
「MUCHでランキングに乗っているのはどうでしょう」
「あのね。私は気にしないけど、MUCHを嫌う人はいるから外で言うもんじゃないよ」
「……となると。無難に筋トレですかね?」
その後も和香さんに助けられつつ、なんとかそれなりのモノが出来た。
「ありがとうございました」
「いいよいいよ。今度コーヒー奢ってくれたらいいからさ」
俺はマスターへコーヒーを入れるよう頼もうと思い立ち上がる。
すると、間が悪いことにスマホが震えた。
MUCHによる通知かと思い画面を見ると、表示されたのは先程入れたばかりのマッチングアプリから。
「早速メッセージが来ましたよ」
「登録したてはブーストかかってるからね。どんな人?」
俺は画面を和香さんへ見せる。
相手の名前は『あかり』と書かれており、それ以外の情報は何もない。
チャットはシンプルに『これから会えますか?』のみだ。
「割り切りじゃん」
「……割り切り?」
「タケちゃんは知らなくていいよ。とりあえず、これはブロックして。相手からチャットが来たら私に相談すること。いいね?」
和香さんの圧に負け、俺は了承し『あかり』をブロックする。
「都会じゃ無知な人は食い物にされるから気を付けなよ? これ、私の連絡先だから登録して」
「QRのやつですね? わかりました」
和香さんと連絡先を交換したところで会話が一段落し、そのまま解散となった。
喫茶店の二階にある自室へ戻り、ネットで検索する。
「割り切り……金銭のやり取りで一時的に関係を持つ……なるほど。確かに俺の目的には関係ないな」
これをヨシとする人は恋人を求めていないのだろう。
調べてみると、マッチングアプリではこの手の話は多いらしく。中には男性が乱入して警察沙汰にもなるのだとか。
「もしかして、MUCHで女性を探すほうが建設的か?」
マチアプで会える人が結婚相手をさがしている女性であるか確証はない。しかしMUCHのランカー女性は結婚願望があるかは別として、強い女性なのは確実だ。
俺は自身のランキングから上の順位を眺め、女性を探す。
「ヘビ御膳の言う通り、何人かはいる。でも全員が俺よりかなり上にいるな」
MUCHでは順位の下から上へ挑戦できる。しかし上限が設けられているようで、彼女たちへ挑戦するには俺の数字が低すぎた。
一応、普通にマッチングすることは可能だが、強者と戦うことを求めるアプリで誰彼構わず戦うことはないだろう。
チラリと、昨夜送られて来たチャットを確認する。
相手のランキングは俺より下で、勝ったところで順位が変動するかは不明瞭だ。
女性であると分かれば会う理由にはなるのだが。
「今は確実に女性と分かる相手に近づくべきか」
俺はチャットの送り主へ返事を送ることはせず、チャットを削除した。
そして、ランキングから一人の利用者をタップする。
「探しに来たんだ。こちらから動かないとダメだよな」
慣れていない。知らないからと受け身でいては進まない。
俺は挑戦できる上限値にいる相手へチャットを送ることにした。
経津野剛 『初めまして。よろしければ、今夜にでも会えませんか?』
山崎保健体育 『ボクシングルールなら遠慮するぜ』
ボクシングルール?
気になり調べてみたところ、MUCHなどの異種格闘技戦は拳による打撃のみのボクシングルール、蹴りや寝技有りのMMAルールがあるらしい。
経津野剛 『MMAで構いません』
山崎保健体育 『いいぜ。場所取りはどうする?』
経津野剛 『始めたばかりで勝手が分かりません。お願いしていいですか?』
山崎保健体育 『それじゃあ、寝心地のいいところを選んでやるよ』
暗黙のルールとして場所選びは、挑戦者が自身に有利な場所を選ぶとされているが、俺は土地勘がないので、相手の希望場所に合わせるのがいいと思った。
山崎保健体育さんから送られてきた場所は、郊外にある田園地域。
「汚れてもいい服装で行くか」
荷解きも終わっていない段ボールから、ジャージを取り出して着替える。
女性に会えると思い、服装に気を遣っていたが相手が格闘家なら気にする必要はない。
「万に一つ、女性である可能性は無いかな?」
今回もプロフ画像は無かったのだ、期待するくらいいいだろう。